第86話 工場見学をした様な雰囲気だった時の事
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
酒の力を使って火を噴いた翌日、俺は朝食を済ませ、スズランに言われた家禽達の池に、疎水から水を引き込んで蒸留所に向かう。昨日のドワーフの件だ。
父さんと、話し合っていた最中に、明日の朝だな! とか聞こえたので、多分来ると思う。
「おっす」
「おーっす、ドワーフ来てる?」
「ドワーフ? 来てないぜ? なんでだ?」
そう言われたので、俺はドワーフの事を全部話した。
「ほー、だから蒸留所に来たと」
「そーそー」
「話は変わるけどよ、魔王になったら火でも吹けるのか?」
「吹けないよ、なんで?」
多分昨日の事だと思うが誤魔化しておいた。
「いや、仕事仲間が、昨日酒場に行ったら、カームが火吹いてて。とか言っててよ」
「あー、その時に校長もいて、ドワーフにこの酒が広まれば新しい酒の飲み方が増えるとか言ってたからさ……」
「なんだよ、教えろよ」
そう言ってヴルストは肩を組んで来る。
「この酒って火が付くのは知ってるよな?」
「もちろん。火には気をつけてるつもりだぜ」
「酒に火をつけたまま飲むんだよ、フレイミングショットって言うんだけどな」
「腹の中が燃えたりしないのか?」
ヴルストの顔付きが一気に真面目になる。
なので俺は、その辺に転がっている、少しだけ中身の入っている瓶を見つけ。火を付ける。
「火って言うのは、冷ますか、燃料をなくすか、今吸っている空気をなくせば消えるんだ。だから腹の中には、燃える酒があっても空気がない、だから消える」
そう言って瓶の口を塞ぎ、しばらくしたら、消えたのを確認させた。
「それに、火って言うのは、空気を使って燃えるから、こうやって手で蓋をすれば消える」
「本当だ、酒は残ってるのに火が消えた、けどそんな勢いよく燃えないぜ?」
「それは、量が多いからかな、燃える場所は表面だけだから、燃える場所を増やせばいいんだよ」
そう言って酒を少し口に含み、霧状にして吹き出す。
「この細かい霧になった酒一粒一粒が全部燃えるから、勢いよく燃えるように見えるだけ、小麦粉でも燃えるぞ」
そう言ってもう一度酒を含み、今度は指先から【火】を出しながら霧状にして火を吹く。
「な?」
「いっつも思うけどよ、お前頭良いのにアホだよな」
「まぁな、自覚はあるよ。いいか、男はいつまで経っても子供なんだよ。大人になってそれを誤魔化し続けるか、誤魔化すのを止めただけだ。俺は酒場を盛り上げようとして誤魔化すのを止めただけだ」
「真面目な顔で言う事じゃないぜ? やっぱアホだな」
「ちなみに、料理中に火が付いたら、直ぐに蓋をする。油が燃えたら、油を足せば冷めるから消えるぜ、慌てないで冷静にな」
そんなやり取りをしていたら、ヴァンさんがやって来た。
「おー! これが強い酒を造る秘密か!」
秘密じゃないんだけどな。施設って言うか、物って言うか……。
「ヴァンさん、おはようございます」
「おー、昨日の飲み方は面白かったぞ。故郷に帰ったらみんなに自慢できるぜ」
「酒を持ち帰っても自慢できますよ」
「そりゃそうだ!」
ヴァンさんは大口を開け盛大に笑った。
「ってな訳で、ヴァンさん、こいつはヴルスト。この施設を作った頃から働いてる古株の一人」
「おう、よろしくな」
「ってな訳で、説明頼む」
「俺かよ! おまえがしろよ」
「俺は、この施設を考えたけど、働いてるのはお前。実績が違う」
「んな事言って、面倒なだけだろ」
少し大げさに目を逸らす。
「おい、こっち見ろ」
そんなやり取りをしつつ、しぶしぶヴルストが一通り説明を始める。色々な村や町から研修に来ているらしいので、説明はなんだかんだ言って小慣れていたし、質問された事に答えていた。
「こんなもんです、蒸留器で酒と水を別けてるって感じですね」
「ほー、酒には酒と水が混ざってるのか」
「そうですねー。だから温めて、水よりも先に酒だけ集めるんですよ。温めた酒の匂いってなんかむせるじゃないですか、それを集めるだけです。んじゃ実際見てみますか」
「おう!」
そう言ってどこかのツアーみたいにどんどん進めていくヴルスト。なんか工場長みたいだな。
発酵とか、もう少し大規模に出来れば良いんだけど、蒸留器が小さいからな。ビールを作る工程をしてから、蒸留器にぶち込んでるからなぁ。少し非効率だ、仕方ないけどな。
その後は見学だ、蒸留器に麦酒を入れ、炭で熱し、冷却されて出て来た原酒をヴルストがカップで掬い、ヴァンさんに渡す。
「コレが樽に入れる前の酒です、酒場に行ったならわかると思いますが、果物とかが浸かってた奴です」
「ッカー、こいつは効くぜー」
口を付け、少しだけ飲んで直ぐにカップから口を放す。ドワーフでもこれはキツイらしい。校長はゴクゴク飲んでたけどな。
「まぁ、こんな流れです」
そう言ってヴルストの説明が終わる。
「ヴァンさん。この蒸留器を作ってもらうんで、しっかり学んでくださいね。故郷と島の為にも」
「おうよ! 故郷に帰って、簡単な絵図面だけで物が作れる俺達を舐めんなよ、材料さえあればこんなの直ぐに作ってやるぜ」
頼もしい言葉だ。まぁその資材を買うお金がないから、今はコーヒーを売り込んでるんだけどな。その内カカオを取って来て、チョコモドキやココアも売り出そうと思ってるし、実現は来年かな。
「んじゃヴルスト、ヴァンさんを頼む。まだ村に空家があったか村長に聞いて来るわ」
「おう」
なんだかんだ言って、面倒見が良いからな。多分大丈夫だろう。
俺は村長を探し周り、相変わらず無音で背中から接近されるのにはもう慣れた。この間の区分けの件でかなり村人の把握が出来ているらしく、空家もまだある事がわかり、酒場から一番近い場所を教えてもらい、一応理由を話し、代理で俺が来たことを伝えた。
家の場所を確認し、蒸留小屋に戻ると校長がいた。まだ授業中だよな?
「はっはっは、知ってしまえば簡単でしょう」
「酒が水よりも早く湯気になるとは思わなかったぜ」
俺が教えたんですよー。
「蒸留したての酒はどうでしたか?」
「ありゃすげぇぜ、なんせ目が回ったからな。酒飲んだ後に水を飲むって事を初めてしたぜ」
追い水か。俺も良く頼んでるな。ってかそれでも酔ってないのかよ。校長も校長だけど、ドワーフもドワーフだな。俺もだけど。
「こんなもん、故郷に帰ればもっと大きな物作れるぜ」
「ほー、今度場所を聞いて皆で遊びに行くかのう」
「止めてくれ、竜族が押し寄せて来たら、酒がいくらあっても足りねぇよ。なにせ俺達も飲むんだからな!」
「ぎゃはははは!」「ほっほっほっほ」
酒だけで同盟組んで、どっちかが侵略された瞬間、部族単位で大量に援軍出しそうだな。酒好きは酒好きを助ける。そうするとのんべぇ同盟だな。
「なら数名を我が故郷に派遣してもらって、大規模な蒸留器でもつくってもらおうかのう」
「おうよ、聞いた話だと酒になった物なら、なんでもコレにぶち込めばあの細い筒から強い酒が出て来るんだろ? 竜族がいる地方は何で酒を造ってるか知らねぇけど、この村の酒と違うんだろうな」
「最初は麦じゃったが、最近じゃ芋や林檎や、ブドウで試しておるわ、土地が痩せておるからな、蕎麦でも試したわい。それに樽にする木にもこだわっててのう。一つの酒で五種類の木を試しておる。今から季節が五巡した頃が楽しみじゃ」
アクアビットか焼酎か? それにカルヴァドスにブランデー。竜族の酒に対する情熱は半端ないな。長寿種ゆえの種族柄なんだろうか。前に宝物庫に百年保存するとか言ってたが、宝物庫にどんどん酒が増えそうだ。
「あー、話の途中ですみません、ヴァンさんの家なんですが――」
「おう、仕事が終わる頃に来てくれ。砂に水を撒くように、どんどん吸い取ってやるぜ」
「その意気じゃ、そうしてどんどん酒をこの世に広めておくれ。そうすれば儂は世界を周る!」
両手を広げ、声を大にして叫ぶ校長、コレで幼体なんだろ? あと何年酒を楽しむんだよ。あ、死ぬまでか。仕方ない、子供達と遊ぶか。
「あ、パパ。おかえりなさい」
「はい、ただいま」
「ねぇ、パパって口から火を出せたの!」
凄く目をキラキラ輝かせミエルが俺に問いかけて来る。変な噂って広がるのは早いな。
「この間、リリーが飲んだ強いお酒に火をつけただけだよ」
「でも、すごい勢いで火を吹いてたって、遊んでた時におじさんが言って来たよ」
「皆で遊んでた時に?」
「うん、いきなり話しかけられて、お前のお父さん、口から火を噴いてたぞって」
俺は手で目を覆い、首を振りながら大きなため息を吐いた。皆って事はその内シンケンやシュペックの耳にも入るって事だよな。最悪だ。説明はヴルストにさせよう。
「やってやってー」
俺って4歳の頃こうだったっけ。あー、前世の四歳はこうだったわ。
仕方がないので戸棚から、酒を持って来て、外で少しだけ火を吹いてみせる。
「パパすごーい」
「真似しちゃ駄目だぞ」
そう言っていたら、リリーが遠くから走って来た。
「お父さん、もしかしてさっきのが火を吹く魔法なの!?」
はい、リリーにも見られました。その後に、ミエルにした説明をもう一度して、また火を吹く。
「お父さんすごーい!」
「はっはっはー、危ないから真似しちゃだめだぞ。口の中が燃えちゃうからな」
「うん!」「はい」
この数年後、酒場でリリーが火を吹いたとミエルに知らされ、ラッテに物凄く怒られる事になる。
その後は稽古をせがまれ、一対一なら勝てるが、二人で来られると魔法を使わないと負けそうになる。ってか魔法を使わされた。
ミエルの魔法でバランスを崩し、そこを狙われ足払いを食らい、リリーは振り下ろす様に棒を容赦なく顔面に、ミエルは大き目の火球をリリーの攻撃の邪魔にならないように発動して来る。
流石に無理……。
俺は石壁を発動させ、振り下ろされる棒を受け止め、火球を水球で吹き飛ばし。反対方向に勢いよく転がり、足払いを食らった痛みを我慢しながら立ち上って降参した。
「いやー参った参った、二人には敵わないなー」
なんかリリーは物凄く攻撃が重くなってきているし。ミエルは魔法が上手くなっている。しかも二人共息がぴったりで、姉弟ってそんなにすげぇの? って思うくらいだ。
そう言うと、二人は物凄く喜んでいる。
「お父さんに勝ったー」「パパに勝ったー」
まぁ、俺の父さんみたいに、本気で殺気を放ちながら攻撃した事はないけど、もしする事があったら、その時子供達はどう反応するだろうか。
もしかしたら、将来的にあるかもしれない。その時は殺す気で俺は子供達を攻撃できるだろうか。
まぁ、その時にでも考えよう。
「お母さん、お父さんに」「ママー、パパに」
「「勝ったよー」」
子供達はスズランに抱き付きに行き、スズランは二人の頭を撫でている。
そして俺の事を、頭の先からつま先までなめる様に見て、目を左右に動かし、せり上がった石壁と濡れた地面も見ている。多分俺に怪我がないかを見ているのだと思いたい。
「お風呂沸かしておいたから。三人で入りなさい。お父さんに魔法を使わせたのね。すごいわね」
そう言って更に頭を撫でている。
「きっと本気でやってないから。本気を出させるように頑張りなさい」
「「はーい」」
奥さんや、どんな教育方針ですか?
「カーム。子供達に怪我をさせないように、段々と強くなるように手加減してあげてね」
「いや、無理だから。段々手加減しないようにするのは可能だけど、怪我させないって無理だから!」
そう言うと、スズランは意外そうな顔をしてから家の中に入り、俺と子供達の着替えを用意し始めた。
入浴後、ヴァンさんを迎えに行き家を紹介したら。
「おし! 覚えた、酒場に行って来る」
そう言って家の中に入らずに、速攻で酒場に行った。
ドワーフの考えてる事は良くわからん。
食事中に子供達が興奮気味にラッテにも報告している。
「お父さんに勝ったんだよ」
「魔法も使わせたよ」
「おー、すごいじゃないかー、魔王に勝っちゃうとか、将来は魔王かなー?」
「私、冒険者になりたい」
「僕、お姉ちゃんの事をサポートしたい」
「ほーほー、これはこれは随分かっこいい夢ですなー、冒険者になれると良いねー。姉弟冒険者で名前を売って、村を豊かにしよー」
そう言ってニコニコしながら、頭をワシャワシャしている。
「けどー、パパは私とスズランママの物だから、パパを泣かせたらママ怒っちゃうからなー」
そう言って、少し悪い笑顔で指をウネウネさせている。
正直少し可愛いと思ってしまった。
「スズランママは、お腹にいきなりパンチしてくるから気をつけるんだぞー」
子供にナニを教えてるんだよ、確かに怒ってても顔や態度に出さず、いきなりだったし。照れ隠しでも殴ってきたっけ。
しかもポケットに、買ってあげたメリケンサックをいつも入れてるんだよな。偶にポケットがメリケンサックの形に盛り上がるからわかるんだよ、俺の奥さん怖すぎ。
そして、今日は子供達の番なのか「今日は私達がお父さんと寝るの」と言ってベッドにもぐりこんできた。
翌日、片方の腕だけが、リリーの角のせいでやっぱり真っ赤に腫れていた。本格的に角にクッションを検討したい。将来の旦那の為にも。
娘さんを下さいとか言ってきたら。
「角だけは気をつけろ、夜中に抱き付かれて腕に頭をグリグリして来るからすごく痛いぞ。それだけは言っておく、本当に痛いからな!」
コレで完璧だな。
独り言を呟いた後に、まだ誰も起きていない事を確認して少しだけ安心した。




