第310話 初めて会った時の事を思い出した時の事
「おいカーム! 蒸留所で小火騒ぎってどういう事だ!」
小火騒ぎから三回目の定期船が入り江から出航し、その日の夕方にやっぱりヴァンさんが執務室の窓ごしに怒鳴り込んできた。
「そのままです……。この件は既に解決していますので、落ち着いてください」
俺は立ち上がって窓際まで移動し、何か問題ですか? という感じで対応する。
「落ち付けって……。なんで言わなかったぁ!」
「んー。あまり言いたくないんですけどね?」
ドワーフ族が酒好きで、蒸留所の強い酒を愛し、色々な場所で生活し、酒の為なら無償で各地に技術者として出向いている事を言い、その場合各地に散ってる種族全体が一丸となりそいつ等をぶっ殺しにいくだろう。最悪種族間の戦争というより蹂躙になり、大問題になるから先に解決しておいた。
その事を俺は丁寧に説明し、バレないように殺れば問題ない。って事を国王様の部下の一人にわざわざ確認しに行った事も説明した。
「そうか……そこまでデカくなっちまう可能性が高いかぁ……。ってか実際に蒸留所が放火されたって聞いたから、こうして話を知ってそうなカームの所に来ちまったしな」
ヴァンさんはあごひげを指でいじり、なんか右の方を見ながら何かを考えている。
「はい。なので大事になる前に解決しておきました。だから俺がヴァンさんからこうして、大人しく怒鳴られれば済むんです。申し訳ありませんがそれで許してください……」
俺は謝りながら丁寧に頭を下げ、どうにかこらえてくれと遠回しに言った。
「いや、こっちこそ悪かった。少し頭冷やしてぇから一杯飲んでくるわ。クラーテルにバレたらやべぇんだろ? 黙っておくぞ?」
いや、そこは飲まないって言ってくれよ。ってか、毎日晩酌してんだから、飲んでくるとか言わなくてもわかるわ。
「はい。既に知ってるかもしれませんが、こちらからは話さないでください。……付き合いますか? 言いたい事とか、聞きたい事があるんじゃないんですか?」
「いや、言ってもどうにもならねぇ事や、既に表向きは解決してるんじゃ良いわ。んじゃ、次会った時はいつも通りな」
「はい。よろしくお願いします」
そんな感じで気にしていた事はとりあえず解決した。
◇
次の定期船が魔族側の大陸から来て、荷下ろしや補給をしている頃になんか冒険者風のパーティーが交易所にやってきた。
「代表と話をさせてくれ。噂になってる魔王でも良い」
そして虎系の魔族と思われる男が一歩前に出て、そんな事を言った。リーダーかな?
「はい、なんでしょうか? 私が代表のカームです」
そう言ったら、なんか冒険者の一団がザワザワし始めた。魔王が交易所の代表だって意外かい? 噂だけ信じてたら、予想以上に弱そうな奴が出てきたってか? ってか受付にそもそもいるなって話だし。
ウルレさんと少し、島内の油の生産数で話し合ってたんだから仕方ないよな。普段は執務室なんだけどさ。
「あ、あぁ。ジャイアントモスのマントを人数分。六枚売って欲しい」
「ありがとうございます。ここに在庫は置いてないので売場に案内しますね。ウルレさん、何かあれば対応お願いします」
俺は笑顔で対応し、対応中で荷下ろしが終わってサインができないから、それとなく伝えておく。
「で、噂通りだとあんたが魔王になるんだよな? 手合わせとかやってるか?」
交易所とテーラーさんの店の中間ぐらいで、冒険者の一人が後ろから声をかけてきた。
「売り切れ中です。またの入荷をお待ちください」
とりあえず即答し、中途半端な受け答えでやる気はないとアピールしておく。
「残念だ。噂通りなら一戦やってみたかったんだが」
なんか凄く残念そうな声がする。戦闘大好きさんはコレだから困るわー。ってか、魔王じゃなく代表って言ったんだから、代表として見て欲しい。
「どんな噂か興味ないですし、多分誇張されてるので忘れてください。ってか、噂通りなら、こんな事になってもやり合わない事くらいわかりませんかね?」
まぁ、最近噂が追加されてる可能性が高いけど。貴族の部下二十人辺りの噂とか。
「そうか。今ここで攻撃したら、対応してくれるか?」
わかってねぇわ。こいつ戦闘馬鹿だわ。
「おい馬鹿止めろ!」
仲間が止めているが、こいつはそこまでして俺と戦いたいんか? 考えがリリータイプか?
「んー、それは倫理的にどうかと思いますし、島民が敵対するんじゃないんですか? ここですね。すみませーん、ジャイアントモスのマント六名分お願いします」
「あら? お客様? まともなお客様は初めてね。今お出ししますね」
テーラーさんはハサミをジョキンと音を鳴らして閉じ、接客用の笑顔で奥の方に行ってマントを取ってきた。
あのハサミの脅しは、現役の冒険者にも効果はあるみたいだ。二人くらい目に見えて警戒してたし。
「値段は六枚全て同じ。よその売値? 最近の相場は島にいるから知らないけど、原価に作業料と手間賃を入れただけの最安値だと自負してるわ。値引き交渉は一切なし。買うか、買わないか。そのどっちかよ」
こえぇ……。なんだこの凄み……。初めてテーラーさんが商品の売買しているところを見たけど、なんでこんなに威圧的なの? ジャイアントモスの製品だからか?
「まとめて買うから、少し負けてくれません?」
パーティーの財源を管理してるのか、メンバーの一人がそう言ったら場の空気が一気に変わった。俺、逃げて良い?
「こっちは布として最高級に近い物を商品にし、それなりのプライドを持って作ったの。最低限の作業量と手間賃……ってさっき言ったわよね? それ、職人の事を馬鹿にしてるって事で良いかしら? 帰りなさい。こっちは慈善活動でやってるんじゃないの。その辺の儲ける事を考えてる商人じゃないの。わかるかしら? 冒険者にはわからないでしょうね。そういうのがやりたいならその辺の商人から買いなさい」
テーラーさんはハサミを持ち、俺と初めて会った時の様な笑顔になり、ハサミをジョキジョキやり始めた。
はい、怖いです……。同じ空間にいたくないです。この島、怖い人多くない? とりあえず乗り気はしないが、腕を後ろに回して【黒曜石のナイフ】を一本作り出し、いつでも動ける様に待機だ。
「代表、客に対してこれって良いんか?」
「え? 良いんじゃないんですか? 直接の部下じゃないですし、経営や接客は任せてますので。アクアマリンに所属している職人さんにアクアマリンとして原材料を売り、布や衣類に加工して売っているのは、この方とその姉妹ですので。高くしすぎれば声はかけますけど、知り合いの商人は一枚金貨三枚で売れるとか言ってましたので、かなり安いですよ?」
ってか俺に振るな。関わらせるな。対応させんな。返答を間違えたら俺のシャツが短くされちまう……。
「ま、代表として所属してる方を守る事はしますけどね。どうします? そういうのが嫌だから最初から値引きなしと言ったんでしょうし。謝って売ってもらいます? それとも帰ります? 自分としてはどちらでもかまいませんよ? だって懇意にしてもらってる商人が、マントの方を定期的に買っていってくれますからね。後は貴族様や国王様の部下が直接布をお求めになりますので。……あとそこのバケツ頭、剣の柄から手を退けろ。抜いたらそのバケツを吹っ飛ばすからな」
俺もニコニコとして対応し、気にいらねぇ奴には別に売らなくても良いんじゃない? ってスタンスでいるし。あと偉い人からの需要はあるしって事も言っておく。
「す、すみませんでした。自分の失言です。どうかジャイアントモスの布でできたマントを売ってください」
「はい。ありがとうございました。染色はそちらでお願いしますね」
テーラーさんはハサミをジョキンと閉じ、横に置いてから丁寧にマントを布に包んで笑顔で前に出すと、値引きを言い出した奴がお金を払って全員でそそくさと店から出ていった。
「ジャイアントモスの繭だけど、売ってもらった事あったかしら?」
収穫? 採った繭を、そのままテーラーさんの姉妹に丸投げだしな。気が付いたら布になってるし。
「いえ、なんかそういう事にしておいた方が面倒が少なそうだったので」
俺は笑顔で面倒は避けた事を言い、出しちゃった【黒曜石のナイフ】を何となく手で遊ばせる。テーラーさんの工房の壁か床に投げつける訳にもいかないし、外に投げるのは危険だし、外に出るまで持ってるしかないんだわ。
「助かるわ……」
「なんか微妙に気に入りませんでしたので。こちらとしてもさっさと島から出て行ってくれた方が嬉しい位置づけでしたし?」
「一定数いるのよねぇ……ああいうの。最初から交渉させない様に釘を差したのに、それでも値引きを要求してくるんだもの……。さ、減った分のマントを縫うから、さっさと仕事に戻りなさい」
テーラーさんはその辺の犬でも追い払うかの様に手を手前から奥に数回振り、立ち上がって奥の方に行って布を取り出そうとしている。
うん。いつも以上に態度に出てるから、かなりイラついてるのは確かだ。シャツが短くされる前に仕事に戻るか。
「お、犬じゃーん。なんだ尻尾振っちゃって可愛いなぁー。よーしよしよしよし」
交易所に帰る時にさっきのパーティーがそんな事やってる光景を見ちゃうと、根は良さそうな感じはする。いつもどんだけボッたくられそうになってるか知らないが、世界的にも数がないからって値を上げる様な事は多分しないし。
でもその子、狼なんですよ……。
「はぁ……」
盛大にため息を吐き、テーラーさんの工房に行くと凄く疲れる事を、誰もいないが何となくやっておく。
「ヒマワリでも植えて、油の種類でも増やすかなー」
油にしなくても、乾燥させればちょっとしたつまみにはなりそうだし、草案として適当に食える系の植物でも植える草案でも書くか。
なんか一年中その辺にある物を、個人単位で少し食えそうなのは良いかも。学校帰りの花の蜜吸う男子的な発想だけど。
この件が通ったらオリヴィアさんに任せたいけど、あの人はなんでもパルマさんとフルールさんに頼んで巨大化させれば良いと思ってるからなぁ。だれか適任いねぇかなぁ……。
「おい場所を考えろよ! ってか今じゃなきゃ駄目なのかよ!」
「トラブルか……。俺の聞こえない場所でやって欲しいなぁ。けど、どうせ俺が呼ばれるんだろうから手間が減って良いんか? どっちにしろ最悪だけど……」
執務室で草案を書いていたらそんな怒鳴り声が聞こえたので、ため息を吐いて立ち上がり、裏口から出るとフラフラ歩いていたアピスさんの前で膝を折り、なんか告白っぽい雰囲気が出ている。
膝を折っているのはさっきのパーティーにいた、この辺じゃ珍しい虫人だ。しかも黒色と黄色のトンボだからオニヤンマ系だと思う。
告白されてるアピスさんは、なんかダルそうにバーガーっぽい物を持っている。
っぽいものって言ったが、昼に残ったパン二つに残っていた魚のフライを乗せ、なんか野菜を挟んで手で思いきり潰した感じの物だからだ。ってかマヨネーズ盛大に垂れてるし……。
「告白してくれるのは嬉しいけど、揉め事が解決したらあそこに来て用件だけ言ってくれない? 今薬品を弱火で煮込んでるのよ」
なんか素っ気ない返事だけをし、バーガーっぽい物を食べながら工房の方に歩いていった。
お腹減ったから勝手に持って行ったんだね。じゃなきゃ出歩かないよな。ってかポケットが膨らんでるから、果物も何個か入ってんな?
「ま、魔王! あんたここの代表でもあるんだろ? 住民の事はよく知ってんだよな! あの方の名前を教えてくれ!」
なんか必死だ。ってか近づくな。トンボ型で目が複眼だからどこ見てるかわからないから怖いんだよ。
あー……。アピスさんも黒色と黄色だし、虫として同族だからもの凄くタイプなんだろうなぁ。
「個人的にも組織としてもかなりお世話になってるので、良く知っています。ですが……。お仲間の方と話し合いが先ではないですか? 貴方達は何かを討伐するために、マントを買いにわざわざ離島であるアクアマリンに来たんですよね?」
「あ……。わかった」
「では先ほどの交易所にいますので、まとまったら来てください」
個人情報? 保護法? 知らない子ですね……。まぁ、こんな場所だと、知らない奴を探す方が難しいし?
「話はまとまった。教えてくれ」
「どの様にまとまったのか教えてください……。俺は貴方達の仲間から後ろから刺されたくないので」
執務室に戻り、残っていた冷め切ったお茶を飲み干し、少ししたらパーティーがやってきた。十分くらい?
「季節が一巡するまでに――」
話を聞くと、だいたい一年後に抜ける。それまでにマントの代金を払う。そして引き継ぎできるような奴をスカウトする。って具合だった。
「そうですか。合ってますか?」
俺も後ろにいた仲間に聞いたら、虎系の獣人が首を縦に振った。
「では……。一言で言うなら駄目な女性。錬金術をする為に生きてる。錬金術以外は全然駄目。こんなところです。名前はアピス。なんかフラフラすると思ったら、食事を一日取ってなかった事を忘れていた。なんか空が明るいと思ったら次の日の昼だった。下着や服を五日以上着替えないし、寝落ちして薬品を服にこぼすから臭い。太陽の光を浴びてその辺で倒れている。平気で下着で工房内をうろつく。良いところは男性経験はなし、胸が大きい、自前で媚薬と性力増強剤を作れる。望んでいる男性は、炊事、洗濯、掃除、自身の世話。コレは自分で言っています。なので生きるために必要な事は全て旦那に任せて、自分はポーション作りに専念したい。これが望む男性だそうです」
「「「うわぁ……」」」
メンバーがそんな反応をしている。俺もいきなり言われたらそんな声を出したくなるわ。
「嘘だ……嘘だろ? 俺を諦めさせたいんだろ?」
「信じる信じないは勝手ですけど、季節が一巡する頃にまた来るからって、婚約って形で言ってきたらどうです?」
「そうか。その間に彼女は他の男に盗られないだろうか?」
「ないない。下着姿でオッサンみたいに仰向けで足広げて寝てるのに襲われないんですよ? なら言ってきたらどうです? 早い方がいいですよ?」
「わかった!」
そしてオニヤンマの虫人は、アピスさんの工房に走って行った。
「魔王、今言ってた事は本当か? なんというか、世間で言う……、生きてる者としてもの凄く駄目な部類に入るのではないだろうか?」
「えぇ、駄目でしょうね。介護って言葉の方が似合います」
そんな事を言いながら俺達もアピスさんの工房に向かうが、なんか入り口でオニヤンマがワチャワチャしている。
「どうしたんです?」
「倒れてる……。いったい何があったんだ……。毒か!」
俺は肩越しに工房の中を見ると、アピスさんがうつ伏せで倒れており、手には食べかけのバーガーっぽい物をかじった跡があるので、そう思っただけなんだろう。
「はいはい退いてください。あー、寝落ちですね。口の中に食べ物入れたまま寝るとか器用すぎだろ……」
俺はアピスさんを仰向けにし、首がグデンとしているが気にせずに鼻に小指の先程度の【水】を垂らすと、口に入っていた物ごとせき込み、目を覚ました時に袖で口を拭いていた。口に入ってた物? 全部腹の辺りまで飛んだよ。
「……私、寝てた?」
「はい、口に食べ物を入れたままです。最悪窒息死ですよ?」
「あー。火を付けたまま落ちちゃってごめんなさい。昨日の夜からずっとアレの面倒を見てたから。助手がいたと思ったんだけど……。第四村の教会にポーションを届けてくるって言ってた気がする。二日徹夜すると駄目ね……」
アピスさんは潰れたバーガーっぽい物を軽く叩いて埃を払い、気にしないで続きを食べ始めながら椅子に座って、お腹にあったせき込んで残った物を床に払い落とした。
うん。さっき説明した事の信憑性が上がったな! で、ソレの掃除は誰がするんです? 助手? 少し給料上げてやろうかな……。なんか、見ててもの凄く酷いしさ……。
ちなみに立ち上がった時に大半が床に落ちて、変な道になってる。
「で、付き合って結婚するの? するなら性交は明日にして欲しいんだけれど? ほら、私って今もの凄く眠いし。あー精力剤も作らないと。三日三晩勃ちっぱなしので良いかしら?」
そう言って残りのバーガーを食べ始め、作業台の上にあったビーカーに入った泥の様な物で流しこんだ。ゴミ箱にコーヒーカスがあるからカフェイン摂取だろうか? 来年辺り死なねぇよな?
「あ……、その……。季節が一巡した時にまた改めて伺いますので、その時で良いですか?」
「その時にまた声をかけて。あ、ついでに畑から赤い花を根っこのまま一株持ってきてくれないかしら? 今行ったらまた倒れると思うし」
「寝てください。むしろ寝ろ」
もう人として駄目って言うより、そういう種族だと思わないと駄目だわ。
「コレ火にかけてるから駄目よ。途中で冷ましたら効果が微妙に変わっちゃうし。あ、後ろの六人が、寝てる時に私に襲いかかるのね……。いやん」
そして初めて会った時の様に頬に手を当てて恥ずかしがっている。色々言動が手遅れなんだよなぁ。俺は普段のアピスさんを見慣れてるから、酷いとしか言いようがないし。
「いえ、我々はあの船で帰るので」
「あぁ、我々にそんな事をしている暇はない」
「そうだ。装備の点検整備もあるしな。相手している暇はない」
「あ、そろそろ出航だぞ? 一回目の鐘が鳴ってる」
「急がないと怒鳴られるぞ」
「急げ急げ」
そして全員逃げ出す様に走って出ていった。ヤベー奴を相手にすると逃げの一手か。俺は必要だと思ったから逃げられなかったけど。
ってか、オニヤンマが真っ先に逃げてったぞ? 恋は盲目と言うけど、現実を見るには十分だったな。かわいそうに……。
「はぁ……。赤い花を根っこをつけたままでしたよね?」
「そうそう。じゃ、お願いね」
そしてアピスさんはポケットからバナナを取り出し、前歯で噛みちぎってモチャモチャとやりだし、泥のようなコーヒーで流し込んでいた。
本当、仕事というか錬金術しかまともじゃないんだよなぁ。祭りの日も工房が明かりが付いてて作業してたし。
ってか来年になってもオニヤンマは島に来ないだろうな……。




