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第48話 運悪く魔王軍が来城してた時の事

細々と続けてます。

相変わらず不定期です。

20160520修正

 ゲビスが最前線に送り込まれ三十日、そろそろ雪が降るんじゃなかろうかと言う頃。

 俺は十人ほどで城壁修理をしていた。

クラヴァッテが「経験があるからカーム君が指揮をとってくれ」と言う、簡単な手紙一枚と、必要な石レンガが支援物資と共に数回に渡り届いた。

 不祥事で左遷された贅肉の塊だと思ってた奴が頼んだのか?ありえねぇよ。と思ったが中々良い奴らしく「最前線の物資の安定供給の為に中継基地を此処に建てよう」とか言って建てた事が飯の時にわかった。

 しかも、建設の為に私財の半分以上をつぎ込んだとも聞いた。だからクラヴァッテ様が来た時に頼み、資材が届くようになったらしい。なので俺も「皆の為にやってみるか」と言う気持ちになり、俺が監督と言う事で、兵士の仕事という名目で十人ほど借りたいと申請したら、即許可が下りたので、皆で気楽に補修工事をしている。正直あの名前も知らない肉塊を誤解してたよ。


 あと三日くらいで終わるかな?と言う所で見張りの兵士が叫んだ。

「魔王軍だーーー!こちらに向かって来てるぞー」

 魔王?実在してたのか……だとしたら初めて見るな。

「あーい、今日の業務もそろそろ終わるから見てないで手動かそうぜー」

 そう言ってたら、魔王軍が城門の前に立つと肉塊が出て来た。

 人数は二百人くらいか?まぁ個々の戦力が強ければ二百人くらいでもどうにかなるのか?

「最近人間どもが粋がってる様なので、本格的に冬が来る前に最前線に行っておこうと思って寄らせてもらった。すまないが門の前を借りるぞ!」

「どうぞどうぞ、良ければ少し食料もお持ちください」

「要らぬ! それは貴様等兵士の物であろう、我々の食い扶持は多めに持って来ておるわ!」

「そうですか、せめて皆に暖かい物でも、薪くらいなら構わないでしょう」

「感謝する」

 あの肉塊すげぇ良い奴っぽい、横暴じゃないし。

 作業中横目で少し見たけど、一言で言うと『でかい』だ。身長が二メートルくらいあるんじゃないか?筋肉隆々で肌も灰色で白い髪をオールバックにしていて、いかにもゲームとかで見た事ある敵キャラって感じだ。ってかそろそろ雪降るのに薄手の半袖のシャツってどうよ?

 あのでかさ、グラナーデを思い出すな。学校が終わって直ぐに村を出てったけど。


そう思いつつ今日の業務を終わらせ城壁の上と外の道具を片付けを終わらせ、城の中に入ろうとすると誰かに話しかけられた。

「おいカームだろ!?久しいな」

 魔王軍に知り合いは居ないけど?しかも女性。

「ん? だれだ……い……グラナーデじゃないか! なんでここに?」

 そこには1つ目の筋肉隆々の薄手のシャツのサイクロプスの女性が立っていた。

「それはこっちの台詞さ、なんでお前が最前線基地にいるんだい?」

「色々あって」

「なんだ、知り合いか?」

 魔王が割って入る。

「あぁ、故郷のタメさ。頭が良くて魔法を使うのが上手くて偉そうにしない奴だ。村を季節が一巡する間に、みるみる発展させた奴だよ」

「ほう」

 そういってジロジロと俺を頭のてっぺんからつま先まで見る。

「筋肉が足りないぞ若者よ! ハハハハハッ! 肉を食え肉を!」

 と言って背中を叩かれ軽く吹っ飛ぶ。すげぇ痛い、吐きそうになった。

 そして俺はグラナーデに誘われ夕食を城門前で取る事にした。

「グラナーデはなんで魔王軍に?」

「あ? 村は平和だろ? だから暴れる機会が欲しかったのさ。村の近くのギルドだとロクな討伐の依頼も無いからな、その辺を暴れながら彷徨ってたら魔王様に拾われたんだよ。そうしたら気に入られてな! 今じゃ近衛兵で愛人さ! 夜の相手にもなってるぞ!」

 そう言って笑うが、俺はスープを吹き出しむせ返る。

「おいおい何噴いてるんだい!祝福する所だろうに」

 そう言って背中をバンバン叩いて来る。

 むせたから叩いてくれたのか、それとも噴いたから叩かれてるのか解らない。

 むしろ、筋肉隆々同士の夜の営みを想像したくない、けど愛の形はそれぞれだ。夜中ベッドの前でダブルバイセップスを決めながら「切れてるよ! ナイスカット!」とか、お互い言い合ってるだけかもしれないし。お互いにワセリンを塗ったりしてるんかもしれない。

「いやー魔王様は底無しでな」

 正直聞きたくなかった。

「おいおいそんな話をするな、恥ずかしいだろうに」

 なんだこのお茶目さん。てっきり「俺の子を産め」とか言って、片っ端から手を出すのかと思ってたわ。

「なに……。グラナーデの猛攻に俺が折れてな、夜中に襲われてしまったわ!」

「はぁ」と、相槌を打つしかできねぇ。

「強くてもヒョロイ男に興味はないからね。魔王様を見た時にこの人の子を産みたい!って思ってね」

 流石おっぱいの付いたイケメン、言う事が違うわ。

 そっちの魔王様は照れてるし。やだ、この魔王可愛い。

「さて、カーム。お前の色々を話してもらおうか」


 そう言われたので、エジリンの町で働きながら修行している事、ラッテの事、討伐の事、なんでここにいるのかを話した。


「ほう。中々やるんだな」

「こいつは魔法が得意だし、応用力も高いからな。何でもできる」

「なんでもじゃないよ」

 一応否定しておいた。

「手加減するから手合せしてくれ」

「いやいやいや、魔王様にそのような事は恐れ多くてできません」

 死にたくねぇし。

「俺だって、好きで魔王に成ったわけじゃない。気が付いたら強くなってて、魔王に成っていただけだ。俺は偉くない、そんな改まるな」

「でも戦場で暴れまわって、その辺で死んでる人族の足を掴んで振り回したり、ソレを思い切り盾を持った奴に投げつけたり叩きつけたり、左手で首をもって腹を殴って鎧ごと腕を貫通させたり、左右の手で人族の頭を掴み兜ごと、スイカみたいに潰したり、フルプレートを着こんだ兵士をねじ切ったりするんですよね?」

「何それ怖い」

「あれ? しないんですか?」

「しないぞ! 俺は前線に突っ込み陣形を乱し、後からついて来る部下が薙ぎ払うからな! 上に立つ者は、常に皆の前を行かねばならん! ってこのカームって言うグラナーデの故郷のやつ、考え方が超怖いよ!」

「そうですか、ご立派ですね」

「だろう!」

 そう言って、筋肉をパンプアップしてポーズをとる。

 筋肉を褒めた訳じゃないんだけどな……。

「武器はやっぱり素手ですか?」

「あぁ! あんな直ぐに曲がる剣や、良く曲がる鉄の棒なんか持って戦うより、拳で戦った方が確実だ!」

 わざわざポージングしないでくれ。

「でしょうねー」

「世の中には、ミスリルやオリハルコンと言った物があるそうだが、俺ならそのまま棒にして振り回す!」

「デスヨネー」

 なんかごり押し好きそうだし。

「さぁやろう! 手加減するからさぁやろう!」

 忘れてなかったか。

 なんか周りの部下たちが騒ぎ出して「いいぞあんちゃん!」とか言ってるし、城壁の上からは、キースや暇な兵士がこっちを見ている。この魔王様声でかすぎだ。


「おい!カームさんと魔王様が手合せするらしいぞ!」

「何だと!」

「行くぞ!飯なんか食ってる場合じゃねぇ!」

 そういって食事の途中で、ほとんどの兵士が城壁や門の前に殺到する。

 なに?娯楽が少ないとここまですごい事になるの?なにこれ逃げられないよ?頭の中で『ノー・エスケープ』とかゲームなんかで聞いた時ある声がする!?

「カーム! お前の得物だ!」

 そう言って、スコップとバールとマチェットが投げられる。

 キース君、後でゆっくりとお話ししようか。

「どれどれ私も見ようか」

 甲高い声と共に贅肉も出て来る。

 普段部屋に引き籠ってるのに、こういう時だけ歩くのな……。

「はぁ……殺さないで下さいよ?」

「わかってる! 殺したらスズランって言う女に殴られてしまうからな」

「ルールは?」

 そう言いながら、マチェットとバールを腰に挿し、スコップを構え終る。

「戦争にルールなんかないわ! とりあえず殺さなければっ」

 会話の途中で、目の前にフラッシュバンを発生させ、大声で叫びながら左手で目を押さえ右手をブンブン振って来るが、俺は気にせず裏に回り込み尻を蹴って転ばせ、距離を取り相手が立ち上るまで待つ。

 やっぱり初見で不意打ちフラッシュバンは効くなー。戦争にルールはないって言った時点で仕掛ける権利はあるよね?しかも「殺さなければっ」までは聞いてるし。


 周りからは「卑怯だぞ!」とか野次が飛ぶが、この戦いにルールないし。

「黙れ! ルールがなく、殺さなければと言った時点で既に勝負は始まっててもおかしくはなかった! ぬぅ……魔法使いを甘く見ていたぞ、コレは考えを改めないといかんな」

 そう言いながらまだ目を押さえている。

「あのー、目が見えなくなって転ばされた時点で、ある程度大怪我か死ぬ可能性があると思うんですが、むしろその筋肉に刃物通ります?」

「確かに! 殺される可能性が高い。ここは素直に負けを認めよう! 刃物は骨で止まるし矢は力を入れれば途中で止まる」

 魔王ってこんな化け物揃いなのか……。そう思っていると周りや城壁の上から歓声が上がってる。

「カームよ! 飲め!」

 そう言って、周りにいた部下らしき男から酒をぶんどり、俺に渡してくる。ラッパ飲みっすか?

「あ、はい。頂きます」

 そう言って、一息で残っていた酒を空けると、さらに周りから歓声が上がる。

 このノリなんかもろ体育会系じゃないか。

「カームすごいじゃないか! 魔王様を倒すなんて」

 そう言ってグラナーデが首に腕を回して来て、胸が頬に当たるが筋肉なので「バストでは無く胸囲」に近い。全然嬉しくない。まだスズランの方が柔らかいわ!

「あー、んじゃ返杯で故郷の酒を……。少し待っててください」

 そう言って、まだあまり使ってない蒸留酒を持って来て、カップ半分くらいまで注いで渡す。

「杯から零れるまで注がないと、注いだことにならぬぞ」

 そう言われ渋々注ぐ。倒れても知らないからな。

「それでいい! ぬぁはっは! 見てろよ? このくらいなら一息だ!」

 そう言って一気にカップを煽って空にして「むう、強いな」と言ってそのまま前に倒れる。

「毒だー!」

 とか回りが騒いで皆が殺気立つが「俺毒に強いから飲んで確かめてやる」と、代表としてその一人に酒を少し注いで飲ませる。

「うわっ……これ強ぇわ……これをカップ一つ一気飲みとか、いくら魔王様でも倒れるわ」

 そんな感じで弁解してもらい、疑いが晴れた。

 そのまま騒ぎは収まり、俺は城の中に戻るとキースに絡まれた。

「いやー魔王様を倒すとか、将来は魔王様ですかな? カーム魔王様」

「いやいや、無理だろ。俺、戦い好きじゃないし」

 そう言いながら与えられたベッドに行き、残り半分になった蒸留酒を見ながらため息をつく。

 そろそろ雪降るし。帰れるからいいか。

 そう思いつつドライフルーツをつまみにして、口の中で即席果実酒を作って飲んで寝た。

「その酒かなり臭いがキツイから俺のそばで飲むな」とかキースが言ってきたが、無視しておいた。



「あー頭いてぇ、あ?カームは?」

 篝火がまだ燃えており、隣りにはグラナーデが寝ていて、周りも酔った勢いで寝てる奴が多い。風邪引かなければ良いけどな。

「ったくなんだよあの酒、星が飛んだぞ……戦いで負けて酒にもまけるとか面白い奴だな。グラナーデの出身と同じだからベリルか……あそこは領地じゃなかった気がするな、グラナーデに話を付けて送ってもらうか。後で誰かに酒を買いに行かせるか」

 そう呟き水をがぶ飲みしてから、俺は寝なおした。



 いつも通りに目覚め、いつも通りに朝食を取って、いつもの時間に修理に入る様にしているが今日は違う。跳ね橋前で雑魚寝してる奴等が邪魔過ぎて、目地材が練りにくいんだが。まぁ気にせず始める事にする。

「あー、いつも通り安全を心がけて、何か異常があったら報告する事、体調が悪い者は無理せず名乗り出る事、決して無理をしない事。んじゃ開始!」

 安全・迅速・丁寧・仲良し。ってか?

 そう言って目地材や石レンガを運ぶが、途中で足か手を踏んだが、踏んだ近辺で誰かが起きる様子がないので、気にせず作業を始める事にした。

 ってか邪魔過ぎる。むしろ踏んでも寝たままの近衛兵ってどうよ?


 作業を始めしばらくすると、チラホラと魔王軍が起き始め、頭を押さえたり水をがぶ飲みしている奴らが目立つ、不健康ですなぁ。

「エンジョイ&エキサイティング」とか言わなければいいさ。自分の統括する領地っぽい所で、略奪とかしなければね。自分の領地で必要悪とか必用ないしな。


「あースープを作ってる臭いがするー、さっき飯食ったばかりなのに、やっぱりあの臭いにはかなわねぇな」

「そうだなー、久しぶりにシチューが食いてーな」

「テフロイトに戻れたら、美味い酒場教えてやるよ」

 修理を手伝ってる兵士が、声を漏らす。

 日本人の「炊き立てのご飯の香りー」みたいなもんか?

 その後、魔王軍全員が遅めの朝食を食べ終わらせ、荷支度を済ませ「さて、そろそろ向かうか」とか聞こえ始めたのが、俺達が十時頃にお茶を飲みながら、軽い休憩をしている頃だった。

 その穏やかな時間を、無理矢理終わらせるかの様に見張りの兵士が叫んだ。

「最前線方面より影多数! 警戒しろ!」

 人族か?何も魔王軍と魔王様がいる時に来なくても良いじゃないか。運のない奴等だ。

「横一列にかなり長いぞ! 大規模かもしれん、警戒態勢に入れ!」

 そう言ってピリピリした空気が漂って来た。

「よし、今日はここまで。皆は戦闘準備をして下さい。俺はこの余った目地材を使い終わらせたら準備しますので。あの進軍速度だと、まだ平気でしょう。慌てないでくださいね」

「「「わかりました!」」」

 そう言って、手早く道具を纏め準備に入って行く。

「魔王様ー、もしよろしければ、物資の方は門の中に入れてもいいんじゃないですかー?」

「カーム、のんきな声を出すな! 士気が下がる!」

 魔王様に怒られた、よく見ると昨日の緩い雰囲気はなく、皆鎧などを着こみ武器の点検を始めている。

 敵が見えてからの準備って少し遅い気がするけど、まぁ俺もまだ終わらせてないから何とも言えない。

「天気は晴れ、ほぼ地上は無風、上空は穏やかそうな逆風、到着予定は正午前か。このままだと、時間がたてばこっちが逆光になるな、まぁ人族が有利なのは間違いないな、戦力的にも。城の石レンガは白から灰色系か、なんとかなるな」

「おい! 言われた通り荷物を門の中に入れさせてもらえ! 俺等は外で迎え撃つぞ!」

「「「「「応!」」」」」

 あーなんかかっこいいな、ああいうのに少し憧れるな。

 そう思いつつ目地材で壁の隙間を埋め、部屋に戻り白い布を床に敷き、薄めたインクを手に付け、手を振る様にして水を飛ばし、小さな斑まだら模様を作っていく。その後は泥水で同じ事をしてから壁に貼り付け、可能な限り後ろに下がり全体のボヤケ具合を確かめる。

「んーこんなもんか」

「何してんだカーム! 早くしろよ!」

「なぁキース、アレを見てどう思う?」

 そう言って壁にかかってる布を指差す。

「汚い布」

「違う違う、周りの石と色が似てないか? って意味だ」

「あー少しだけな」

「ありがとう。これが遠くからだとかなりボヤケる」

 そう言って布を割き、頭や顔、腕や胴や足に巻きつけ、今日の迷彩は終了。

「相変わらず奇抜だよな」

「さっさと向かわず、ずっと見てるキースも同じようなもんだよ」

 そう言って装備を整え、跳ね橋側の正面の城壁に陣取る。

 俺が行った時には、既にあちこちでお湯や油を火にかけていた。

「すみません、準備に手間取って」

 軽く謝罪をしたが、隊長クラスが怒号を飛ばしており、俺の声は聴いてもらえずキースに肩を叩かれた。

「んじゃ俺はてっぺんに上るから、死ぬなよ」

「あいよ」

「そこはお前もな、って返さないか?」

「死にたいのか?」

「なんでだ?」

「戦場で子供の話しや、嫁や恋仲の話をすると死にやすいって聞いた事ない? それと同じで、さっきのやり取りも死にやすくなる噂が有る」

「本当かよー」

 ニヤニヤしながら目を細めてている。

「まぁいいさ。さっさと行け」

「へいへい」


 それから三十分後、人族は目視一キロメートル先で止まり、隊列を整えている。

「あースコープ使ってもほとんど見えないな、ねぇ経験上何人くらいだと思う?」

 あまり見た時のない、緊張している兵士に声をかけた。

「うぇえ? 自分ですか? わ、わかりません!」

「あーうん、ごめんありがとう」

 そう言って正面を見ていると「プワーッ」とラッパみたいな音が聞こえたので、多分前進だろう。

「隊列はこの間と同じだー! 囲まれると思っておけ!」

この間と同じらしい、けど規模が多くないですかね?面倒だ。多めに見て置こう。

「んー綺麗な四角い隊列だなー。一人の横幅が一メートルとして、三方向を囲むのには最低でも城壁の一辺が三百メートルで九百メートル。最低でも九百人いると考えて、裏に回るのも考えるともう少し長いか? 一列って訳じゃないし三十人の三十列が四方向を囲むのにそれが四組、それが左右に分かれると仮定しておこう」

「何ブツブツ言ってるんですか?」

「ん?勝つための計算」

「はぁ……」

 隣の兵士は、呆れたような顔で正面を必死で見ている。

 下を見ると、魔王軍が距離を見ているのか、まだ突撃しない。


 人族が二百メートルまで近づいて来て、一端止まった。


 隊列を組んでいる裏には、大量の弓兵と攻城兵器を必死に引っ張る、比較的軽装の兵士。

 そして考えたくもなかったが、捕虜となった魔族が粗末な盾と棍棒を持たされて最前列にいる。

「クズな魔族どもよ!我々の剣や槍はいつでもお前らの背中を狙っている!いつでも殺せると思え!」

 あーうん、わかってた。


 そしてラッパの合図と共に捕虜と歩兵達が一斉に突撃して来て、後方から大量の矢が放たれくる。こんなの映画でしか見た時ねぇよ!畜生が!

『イメージ・城の上空・ドライダウンバースト・超小規模・発動時間五分・発動』

 ぶっつけ本番で、出来るかどうかがわからなかったが元地球人舐めんな! 積乱雲とか無くても下降気流作ってやったぜ!


【スキル・属性攻撃・風:3】を習得しました。

攻撃してねぇけどな!


「急に突風が! 立ってられない!」

 そう言って兵士達は、狭間に捕まったり地面に伏せたりしている。

 物凄い突風が、城を中心に全方位に吹き荒れ、矢が上空で押し返されほとんど届かず地面に刺さっていく。

 百人規模の弓兵隊が二部隊。それが二射三射と続けるが、一本もこちらに届かず、次第に矢の数は減っていいき、捕虜も最初は走っていたが次第に歩きになり、最後には地面に伏せたり強風で転がったりしている。

「今だ!突撃するぞ!」

 魔王様が強風の中、周りに聞こえてるかわからないが、号令を飛ばし突撃して行き、それを見ていた皆が後を付いて行く形になった。

「魔王様早すぎだろ!」

『イメージ・石壁・百メートル先・幅三百メートル高さ三十メートル厚み五十センチメートル・奥に十度傾き・発動』

 ズンッと音と共に、十階建てのマンション程度の石壁が、魔族の捕虜達の少し後ろ発動し、根元からゆっくりと倒れて崩れていく。

 ダウンバーストの影響もあり、思ったより早く石壁が崩れ始め、ドズンドズンドズンと重い物が、地面に突き刺さる音があたりに響き渡り、悲鳴が一瞬だけ聞こえた気がしたが、石が崩れ落ちる音と強風にかき消されていった。

 この風、急いでたから五分って指定したけど、二分で十分だったな。

 そう思いながら俺は、城壁の狭間に捕まったまま、風が止むのを亀のようになり待っていた。


 少しずつ風が弱くなり、皆が頭を上げる頃には落下の衝撃で魔力切れを起こしたのか、奥の方は既に石壁の残骸は無く、生ゴミが四散していた。百キログラム以上の石が、高さ三十メートルから降って来るんだ。流石に原型はないな。手前でも大体五メートルくらいの高さか、運が良ければ生きてるね。

 なんか刺さる様な視線を感じ、裏を見たらキースが物凄く睨んでいる。アイツの事忘れてたわ……。

 なんとかジェスチャーで謝ってみたが、弓をこちらに向け矢を放ち、矢が足元の石と石の隙間に刺さり、ドヤ顔でこちらを見ている。いやー石と石の隙間狙うってすごいっすね、キースさん。

 まぁ、後で何言われるかわかった物じゃないけどな。


 そして俺は、隣に居た兵士に「ごめん、魔力切れそうでかなり気怠いから、これ以上期待しないで」と言って、狭間に背中を預け座った。

「え? あ……? はい」

「今のカームさんがやったのか?ありえねぇだろ、強風で矢は届かないし第一陣ほぼ壊滅だし」

 遠くからそんな声が聞こえた。

 本来は寝てたいけど流石に不謹慎だからな。

 時々狭間から覗き込み、相手の出方を伺うが第一陣はほぼ壊滅状態だ、これ相手の士気が残ってるかな?


何が起こったのかわからず、少しあっけに取られていた魔王様だが、我に返り再び命令を飛ばす。

「行くぞ! まだ守りは必要ねぇ! 今は攻めるぞ!」

「「「「応!」」」」

 そう言って生ゴミの中を走って行き、前衛のいなくなった弓兵達を処理して、更に奥へと突撃していく。

 誰か引き際を教えてやれよ。あれじゃ孤立して囲まれるぞ。

 しばらくすると、混乱していた指揮系統が元に戻り、梯子を持った奴が部隊の裏の方から走って来る。

 前衛いないのに良くやるわ。


そして城壁にいる弓兵は、梯子を持った奴らを優先的に狙い、それでもあぶれた奴が梯子を掛け登って来る。

 左右や裏に回る兵力がないのか、梯子を持った奴全員が正面に集中している。

 コレって既に後処理に入ってるよね?

 そう思ってると、隣で「ダンッ」と音がしたので、横を見ると梯子が狭間の間にかかっており、顔を半分出して覗くと駆け上がる様に上って来る。

 あー、せめて両手足使ってくれよ。この角度を足だけで上って来るとか見てるだけで怖いわ。いや、足滑らせて股間強打したらとか思うとさ、同じ男として。

 そして、あと一息で城壁の上に付くと言う時に、魔法を放つ。

「湯!」と、バケツで水を撒く様に【熱湯】を敵兵にぶっかける。

 駆け上がって来た威勢の良い人族は、そのまま堀の中に叫びながら落ちて行った。

「いやー怖かったねー、まさか駆け上がって来るとは思わなかったよ」

 そう言いながら、梯子を思い切り引いて堀に落とす。

「ですよね」

「魔力切れで気だるいんじゃないのかよ」

 槍を持ってた兵士が、顔を引きつらせながら苦笑いをしている。


「ねぇ、攻城兵器どうなってる?」

 矢が飛び始めるようになってきたので、狭間に背中を預け気軽に聞いて見る。

 隣りにいた兵士は、盾を少し傾け遠くを見て口を開いた。

「魔王軍が重点的に処理しています。人族も抵抗していますが、ほぼ無意味に終わっています」

「ありがと、飴食べる?」

 そう言いつつ、ポケットから革袋に入った飴を取り出して口に放り込む。

「だ、大丈夫です、平気ですから」

「わかった、欲しくなった時に。俺が隣にいたら声かけてー」

「りょ、了解」

 そう言って、もう片方のポケットから岩塩を取り出し、マチェットの背で叩き小さい欠片を口に放り込み、小さな【水球】を出して水分も補給していく。

「あ゛~だるい。敵が来たら言ってね」

「だるいなら、魔法で水出して飲まなければ良いんじゃないっすか?」

「んーまぁ……ね。それにしてもさー、人族も運が悪いよね。魔王様が最前線に行く途中で、この城に拠って無ければもう少し変わってたかもしれないのにな」

「カームさん自覚無いんすか? 貴方の魔法で敵陣は半壊してるんですよ!?」

「おー、そうっすかー。交戦時間が減って助かったよ」

 そう言うと、隣にいた兵士が、変な目でこっちを見てきた。おいおい、そんな目で俺を見ないでくれよ。美女以外に、そんな目をされるとやる気がなくなるじゃないか。


 それから少しワーワーやってるのが聞こえてたが、近くに梯子が来ない限り座ってボーっと空やキースを見ていた。

 キースが塔から弓を射っていたが、時々こっちを見てドヤ顔をしている。俺からじゃ外の様子は頭を出さないと見えないので、何をやってるか不明だ。

「あー気怠いのがすこし好くなってきたわー、ちょっと援護するかー」

「回復はやっ!」

 だるそうに呟きながら顔を半分出して外を覗くと、後方で弓兵が援護射撃をし。軽装の奴等が半壊した前衛の盾を拾って、なんとか陣形を組み直し城壁に近づき、かなり後方にあった、攻城塔を死守しながら近づいて来る。

 前回のが、使い物にならなかったと報告で来ていたのか、跳ね橋部分がかなり長く作られている。あれなら堀を埋めなくても平気だな。

 まぁ、破壊するけど。


 まぁ、井戸を作る時の簡易版で十分だよな。

 攻城塔の横半分を1m程陥没させ、横にベシャーと転ばせる。はい、廃材の出来上がり。設計上前には傾きやすくなってるが、正面から見たら左右に倒せば良いんじゃね?ってなるだろう普通。あんな跳ね橋長くした、重心が高そうな不安定な物転ばせるのなんか簡単なんだよなー。

 そう思いつつ残り少ない攻城塔も処理していく。


「ねーねー、魔王軍ってどうなってる?」

 盾を構え、矢を防ぎながら外の様子をうかがっている兵士に声をかけた。

「見えません! 多分奥の方のお偉いさんの居るテントにでも行ってるんでしょう」

「何もしなくても、半日で戦が終わるって素晴らしいな!」

「カームさんは、最初にどでかい事したでしょう」

「あーあれね、矢を防ぐために風を使って、前衛の堅い奴を処理するのに、ちょっと大げさに魔法使っただけだよ、あとは勝手に石壁が倒れて終わり。弓兵は魔王軍が有る程度処理して士気ボロボロ。俺はそれくらいしかしてないよ」

「それくらいって言うのにはデカすぎます。嫌味になるので、そういう事言うのは止めた方が良いですよ」

「忠告ありがとう。なんか固まってるのかでっかいの来たら教えて、顔だすから」

「了解」


 そう言いつつも、適度に顔を出しして戦況は確認していたが、最初の石壁が効いたのか、人族は立て直す事が出来ずそのまま数を減らして行き、魔王軍がなんか派手な服を着た奴等数十人を縛って担いで来た時は、指差して笑っちまったよ。

 そして夕方前には、派手な服を着た黒髪の人族が負けを認め、軽症の者は逃げ、怪我で逃げ遅れた者は死体処理をさせられ、動けない者は止めを刺されていった。

 魔王軍にも多少被害が出たが、死者は出ていないらしい。実はかなりすごい軍隊なのでは?そう思いつつ、攻城塔の残骸にみんなと協力して死体を積み重ねる。


「おいカーム」

「なんだキーグフッ!」

 振り向いた瞬間に、腹に良いのを一発貰ってしまった。

「殺す気かよ」

 声に怒気は無いが、何時もの雰囲気ではないのはわかる。俺は腹を押さえ膝を付き、痛みをこらえながら。

「ごめんなさい、すっかり忘れてました。あれは私が全面的に悪いです」と言い、しばらくうずくまっていた。

「……ならいい、あの風でほとんどの矢を凌げたから、死んだ奴も少ないだろう。それに免じて許す」

「あ゛ざーっす」

「そんな格好で言われてもな」

「いだぐでだでまぜん」

「悪かったよ、けどこっちも死にそうになったんだ、許せよ」

「悪いのはおでだじ、おごっでない……」

「そうか、で。また尻尾でも触りに行くのか?」

 ようやく痛みが引き始め立ち上がりながら、

「いや、心が痛んだって事は無い。慣れって怖いな」

「慣れちゃいけないんだけどな……」

「……まぁな。ところでキースは、お気に入りの娼婦の所に行くのか?」

 尻尾が揺れているので何か楽しみが有るに違いない

「ば、馬鹿! 行かねぇよ!」

「そうか、俺は疲れてるから早く寝るよ」

 そして、さらに尻尾が早く振られる。

 キース。シュペックよりわかりやすいぞ?


 そうして俺は疲れてる事を理由に、魔王様やグラナーデの誘いを断り、兵舎でさっさと食事を取り、泥の様に寝た。

 捕虜は八割ほど生きていたらしい。全員助けられなくて悪かった……。そう心の中で思っておいた。


閑話


宴中の魔王軍


「グラナーデ、あのカームって奴の事詳しく教えてくれ」

 酒を飲みながら真剣な顔でグラナーデに問いかける

「知らないさ、私が知ってるのはせいぜい故郷にいた時に、魔法で井戸を掘ったり荒れ地を耕したり、麦を刈ってたくらいしか知らないよ、故郷であんな魔法見た時すらないよ!」

「そうか、あんな魔法出そうと思って出せる物じゃねぇ、俺は正直あのカームって奴が怖い、あんなのが本気出したらって思うとな……」

「アイツは優しくて怒ってるところを一度も見たことがないし、正直者で飄々としてるから、心配しなくても平気だよ」

「直接怒らせるとかじゃなく、何が引き金になって敵に回るかわからない方が怖いな。正直かかわりたくはねぇよ? 普段温厚な奴の方が怒らせると怖いって言うだろ? それだと俺は思うぜ」

 そう言って一気に酒を煽る。

「戦争が始まったと思った矢先に、あんな魔法を見せられ、矢は届かず敵軍は半壊。おかげで弓兵まで一気に行けて、俺等にも城の方にも被害は殆どなかったから良いけどよ、実際自分たちがやられてみろよ? 士気なんか一気に無くなるぜ? あいつはそう言うのも知ってるのか?」

「わからないよ、けど皆より頭が良くて、故郷の学校って奴を季節一巡分早く終わらせてたよ」

「頭も良いのかよ、ますます関りたくないな」

「昨日の酒を考えたのもカームだよ」

「あーあー、お手上げだな。あの酒には勝てねぇよ」

 俺は辛気臭い雰囲気を吹き飛ばす為に酒を大量に煽った。



閑話2


カームの居なくなった食堂にて


「おい、あの魔法絶対カームさんだろ?」

「だろ? あんなの使える奴いないって、前に人族に包囲されてた時に言ってただろ」

「けど最初の風もそうなんだろ? 矢なんか一本も届いてないぜ? どんな魔法なんだよ」

「しらねぇよ、本人に聞いてくれ……」

「けどよあの石の壁。すごかったよな! 塔のてっぺんの旗よりも高かったんだぜ?」

「けどよ、ぐちゃぐちゃになった死体処理だけは我慢できなかったわ、アレは堪えるぜ?」

「あの魔法が無ければ、また包囲されてこっちが危なかったんだぜ? 感謝はしても文句は言うなよ、俺だって我慢してスコップで内臓拾ってたんだからな」

「お前はまだ良いだろ、俺なんかワーウルフで鼻が良いんだぜ? まだ鼻に臭いが残ってやがる」

「俺、カームさんの隣だったけど。魔法を出す前に人の数を数えてたの聞いた。なんかブツブツ言ってたし、聞いたら『勝つための計算』だって」

「何考えてるか本当わからねぇなーあの人」

「だな」「あぁ」「そうだな」

「俺なんか飴食べるか?って言われましたよ。あんな状況で、呑気に飴なんか舐めてられませんよ」

「そのあと塩も舐めてたよな」

「舐めてたな」

「魔法使いすぎて気怠いって言ってるのに、魔法で水出して飲んでて、また気怠そうにしてましたよ」

「頭良いのか悪いのか俺にはわからない」

「俺もだ、『怒らせるな』って言う事は、多分噂じゃないって皆わかったと思うが」

「だな、あんなの怒らせたらこの城が崩壊するわ。よくゲビスはあんな弱い毒で済んだよ」

「けど嫌がらせって噂も有るぜ? ゲビスの部屋にクラヴァッテ様と一緒に入ったカームさんが『嫌がらせで禁輸品の草を寝てる時に隣で焚きました』って言ってたって、同行してた奴が言ってたぜ?」

「嫌がらせで城を崩壊させられたら、たまったもんじゃねぇな」

「だな」


 こうしてカームの噂がより一層酷くなって行きます。


 噂に『戦場で呑気に飴を舐めてた』『一瞬で人族の軍が半壊』が追加されました。

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作者が書いている別作品です。


おっさんがゲーム中に異世界に行く話です。
強化外骨格を体に纏い、ライオットシールドを装備し、銃で色々倒していく話です。


FPSで盾使いのおっさんが異世界に迷い込んだら(案)

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