第46話 砦前で乱戦をしている兵士達の横で何をして良いか解らなかった時の事
細々と続けてます。
相変わらず不定期です。
20160507修正
次の日の朝に、この隊の一番偉い虫みたいな触角を生やした隊長っぽいのが、大声で演説をしている。飯くらいゆっくり食わせろ。せっかく温かいスープまで付いてるんだからな。
「これより徒歩で、太陽が少し傾いたところにある丘を越えれば城塞が見える! この城塞は最前線に物資を届ける為の重要な拠点であり、負傷した兵が運び込まれる所でもある! それが今人族の手によって奪われそうになっている! それを退けるのが我々の仕事だ! 馬車から必要な物だけを持ち、残りには護衛を部隊の一割を付ける。何かあり次第ここに伝令を飛ばすので、伝令を受ける者は準備をしておけ! 俺達は必ず勝てる! だからゆっくり食事を取ってほしい!」
最後の食事になるかもしれないから、ゆっくり食えってか。まぁ、そんな事は普通言わないよな。言われた通り、ゆっくり食わせてもらいますかねぇ。
「おい、カーム。俺達何すればいいんだ?」
「さぁ? 護衛後に支援としか言われてないから、遊撃隊みたいに勝手に動いていいんじゃないの? ヤウールさんも『ここまで来たらもう私の管轄じゃないですから』とか言ってるし、まぁ場の空気を乱さない様に気楽に行こうぜ」
「そうだな、一緒に行動しようぜ」
なにその「一緒に走ろうぜ」的な感じは。
俺等は朝飯を食べ終わった後、小さなリュックに入れる装備の点検をして、ゆっくりとしていたら歩兵部隊達が騒がしくなり。
「お? そろそろじゃねぇの?」
キースがのん気に口を開く。
「んーみたいだな、最後尾についていけばいいんじゃねぇの?」
お互い疑問系だ。雇われ傭兵扱いで、数も少ないので纏めるのがいないのである。食事やその他消耗品類は支給されるが、基本的に扱いが緩い。
輜重兵の護衛を外れた今は、最前線基地に群がってる人族の排除が、次の任務だ。
「んじゃーいくかー」
「だなー」
そういいながら歩き出す。物凄く気の抜けるような声でやり取りしてたら、周りに睨まれた。
「そう言えば他の部隊にギルドから派遣された奴居たか?」
「見てねぇな」
「もしかしてこの中でクラヴァッテ様に2人しか雇われてねぇの?」
「あーそうかもな」
緩い会話をしながら歩兵部隊に睨まれながら最後尾に付いて行く。
「あの丘じゃないのか?」
そういって歩いてると、既に歩兵が丘の陰でなるべく横に広く並び、その前に騎馬隊が突撃準備をしている。二陣に分かれてるから、左右に分かれるんだろう。
まぁ、この辺は訓練で見てたから想定内だけど、砦ってどうなってるんだ?
そう思って、丘から少しだけ頭を出して確認。
七百メートル先の、なだらかな丘の下に人族の陣営が見え、砦を包囲している。その先に堀に囲まれた四角い城壁。1辺が三百メートルくらい、高さは十メートルくらいで狭間付きか、人が行き来してるから厚みは二メートル位か?入口は跳ね橋か。こんな援軍の数を収容できるのか?中にどれくらい生き残ってるか知らないけどな。
そろそろ柔らかい布団で、屋根の有る所で寝たいよ。
地面の色は草とかはなく、土が剥き出しか、散々踏み固められてるしな、周りに樹木や茂みはなし。
めんどくせえなぁ、アンブッシュ出来ないなら、目立たないコゲ茶色しかねぇな。
堀は、幅七メートルの深さ三メートル強ってところか。水深はどれくらいだ?人族が結構沈んでるけど、水で揺らいで良くわからないけど、一メートルくらいか?にしても嫌らしい構造してるなぁ、水少ないし。幅も長いと梯子も重くなる。攻城塔も見えるけどまだ使われてないみたいだな。いやー中途半端な水深が一番いやらしいわ。深いなら諦められる、浅ければぐちゃぐちゃになるけど入ろうとする。けど腰までだと入れるけど動きが阻害される。上から油やお湯を掛けられても下が水だから重度の火傷にならないで中度、しかも戦場じゃ色々と不衛生だから多分長時間苦しんで死ぬな、生き残ってもまぁお察しって事だ。
手押し車……一輪車?ネコ?を持った奴が、弓に狙われながら、必死で掘を埋めようとしてるけど、水張ってあるから埋めても沼になって攻城塔乗せるのに土だけじゃ設置圧足りないだろ。
ところで、三角関数ってどうやるんだっけ?高さ五メートルの幅七メートルだから、必要な梯子の長さは……まぁ長けりゃ届くよ、うん。人は覚えても、やらないと忘れる。
今は投石器ががんばってるけど、アレはマンゴネルって言ったっけ?でっかいのはトレビュシェットだっけ?弓に優先的に狙われてるな、よくあんなもの持ち込んだな。大変だねぇ。まぁ映画とかでも必死で引っ張ってたし。
投石器が有るって事は、この砦を拠点として人族は使わないのか?まぁ関係ないか。
「おい、そろそろ突撃みたいだぞ?」
「了解、着替えるから少し待ってくれ」
そう言って、こげ茶の服に着替え地面を少し掘り、土を【水】で溶いて顔に塗りたくり、髪にも粘液に土を混ぜ塗っていく。
よし!これで俺は全身こげ茶色!
「お前って変な奴だよな」
「否定できない」
この世界じゃ、まだ理解されないだろうな。
「突撃ーーーー!」
「「「「「おーーーーーー!」」」」」
大人数が、勢いよく坂道を全力で突撃して行き、左右に分かれた。まぁ丁度ここから見て砦を正面に見て左角が正面に見えたからな左翼側は砦の裏手にも周るんだろう。
「おい出遅れちゃったぜ?」
「ん?あーしかたない、俺等は傭兵扱いだ。精々流れを見て動こう」
大声に気が付き、人族の陣営が転回し、盾を構え後ろから長めの槍がでてくる。
まぁ防御重視の密集陣形としては良いけど、下り坂の馬の突進力に耐えられるかな?
あ、崩壊した。まぁ無理だよな。そこから人族の陣形が乱れ何とか持ち直そうとしたが、裏から大群が攻めて来て砦を攻めてる奴は防御の対応に遅れているので持ち直すのにも数が足りない。
その後に剣と盾しか持ってない囚人兵が人族を薙ぎ払いながら投石に向かって行く。それにしても酷い装備だな。使い捨ての駒だから仕方ないか。まぁスコップにバールとマチェットと厚手の服の俺が言えたもんじゃないけどな。
萌えないおっさん達は平気かな……。
トレビュシェットは、大きいから攻撃が出来ない様に縄を切ってるだけだ。まぁ支援してやるか。
トレビュシェットの少し隣の土を、魔法で沈下させ、人族の多い方に転がしてやる。
『魔法だ!魔法使いが居るぞ!警戒しろ!』
なんか派手な奴が、剣で周りを指しながら言っているな。まぁ、ここからじゃ聞こえないんだけどな。
「んじゃぁ、俺達も行こうぜー」
「アレ、お前の仕業だろう?」
指を指し言ってくるが「あぁ」と軽く返事をしたら。
「馬鹿じゃねぇの!普通出来ねぇよ!」
激しく突っ込まれる。
「いや、出来ちゃったし」
「はぁ、もういいわ。で、どうするんだ?」
「正面の方は乱戦だから、裏手に回ろう。この丘の影を回れば裏手が見えるはずだから、安全に行こうぜ」
そう言って、丘の影を気が付かれない様に移動して、裏手に回る。
少し頭を出して確認すると、城壁に梯子が掛かっておらず、人族は城壁の上からの矢と、囚人兵と歩兵の処理をしている。このまま放って置いても、なんか平気そう。
「俺の判断だけど言って良いか?」
「なんだ」
「これさ、俺等の出番がない気がするんだが……」
そう言うと、キースも顔を出し確認している。
「あー」
気の抜けた声を出している。
「正面向かって右手側はどうなってるんだろうな」
「わからん、また回るか?」
「そうだな」
もう既に丘が無くなっているので、人族にばれない様に少し遠くから回り込む。
「俺等まだ何もしてないな」
「あぁ」
そういうやり取りをしつつ、身を低くして城壁の右側に少しだけ有った低木にたどり着く。植物の力強さに感謝だ。
正面と左手側の攻防が激しいのか、裏手側は梯子と斧や槍、油や熱湯。弓と弓の攻防が続いている。
「俺達に注意が向かない様に、支援しとくか?」
「お、おう」
そう言って俺は熱湯で【水球】を作り射出する。前々から思ってたんだがゲームなんかである、ウォーターボールとかって、どういう風にダメージが入ってるんだろう?と……。
物凄い勢いで射出して衝撃を与えてるのか?それとも水質なのか?
水面に一定速度以上で叩きつけられると、水面の硬さがコンクリート並になるって聞いたときあるからな。バケツ1杯分の水球が、時速百キロメートル以上で飛んできたら、まぁ痛いよな。
だから俺は熱湯で水球を作り、速さで水が四散しない様に考えながら、怪しまれない様に梯子を登ってる奴の、何人かに当ててやる事にした。
『ぎゃぁーーーー!』『あ゛~~~』
背中を抑えるように、梯子から慌てて自ら堀の中に落ちて行く、そのまま観察してたら、狭間から身を乗り出し、堀に矢を射る兵士の姿を見かけたので、多分止めを刺したのだろう。
まぁ、叫び声はある意味万国共通みたいなもんだな。
「キース、此処から矢は届きそうか?」
「届くけどこの距離じゃ、狙いは少し怪しいな……。でも一応届くぞ」
目視二百メートルくらいあるからな。弓で二百メートルの未来位置予測は難しいか。
「そうか、味方に当たっても仕方ないから俺が魔法で……あー。こっちに気が付かれても良い?」
「好きにしろよ、俺はもうお前の魔法には突っ込まん」
「りょーかい」
俺は熱湯で五百リッタークラスの【水球】を上空20mくらいに発生させ、なるべく人族の多そうなところに落とす。その辺のホームセンターで、巨大なタンクを見た事があるから、大きさのイメージはしやすい。
ダッパンッ、ビタビチャビシャと水風船を落とした時みたいに、四方八方に熱湯が飛び散り、大量の湯気が上がり、同時に叫び声が聞こえ、大量に熱湯を浴びた兵士は水の有る堀に飛び込んでいく。
湯気が晴れた頃には、何が起こったのかわからなかった魔族の兵士たちも我に返り、掘りの中の人族に弓で止めを刺したり、梯子を落としたりしている。
「んーーー」
唸りながらキースが、妙な顔でこちらを見ている。
「何か言いたそうだな」
「突っ込まないとか言ってたが、やっぱり規格外だぞお前」
「そうか?」
そう言いながらも、次を作り出し熱湯の水球を落としていく。
そして、逃げ出した兵士がこちらに近づいて来る。
「ほら、仕事ができたぞ、俺は水球で城壁に攻撃してる奴等をまだ狙うから、頼むよ」
「はいはい、わかったよ」
そしてどんどん矢を射って、こっちに逃げて来る人族を確実に排除していく。
キースもなんだかんだ言って、射撃速度とか命中精度が良すぎるな。だから呼ばれたのかもしれない。
そうして何人か倒れると、こちらに真っ直ぐ逃げるのではなく、城壁の左側や右側に、逃げるように散っていく。
「こっちに来た奴だけ頼むよ、なんだかんだ言って、逃げ方からしてまだ気が付かれてなさそう」
「あいよ……」
様子を見ながら【水球】を落としていくが、人がまばらになっていき、最後には何もしなくても、城壁の上の兵士が弓で倒していく。
固まれば熱湯、散れば弓、逃げても弓。左右に逃げれば、奇襲を食らった人族の勝ち目のない戦いに、参加させられる。
「もういいんじゃないか?」
「あー、そうだな。水球はもう要らないな」
そうして、しばらく低木の陰に隠れていたが、城から「うおーーーーー!」と大声で聞こえ、何人かの囚人兵が先陣を切って裏手側にやって来るが、ほとんど誰もいないので呆気にとられている。
「終わった?」
「終わったんじゃね?」
そうして俺達は、低木の陰から立ち上がり、肩で息をしている囚人兵達に近づいて行く。
「終わったんですか?」
「終わったと思う」
はぁはぁ、と息を荒げ、血まみれの獣人系の囚人兵が血走った目で当たりを警戒している。
「失礼ですけど返り血ですか? 怪我ですか?」
「返り血だ、気にするな」
「そうですか、じゃぁ正面に向かいましょう」
そうして歩き出すが、死体の山をよけながら歩くのには、気分が滅入る。
死体は見たくないけど、足元を見ないと踏むからどうしても見ないといけない。最悪だ。
そうして、ある程度正面に兵士が集まり、物資を乗せた馬車も到着すると跳ね橋が下り、全く汚れていない派手な服を着た贅肉だらけのなんだかか解らない生物が出て来て、甲高い声で「援軍感謝する」と言っている、太りすぎて声帯狭いんじゃね?しかもお前絶対何もしてないだろ。
あの一番偉いかもしれない昆虫系の隊長が「間に合って良かったです」と言って馬車に向かい手を招いて「物資もすべて無事です、これでまだ戦えます」とか言っている。
「今日位は贅沢しても誰も怒らん! 後始末をしながら暖かい食事を作るのだ!」
「「「「「おーーーーーー」」」」」
うん確かに士気向上とかは必要だと思うけど、一番の理由はお前が食いたいだけなんだろう?おう語尾に「でぷぅ」とか「でぶぅ」ってつけてくれよ「お腹が空いたから食事を持ってくるでぷぅ」「何をやってるでぷか!さっさと人族をやっつけるでぶぅ!」と妄想して吹き出し、キースに変な目で見られた。
兵士が死体から矢を抜き集め、死ねず痛みで唸っている人族に止めを刺し。死体を一カ所に重ね火をつけて行く。
人の焼け焦げる臭いが鼻に衝いたので、俺は風上に逃げた。ってか戦ってる時間より後片付けのほうが時間かかるってどうよ?
逃げた先では、死にきれなかった比較的軽症や、派手な鎧いを着た人族が紐で縛られ、数十名が砦に連れてかれて行く。あーこの先は知りたくもないな。と眺めていて、残りはどうするんだ?と思い振り返ったらすでに首と胴が離れていた。
「あーあ、最悪な物見ちゃったよ……」
そう呟きながら荷物を載せた馬車を探し、飴を頬張る事にした。
太陽の位置を見たら昼を過ぎていたので、そろそろ昼になるだろうと血を吸って滑る地面を歩きながらキースを探す事にした。
「おーい、昼まだか?」
「その前に、お前も顔拭いておけ」
「あー、今回は血まみれになってないから、忘れてたわ」
【水球】を出し、顔を突っ込み洗って服の袖で拭いて終了。
「本当その魔法便利だよな」
「だろ? 教えるか?」
ニヤニヤとしながら言ってみる。
「魔法は使えん」
「俺は弓が絶望的に下手だ」
「だから何だ、教えるから教えろってか?」
「いいや、得手不得手があるから、そう言うならべつにいいって意味」
「だよなー、どれくらい下手なんだ?」
「明後日の方向に飛ぶ、矢を持って投げた方がまだ真っ直ぐ飛ぶわ」
「なんだよそれ、ちょっとやって見せろよ」
そういって、笑いながら弓と矢を渡してくる。
俺が弓を引くと「おー綺麗な形だな」そして矢を放つ「あー、もうこりゃ神の呪いって感じだな、なんであれでまっすぐ飛ばない」といった会話をしていたら「飯だーーーー!」と大声を上げて歩いている兵士を見かけたので、さっさと向かう事にした。
少し具の多い、ベーコンの入った塩スープと黒パンだった。
「これが少しくらいの贅沢ねぇ……まぁ今後最前線に物資を届けるから仕方ないか」
「ベーコンが入ってるだけ、幸せにおもわねぇと」
「んー、だなぁー」
「俺さ、テフロイトに来るまでに馬車で一緒だった囚人が居るんだけどさ」
「なんだ急に」
「ちょっと探して来ようと思うんだ、魔族側にも少し被害が出てるって聞いたし」
「そうか」
「あぁ、しかもその少ない被害のほとんどが囚人兵って聞いたからさ、少しだけ気になって」
「行って来いよ、俺等は兵士じゃねぇから何も言われねぇだろ」
「そうだな。悪いな、飯食ってるのにこんな話しちゃって」
「構わねぇよ、あのまだ燃えてる山の臭いがこっちに流れて来るより断然マシだ」
そういう会話をしながら、手早く食事を片付け、囚人が固まってる方に歩き出した。
囚人兵と言っても二百人程度だ。少し大きめの学校の全校集会よりは、かなり少ない。俺は辺りを見渡しながら歩くが、皆俺の方を睨み返してくる。
ここにはいない、死んでねぇだろうな。俺は足早に負傷兵が固まって治療されている場所に向かい、見た事のある二人組を見かけた。
「おっさん!」
「カームか!?」
二人の近くに、猫のおっさんがうつ伏せで寝転がっている。よく見なくてもわかるほど、背中が大きく斬られ、血が大量に出ている。申し訳程度の止血はしてあるみたいだが、犬耳と狐耳のおっさんの上着が、一枚づつ使われていただけだった。
「治療は?」
「囚人に使う薬はないし、後回しだって言われて、せめて俺達の上着で止血しただけだ」
「結局捨て駒扱いかよ……」
少し騒がしくしていたら呻き声と共に猫耳が目を醒まし。
「よぉカームか、しくじっちまったよ。はは」
と力無く喋っている。
俺は耐えきれなくなり、衛生兵なのか治療兵なのか、回復魔法を使っている奴を殴りたくなったが、おっさんに「仕方がないんだ、怒ってくれてありがとう」と肩に手を置いて言われた。
回復魔法を、こんな場所で使うと絶対ばれるし、絶対こき使われるな。
「俺が個人的にやるのは、良いんだよな……」
そう言って、キースに預けてある荷物を取りに戻った。
俺は針と糸が入った小箱と、露店で買ったポーション瓶と、蒸留酒と買った布を数枚持って、おっさん達の所に走って戻った。
「猫耳のおっさん、少し痛いけど我慢できるか?」
「これ以上痛くなるのか?」
皮肉気味に言ってくるが、俺は関係無しに準備を始める。
裁縫用の針を緩やかに曲げ、糸を通してから熱湯で作った【水球】に突っ込み、申し訳程度の二人の服を剥がし、ぬるま湯の【水球】で傷口を綺麗にする。
たしか、傷口の真ん中を縫ってから縛って、さらに傷口の端と最初に縫ったところの真ん中を縫って行くの、繰り返しだったよな。
そう思いながら、手に蒸留酒を少し垂らし手を揉む様になじませ、熱湯の中から針を取り出す。
「少し痛いっすよ」
そして俺は縫合していく、おっさん二人は黙って見ているが、治療してくれるとわかっているので、口は出してこない。
縫合が終わり、ポーションを傷口に振りかけ、持って来た布を何回も折って傷口に当ててから、残りの布できつめに当て布を傷に押さえつけるようにして、体に巻き付ける。多分これで圧迫止血にもなると思う。たぶんポーションで小さな傷が塞がるんだ、止血くらいにはなるだろう。
しばらくして、布に血が滲んでくるが、少し表面がじんわり赤くなっただけで、それ以上広がる様子は無い。
血は止まったか?
「た、多分大丈夫だと思う。血は止まったし?」
「多分ってなんだよ」
「俺、こういう事やったの初めてで」
「俺は……実験台かよ……」
「どうやって治して良いかはわかってただけだし。けど素人の治療だからわからないですよ?」
「あぁ、まぁ血が止まったなら良い……俺は寝る」
そう言って目を閉じて、深く深呼吸をしてから喋らなくなった。
犬耳のおっさんが「何度もすまない。今はお礼は出来ないけど、生き残って解放されたらなんでも言う事を聞く。本当にありがとう」
小声で手を強く握りながら振って来る。
「もう知り合いですからね、見過ごせませんよ」
「あとこれは三人に預けて置きます。絶対返しに来て下いよ」
さらに小声で喋りながら、箱に入っているポーション瓶を自分用に二本抜き取り、箱ごと犬耳のおっさんに渡す。
「けど俺等は、カームの故郷をしらない」
「最近有名な酒が出回ってるでしょう、ベリル酒って奴。あれって村の名前を付けた酒なんです。で、俺はそこの村が故郷です」
そう言いながら、酒を持ってチャポチャポして見せる。
「エジリンの隣村か」
「そうです」
「わかった、ポーションは必ず返しに行く」
「残りは3人の服の洗濯ですね」
ここで声を元の大きさに戻し、普通に喋りはじめる。
「は?」
「だって、血が付いてます。血って乾くと落ちにくいんですから」
そう言って、ぬるま湯の【水球】に服を突っ込み、バシャバシャしていく。
「あちゃー、石鹸も持って来れば良かったかー?」
わざとらしく言って、服を絞り二人に返して、猫のおっさんの服を縫って行く。
周りの囚人が恨めしそうに見ていたが、あっちは他人だ。傷口の洗浄は出来るけど、縫合やポーションを使うのは勘弁してほしい。
「知識って重く無い財産だから役に立つ事はおぼえておかないとって思いましてね」
裁縫をしながら、しばらく三人で猫耳のおっさんを囲みながら雑談をしていたら、先ほどから周りで治療に当たっていた兵士から声を掛けられた。
「あ、あの。貴方にお願いが有ります」
「あ゛?」
囚人は後でとか言って、死にそうなおっさんを放置してた奴等に話しかけられ、俺は不機嫌になり、自分でも驚くほど低くドスの利いた声が出た。
「囚人を治療しなかったお怒りはごもっともですが、我々も命令だったのです。それでも恥を忍んでお願いが有ります」
「良いよ。聞くだけは聞くけど、それに答えるかは別な」
「はい。清潔な布や水が足らないのです、ですので先ほどの魔法で水をだしていただけないでしょうか? 負傷兵の傷を洗浄したり血を拭いた布を洗いたいのです」
「あー……」と言いながら周りを見ると、ほぼ全員の視線がこちらを向いている。
ここで断ったら心の狭い最低野郎決定だな。それくらいならいいか。
けど最低野郎って称号も、なんかAT乗りみたいでかっこいいけどな。いやいや今は駄目だ。皆を助けるくらいの心の広さが必要だ。
「あーそれ位ならいいですよ」
「ありがとうございます」
不機嫌そうに、投げやりな態度で応じた。
そうしたら一気に桶を持って来たので、面倒になった俺は大き目の熱湯とぬるま湯の【水球】を浮遊させ。
「適当にそこから汲んで下さい、小さくなってきたら足すんで」
「ありがとうございます」
本当に感謝されている。まぁ良いように使われるのは嫌だが仕方ない。ここまで来たら、やるだけやっておくか。
「あー体洗いたい方、別にぬるま湯出しますから、適当に来て布濡らしてください」
三個目の【水球】を出して浮遊させ、濁ってきたら遠くに飛ばし、また新しいのを出す。
「カームって実はすごいのか?」
「実はすごいみたいです」
狐耳のおっさんに言われたので、笑顔で返しておいた。
しばらくボーっとしていたら「魔力切れでふら付きとかは御座いませんか?」と衛生兵っぽいのに話しかけられた。
ん?あー、はじめて収穫した時に感じた、あの時の気だるさかな?
「ないですね、お気遣いありがとうございます」
「わかりました、気分が悪くなったら声をかけてください」
そういって負傷兵の治療に戻っていく。
あー暇だ。周りからは素敵な呻き声のBGMが響き渡り、たまに「ぐあ!」とか「あが!」とか聞こえるのもアクセントだね。そんな事を思っていたらキースがやって来た。
「戻って来ないと思ったら、こんなところにいやがって。俺、少し用事出来たからおまえの荷物持って来たぞ」
そう言われ、装備一式とリュックを渡された。
「ありがとう。娼婦とイチャイチャか?」
「お前じゃねぇよ」
少し怒りながら言って、どこかに行ってしまった。
けど後姿見ると、尻尾すげぇブンブン振ってるんだよな、嘘が下手だよな。俺もアイツも。
「あー、俺はいつまでここにいれば良いんだろうな」
後少しで終わりそうな治療風景を、自前のお茶を飲みながら見ていた。
お茶にも殺菌効果が有るんだったっけ?アレは緑茶だけだっけ?この世界のお茶ってどうなんだろう。
俺はどのくらい、こんな危険地帯にいれば良いんだろうか。
閑話
その日の夜
「なぁ、投石器が倒れたところ見たか?」
「おう、地面が急に窪んで人族の方に倒れたよな」
「誰がやったかわかるか?」
「援軍の誰かだろ、じゃなけりゃとっくに砦の魔法が使える奴がやってるわ」
「だよな」
そんな話をしていると、別な兵士が話に混ざって来た。
「俺防衛が裏側だったけどよ、大きな水が空に現れて人族が集まってる所に落ちて人族が慌てて堀に飛び込んでくのが見えたぜ? 湯気が沢山出てたからあの水ってお湯だったんじゃないかって話になってる。そのおかげでかなり助かったけど。そいつが投石器倒したんじゃないか?」
「お湯? そう言えば昼間、外の治療所に来てた雇われ組が、治療兵に頼まれてお湯とぬるま湯出してくれて頼んで、出してもらったって聞いたぞ、しかも大量に」
「おいおい、それが本当なら裏側の援護してくれたのは、そいつじゃねぇのか?」
「かもしれねぇな。右の丘から援軍が奇襲掛けたけど、どうしても裏側に来るのが遅れてたから焦ってたんだよ。今日で襲撃七日目だっただろ? 矢とかタールとか心ともなかったんだぜ? けどよ……そいつの姿が見えなかったんだよ。どこにいるかわからないし、何が起こってるか最初は本当にわからなかったぜ」
「すげぇ奴が来てくれたな、俺達生き残れるかもしれねぇぞ」
「あぁ、冬まで持ちこたえられそうだ」
閑話2
奇襲1日前の夜
大き目のテント内にて。
「お食事中失礼します。魔族の支援物資の破壊に行った一班の報告の兵士が戻ってきません」
「なんだと!?」
「物資の運搬が遅れているのか。あるいは全員殺されたか」
「五十人近く遊撃隊を送ったはずだが」
「えぇ、数人は絶対に戦いに参加させず逐一報告に戻れと伝えてありますので、確実に報告に戻れると思うのですが、そろそろ戻って来てもおかしくない頃なのです。ですが昨日戻って来た一人を最後に一向に戻ってくる気配が有りません」
「もう一度送るのはどうだ? それか他の道を通ったか」
「いえ、何時も魔族が使っている、運搬路と思われる森の中を通る道に四十五人、森を迂回する道に、見張り数名だけを配置しています。すべてここから一日のところで見張らせてますので、今日報告に戻って来ないところを考えると、明日の昼前には、魔族の援軍が到着すると思います。常に兵を残し防衛に当たらせた方が良いかと」
「わかった。そうさせよう、二百人を本陣の防衛に当たらせる」
掘りの幅や深さ水深は成人男性=170cmとして主人公が大体感で言っているだけです。
初期治療や止血の方法は海外の軍隊のサバイバルハンドブックに書いて有る事をこんな感じかな?で書いています。
何か有ればご指摘をお願いします。




