第八章 日常のワンシーン
第八章 日常のワンシーン
「くーさのーっ、いーるかーっ?」
僕の独りよがりから2週間が経っていた。木村はいつもの木村のままだったし、夏樹ちゃんも普段どおりだった。あの日のことは3人とも口にすることはなかった。そんないつもの日常、変わらぬ平日の変わらぬ部室、いつものように木村が勢い良く扉を開け放ち、一旦仁王立ちでポーズをキメてから入ってきた。
「いるよ、なんだよいきなり。」
「ほらっ、どうだっ!!」
そういって突然木村は服を捲り上げ、上半身をさらすという痴態を演じた。
「おっ、おおお前、何やってんだ・・・」
「何って草野、君が人の気持ちになれって言ったんだろ?さっき急に思い出して買ってきたんだ、ブラジャー。似合う?」
「似合うわけないだろっ!気持ち悪い、即刻除去しろっ!」
「もー、テレなくていいじゃん草のん♪可愛いレースのブラジャーでしょ?あっ、ロッテンマイヤーさん見てっ!ブララが!ブララが立ったわっ!」
「世界の名作をお前の汚い乳首で汚すんじゃない。」
「なんだよ、草野が人の気持ちになれっていうから女性の気持ちを確かめるべく自ら醜態をさらしてやったというのに、つれない反応だなぁ。」
「きゃんっ!」
木村が開けっ放しにしていた部室の扉から入ってきた夏樹ちゃんが見苦しいものを見たせいで赤面している。
「おぉ、夏樹、どうだこの辱め。草野に命じられたのだ。見よっ!み・る・の・だ・よ!」
「早く外しなさいよっ!ほんっとに変態なんだからこのバカっ!」
「お褒めにあずかり光栄だ。お礼といっては何だが、夏樹にこれを進呈しようではないか。」
「いらないよバカ。」
「ほらほら、レースの刺繍がこんなに素敵なのに。サイズもちょうどいいんじゃないか?」
「ちょっと木村くん、これはどういうこと?」
「あああああ!見ないでえぇぇ!そんな目で僕様を見ないでぇ!辱めないでぇ!ないでよぉ!」
水島先輩の登場である。今日は白いボレロがふんわりと女の子っぽさを演出していたが、木村を見る視線は氷点下を遥かに下回っている。
「えっと、とりあえずソレ、外そっか。」
「優しく外してね。」
「自分でやれっ!」
思わずツッこんでしまった僕だった。
「突然だが皆さん、インフィニティを知っているかね?」
「本当に突然だなオイ。そして話題を移す前にソレは外せ。」
僕の指摘を謎のウインクでかわし、そのまま話を続ける木村。
「インフィニティ、つまり無限を表す記号(∞)の形は何が起源となっていると思う?ローマ数字やウロボロスだという説があるが僕様なりに研究してみたんだ。するとこの説はどうかと思えるものが出てきた。それは、こんな話だ。」
なんだか真面目そうなことを言いながら半裸に近い状態で、しかもブラをつけたままであるこの光景、僕たちはまるで変態の演説を聴く狂信者にしか見えない。
「遥か以前、ベルセルクによって神の涙として崇められていた湖があり、その湖を豊かにしていた荘厳な山が2つ連なっていた。それは、神オーディンが治める山と、神イズーナが管理する黄金の林檎が煌く山だった。イズーナの林檎は他の神々に永久的な若さをもたらすと言われており、オーディンがそれを欲し、独占しようとしたため争いが起こった。その争いを山の麓の湖でベルセルクが見守り、争いを治るため何百年も拝み続けたそうだ。しかし争いは絶えず続き、その終わりは見えなかった。その結末がどうなったかは神々しか知らない。しかし、この争いにより生み出されたものの一つがベルセルクによって語り継がれたインフィニティである。2つの壮大な山が連なった形が数字の3を横に倒した図形に見立てられ、それが湖に映し出された反対の形とつながり∞となった。」
『おぉ・・・』
スケールの大きな話にいつの間にかみんなが聞き入っていた。気付けばレナ先輩も聞いている。
「そんな神話、聞いたことないけど。」
レナ先輩は神話に興味があるのかな?自分から木村に話しかけたのを見たのは初めてのような気がする。
「まあ続きを聞いてください、これからが僕様の結論です。」
ん?結論ってなんのことだ?
「2つの連なった山、一つはオーディンからoを、一つはイズーナからiを、そしてベルセルクの湖からbをとった。その壮大な山々は永遠の象徴であり、また魅惑の象徴となった。そして湖に神秘の文字列oibが写し出されたのだ。湖に写った文字列は反転して見えるためoipとなる。それを並び替えるとopi、つまりオパイなのです!神話の伝説にあるようにオパイは永遠であり魅惑の象徴であり、そこに山があるから人も神も登るように、そこにオパイがあるから求めるのです!オパイから太陽が昇るのです!すべての始まり、これがインフィニティなのであります!オパイの神秘、オパイの神話、天はオパイの上に人を作らず、全ての民はオパイの下にあり!」
やっぱりそういう流れなんですね。あぁ、レナ先輩がすごいスピードで離れていく。続いてみんなそれぞれ複雑な表情で、木村に声を掛けず解散していった。木村は目を閉じたまま何か感慨に浸っているようだ。某世紀末覇者のように仁王立ちでコブシを握り、それを高く突き上げている。何を考えてるんだコイツは。
「早くソレ外せよ。」
「黙れ草野。僕様は今まさに宇宙と一体になっているのだ。」
もういいっす。僕も疲れたのでとりあえず木村の痴態を写メに数枚撮ってから、部室の硬いパイプ椅子に腰掛けた。
「レナ先輩は神話とか好きなんですか?」
「うん、そうだね。昨日までは好きだったけど、なぜか今日から嫌いになったの。」
「そ、そうなんですね。これ以上触れません。すいませんでした。」
なぜか謝る僕。隣でクスッと笑う夏樹ちゃんが絶妙に可愛い。
「レナ先輩、またあたしとショッピングいきましょうよ。ほら、レナ先輩がほしいって言ってた服、昨日からバーゲンで30%OFFなんですよ!」
「ホントに?じゃあ行く。」
おぉ、夏樹ちゃんとレナ先輩、いつの間にそんなに仲良くなっていたんだ。それにしてもレナ先輩が欲しがる服ってどんな服なんだろう?僕もついて行きたいなぁ、などと考えていると、そこへお約束が始まった。
「はいはいはいはーい、僕様も一緒に行きたいでーす!っていうか行きまーす!いつ行きます?今日ですか?今からですか?さあ出発です!夏樹よ、案内せぃ!」
「わかったわ木村くん。夏樹は授業があるから2時間後に西門出口に集合ね。あと武田先輩にコレを渡しておいてくれる?」
と言ってメモを書いて渡すレナ先輩。まさかレナ先輩が悪魔の同行をお許しになられるとは・・・
「お任せあれっ!僕様どこまでも付いて行きますぞっ!ほっほほーい!たーけだーっ!どーこだーっ!」
といって部室を飛び出していった木村。
「さあ夏樹、行くよ。早く準備して。」
「えっ?あたし授業が・・・」
「私の服と夏樹の授業、どっちが大切?あのナルシストな教授のくだらないテストなんて私がAをとらせてあげるから。さあ行くよ。」
有無を言わせないレナ先輩にあたふたとついて行く夏樹ちゃん、僕に軽く手を振って出て行った、木村くんをよろしくねっていう言葉は聞こえなかったことにしておこう。武田先輩へのメモ書きはきっと生贄の呪文が書かれているのだろう。
さてさて、大学生になって初のテスト勉強だ。そうなのだ、今月末に前期テストがあるのだ。ちょうど水島先輩がいることだし、テストの対策を聞いておこう。
「先輩、前期のテストなんですけど、傾向と対策を教えてくれませんか?ちなみに先輩って単位どれくらいとってるんですか?」
「そうねぇ。うーん、どれどれ?草野くんがとってる先生ならだいたい分かるから教えてあげられそう。今から時間ある?じゃあ早速水島先生の授業を開始しましょうか。ちなみに単位はこの一年全部とったら卒業に必要な単位の9割くらいになるかな?」
「おぉ、すごいですねっ!じゃあ4回生になったらゼミだけなんですか?」
「ゼミと専攻学科ね。4回生になったらバイトも増やそうと思ってね。実は最近、司法書士の事務所で勉強を兼ねて働かせてもらってるの。」
「なんか大人ですね。将来のこととか考えてですか。」
「まあなんとなくってのもあるけどね。私よりも、レナちゃんはもっとすごいのよ。単位は落とさず全部とってるし、ほとんどAだって話よ。それに専攻以外の学科もとったりして、将来が楽しみねぇ。」
水島先輩、なんだか近所のおばちゃんみたいになっていますけど。それにしてもエリートさんだったんですね、レナ先輩。勉強教えてもらうのはちょっと怖い気がするけど、今度お願いしてみようかな。攻められながら勉強するものまた一興かも、なんてこれは木村的発想だったな。
とにかく今日は水島先生の授業を受け、僕は初のテスト戦争に勝利すべく有意義な時間を過ごすことができた。
「水島先輩、今日はホントありがとうございました。このお礼は必ず何かしますので。」
「じゃあ今度、ディナーでも奢ってもらおうかな?夜景のキレイなレストランで。」
「うぐっ、お、お高そうですね。努力します。」
「あはは、冗談よ。可愛い後輩にテストの傾向教えたくらいで見返りなんて求めないよぉ?」
「じゃあ高級レストランってわけにはいきませんが、ランチくらいならご馳走させてください。」
「あら?期待してるわね。」
僕らしからぬ展開で先輩を誘ってしまった、と内心ドキドキしていると電話がかかってきた。
「はい、どうしたんですか武田先輩。」
『ああ、草野、西門で木村が仁王立ちで泣いているんだが何か知らんか?』
「・・・そっとしておいてあげてください。」
第二次木村大戦 レナ軍完勝




