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最期

最終話です。

もし気になったら最初から読んでみてください。

 学校にはまだ誰もいなかった。まだ朝の六時半だから当たり前か。静かなものだ。その学校に違和感と安心を覚えた。誰もいない違和感と誰もいないことによる安心。なんで安心しているのだろう。まったくわからなかった。僕は最後になる階段を一歩一歩踏みしめながら上っている。まるで天国への階段を上っているみたいだ。飛び降り自殺をする人はみんなこんな気持ちなのだろうか。複雑な気持ちだった。いつも上っている階段なのに神聖なものに思えてくる。ペンギンは僕の後ろからゆっくりとついてきている。ここまで歩いてくるまでペンギンは一言もしゃべらなかった。何を考えているのだろう。昨日は僕がすぐ寝たからペンギンと話す機会はなかったから今ペンギンがなにを考えているのかわからなかった。本当は僕を止めたいのだろうか。自殺を止めるとか言っておいて僕が自殺しにいっているから後悔しているのか。ペンギンの表情からはそれが見てとれなかった。



 やっと屋上に着く。鍵は四日前のままだった。僕が壊したときのままだ。ゆっくりと扉を開く。四日前は何も思わなかったが今回は扉が特別なものに思えた。なにより、重みが違った。なかなか開かない。天国への道は軽くはないということか。

扉を開けるとまたこの景色。四日前となにも変わらない風景。前と違うところは今が朝であるということだった。それとペンギンが最初から隣に居ること。ペンギンは屋上の真ん中で止まった。僕だけがここから先へは進むことになる。四日前とは違った気持ちだ。これが神聖な儀式のようにも感じ取ることができる。僕が神聖か。なんだかおかしくなってくる。おかしいといってもまったく笑ってはいないのだけれど。遺書をフェンスの際においておけば誰か気がつくだろう。持ってきたハサミの下に遺書の紙を置いた。これで風に飛ばされる心配はない。

フェンスをよじ登る。このフェンスがこんなに上りやすかったとは知らなかった。四日前はもっときつく、高い壁だったように思えたけど。今度はするする登れる。二回目だからだろうか。淵に立った背を向ける格好で僕はペンギンに話しかけた。

 

 ごめん。


「なぜ謝る必要がある。お前はこれから死にに行くんだぞ」

 そうだけど。でも、ペンギンが四日前に言ったこと、生きがいを見つけられなかったから。クラスのやつらからは無視され存在を否定されて、中学のやつらも自分の中から僕の存在を消しているし、母親も母親ではなかった。母親からも生きている意味を否定された。否定され続けてばっかりだ。僕の人生ってなんだったのかな? 

「あまり死ぬ前にそういうことを考えないほうがいい。下手すると迷いが生じる。お前はその人生がわからなかったからそこに居るのだろう? 今回は止めやしないさ。だが、最後の責任だ。飛び降りが終わるまでみといてやるよ」

 それは助かるような。そうでないような。一人で死ぬのは寂しいけど、一人で死にたくもある。でも心が少し軽くなった。いつでも飛び出せる。大空を羽ばたくことは僕にはできないけど空を飛ぼうと思っている。うん。そうやって考えれば飛び降りやすいだろうな。僕は空へ飛び立つんだ。

「飛び降りる前に一つ言っておくことがあった。お前の。お前自身のいいところだ」

 僕のいいところ? 何を今更。僕にいいところがあったら友達とかも簡単にできているよ。いいところなんて一つもない。ここに立っているのがその証拠さ。

「そんなのは関係ない。お前のいいところが、生きてきた中であまり出なかっただけだ。そこは運も必要だな」

 運か。僕は運もなかったんだ。その事実を言われても悲しくなることはなかった。ただ感心するだけだった。それで、なに? 僕のいいところって。

「優しさだ」

 優しさ? 僕が優しいって? 何を言っているんだ。僕に優しさが本当にあるのであればみんなの輪の中に入って楽しく過ごしているはずさ!

「……。俺はペンギンだ」

 そんなのは知ってるさ。見たまんまじゃないか。おかしなところはなにもない。君は少し変わった喋るペンギンだ。

「お前は俺のことを人間のように接した。それが優しさだ」

 それが優しさ? 違う。そんなのは優しさじゃない。優しいってことはもっと違うことだ。こんなのは全然違う。君が……君が勝手に思い込んでいるだけだ。

「ならお前の言う優しさってなんだよ」

 ペンギンは声のトーンを変えずに喋ってくる。対して僕の方は声の調子が少しずつ上がってきていた。

 優しさっていうのは……。あれ? そういわれると優しさってなんだろう。電車の中で老人に席を譲ってあげるとか、道がわからない時人に聞かれたら親切に教えたとかかな。そういわれると優しさというのは曖昧なものだった。

「お前もお前の中の優しさが理解できてないだろう。優しさっていうのは人によって違う。からなお前の定義と俺の定義は違うんだ。俺が言うお前の優しさはな……俺を見たときの反応だよ」

 反応だって? 普通に接しただけじゃないか。

「普通に接するということがどれほど難しいかお前は理解してないんだ。お前だって普通に接してもらえなかったからわかるだろう? 人の言葉を話すペンギンが目の前にいたらたいていの人間は驚き、奇異の目で俺を見てくる。俺という存在を不思議に思う。だがお前はそうじゃなかった。死ぬ状況が回避された後も俺を受け入れ、俺がなぜ話せるのかも聞いてこなかった。俺はそれをお前の優しさだと思う」

 これが……僕の優しさなのか?

「優しさなんて所詮は他人の目から判断するしかない。他のことだって同じことだ。この人は怒りやすい。あの人は面白い。こういうことは全て他人の目から見た判断でないと意味がないんだ。自分がいくら自分の優しさを見せても相手にとってその行動は不快にしかならない場合にもある。俺にとってお前は優しかったんだ。お前は優しかった」

 その言葉……もう少し早く聴きたかった気がする。

「どうした? 迷ってるのか?」

いや、迷ってない。それを聞いたところで僕が死ぬことは確定しているから。世界は僕を拒絶した。自分が変われば世界が変わるなんていった人は嘘だ。それだけは変えようのない事実。結局その優しさは君にしか伝わらない優しさだ。でも……僕が生きていた意味が少し変わったよ。

 ペンギンはなにも返してこない。僕に気を使っているのか何もいうことがなくなったのかわからないけど。

息を整える。大きく深呼吸する。なんだか生まれて初めて空気を吸った気分だ。排気ガスをいっぱいに含んだ空気。この空気でも美味しいと思える自分がいる。一度目を閉じてみる。そしてゆっくりと目を開けると見知らぬ世界が見えてきた。この町は……こんなにも綺麗で、汚れていたのだということを知った。この風景を僕以外の何人が知っているのだろう。知っていたとしてもその人たちはこの世にいるのだろうか。僕がエコの精神で死ぬのは、あながち間違いではなかったようだ。歩いている会社員の姿が見える。少しずつこの学校へ向かってくる生徒の姿も見えてきた。

 


 さて、そろそろ行こうか。最後に一言だけ。ペンギンに言っておきたいことがあった。ここまで付き合ってくれたペンギンに一言。


ありがとう


その言葉を言った僕は、違和感を覚えた。表情に。違和感がある。口が開いて頬があがっている。あ……笑ってる……。そうか。これが……これが友達なのかもしれない。今までの僕はこんなことなかった。無理をしていた。友達を作るために作り笑いしていた。でも今は違った。自然とこぼれた笑み。この笑いが友達なのかもしれない。この笑いが本当の友達かもしれない。

一人で納得して、ゆっくりとフェンスを押した。元々不安定な足場だから少し押せば簡単に落ちる。

「じゃ、またな」

 最後にペンギンが僕に向けていった言葉。その言葉にどんな意味が含まれているのだろう。地面がゆっくりと近づいてくる。意外と飛び降り自殺というものは地面につくまでに長いとういことを知った。地面につくまでにどういうことなのか考えよう。


さようなら


じゃ、また


ここまでお読みくださりありがとうございました。

機会がございましたらまたお願いします。

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