第253話 久しぶりに不意打ちをした時の事
「で、北川がこの間言ってたブートキャンプってのはなんだ?」
俺はこの間、ラクダを運んだ時に会田さんに言っていた事を思い出し、開墾作業中に北川に聞いてみた。
「あーアレな。春の喧嘩祭りの為でもあるんだけど、海岸ダッシュとか腹筋背筋とかやらせてるだけだよ」
「なんだ、本気で防衛戦力を整えてるんじゃないのか……」
「あーソレはソレ、コレはコレ。別にやらせてるぞ。出場させないけど」
「なんだ、しっかりやらせてるんじゃないか。俺はてっきりやってないのかと思ったわ」
なんだかんだ言って、第四村の住人を鍛えていたみたいだ。どんな鍛え方してるかしらないけどな。
「で、そっちのセット内容は?」
俺は木を切りながら、気になったので聞いてみた。どんなもんなんだろうか?
「クロスボウで射撃訓練や安全講習、走り込みや障害物走、近接格闘。これは半分に別けて、試合が終わったら片方が右にずれて、一番端が一番左側に来て一周するまで。戦略的な物の知識の勉強」
「かなり本気でやってんだな」
「それほどでもないぜ? なにせ本業じゃないから、仕事が終わった夕食前に一日置きで別メニューやってる感じだしな。最初にクロスボウ与えた奴なんか、少し細かったのに、段々筋肉ついてきたしな」
「そいつは強制参加かよ。とりあえず気になるから、仕事終わったら見学していくわ」
「おー。魔法講師頼みたいが、魔族だけにしか教えられねぇもんなぁ……。まぁ、楽しみにしててくれ」
北川がにっこりと笑いながら木の根っ子を抜き、ソフトボールを投げるみたいに、下から放り投げて一ヶ所に積んでいた。
「おいてめぇ、それでもチンコついてんのか! やられっぱなしじゃなくて少しはやり返す意気込みを見せやがれ。そこのお前だお前、わざと負けて俺の気を引きたいのか! 飯の前に走り込みしたくなかったら俺の見てる前で一本取って見ろ。間合いの内側に入ったら逃がさない努力をしろ、入られたら逃げる努力をしろ。殺し合いじゃ相手も本気なんだぞ! 魔王が見てるからって手を抜くんじゃねぇぞ! いつもの倍でやれ!」
どこぞの鬼教官風だった。
「よし、時間だ。向かい合って礼!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
男達が礼を済ませると、手前側の男達が一個右にずれて、一番端の奴が全力疾走で左側に走っていった。
「それでは始め。礼!」
「「「「お願いします!」」」」
思ってた以上にガチだった……。少しだけ引くわー。けどこれくらいやらないと強くなれないしな。どこまでこいつ等を持っていくつもりだろうか?
「こんなもんだ。何か追加する要素はあるか?」
「あ? それを俺に聞くのか? まともな訓練じゃないぞ?」
「たまには必要だろ?」
北川がニヤニヤと嫌らしく笑いながら俺に意見を聞いてきた。別な人の意見も必要ってか。
「片方にナイフに見立てた……。ってか木を削ったナイフっぽい形のを持たせて、奪う訓練とか刺す訓練だな」
良くリリー相手に稽古してたから、多少は心得がある。
「いいなそれ」
即採用された。
「時間だ。向かい合って礼!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
「喜べお前等! 特別講師の魔王から新しい訓練メニューが追加された。訓練内容は魔王本人から聞け!」
男達が礼を済ませると、北川が俺の事を特別講師と言い、少しだけ嫌な顔をしていた。あれは余計な事言ってくれやがってって顔だな。
「では、特別講師の――」
「声が小せぇ!」
北川に怒鳴られた。俺まで巻き込むな。
「これから片方が木製のナイフを持ち、もう片方がそれを奪う訓練だ! これから先この島の人口は増えるだろう。施設が整えば外から遊びに来る奴もいるだろう。だがそいつらがまともじゃなかったらどうする。そしてこっちは普通に生活をしてて素手だ。ならどうするか。相手の武器を奪って無力化するしかないだろう! いいか、素手って言うのは一番怪しまれない武器だ。素手なら城の中だって入れる! つまり素手である程度できれば、武器がなくても怖くはない!」
自分で言ってて、何言ってんだコイツって思えて来たわ……。恥ずかしい。
「人の体って言うのは、構造的に動かしやすい方向、これ以上動かない方向っていうのが例外はあるが決まってる。奪う時はなるべくソレを利用しろ。そこのお前。コレを使って好きに襲い掛かってこい」
俺は足元にあった流木をナイフくらいの大きさに折り、手前の一番近い奴に投げた。
「お願いします!」
男は流木を右手で拾い、礼をしたので俺も礼を返し、走って突き刺してこようとした奴の向かって左側に入り、手首を右手でつかんで引っ張りながら捻り、足を掛けて砂浜に仰向けに倒し、左膝で首を抑え、左手で鼻を殴る動作をする。
「多分俺はお前達より力はない! ただ人体の構造を把握し、ある程度の動きを予測してどう動くかを頭に叩き込めば、ナイフ相手でもコレくらいはできる。俗にいう人の壊し方だ! 繰り返し繰り返し練習すれば手首を持った時点で肘や肩を外せる化け物も存在するし、同時に折れる奴も存在する。まぁこの時点で相手の戦意は喪失してるか気絶だ。そうすれば勝手に手から得物は落ちる」
まぁ、壊した事ないけど。ってか近接戦なんかしたくない。ってか折りたくない。感覚とか音ととか絶対に頭から離れないわ。あと伝説のコックを思い出した。
「槍の様に片側には振りにくい物もあるが、基本は関節の可動域的に外に回った方が対処はしやすい。普通ならな。この教官みたいに、アホみたく筋力差がある場合はどうにもならないからあきらめるか逃げろ。あー、懐に入ると最悪ナイフみたいに短い物は背中に刺さるから気を付けろ」
「おいおい、逃げる訓練はまだしてねぇよ。こいつは戦いになると当たり前の様に卑怯な事をする。喧嘩祭りみたいに、決められたルールの中でやる事は絶対にない。例えるなら喧嘩祭りに武器を持ち込む感じだ、その辺は追々やる。ってな訳で筋力差ってのは結構馬鹿にできん、おい、何か俺に関節技をかけろ」
北川がそんな事を言ったので、俺は遠慮なく関節技をかけるが、筋力で無理矢理剥された。
「これくらい筋力差があったらできる事だ、まぁ逃げるかどうか決める訓練もそのうち教える。ってな訳でコイツの卑怯な戦法を一回見ておけ」
北川がそう言いながらバシバシ俺の背中を叩いてきた。何言ってんだコイツ。
「ってな訳で来い!」
北川がバックステップで少し距離を離して、向き合って構えた。
「嫌だよ。なんで俺がそんな事しないといけねぇんだよ……。俺は極力戦いを避けるタイプなの。お前みたいに戦って、敵をどうにかしようってのは最後の最後に出てくるんだよ」
俺は腕をだらんと垂らし、口を半開きにしてジト目で不満を漏らし、相手の出方を狙う。
「そうか……。それなら仕方ねぇな。お前にやる気が――」
北川が構えを解いた瞬間に俺はフラッシュバンの音の出ないタイプ、【閃光】を発動させ、目を瞑らせた瞬間に【水球】を軽く頭に当てて髪を濡らした。
「まぁ、卑怯ってのはこんなもんだ。暗殺やすれ違いざまに首筋に切りかかるのとやる事は変わらない。戦闘中に二を数えるだけの隙を作れたら殺せる。お前達は小隊単位での行動になると思うがはッ――」
そこまで言ったら北川にタックルを食らい、馬乗りされて、顔の横に拳が突き刺さった。
「会話中も不意打ちのねらい目だな」
「……あぁ、そうだな。俺も会話中に仕掛ける事が良くある。覚えておけよ?」
北川が立ち上がって手を出してきたのでそれを掴み、引っ張られるように立ち上がった瞬間に握っていた砂を顔面に投げたら、さらに勢いよく引っ張られて頭突きをされた。
「よし、戦闘にはこんなのがあるって事を覚えておけ。んじゃ今日は解散! お疲れ様でした!」
「「「「お疲れ様でした!」」」」
そんな挨拶と共に訓練は終わった。
「あー、太陽見た時みたいに視界の中央が白い……」
そして皆が水浴び場の方に行ったら、そんな事を言ってきた。
「悪いな。砂を蹴り上げると確実に避けられそうだったからな。ってか星が飛んでる。くそ痛い。最後のは完璧にやぶへびだったわ」
軽く北川の胸を拳で叩き、笑顔で手を上げてから転移魔法を発動させて第一村に帰った。
「ってな事があってね」
「で、その勇者に奇襲と」
「相変わらずだねぇー、カーム君は」
俺は家に帰って嫁達に今日の事を言うと、少しだけ呆れられた。まぁ、俺の戦法はほぼそれしかないんだから仕方ない。
「けど喧嘩祭りは気になる。出てもいいかも」
そしてスズランが恐ろしい事を言った。最悪去年に優勝した第二村の副神父を一撃で沈めるかもしれない。
「や、止めた方がいいんじゃないかなー? ほら、スズランは力が強いから」
「手加減はできる。じゃなきゃリリーに稽古なんか頼まれてもしない」
あぁ、アレ手加減してたんっすか……。俺は嫁の実力を侮っていたかもしれない。まぁ、魔王になるには総合力的な強さらしいからな。スズランには勝てるけど、限定的な戦いだったら負ける。ってかイチイさんと正面切って殴り合いは確実に負けるってわかってるし。
「まぁ、別に出なくてもいいんじゃない? 多分ある程度は勝てるし、一番強い人とか勇者と戦ったら?」
「うんうん。その辺の人とスズランちゃんが戦ったら、多分殺しちゃうよ」
俺は苦笑いをしながら言うと、ラッテも頭を縦に振っている。
「手加減くらいできる。喧嘩はした事はないけど、どこまでやっていいかはお父さんに聞いてる。今まで喧嘩した事のない人が、人を殺すとも聞いてる。だからその辺は注意できる」
「いやぁ。そう言われてもなぁ……」
「ピンク色の髪のお姉さんとも約束した」
その言葉を聞いた瞬間に俺はお茶を噴き出した。
「ちょっと。それ詳しく説明して」「カーム君汚い!」
俺は真面目な顔をしてスズランに聞き返した。いつ接触があった? 俺の知らない場所でだろうな。いつ? ってか姐さんなんだから遅いくらいだ。今まで俺が聞かなかった事の方が不注意だな。
「あ、私も会ったよー」
その言葉に俺はほぼ空になったカップをテーブルに落とした。
「ねぇ、どうしたの? その人に何かあるの?」
スズランは心配そうにこちらを見て、カップを戻してテーブルを拭いてくれた。
「はぁ……。校長のお姉さん。島の山の溶岩の中に住んでいて、この島の陰の実力者。何かと良くしてくれる。子供達に殺気をあてて恐怖心を植え付け、驕らない様に釘を刺してくれた」
「あぁ、あの人が何回か聞いた事がある校長のお姉さん。丸太を運んでいる時に話しかけられて、カームとの普段の様子とか、家ではどうなのかを聞いてきたよ」
「私も。畑仕事とか動物の世話をしてる時によく見かけて、一人になった時に同じような事を聞かれたよ? 特に何かされたってことはなかったかなー。なんで?」
「俺に良くかまってくるからさ。二人に何かあったら嫌だったからちょっと心配になっただけ。何もなかったならいいんだ」
俺は安堵のため息を漏らし、カップを掴んでぬるくなったティーポットのお茶を注いで一気に飲み干した。本当勘弁してほしい。何かあったら注意するだけじゃすまないし……。
ただ、直接対決とか険悪な雰囲気じゃなければいいんだ。なんか保護者みたいな雰囲気が強いしな。
「島に来て、皆に挨拶した次の次の日くらいには会ってるわよ?」
「あ、私もー。で、何があったのかなー?」
向かいに座っているラッテが、身を乗り出しながら聞いてきた。ちなみに日替わりでスズランとラッテは入れ替わりで俺の隣に座る。
大きめのテーブルに三人並んで座るのも変だし。お客様が来たら別だけど。
「スキンシップがたまに過剰で、ラッテみたいに胸をたまに押し付けてくる。けどそんなそぶりは一切見せず、たまに殺気を飛ばしてくる。ちょっと……いや、かなり怖い人。だから二人との接触を心配していた。けどそれも無駄だった。夜中に来るかと心配してたけど、そんな事もなかった。俺がいない時に訪ねて来たら、島で作ってるベリル酒を全部飲ませてもいいから振舞ってあげて」
「わかった。全部ね」
「でー。そんなそぶりって?」
ラッテが少しだけ笑顔になり、さらに顔を突き出してきた。
「黙ってたけど、二人で夜中に朝まで飲んだ。何もなくて愚痴だけだった。子供作りたいけど、いい相手がいないなーって。そんな事を飲みながら二人で話してて、何もないんだから男として見られてない、安心してくれ」
そんな事を言ったらラッテが面白くなさそうな顔をし、スズランがテーブルを人差し指でトントンとやり始めた。
「ちなみにその人の好みはリリーと一緒。自分より強い男。この島に木が一本も生えてなかった頃からいるんだから、好みはかなり年下の強くなっちゃった同族くらいしかいないよ。大魔王様も同族じゃないって事で乗り気じゃなかったし」
少しだけ言い訳したら、ラッテがニコニコとした顔に戻り、スズランはお茶をカップに注ぎ始めた。良かった……。まぁ、自分達が惚れた男がそんな風に言われたんじゃ面白くないわな。
とりあえず戦争は回避できたか。本当に良かった――




