第312話 姐さんに笑顔で酒を注がれた時の事
あれから十日。
第二村の米の収穫を手伝ったり、第三村のラム作りを手伝ったり、第四村でお菓子作りを教えたりでまぁまぁ充実していた。
そして白目になりつつ口を半分開けて第一村の収穫祭用のトマトを切っている。
なんなら、祭の料理用のトマト切りはカームさんに任せておけば確実だ。的な扱いになっているので、ここんところ毎回トマトを切っている気がする。
なんだかんだで単純作業でも確実に飽きずにやってくれる。って評価だ。いや、飽きますよ? 投げ出したいっすよ?
「あ゛~~ぁあ゛~」
もうこんなもん、無気力でそれっぽく切ってるだけだよ。
「見てください。私も食材が切れる様になったんですよ。各村に寄った時に、少女達に混じって料理を教わりましたから!」
ティラさんが弱いモヒートを飲みながら、ドヤ顔で野菜を切っている。
「少女? ティラさんからしてみたら、そこで鍋を混ぜてるおば様も少女でしょうに。ってかここで食材切ってるノーラさん達の方が、まだ包丁の扱いは上手いですよ?」
元奴隷だった、クリーム作りに関わってる子供達の方が切るのだけは早いまである。多分酒飲んでなくても結果は同じだと思う。
「ちょっとカーム、せっかくエルフが少女って言ってくれてるんだから、そこは乗っておくのが筋ってもんだろ」
「いやいやいや。長寿種からしてみたら、ヨボヨボのお爺さんでも少年呼びする人いますからね? 見た目じゃなくて自分と比較しての年齢ですから」
そう言った瞬間、おば様から煮込む前の魚の頭が緩く飛んできたので、包丁ではじいて鍋にチャポンと入れる。
「そこはお世辞でも誉めておくんだよ!」
「そこの坊やは乙女心がわかってないみたいだねぇ……」
生魚に触れたので加熱して使う用のトマトだけど、一応包丁を洗って綺麗に拭いていたが、おば様達がニヤニヤしながら攻撃を仕掛けてきた。
「おっと、こいつは分が悪い。機嫌を取っておかないと、今日の食事が少なくされちまう。そこのお嬢さん、いつもお綺麗ですよ」
そうふざけながらトマトを切っていると、周りにいた人達をから笑い声が出る。
「ソコにいるのがお嬢さんなら、俺はまだかーちゃんの腹の中だぜ!」
「俺は影も形もねぇぞ!」
テーブルを運んでいる合間に、その辺にあった麦酒を飲んでる男共が笑っていたが、俺の目の前をかなりの速度で魚の頭が飛んでいったのを目で追った。
「はん! ならそんなガキが酒飲んでんじゃねぇ!」
「顔は覚えたからね!」
「おー怖い怖い。女性には幾つになっても敬意をはらわないと、こうなるって見本ですねー」
俺はトマトを切りながら棒読みっぽく言うが、ティラさんが少しジト目っぽい感じになっている。
「なんですか?」
「最近私に対しての敬意が感じられないんですが?」
「最近感謝される様な事って俺にしてましたっけ? なんか甘い物を要求されまくってるイメージしかないんですけど? いや、この島をずっと見回りしてくれてるのは感謝してますけどね? パウンドケーキやパンケーキ、ナッツの蜂蜜漬けを要求してくる頻度が高いんすよ?」
なんか顔を合わせる度に、甘い物を強請ってくるからなぁー。一応第一村に来る頃には、ナッツ類の蜂蜜漬けとかジャム、ドライフルーツ多めのカロリーバーとかパウンドケーキを用意してあるけどさ。最悪給金が甘い物に消えると思う。ってか、アストの特別訓練の講習代は甘い物に消えている。
砂糖とか蜂蜜とか生産してるけど、島の外で買うと意外に高いんですよ? ティラさんにはお菓子を、給金的な扱いで渡しても問題ないんだろうけど。
「親しくなったからか、扱いが雑になっちゃったんですかねぇ……」
「むー。それはそれで嬉しい事ですけど、やっぱりソレはソレでしょう」
ティラさんはザックザックとトマトを切っているが、良く見なくても潰れ始めている。酔いが回ってきて、トマトすら切れなくなってきたか?
「じゃぁ、そのボウルいっぱいにしたら、あっちでお菓子作ってる子供達の所に混ざってきて良いですよ」
「お? 言いましたね? やる気が出てきました!」
そして包丁を動かす手が早くなったが、切られたトマトを見ると形がいびつだったり潰れてる物が多くなっただけだ。
□
俺は恒例のそれぞれの村を見て回るが、相変わらず似た様な感じだった。
でも第三村だけ飲む酒がラムが多めになっていたので、いつもより潰れている奴が多いかな? って感じだった。
ちなみに第四村で、簡単なお菓子を作って欲しいと北川に言われてまた作ってやったさ。
そして俺も第一村でいつも通りスズランやラッテや子供達、キース一家、ウルレさんやパーラーさん達とワイワイやっている。
「はい、あーん」
俺はコルキスを抱き、スプーンで具材を潰したトマトスープを与えてみると、手をブンブンしているので美味しかったんだと思う。ってか離乳食に比べて少し味が濃いからだろうか?
「喜んでるね。コルキス、美味しい?」
「あー! あー!」
「ソレは駄目だぞー」
スズランが微笑みながらコルキスを撫でているが、左手に持ってる肉の塊を見て手を伸ばしている。
「何にでも興味を持ち始めて、目が離せない時期になってるな」
「そうねー。パトロナもまだ目が離せないから気を付けないと」
パトロナちゃんは、ルッシュさんからもらった少しだけ肉が付いている骨を両手で持ってモゴモゴやっている。歯はある程度生えてきてるだろうから問題はないかもしれないけど、俺からしてみれば二人とも犬系だから肉食の英才教育をしている様にしか見えない。
「メルはトマト好きだもんねー」
「うー」
俺はラッテからメルを預かり、コルキスに与えてた物と同じ物をあげると口元を汚しながら食べてくれている。
「ふふふ。コルキス君みたいな反応はないけど、美味しそうに食べてるねー。二人とも少し薄味の物を潰して食べさせても良いんじゃない?」
「んー、確かにそろそろ良さそうな気もするかなー?」
「三人ともスクスク育ってってますし、見ているこっちも微笑ましいですよ」
「ですねー。本当カームさんの子供はもちろん、親しい人の子供もうらやましいです。子育てに詳しいですし、料理も美味しい。子供にとってこんな幸せな事はないです!」
パーラーさんは拳を握り、脇を絞めるような感じで力説している。
「確かに。飢えずに美味しい物をお腹いっぱい食べられるのは、誰もが幸せでしょうね。キース、どうだ? 幸せか?」
「あ? ソレを今聞くか? 幸せに決まってんだろ。お前に教わった料理を俺が作って、ルッシュとパトロナが笑顔で食ってくれる。これが冒険者時代の焼いて塩ふっただけの肉とかだったら、眉間に皺寄せてると思うぞ? ってか、お前は塩だけの肉でも美味いよな」
「今度たっぷりと、肉の事をイヤってほど教えてやる。こっちには肉が大好きなスズランがいるんだぞ? そりゃ肉料理だけ他よりも上手くなる」
そう言うと、スズランが良い笑顔で親指を立てた。
「カームが焼いた肉はなんか美味しい。むしろなんでも美味しい」
「いや、スズランは肉だったらなんでも食べるでしょ。カエルが食べたいって言われて、どう料理して良いか悩みながら作ったのを俺は絶対に忘れない」
「蛇も食べたいって言ってたよねー。少し骨っぽくて食べにくかったけど、美味しかったし」
「あれなー。アレは食べた人から色々聞いたから、どうにかなっただけだから」
棒で叩いて骨を砕いてーって工程が必要って知らなかったら、今でも森で見かけても食べずに毎回見送ってたレベルで食いにくいし。
□
そんな感じでワイワイやっていたが、第一村の大人が良い感じで酔い始めた頃にピンク色の髪の女性が、ニコニコとしながらこちらに近寄ってきてるのが見えた。
「カームちゃーん。シュワシュワしてるの濃いめで作ってー」
そして俺の目の前に座っていたキースを無理矢理退けて座った。
キースとかは逃げてないし、殺気はまだないっぽい。
「はいはい。いつものね」
俺はラムを浮かせて炭酸にし、ついでに熱を奪ってキンキンに冷やしてモヒートを作って姐さんの目の前に置いた。
「ありがとー」
そう言って一気に飲み干し、静かにカップを置いた。
そしてキースが、ルッシュさんが抱いていたパトロナちゃんを奪うようにして抱き、手を引いて逃げていった。
ソレを見たパーラーさんも、犬耳のオッサンがいるであろう場所の方に逃げていった。
うん。コレやべぇわ……。
ってか結構な頻度で、酒を飲み干したらカップを叩きつける様に置いているのに静かに置いたしな。
「何か……。私に言いたい事があるんじゃないかしら?」
姐さんは少し声のトーンを落として言い、そのまま俺の目を見ながら少し身を乗り出し、スズランが抱いていたコルキスを見ないで手を伸ばして机越しになで始めた。滅茶苦茶顔が近いんですが?
スズランは気にする様子もなく姐さんにコルキスをなでさせながら肉を食べているし、ラッテもニコニコとしながらメルにトマトスープをあげている。
あれ? うちの嫁さん達って、肝座りすぎじゃない?
「ありません。名目上は既に解決していますので」
俺は気にしないで目の前にあった瓶を逆さにしてベリル酒を空中に浮かせてキンキンに冷やし、炭酸にして姐さんのカップに静かに落とす。
「そう……」
姐さんがそう言うと、周りで飲んでいた住人が一気に静かになってこっちを見ている。
「えぇ……」
そして俺も飲んでいた麦茶を全て飲み干し、常温のベリル酒を注いで少し水を足して好みの濃さにして姐さんのカップにぶつけた。
「乾杯」
姐さんは海の方向を向いて座っているので、俺は第一村の住人がこちらの成り行きを見守っているのが見える。
とりあえず乾杯と言ったのでベリル酒を全て飲み干し、カップを置いたら姐さんも飲み干してカップを置き、俺のカップにベリル酒をなみなみと注いできた。
「なら良いわ。次は私に相談しなさい。そんな気がなくても、貴方の言ったとおり本気で貴族の住んでる街を更地にするわよ? あと、私はそこまで横暴でもないわ。あんな事言われたら結構傷つくんだけどー? で、もう一度聞くわよ? 私に何か言いたい事はある?」
「憶測で物事を言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「……ソレもだけど、もっと先に言う事あるでしょ?」
姐さんは珍しく変な眉毛の形を作って、困っているような笑いをこらえている様な感じで言った。
「え? もしかして……相談の方? 前にパンチしたら海が割れるとか言ったら注意されたので、憶測で酷い事を――」
そこまで言ったらさっきまでコルキスをなでていたのに、ニコニコとしながらゆっくりと俺の目の前まで手を持ってきて、デコピンの形を作っていたので言葉が止まった。
あ、コレ余計な事――。
そう思ったらデコピンをされ、俺の頭が真上を向いた。
「あ゛ーー! いってぇー!」
「恥ずかしいって言ったでしょ?」
「今のはカームが悪い」
「うん。カーム君が悪い。おねーちゃんって結構恥ずかしがり屋だから、嫌がる事はやめなよー」
「姐さんが恥ずかしがり屋とか、俺知らねーんだけど? だったら全裸で温泉に来るとか止めてくださいよ。あーいてー……」
俺はおでこをさすりながら姐さんの方をジト目で見る。二発目は来なさそうだから平気だろう。
「長年生きてるのに、いまさら裸なんか恥ずかしくないって」
姐さんは顔の前で、ないないって感じで手を横に振っている。
「お互いの考え方の違いですね……」
俺はまだおでこをさすりながら、チベットスナギツネの様な目で姐さんを見る。ってか、海を割るパンチの何が恥ずかしいんだ?
「はぁ、相談しないで申し訳ありませんでした」
少し投げ遣り気味に言い、姐さんの空いていたグラスにその辺にあった酒を適当に注いだ。
「次からは相談するように! またねー」
そして酒を一気飲みして立ち上がり、メルの頭をなで、その辺に置いてあったベリル酒の瓶を五本手に取った。
左手の指の間に四本、右手に一本。ソレをラッパ飲みしながら歩き始めた。
なんで飛ばないんだ?
そう思っていたら酔いつぶれていたティラさんの方に進み、肩を瓶で叩いて頭を上げた時にベリル酒を注いだ。
「おー。でりぇかしりあせんが、あーりがざーっす」
そしてそのカップを傾け、飲んだと思ったら音を立てて盛大に机に突っ伏した。
ソレを見た姐さんは満足したのか、背中に羽を生やして山の方に飛んでいった。
姐さんは何が気に入らないのか、祭りの時にティラさんに毎回酒を飲ませるのは止めてくれないかなー。見てて地味に胃が痛くなるんだよなぁ。
「あー、マジで死ぬかと思った」
そして体感で五分ぐらいして、キースがパトロナちゃんを抱きながらルッシュさんと戻ってきた。
「おかえり。弓使いのお前が、両手が塞がる様な逃げ方するとは思わなかった。そんなにやばかった?」
俺は戻ってきたキースのカップに麦酒を注ぎ、首を傾げながら聞いた。
「馬鹿かお前? あんなん逃げられるだけで誉めてもらいたいくらいだぞ? 普通は殺されるのを大人しく待つ様な殺気だぞ? ってかスズランもラッテさんも良く逃げださなかったな。魔王の嫁ってのはそこまで肝が据わってんのか?」
「キース! 失礼な事言っちゃ駄目でしょ!」
「いや、だってあんな殺気だぞ? 俺なんかまだ膝が笑ってるのに、ほぼ目の前にいたのに平気で肉食ってんだぞ? 気になるだろ」
キース君……。ソレは流石に失礼過ぎやしませんかね?
「アレは本気の殺気じゃなかった。冗談で仲間に向けるような奴だったし」
「私はスズランちゃんが平気だと思ってるなら平気かな? って思ってるし」
いや、そんな殺気の質なんか見極められるもんなの? ってか殺気自体に鈍感な俺が言うのもなんだけど。
「まぁ、怒ってる姐さんなら無警告で殺してくると思ってるから、別に殺されるとは思ってないし。ってか面白い物が見れたから個人的には問題ない。姐さんってあんな顔できたんだって思ったし」
俺がそう言ったら、キースが今まで見たことのない大きなため息を吐いて麦酒を一気飲みし、テーブルにあった布巾を顔に投げてきた。
「お前といると命がいくつあっても足りねーよ!」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
俺は布巾を掴んで置き、笑顔でそう返してからパトロナちゃんの頭を撫でる。
「ごめんねー。あまりお父さんを怒らせない様にするし、お母さんを怖がらせない様に気を付けるからねー」
そしてコルキスとメルの頭も撫でる。
「本当によく三人とも泣かなかったよ。子供には姐さんは優しいってわかってるのかな?」
「パトロナと良く遊んでくれてますし、教会でお酒飲みながら子供達と遊んでいると噂がありますけど?」
「え? 何ソレ、俺知らないんだけど?」
「私もたまに見る」「あーたまに見るね」
「俺は実際に見たぞ? アドレアに聞いてみたらどうだ?」
「今度聞いてみるわ。なんかすげー気になった。気になったら、直ぐ調べないと気持ち悪いっていうか、なんか、なーんかずっとその事が頭から離れないからな」
姐さんがどんな事をして、子供と遊んでいるのか本当気になるし。
PCを新調し、前まで使っていたボイスロイドの読み上げによる音での確認ができていません。
今更DVDやブルーレイディスクドライブが付いていない弊害がここに来て出るとは思いませんでした。
ただ、ChatGPTさんに本文投げたら誤字脱字を教えてくれるので、多少なんとかなっているかもしれません。




