第270話 スパイ対策を話し合った時の事
言い訳:風邪引いていたから、地の文章が少ない(台詞なら簡単に出た)
「ウルレさん。防諜に詳しい人って、知り合いか友人にいます? ご家族でもいいですよ」
俺は書類を執務室に届けに来た、ウルレさんにいきなり聞いてみた。
「はぁ? あ、申し訳ありません。いきなりだったのでつい……。いませんね、先日の事ですか?」
「えぇ、そうです。上が教えてくれれば良かったんですが……。いい返事をもらえなかったんですよ」
「まぁ、一応地下組織に近い物がありますからね。長年かけて築き上げた技術や技能ですし、教える事もできないんじゃないんですか? それを逆手に、そのまま自分の所に使われる事もありますし」
「ですよね。ご実家で秘匿してた技術とかありました? それの漏洩とかの対策は? 過去にあったなら参考程度に教えてもらいたいんですけど」
「残念ながら鉄鉱石の出るだけの山なので、ただの経営ですね。製鉄所もありふれた物ですが、ドワーフが質が良いと言って剣を打ってくれたくらいです。確かドワーフの流れは前に言った気はします」
混ざり物が少ないって時点で、かなり技術力はありそうだけど、多分ウルレさんは気が付いてないなこりゃ。本人達が思ってないからこその、防諜なんだろうか? もしくはそこに誰も目を向けないか……。
「えぇ、確か販売促進の為に飾っていたとか。ふむー、やっぱりその辺に宝石なんか転がってるわけないか。まぁ、どうにかするしかないな。ありがとうございました」
「いえいえ、期待に答えられず申し訳ありませんでした」
そんなやり取りをしつつ、俺は午前中の業務をこなし、午後になったので北川の所に向かう。
ちなみにあれからスパイらしいスパイは島に来ていないが、カルツァの所にクリームを届けに行くと、処理した人数が一人増えた事を言われた。
自分の領地にある企業の事なんだから、ノウハウを教えて欲しいと言ったら断られ、ウルレさんと同じような事を言われた。だから北川と会議だ。
「で、どうするよ?」
俺は北川と二人で、浜にあるなんか木陰になってる木の下のテーブルで話し合う事にした。密室で話し合うと、誰かが聞き耳とか立てたりするかわからないし、オープンな場所でやろうぜって事になった。
締め切った空間だと、確かにそんな気もする。時代劇なんかじゃ、必ずと言って良いほど締め切った室内だし。人が多くてガヤガヤしてた方が良いってのも、某ゲームでやってたしな。
「知らん。とりあえず会田さんに聞いたけど、詳細は知らないが何個かあるってよ。まず物理的なセキュリティは秘密組織的な物とか、軍事関係施設に人が入れない様に、壁とか金網を設置するだけだから、島じゃある意味まだ無意味だ」
「その辺の家と変わらない環境で作ってるしな。物理的もクソもない。そこだけ頑丈にしたらぜひ入って下さい、って言ってるようなものだしな」
「人的な物は、作り方はお前と奴隷だった子だけだろ? 原材料は第二村からオリーブオイル。第三村からカカオバター。配合量はお前だけが知ってる。一応島から連れ出さない、出させなければ解決だ」
実はウルレさんも一緒に作っちゃったんだよなぁ。
「あぁ、けど学がない奴隷だった子に、作業させやすい環境にするのには全部規格決めした。瓶十個で、大きさの違うボウルが全部一杯で配合。盗まれたら配合量がばれるな。ノーラさん達の護衛とか優先。パルマさんとかフルールさんの鉢植え置いておくわ」
俺はとりあえずメモだけは取っておく。全部終わったら燃やすけど。
「ネットはないから、通信セキュリティとかその辺どうでも良いな。なんかネットに繋がってないパソコンで、色々やってそうなイメージがある。気を付けるのは手紙だけか?」
「そこに潜り込んで、メモリー媒体にコピーって奴だな。パスワードとかどうやって知るかは不明だけど。やるなら確実にハッキング? とかクラッキング? は必要だろう。それと重役の家に忍び込んで、アナログなメモ用紙でも探すとか」
「熟知してればできるんじゃねぇ? 映画みたいに慌ただしくするんじゃなくて、なんかじっくり丁寧にやるらしいけどな」
「あぁ、誇張表現っぽいアレな。まぁ、話がズレたな。他は?」
「セキュリティの機密化。運用におけるセキュリティ。なんかセキュリティって言葉が多いから混乱するな。要は防犯だな」
「機密化……ねぇ。今のところ原材料がこの島にしかないから、第三村にだけ注意してれば問題はないけど、その第三村の奴等が買収されたら……。そもそもあいつらカカオバターを何に使ってるかすら知らねぇわ。絞って出た白い油を集めておいて、カカオマスと一緒に海運だわ。多分絞ってる奴の手はいつもツルッツルだろうな」
「酷い話だが、知らないなら平気だ。知らないって事は時に良い方向に働く。運用のセキュリティは最初からつまずいてるから次から活かす。以上だ」
「そうだな。で、どうするよ。話し合いが終わったぞ?」
なんか北川が会田さんに聞いた事を言ってくれたが、終わってしまった。
「本当ならなんかガッチガチに硬い文章で、マニュアル化するんだろうけど……。この島にはまだ不要な気もしてきたんだが? まぁ、いずれ必要になると思うけど、今は守る物が少なすぎて、本格的に動けないってのが答えか?」
北川は腕を組み、眉間に皺を寄せながら俺の書いたメモを見ている。本当に余白しかないし、もう話し合う事はないと思う。
「あ、そうだ。カカオって、何度だか忘れたけど、とある緯度付近でしか確認されてなくて、栽培が難しいし、栽培場所も限られてる。確かカカオベルトって言われてったな。だから、最悪の場合は栽培不可能。日本じゃ沖縄がギリギリだったな。ここと似たような島があれば、自然に生ってる可能性は高いな。魔族側や人族側にも四季があったし、この辺は常夏だからなぁ……。大陸間じゃなくて、あっちの方に向かって行って、島があれば育てられる可能性もある」
「その頃には事業は軌道に乗ってんだろ。ならよ、原材料が盗まれてもその分しか生産できないし、種や苗が盗まれても育つかわからないし、もし育っても、その頃にはもう遅いならいいんじゃね?」
北川は頬杖を付き、指でテーブルをトントンと叩きながら言った。
「確かにそうかもしれない……。けど今後何かあった場合に備えて、防諜は必要だろう。駄目元でクラヴァッテに聞いてみるか」
「誰だそのクラバッテって」
「ちょっとだけ発音が違うぞ? ヴァな、う゛ぁ。俺とキースを最前線に呼びつけて大活躍させ、それを皮切りに頑固な軍部に口出しできる様にした貴族様だ。本来は冒険者ギルド所属は傭兵扱いで、自己責任の参加自由なんだけど、裏で色々あったんじゃないのか? それでなんか戦場に駆り出された。けど繋がりができて、事務所にいたルッシュさんとかメイドのパーラーさんとかに来てもらった。色々恩の貸し借りがあるし、聞くだけならタダだし。だから駄目元で」
「なるほど。けど、タダより怖い物はないぞ? で、クリームの製造方法が条件だったらどうするんだ? 今凄く貴族の間で話題になってるんだろ?」
「クラヴァッテの事だから悪用される事はまずないけど、奥様の為、優先的に二個三個定期的に持って行く。まで譲歩してもらう。それ以外なら諦めて帰ってくる。まぁ、お互い利用してるところとかあるし、こういう時に高い物のおねだりは重要だろう」
「そういや貴族を呼び捨てって……。お前って中々すげぇな」
「誰もいない所じゃ敬称はいらない。奥様の目を盗んで、俺と話してる時に応接間で飲酒。親しい奴にはそんな事をやる奴だぞ? もう人前以外では呼び捨てだよ。ちょっとフルールさんに連絡とってもらって、会ってもらえるなら行ってくるわ」
俺は立ち上がり、その辺に生えていたフルールさんに話しかけ、クラヴァッテに連絡を付けてもらった。
「平気だってよ! わりぃけど行ってくるわ!」
まだ座っていた北川に大声で言うと、手を掃う様に振っているので行ってこいと。勝手に解釈して着替えをするのに転移をした。
そして懐かしい上級区前の門に転移し、ちゃんとした手順で屋敷前に行く。酒を運んだ時に門番に敵対されそうになったからな。スタァァァップ! 的な感じで。
「珍しいな、君から訪ねてくるなんて。まぁ、何かないと来ないけどな。で、今回はないんだい? なにか口を利いて欲しい人材でもいるかい?」
メイドさんに応接室に通され、お茶が来る前にクラヴァッテが入って来た。
「単刀直入に言いますね。防諜の技術や技能を……。人じゃなくてもいいです。最低一人ほど教育していただければと……」
俺の言葉を聞くと、クラヴァッテは目を細めてニコニコとしながらドカリとソファーに座った。正直なんか嫌な寒気がする雰囲気だ。
俺もいつもと違って真面目に言ったから、最初から本気と思われたんだろうか?
「面白い事を言う様になったね……。今噂のクリームの事かな?」
「えぇ、まさにソレです。統治してる貴族様は、もう二十人は処理したと言い、先日島に観光目的と言って一人ほど怪しい男が……。なのでその技術をですね」
「ならその貴族様に聞けばいいじゃないか、なんで僕の所なんだい?」
「もちろん。断られたからですよ」
そう言ったらメイドさんがお茶を持って来てくれたので、一旦喋るのを止め、退室するまで待っていた。
「断られた理由もなんとなく察しています。それでも藁にもすがる思いでですね……」
「なんかすがるほど慌ててる様子はなさそうだけど……。まぁ、そこは置いておこう。なんだかんだで良識のあるカーム君だが、それを運用する側がまともでも、現場にいる人間がそうじゃなかった場合は、わが身可愛さに拷問される前に相手側に情報を売り渡す、もしくは調略……言いくるめられるかもしれない。君に絶対的忠誠心を持っている奴は、島にいるのかい? 島に送ったルッシュやパーラーが、僕のスパイだと疑った事はあるかい? そんな甘い考えで言ってるのなら止めた方が良い。明らかに怪しい奴がいた場合のみ、対応した方が君には合ってる」
クラヴァッテはお茶をゆっくりと飲み、少しだけ睨む様にこちらを見ていた。やばい場所に片足突っ込んだ気がする。
「そうですね。そうします。御忠告ありがとうございました」
俺は沈みかけた足を、引き抜く事にした。
「話は変わるが。これだろ?」
そう言ってクラヴァッテは、カルツァ家の紋章の入った箱を取り出し、テーブルに置いた。
「いや、これを手に入れてから妻がご機嫌でね」
話が変わってない気がする。酔ってるのか?
「ちょーっとだけ優遇してくれないか? 順番待ちでね、次がいつになるかわからないんだよ」
あ、変わってないです。催促になっただけです。けど雰囲気を変える為に言ったのかもしれない。
「一応交渉材料に、二個三個定期的に渡すってのを考えてたんですけど、何気なく横からサラッとかっさらって行くの止めてくれません?」
「あぁ、すまんすまん。コレが交渉材料だったか。じゃあ仕方ない。諦めるか」
「いえ、恩は売っておきたいので、今ここで渡しておきますね」
俺は持ってきたトートバッグの中からアクアマリンのマークの入ってる木箱一個取り出した。
この数なら配る事もできないだろうしな。
「くれぐれも他の方の目に、届かない場所に保管しておいてください。知り合いからの忠告です」
「ははは、紋章がアクアマリンの物じゃないか。こいつはこいつは……。この恩をどこでどうやって返すか迷うな」
「冗談です。次からは卸値さえいただければ、毎回一個ほどお持ちしますよ。フルールさんに言ってくれれば持ってきます」
「転売じゃないが、僕がよそに恩を売らない対策かい? 多少は商品に気を使ってるんだな。かなり大変な事だったと噂で聞いているからね、知り合いにもそのくらい慎重の方がいい。ただ、本性をさらけ出して酒を飲んだ仲だ。僕としては友人と言って欲しかったな」
クラヴァッテはニヤニヤとしながら、アクアマリンのエンブレムの入ったクリームの箱を持ち、パカパカと開け閉めを繰り返していた。
「どうしても最初の一歩は尻込みしちゃうんですよ。友人や友達だと思ってるけど、相手はそうじゃないかもしれない……って」
「誇っていいぞ。僕が人前であんな酔い方をできるのは、片手で足りるくらいしかいない。その中の一人がカーム君だ」
「そりゃ友人ですわ。ならもう少し砕けたい気もしますが……。もう少し会う回数が増えたらで。すみませんね、臆病な性格で」
「散々失礼な事をしておいて良く言う。まぁ、そっちの世界に足を突っ込むのはカーム君は止めた方がいい。もう少し別な対策方法を考えた方が良いし、それの相談だったらいくらでも聞こう。あ、そうだ。ルッシュとパーラーはスパイじゃないから安心しろ、さっきのは言葉の綾だ」
そう言ってクラヴァッテは、ニコニコとしながらお茶を飲んだ。
まぁ、アレだ。友人からの忠告って事で、別な対策でも考えるか。そう思いながら、俺もニコニコとしながら、ゆっくりとお茶を飲んで、少しだけクラヴァッテを書類から逃げ出す口実を作っておいた。
防諜に関してさわり程度に調べてみました。
物理的セキュリティ
人的セキュリティ
通信セキュリティ
セキュリティの機密化
運用におけるセキュリティ
とあり、「あれ、まだ本格的な組織必要なくね?」となり、地道に島に合った下地作りからの方が良いかな?と……




