第281話 今から十年後くらいが心配になった時の事
島の年越祭りも終わり、相変わらず姐さんが良い感じで飲みまくり、買った魔族の奴隷達は胃腸の回復が間に合い、肉や魚を普通に楽しむ事ができていたので、個人的には嬉しい限りだ。
「カーム君。ちょっと産婆さん呼んで来て」
それから五日。朝食中にラッテがいきなりそんな事を言い、俺は食べかけのパンを無理矢理口に突っ込み、スズランの時と同じルートで走り、産婆さんとアドレアさんを呼び、アントニオさんに一声かけてから、ポーションを数本持って家に戻ると、ラッテの姿はないので、寝室にいるんだと思うが、ルッシュさんとスズランが慌てて朝食に使った食器を片づけていた。
「おう、手伝いに来てるぜ」
そう言ったのはキースで、パトロナちゃんをおんぶ紐で背負っており、手にはコルキスを抱いていた。まぁ、邪魔にならない場所で、子供の面倒を見てくれているだけで物凄くありがたい。
「あぁ、助かる。また産婆さんに叱られるから、ちょっと俺も準備するわ。悪いけどコルキスを頼む」
「あぁ、わか――」
「スズランさん、ここは良いのでラッテさんの所へ!」
「わかった」
「カームさん、タオル勝手に使ってますよ!」
「は、はい……」
キースの声はルッシュさんの声でかき消され、そのままの流れで、なんか仕切ってくれているので助かる。
「まるで戦場だな」
「女性にとってはそうだろうな。最悪半日以上も苦しむんだから」
俺も【熱湯】を魔法で出して、鍋や桶みたいな物に入れ、風呂場の残り湯を捨てて、綺麗に洗ってから【お湯】で満たしておく。
その後居間に戻ると、アドレアさんが到着しており、ワチャワチャとせわしなく動いていて、何か必要な物を叫ばれたら、それをドアの前に行って渡すという事をする。
今朝は急だったので、出産の準備が全然できていなかったって言うのが大きい。
そしてある程度の準備が終わったので、コルキスを返してもらい、抱いてあやしつつ、何回も深呼吸をして自分自身を落ちつかせる。
「そういえば、パトロナちゃんの夜泣きはどうだ?」
とりあえず落ち着かないので、何でもいいので話題を振ってみた。
「まぁ、聞いてたよりは少ない気もするな」
「好き嫌いはそろそろわかる様になって来たか?」
「あぁ、やっぱり甘い物が好きなのか、カボチャとか蒸かして裏ごしした甘めの芋とか好きだな。野菜系はペーストにした、ほうれん草とか食べるぞ? やっぱりお前に、色々教わっておいて良かったわ。色の濃い野菜は体に良いって知らなきゃ、食わせてなかったぞ」
「そいつは良かった。はぁ……。四回目だけどやっぱり慣れねぇなぁ……」
俺は寝室のドアを見て、少しだけ弱音を吐いた。
「あー!」
そしたらコルキスが腕の中で少しだけ動き、二の腕と胸板を叩いてきた。
「おいおい、子供に弱気になるなって怒られてんぞ。お前が言ったんだろ? 感受性が高いってな。弟か妹か知らんが、それが産まれてくるのに弱気になってたら、そりゃ怒られるわ」
「ごめんねー。ちょーっと弱気になってたよ。そうだよなー、お前の弟か妹だもんな、心配になるよな」
笑顔でコルキスをあやしつつ、少しだけ父親だけの子育て雑談をしていたら、ウルレさんが家までやって来た。
「あ。慌てて連絡忘れた。すみません、急に今朝産気付きまして」
「あー、良かったです。いつもなら決まった時間より早く来ているのに、何も連絡がないので、食中毒か何かで全員倒れてるのかと思いました。それならいいんです。奥様に、少しでも安産になる様祈っておりますと、お伝えください」
ウルレさんはそう言い、笑顔で去って行った。本当、慌てすぎてて忘れてたわ。
「いい奴じゃねぇか。アイツに浮ついた話はねぇのか?」
「ないなー。呪いレベルでないなー。好みって好みも、仕事優先で理解力のある女性っぽいし」
「当時のルッシュだって、家庭三の仕事七くらいだったぞ? 今じゃ反転してっけど」
「うるせぇよ男共! 下らねぇ話ししてねぇで、こっち来て腰でも摩ってやんな!」
キースと雑談をしていたら、産婆さんが寝室から出てきて、めっちゃドスの利いた声で怒られた。
「俺、怖くて泣いちゃいそうだ」
「俺もだ。肝っ玉母ちゃんってレベルじゃねぇぜアレ? 俺の母親より怖ぇわ」
キースと目が合い、にやけながら軽口を言って、コルキスを預けてキースの母親の事を想像しながら寝室に入った。
そしてラッテの方を見ると、玉の様な汗をかいており、苦しそうに肩で息をしていた。
「大丈夫かい?」
「んーちょっと駄目かもー。腰摩ってー」
俺は言われた事をしつつ、どうやって鈍痛を沈めたら良いのかわからないので、初産時の時みたいに、湿布的な回復魔法を発動させながら優しく摩ってあげた。
「あ! そうだ! 私食器洗ってない!」
「大丈夫だよ。ちゃんと洗ってあるから」
出産時は、支離滅裂な事を言うっていうけど、本当らしい。とりあえず安心させる事だけに重点を置こう。
「ん゛ー。あ゛ー」
「辛いよね。頑張って」
「ん゛ー。がん゛ばる゛ー」
「辛いなら喋らなくても良いからね?」
喋る言葉に全部濁点が付いてるし。やっぱり出産は大変なんだなって思い知らされる。
しばらく女性陣に見守られながら、ラッテの腰を摩っていたが、様子が少し変わり、産婆さんに引きはがされ、部屋から追い出された。多分そろそろなんだろう。
「追い出された。もう男には何もできない」
「だな。座ってろ。また怒られるからな」
「いや、軽食だな。そろそろ昼前の休憩の時刻だ。最悪長丁場になったら――」
「ほら、もっと力んで!」
そんな言葉を、産婆さんの言葉に遮られた。まんま戦場だなぁ。ドア越しなのにあんな大声で聞こえるんだし。
「んぎゃー。んぎゃー」
そして肩をすくませ、キッチンに立って包丁を持ったら、子供の泣き声がしたので、そのまま固まってキースの方を見てしまった。
「っしゃぁ! 産まれた! ぅおっしゃぁ!」
「馬鹿! 包丁置け! 握ったまま喜ぶな!」
包丁を持ったまま叫んだら、キースに怒られた。
「コルキス。弟か妹が産まれたぞ! 良かったな!」
包丁を置き、キースに預けていたコルキスを抱き、あやす様に軽く膝を上下に揺らしたり、回ったり、笑顔で涙を流していたら、二の腕をベチベチと叩かれた。うるさかったんだろうか?
「可愛い女の子だよ。兄と一緒で、肌の色は紺で、髪は母親の白だね。色々と終わったから、会いに行ってやんな」
「うっす! ありがとうございます」
俺は一緒に出てきたスズランにコルキスを預け、産婆さんから娘を受け取り、寝室に入っていく。
「頑張ったね。ありがとう」
「いえい。私頑張ったよー。頭撫でてー」
俺は産後で疲れてるはずのラッテが、いつも通りにしていたので、微笑みながらベッドに腰かけ、汗でビショビショになっている頭を、優しく撫でてやった。
「女の子だって? ちょーっとだけ不安だけど、私頑張るね」
「えー。なんで不安なの?」
「だって夢魔族とのハーフで、女の子だよ?」
「あー。そういう意味ね……。上の二人と同じように育てて、どうしようもなくなった時は、厳しいお姉さんに預けよう。ラッテだってお世話になったんだろ? 本当は預けないのが一番なんだろうけど」
「そーだね。けど今からそんな心配するよりも、元気にスクスクとノビノビ育って欲しいなー」
「そうだね。絶対元気に育ってくれるさ」
神様の加護が付いてるとは言えないけど。
「で、名前はー?」
ラッテが微笑みながら聞いてきた。やっぱり気になるんだろう。
「メル。っていうのはどうだい?」
「やっぱり三人みたいに、何か親とか私に関係性があるのかな?」
「あるよー。ミエルが蜂蜜だって言ったよね?」
「そうだね。私が牛乳だっけ?」
「そうそう。で、女の子みたいな響きも欲しい」
「確かにかわいい名前だよね。で、本当のところは?」
「ごめん。兄妹繋がりで蜂蜜なんだ」
「やっぱりー。けどさー。おんなじ意味なのに響きが違うって不思議だよね。よろしくね、メルちゃん」
ラッテは、俺が抱いていたメルを優しく撫で、盛大に息を吐いてベッドに寝転がった。
「ごめん。少し横になるね。あー疲れた疲れた。本当幸せ過ぎて怖いくらいだよー」
「これからもっと幸せになるかもしれないんだから、このくらいで尻込みしてたら駄目だよ。もしかしたら。リリーとかミエルが、孫を連れてくるかもしれないんだから」
「あー、そしたら私はお婆ちゃんかー。それも幸せ過ぎて怖いなー。はぁ……。ごめん少し目を瞑ってるね」
「お疲れ様。メルはベビーベッドに寝かせておくよ」
俺がメルをベビーベッドに寝かせると、ドアがカリカリと音を立てたかと思ったら、スズランがドアを開け、ヴォルフ達が入ってきて、やっぱり三匹で子供を守る様に伏せている。
「ヴォルフ。何かあったらコルキスとメルを頼んだぞ」
「わふん!」
「北川からメルを守ってくれよ!」
「あうん?」
北川の名前を出すと、ヴォルフが困った表情になり、首を傾げていた。
「なんでそこで、勇者の名前が出てくるの?」
スズランは不思議そうにしながら、理由を聞き返してきた。
「アイツの好みのタイプに似てるから。だって娼館に行ってフォルマさんを見つけてくる様な男だぞ? あいつはそんな感じのがタイプなんだよ。初めて会った時だって、俺になんで女じゃないんだ。って叫んでたし」
「ふーん。けど一途なら平気じゃない? それに友人の娘に手を出すほど、色狂いでもないんでしょ?」
「まぁ、そりゃそうだけどさ……」
「産まれたばかりの、娘の将来の旦那の事を心配する方がおかしいと思うけど? それに、リリーの旦那の心配をした方がいいわ。だって、自分より強い男が条件なんでしょ? 将来的には多分戦う事になるんだから」
「あー。そうだったー。今頃どこで何をしてるんだか……。本当、手紙くらい少しだけ欲しいよなー」
「ミエルが出さないんだから、リリーなんか出すはずないでしょ。諦めも肝心よ」
「だよね。じゃ、俺はお昼を作るから。では、ラッテとメルをよろしくお願いします」
俺は軽く三人に頭を下げ、部屋を出て一応七人分の昼食を用意しはじめた。
※アドレアさんも含む




