第260話 故郷に行った時の事
夏の早食い祭り前、具体的にはあの晩から五日後、ラッテの生理が遅れているという事で、俺の肉体的負担は大幅に減った。
そして一応二人の妊娠を、仕事が終わってるであろう夕方になってから故郷に伝えに行く事になった。だって両親への報告は大切じゃん?
「んじゃ、二人とも別に転移に平気だったから、特に覚悟とかはいいよね。んじゃ少し寄ってね」
そういうと、左右から二人に抱き着かれた。そういう意味で言ったんじゃないんだけどな……。
「久しぶりね。別にそこまで傷んでるって訳じゃないのね」
「まだ夏前だよ? このくらいじゃ全然家なんか朽ちないでしょ」
喧嘩祭りから三ヶ月程度だし、確かにこのくらいって言えるな。
「いや、俺が村に島の食べ物を卸に来てる時に、窓とか開けてるし。そして夕方には閉めに一回戻って来てる。何もないから盗む物もないし、子供の遊び場になってる事もない。ってか人が使わないとなぜか一気に朽ちるからね」
主に水回りとか湿気を含んだ空気なんだけどね。水が動かないと腐るし、空気も動かないと菌が繁殖するし。
ってかそこまで上下水道が完備されてないし、シンクのゴムパッキンなんかもないしな。ってか少し隙間風があったんだよなぁ……。木材も多少歪んでるし。冬場は布で塞いでたけど、放っておけば多少は空気は動くけどね。
「さて、行こうか」
俺は一声かけ、まずは俺の実家に向かう。先にスズランの実家か迷ったが、一応俺の所に嫁に行ったんだからそっち優先じゃない? 的な事を言われたので、一応俺の事を立ててはくれてるみたいだ。
「「ただいまー」」「ただいま」
「あら、どうしたの三人揃って? あーはいはい。今お水出すわね。カームは?」
「面倒だから俺も水で良いよ」
「はいはい」
母さんは返事をするとカップを取りに行き、【水】を入れて出してくれた。
「そろそろお父さん帰って来ると思うから。で、待ってた方が良いのかしら? 先に聞いた方が良い?」
母さんはたまに、こう言う事を素で言うからなぁ……。
「待ってた方が良いんじゃない? 一応察してるとは思うけどさ」
「それもそうね。悪いけど私はお茶で。お湯を出してくれないかしら?」
「はいはい」
俺は指先から熱湯の【水球】を出し、ティーポットに入れ、ついでに持ってきたアクアマリンで作った化粧品もテーブルに置いた。
「あら、何かしら?」
「肌がツルツルになる化粧品。今度島で作り出したから。まずは母さんと、リコリス義母さんにでもって思って」
「ふーん。もう色々やってるから驚かないけど、手広くやってるわねー」
母さんは箱を持って、開けずに色々回して見てから、邪魔にならないテーブルの隅に置いた。個人的には中も見て欲しかったんだけどな……。あと感想。
「戻ったぞ……。なんだ珍しい。どうした、何かあったのか?」
「まぁまぁ。とりあえずあなたは私の隣よ」
母さんはニコニコとしながらイスを引き、背もたれ部分をバシバシと叩いている。なんか最近おかんって雰囲気がにじみ出ている気がする。
「で、なんなんだ? お前の事だから金を借りに来た訳じゃないのは確かだと思うんだが……」
父さんは顎に手を当て、右上の方を見ながら本気で考えているようだ。
「義父さん。私達は妊娠した事を伝えに来たの」
「そなんですよー。前々から、リリーちゃんとミエル君が旅立ったらーって話し合ってまして。それで二人とも妊娠したので、こうやって挨拶に来たんです」
「おい、早くないか? まだ向こうに行って……。百日くらいだろ!? 向こうで速攻でしこん――」
父さんが少しだけ考え、直ぐに仕込んだ事を言おうとしたら母さんに肘で小突かれて言葉を止めた。
「んん゛! まぁ、流れなければ年越祭り前後か。俺は冒険者を辞めて、この村に定住するのが遅かったからな。話し合ってお前一人だけにしたが、俺は孫には恵まれて嬉しい」
父さんは目を瞑り、頷きながらなんかしんみりとしている。確かに孫が四人目になるけど、もしスズランだけだったら二人目なんだよな……。
「けどお前達の子供はなぁ……。なんか強くなるのが早すぎて元冒険者の威厳って物がな……。やっぱり魔王の血って奴なのかなぁ? で、今度も冒険者なのか?」
今度は眉間に皺を寄せ、首を傾げながら聞いてきた。
「どうだろう。俺は子供の意見を尊重する派だから、それに応えてただけで、周りの環境が強い気もする。今度育てる環境は常に開拓と交易をしてる島だし、遊び場も海とか森で魔物も少ない。最悪家の近くの商人の倉庫とか、大きな船とかも見る機会が多いし、この村より多種多様な種族も人族もいる。本当に何になるかわからないよ。ベリル村だったら、農業とか林業、商人と雇われた護衛か冒険者くらいだしね」
「そうか。最悪稽古をしないでよくなるかもな。正直リリーとはもうやりたくない。攻撃が重すぎる」
「あんなの防いでも吹き飛ばされそうな攻撃は、俺だって二度とごめんだよ」
そう言ったら父さんが鼻で笑ったので、俺も笑っておいた。二人とも苦手だったらしい。
その後は少し近状を話し、スズランやラッテに何か俺に対する不満がないかを聞いていたが、相変わらず働きすぎてて、少しは手を抜いて欲しい事を言っていた。
大丈夫、適度に手を抜いてるしサボってもいるから。まぁ、休んでずっと家にいて欲しいって意味だとは思うけど。
「まぁ、二人とも妊娠したんだ。部下? まぁ、部下か。も、かなり仕事に慣れてきてるし、少しは休みを増やして三人で過ごしてもいいかもしれない。んじゃ、イチイさん達にも挨拶があるから今日はこの辺で」
「あぁ、奴は顔は怖いくせに孫にクソ甘いからな。多分喜ぶぞ。行ってこい」
父さんはニヤニヤとしながらそういうと、戸棚からベリル酒を出して、お茶の入っていたカップに並々と注いだ。
「久しぶりに酔いたくなった。お前達には悪いがやらせてもらうぞ」
「付き合えなくて残念だよ」
「身重でなかったならお付き合いしたんですが」
「すみませーん」
俺はスズランやラッテが妊娠した時に、お酒がお腹の赤ちゃんにも入る事を力説したので、一応この村や島では、妊婦に酒や煙草は厳禁と言う事は伝わっている。
幸いにも、魔族でタバコを吸う人はあまりいないのがありがたい。
「ただいま」
「お邪魔します」「ただいまー」
俺だけお邪魔しますか。ラッテはどっちも実家だと思ってるみたいだけど、どうもイチイさんに苦手意識があるんだよなぁ。
前世で両親の実家に行った時とか、お邪魔しますだしなぁ……。
「おう、どうしたこんな時間に三人で? なんかあったんか」
「何かあったから戻って来た」
スズランが自然な動きでイスに座った。流石は実家……。
「ほぅ。事と次第によっちゃ俺も裏で動く様な事か?」
一体何を想像したんだろうか?
「私とラッテが妊娠した。だからそれの報告に来たの」
そして特に普通の会話をする様に、重大な事をサラッと言うな。やっぱりスズランは実家じゃ遠慮はないなぁ。
「かーちゃん酒だ酒! ベリル酒の年季の入った奴持ってきてくれ! 簡単に飲めない様にって戸棚の奥にしまっただろ。あれ持ってきてくれ!」
スズランの報告が済むとイチイさんの顔が一気に緩み、普段はあまり手を付けないお酒を出してくれと、リコリスさんに言っていた。
「いやー俺はてっきり、孫達の良くない噂がそっちの耳に入ったのかと思ったぜ。本当良い話で良かった!」
イチイさんは豪快に笑い、三つのグラスに色の濃いベリル酒を注ぐと、自分とリコリスさん、そして俺の前に出た。そしてリコリスさんがスズランとラッテに、俺が村で推奨していた麦茶を出してくれた。
「私もまだ、お婆ちゃんって言われる見た目じゃないんだけれどね。また孫が出来ちゃったなら仕方ないわよねぇ」
リコリスさんは軽くグラスをぶつけてきて、加水してない原酒の濃い物を一口で半分飲み込んだ。実は結構お強い?
まぁ、確かに見た目だったらスズランをかなり品よくして、角が取れた美しさがあるけど、もうノリノリでリリーとミエルの前じゃお婆ちゃんって言ってたしなぁ。
「今度は島で育てるので、そんなに言われる機会はないかと思いますよー。もしかしたら私もリリーちゃんかミエル君が子供作っちゃったら、コレでお婆ちゃんですし」
ラッテもお婆ちゃんって見た目じゃないのに、そんな事を言って麦茶を飲んでいる。成長速度が速い魔族の宿命か……。けど産めるだけで、産まない人が殆どだからなぁ……。俺達が早すぎたんだよなぁ……。
「そうなったら俺もお爺ちゃんか……。若い時に子供作っちゃったしなぁ」
「馬鹿野郎、さっさと作って親に孫の顔を見せるだけでも偉いぞ? いいか? 産めるだけで、産まれてから季節が二十回巡るまで作らねぇ奴もいるんだ。こんな小さな村じゃ大切な労働力だ。どんどん作った方が良いんだよ。まっ、俺やヘイルも冒険者やってて、子供作るの遅れちまったけどよ。それにお前のおかげでこんなに畑が広がって、町みたいな広さの村になっちまったけどな」
イチイさんはチビチビと味わうようにベリル酒を飲み、ニコニコとしながら言って、なんか嬉しそうにしている。
「そうですね。どうしても辺境の小さな寒村じゃ子供も重要な労働力ですからね」
「けどそれをお前が覆した。近所のエジリンから農業やる奴が来て、竜族との交流も増え、商人が買い付けで金を落とすようになった。滅多に顔を見せない貴族の野郎も、最近じゃ季節の変わり目に、村長に会いに来てるみてぇだしな」
イチイさんはチビチビと飲んでいたベリル酒を手酌で注ぎなおし、少し減っていた俺やリコリスさんのグラスにも注いでいた。
チビチビやってるだけでペースが速いな。ってかリコリスさんなんかはもう飲み切ってるし。
「それにお前は学があって子供達に色々と教えて、ミエルの方にそれが強く出てるから騙されるような事もねぇだろうし、先輩冒険者と一緒に生活させて良い事や悪い事も教え込ませ、挙句に勇者にも稽古を頼んだ。これで悪い噂を聞いたら、俺は久しぶりに動くつもりだったんだが……。妊娠なら問題はねぇよな。なぁかーちゃん」
「そうねぇ……。そこまでして悪の道に入ったら本気で叱りに行こうかって話してた事もあるからねぇ……。本当良かったわ」
なんか二人して恐ろしい単語を言っているが、目が据わっているのは酒のせいにしたい。
「ははは、お義父さんもお義母さんも心配しすぎですよー。カーム君の子供ですよ。絶対とは言い切れませんけど、私達もその辺の躾はしてましたし、安心してください。それに妊娠の報告をしに来たのに、こんな話題は野暮って物じゃないですか? その時が来たら心配すればいいんですよ」
「それもそうだな! 妊娠してなけりゃ酒でも注いでたところだ!」
「そうねぇ……。孫を信じられないお婆ちゃんじゃ色々と駄目ね。まっ、スズランやラッテちゃんには悪いけど、ちょっとヤらせてもらうわね」
そう言ってリコリスさんは、グラス八分目まであったベリル酒を一気に飲み干し、イチイさんの前にあった瓶を取って手酌で表面張力を利用したギリギリまで注ぎ、もう一度一気に飲み干した。
もう、ちょっとやらせてもらうってレベルじゃないな。
「はぁ……。こういう日のお酒は美味しいわねぇ……。本当私は幸せ者よ」
「馬鹿、飲みすぎだ」
そしてイチイさんが、慌ててリコリスさんのグラスを取り上げた。本当珍しい物が見れたな。
「ねぇ。今夜久しぶりにどう?」
そしてイチイさんにもたれかかるようにして腕を絡めていた。
「子供達が見てるだろうが! 止めろ、離れろ!」
あ、スズランの性格は――。あっちの方の性格はリコリスさんの方が強かったか……。どう考えても二人の子供だな。
「あ、帰りますね。お酒ご馳走様でした」
「ですねー。ごゆっくりどうぞー」
「いつまでも夫婦仲が良いのは、私達も見習わないと。ね?」
スズランがそう言ったら、右腕にくっ付いて来て、それを見たラッテもくっ付いてきた。
「あら、子供達もイチャイチャし始めたわよ?」
「飯、風呂……」
「そんなの後々。じゃ、楽しむなら子供がお腹にいるんだから激しくしちゃ駄目よ」
「いや、激しくされているのは俺な――」
「じゃ、帰るわね。クチナシやミール、トリャープカに会えなかったけどまた昼に来るから」
そこまで言ったらスズランに引っ張られ、イチイさんとリコリスさんに片手を上げて外に連れ出された。
その時にイチイさんと目が合ったが、何か俺を同じ者を見る目をしていた。
何かこの時だけは通じ合えた気がした。
あと義理の弟とか妹がこの歳でできない事を祈る。




