第308話 リンゴを処理した時の事
蒸留所完成から十日後、トローさんはやっぱり二日酔いでダウンしていた。なんか目に見えて顔だけ老け込んでたけど。
そして俺はなんか少し多くない? って量のリンゴの木箱を見ている。
「捌き切れねぇって理由で、安いし情に負けて買ったのは俺だけどさ。やっぱり多いですよね?」
「多いですねぇ……」
ウルレさんはバインダーを持ち、積み上がった木箱を見ている。
「一応各村に十箱ずつで、四十箱のはずなんですけど……。五十箱ありますね」
そしてペンの尻軸で頭を掻いている。こんなウルレさんは珍しいので、本当に不思議だと思っているのかもしれない。
「……ちょっと聞いてきます」
俺は荷物を積んでいる商人の船に走って向かった。
「あ、サービスです。申し訳ないんですが、多分向かう港につく頃にはヤバそうなんで、少し多めに下ろさせてください」
「……まぁ、そう言うなら良いんですけど、今度は事前に声をかけてもらえると嬉しいんですが?」
「あぁ! 申し訳ありません! うっかり忘れてました!」
そして商人さんは急いで頭を下げ、結構本気で謝っているので、本当にうっかりだったっぽい。
「あー。大丈夫です大丈夫です。頭を上げて下さい。今からはもうアレなんで、次来た時にでも少しサービスしますので、また寄って下さい」
そんな感じで会話を少しして、次も来てくれる事を願ってサービスを約束した。
「サービスだそうです。なんか本当にギリギリっぽくて、少しでも多く下ろしたそうで……。で、こちらも少しサービスするって事を言っちゃったので、書類に書いておいて下さい」
「傾向としてはコーヒー豆が多いので、量的に二袋くらいですかね?」
「……んー。そのくらいですね」
俺は値引きされてる林檎一箱の値段を出し、サービスされた量とコーヒー豆の値段を割り出してだいたいそのくらいだと計算した。
そしてミスリルバールで木箱を開けて、林檎を一個取り出してかじってみるが少しモソモソしている気がする。
「量的にも、シードル作るには足りないしなぁ……。どう大量消費したもんか……。ウルレさん。リンゴって好きですか?」
「まぁ、あれば食べますけど。十数個を一人でモリモリ食べるのはちょっと……」
「ですよね……。あーどうすっかなー。第三村で砂糖の生産始めたから、第一村はコンポートでも作っかー。って事で、悪くなる前にさっさと加工するか食えって配りながら言ってきます」
俺はウルレさんに言い、往復も面倒なので十四箱を残して村に配りに行った。
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「んー。この端数は各村の子供達に、お菓子として配り歩くしかねぇよなぁ。乾燥させんのが一番楽だから二箱は全部輪切りで良いか」
俺は午後は休みをもらって抜けさせてもらい、パーラーさんのキッチンに箱を運び込んで確認するように声に出す。
「祭りの時の下準備よりマシだな」
俺は鼻歌交じりでリンゴを輪切りにし、芯の部分を切り抜いてザルに並べて日陰に干した。
砂糖に少し水を入れ、コンポート用に弱火で火にかけ始める。
「砂糖の溶ける良い香りですねー」
出たな甘党エルフ……。
「大量消費しなくちゃいけないんで、とりあえずどうぞ」
簡単に皮をむいて、六切りくらいになってる芯を取ったコンポート用のリンゴを出してあげた。
「砂糖を煮詰めているのに、なんでそのままなんですか?」
ティラさんは、真顔で顔を傾げて顎に手を当てている。俺が毎回お菓子を出すと思うなよ。
「砂糖漬けにするからですよ? あ、そのリンゴにこの砂糖汁ぶっかけます?」
俺はそう言ってまたリンゴの皮を剥いて種を取る作業に戻る。
「第四村の兵士の特別教育の為の報酬を今要求します! あ、砂糖汁はかけて下さい」
結局かけるんかよ。ってか、お菓子に関してはこのエルフはかなりワガママになるなぁ。へそを曲げられるのも嫌だし、妻達と子供、抜けたお詫びとしてウルレさん用に簡単なの作るか……。あ、大量消費だから、キースとルッシュさん、パトロナちゃんにも作るか。
「はいはい。簡単にですよ」
そう言ってリンゴを半分にし、芯を取って砂糖とシナモンをかけてバターを窪みに入れてオーブンにぶち込む。子供用のはシナモン抜きで。
「待っててくださいねー」
子供に言い聞かせる様に言い、リンゴの皮むきを再開した。
「そろそろか……」
俺はオーブンを開け、にじみ出てきた液をスプーンで掬い、窪みに入れてまたオーブンに戻した。
「出来上がったんじゃないんですか?」
「まだです」
それだけを言いまた作業に戻る。が、なんか後ろで少しそわそわしてる気配がするんだよなぁ。
「一個くらい出来映えとか見るのに味見……とか?」
「余分に作ってないので、諦めて帰るか、大人しく待つかにして下さい。パーラーさんかエレーナさんに恨まれたいなら食べて良いですよ」
そういうとエルフは大人しくなった。思い出して二個多めに増やしておいたけど、きっと来るだろう。
クリノクロアでもそうだったけど、エルフって長生きだから待つ事に対しては好きな物でも待てるんだよなぁ……。
そして良い感じにリンゴがしんなりしてきた頃に、やっぱり匂いに釣られてパーラーさんとエレーナさんがやってきて、ティラさんと雑談をしていたのでボウルに入れておいたリンゴの皮を使って多めにアップルティーを淹れ、目の前に熱々の焼きリンゴを出してあげた。
「あーい、そこのエルフのわがままで作った奴ですよー。ウルレさんや嫁達に持って行くんで、食べててください」
俺は人数分の焼きリンゴとアップルティーを持ち、まずは交易所に行く。
「ちょっと休憩しませんか?」
「はい。丁度区切りが良くなるんで」
ウルレさんはそう言うと、少しだけ書き物をしてから立ち上がった。
「おー。美味しそうです」
「少しモソモソしてたから、結局こういう風に料理するしか……。あ、均等に配った残りはコンポートと乾燥リンゴになるので、どうにかなりそうです」
「腐らせたらもったいないですからねぇ。消費できる目処が立ったなら良かったです。しかもカームさんのお菓子もこうして食べられますし」
ウルレさんはニコニコしながらナイフで焼きリンゴを切っている。なんだかんだでこの人も甘い物も食べるんだよなぁ。
「調理場に行けば、いつもの二人と急に来たエルフが食べてるので行ってみては?」
「女性だけの場所に、同僚としても行き辛いですよ。カームさんは良く平気ですよね」
「平気って言うよりなぜか自然と増えるんですよ……。俺だって全員が女性の場所に入っていく勇気はないです。あれかなー、お菓子作ってるから引き寄せてるだけか。今日も増えましたし。んじゃ、食器だけお願いしますねー」
そう言って俺はキース宅へ向かった。
「すみませーん」
「はーい」
俺は開け放たれているドアをノックし、一応大きめの声で呼びかけるとパトロナちゃんを抱いたルッシュさんが奥から出てきた。
「あ、これどうぞ」
そしてリンゴの事や、なんでこうしているかを説明する。
「顔なじみの商人って、こういう時はやっぱり強いですよね……」
ルッシュさんは少し渋い顔になり、ため息を吐いてパトロナちゃんの背中をポンポンと叩いた。
「すみません。情に弱くて」
「まぁ、それも売りみたいな物ですし。それでお客様が懇意にしてくれてるので、そのままやっちゃってください。たまに帳簿を見に交易所に行ってますけど、問題ないみたいですし」
ん? 今サラっと恐ろしい事言ったな……。知らずに監査が入ってるって滅茶苦茶怖いんですけど?
「なら良かったです。多分パトロナちゃんも食べられるから、パパと一緒に食べてねー」
俺は少し膝を曲げ、ルッシュさんに抱かれて指をしゃぶってビチャビチャにしているパトロナちゃんと視線を合わせ、ほっぺをプニプニしてから自宅に向かった。
「ただいまー。ちょっと休みもらっちゃった」
「おかえり」「おかえりー」
家でも同じ事を説明し、テーブルに焼きリンゴを置いてまずはスズランが抱いているコルキスを抱く。
「ただいまー。今日はちょっと甘い物に挑戦しようねー。何でも食べるけどさ……」
そして今度はメルを……。
「ただいまー。メルは甘い物好きだもんねー。多分しゃぶっちゃうだろうけど」
そしてメルをそのまま抱きつつ、ナイフで皮のない部分を切り出し、スプーンで掬って口元に持って行くと口に入れてくれた。
「……あー!」
しばらくモチャモチャ口の中でやっていたが、両手を動かして喜んでいる。子供にとっても甘い物は正義か……。
「はーい。次でちゅよー」
口元に持って行くと、同じ香りとわかったら手をバタつかせながら口を開けたので、優しく食べさせてあげる。
「んー。肉もバターで焼くと美味しいけど、リンゴも美味しいわね。でも肉の方が美味しい」
「スズランちゃん。果物とお肉を一緒にしちゃ駄目だって。あ、このお茶私の好きな奴だ」
本当スズランはブレないよなぁ……。そう思いながらメルの口元に焼きリンゴを持って行くが、どんどん食べてくれるので自然と笑顔になる。
「はい、次はコルキスね」
メルをラッテに渡し、今度はコルキスをスズランから預かる。
「お? 興味津々だねぇ。すり下ろしたリンゴは食べたけど、コレは初めてだもんねー」
ニコニコしながらコルキスの口元にスプーンを持って行くが、特に嬉しがる様子もなく、奥歯がまだ生えてないのにモチャモチャと噛んで飲み込んだ。
「……前は甘い物もリンゴも嬉しそうに食べたはずだけど。んー、シナモンか?」
そう呟きながら一応様子を見ながら口元に持って行くが、ご飯みたいに普通に食べる。
「んー。シナモンかけた奴と一緒に焼いたからなー。匂いが移ったか? わからん。ま、食べてくれるなら良いか。ねー?」
そしてコルキスをあやしながらどんどんと口元に焼きリンゴを持って行くが、食べないって選択肢はないみたいだ。
「はい、ごちそうさまー」
俺は背中を叩いてあやすが、ゲップをさせる癖がついているのは内緒だ。
そして冷め切った焼きリンゴを食べる。
「うん、まぁまぁ。ちょっとシナモン多めでも良いかも。古いから香りが飛んじゃってるし……。あー、ノーラさん達にも作るか。マジでさっさと消費しないとリンゴが傷んじゃう」
そう言うと、二人になま暖かい笑顔で見られた。
「早くしないと夕飯が食べられなくなる。私達は良いからもう行って」
「やっぱりカーム君はカーム君だよねー。ほらほら、あの子達も私達の子供みたいなものなんだし、早く行ってあげてー」
そう言うとコルキスをスズランに取り上げられ、スズランはコルキスの手を持って笑顔で振っている。
本当、スズランもこういう事を平気でやるようになったなー。可愛いから良いけど。
「はいはい。増えちゃった娘達にも同じように振る舞ってあげないと、拗ねられちゃうからね。いってくるねー」
俺はコルキスとメルの手の平に指を置き、笑顔で上下に振って夕方までまた別れる事にした。
奴隷の子達? すんげぇ笑顔で焼きリンゴを食べてくれたから、お代わりを作ってやりたくなっちゃったよ。
コレが孫にご飯を沢山盛りつける、お婆ちゃんの心だと理解した。




