第245話 子供達が少しだけたくましくなった時の事
前話でキノコを鍋に入れましたが、素人判断での類似キノコの見分けがつかないとのご指摘をいただき、別種類の野草を入れました。
「戻りました。必要最低限の知識と技術を教え込んだので、森での生存率は格段に上がったと思います」
あれから二十日。歩くだけなら十日もあれば余裕で一周できるアクアマリン島だが、今回は教育という目的があるからそれくらいかかったんだろう。
「ありがとうございます。で、具体的にお聞きしていいでしょうか? 親として」
ティラさんが執務室の裏口から入ってきたので、イスを引っ張って来て、ハーブティーと蜂蜜を用意し、目の前に丁寧に出す。
そしてティラさんの説明が始まるが、外での寝食から始まり、食べられる野草の判別、森の歩き方や薬草になる植物や狩りに使える毒草の知識。
狩りの方法や獲物を追う方法、敵から逃げる方法や、深い森をまっすぐに歩く方法。その他色々と必要な事をかなり教え込んだらしい。
「ありがとうございます。何かお礼をしたいのですが、何がよろしいでしょうか?」
「蜂蜜を大量に使ったお菓子を願いします」
ですよね。だと思いました。
「わかりました。で、子供達は? いつまで経っても執務室に来ないのですが」
「自宅に戻っています」
「そうですか。申し訳ありません。失礼かと思いますが外します。飲み終わったらそのままでいいので、ゆっくりと飲んでからお帰り下さい」
「いえ、私も伺わせていただきます」
「……わかりました」
俺はウルレさんに抜けると言い、自宅まで早歩きで向かう。
「ただいま」
「あ、おかえりー。二人共戻ってるよー」
「おかえり。少しだけ愚痴を聞いてあげて」
「聞けるかな? だって先生来てるよ?」
「お邪魔します」
「愚痴は夜中かしら?」
「子供達がお世話になりました」
スズランは相変わらずだし、ラッテはニコニコとお茶を出してくれた。そしてティラさんはそのお茶に砂糖をがっつりと入れていた。
「で、子供達は?」
「ミエルがお風呂にお水入れて、リリーが沸かして先に入ってからミエル、そして奥で寝転がってる」
「そうか……余程疲れてたんだな」
「二十日ほど水浴びできる場所でしかしてませんでしたからね。ミエル君が水球を出せたのが救いでした。カームさんみたいにまだお湯は出せないみたいですが」
「あぁ、熱を加えるとか奪うって感じなので、まだイメージができないのではないかと。一回お風呂を地下水みたいに冷たくされましたけどね」
俺達の声に気が付いたのか、子供達が奥の部屋からやって来た。
「ただいまお父さん」「ただいまー」
「おー。おかえり。ティラさんの授業はどうだった?」
「んー、たまにエルフの常識が出て困った事くらいかしら?」
「食事時に甘い物を要求してきた。あと僕に料理を全て任せるのは止めて欲しかった。保存食と砂糖で何を作ればいいのか……」
俺は少しだけため息を吐き、ティラさんを見ると目を逸らされた。ってかエルフの常識って何よ? サバイバル生活で無駄に砂糖とか使わせるなよ……。糖分は貴重なはずだぞ?
「で、どんな事があったんだ?」
本人の目の前で愚痴言えるんだ、聞いても問題ないよな?
「んー。虫とか食べたけど、思っていた以上に不味くなかった事かな。あまり食べたくはないけど」
「物凄く不味い物でも食べられたし、ちょっとの腹痛が出るくらいなら克服できた。新鮮な野菜のかわりになる野草系を教えてもらったけど、まずいのなんの……。あーけど松っぽい葉っぱは比較的レモンみたいで美味しかったかな。煮て砂糖を入れればお茶みたいな」
「果物で酸っぱいのは結構大切だ。船乗りが歯茎とかから血を出して死ぬ病気があるんだけど、新鮮な野菜不足で体が駄目になる病気なんだ。けど、その松の葉っぱはレモンとかと同じような成分だから食ってれば死なない。青臭いけどな。多分エルフに伝わる物か何かなんだと思う。あーあと女の人は食べた方が良いかも。月の物で血が足りなくてフラフラする時とかにいい」
「えぇ、よくご存じで。疲れたり、水がない場合は口に含んだりしてたりします。先ほどもミエル君が言ってましたが、お湯に入れて飲んでれば、干し肉だけの生活でもある程度は新鮮な野菜を食べずにも平気です。若芽ならそのまま噛んで飲み込む事を推奨しますけどね。にしても……。血を出して死ぬ病気があるんですね。エルフはあまり長い航海をしないので初めて知りました」
ティラさんには無縁だろうな。船が怖いみたいだし。
まぁ、松は万能だよ。中国で仙人が食ってたとか言われてるくらい万能だ。種族的な長年の経験やらで自然と身に付いたんだろう。昔からこれを病気の時に食べると楽になるとか。
「けど粗食には慣れたよ。雑草みたいな草でお腹いっぱいにしたし。ってか小麦五日分しかないとか厳しかった。それでも味の薄いポリッジが美味しく感じるくらいには馴れた」
「虫も食べたし、少し傷んだ肉を食べるよりはいいわね。塩辛い干し肉は調味料扱いだったわ。ミエルに感謝ね」
「姉さんも料理覚えて……あとティラ先生も……。ってか三日目で仕留めた鹿肉をもったいないからって、氷漬けにして運ぶのは良いけど、臭いと色がやばいのに反対したのに二人で食べようとか言わないで。あの時一晩中腹痛でうなされたんだよ?」
冷凍って言葉はさすがに出ないか。ってか何日鹿肉食ったんだよ。
「けどおしっこ溜める袋に、血や肝臓を入れて縛って茹でたのは美味しかったわね」
「ひき肉とか、香辛料多めに入れて作りたかったよ。収穫祭は終わっちゃったし、春には旅立つから、落ち着くまで作る機会はないかなー。見かけたら買ってみようか」
「そうね」
子供達はそんな会話をしているが、気が付いたらスズランがずっとこちらの方を見ていた。食べたいんだろうなぁ……。
「はいはい、家の裏手に鳥と豚の小屋ね。あと機会があったら作ってもらおうか」
「牛さんは難しいかな? 多産じゃないし、産めるようになるまでの時期も長いし、妊娠期間も長いからね」
「では、報酬の甘い物をですね」
ラッテと家畜の話をしていたら、ティラさんが目を輝かせて会話に割り込んできた。
「あー。頼むと言っただけで具体的な報酬の話をしてませんでしたね……。やらかしたわー……」
どれだけ甘い物を要求されるんだろうか?
「ふっふっふ。とりあえず今日は蜂蜜に合うお菓子を要求します。それと後日、ナッツとドライフルーツたっぷりの、この前頂いた甘いパンみたいなのを三……いや十本で」
「あぁ、パウンドケーキですか。はぁ……よかった。無茶な注文されなくて。んじゃ今からそれっぽい物作りますので、雑談でもしててください」
俺はボウルにバターと挽いて細かくした粉砂糖に近い物を入れ、丁寧に混ぜてクリームっぽい感じにする。そして塩を一つまみ入れてからまた軽く混ぜる。
それに卵をかき混ぜて半分入れ、見た目がマヨネーズっぽくなるまで混ぜ、轢いたアーモンドと小麦粉を半カップを入れて木ベラで混ぜ、冷蔵庫がないので木箱に【氷】を入れて冷蔵庫の代わりにして、ラップの代わりにバナナの葉で包んで冷やす。
その間にクレームダマンドを作る。別のボウルにバターを入れてクリーム状になるまで混ぜる、砂糖と先ほどの余った卵とアーモンドパウダーも入れて混ぜる。
そして平らな場所で先ほどの生地に小麦粉を付けて麺棒で伸ばして平らにし、鉄板の上に型を乗せてそれに生地を入れて余分な場所を切り落とし、先ほどのクレームダマンドを入れて平らにしておく。
そして籠の中にあったリンゴの皮を剥き、半分に切ってから芯を抜いてかなり薄くリンゴを切って花っぽい感じに見える様に綺麗に並べて溶かしたバターを塗り、砂糖とシナモンを混ぜてシナモンシュガーをサラサラと。
そしてオーブンに入れてる間にリンゴの皮を茹で、皮を取ったらそこに茶葉を入れてよく蒸らし、アップルティーを作る。この茶葉が紅茶じゃない事は確かだけどな!
「焼きあがるまでお茶でも飲んでてください」
俺はティーポットに移したお茶をテーブルに置き、ティーセットを並べ、皆に注いであげ、砂糖と蜂蜜も置く。
「いい香りー」
「美味しい」
「はぁ、疲れた体に甘い物が染み渡るー」
「本当。なんか野草だけだと物足りないのよね。お父さんが言ってた、胃の中で砂糖になるて言ってたパンって偉大ね」
「リンゴのお茶ですか。初めて飲みましたが美味しいですねコレ」
「お好みでベリル酒をスプーンで一杯どうぞ。ティラさんは入れすぎないでくださいね」
俺はニコニコとしながら、酒瓶から小さなミルクソーサーに入れて出す。
「失礼ね。あの時は羽目を外してただけで、普段は嗜む程度よ!」
そう言いながらもスプーンを使わないで、チョロチョロと酒を入れている。どう見てもスプーン三杯は入ったな。
「そうっすか……。もう一品簡単なのを作るので、待っててください」
「あ、お邪魔しまーす。いい香りに釣られてきちゃいましたが宜しいでしょうか?」
そしてなんか申し訳なさそうにパーラーさんが乱入した。お菓子の香りに耐えられなかったんだろう。
「えぇ、分量的にあと一人分くらいなら問題ないですね。今後作る機会も増えると思うので、作り方は兎も角、まずは味だけでも楽しんでいって下さい」
いきなり増えたパーラーさんだが、ラッテが笑顔で迎え、ティーカップにアップルティーを注いであげている。ラッテの社交性の高さに感謝だな。
俺は卵白に砂糖を入れて、気合でかき混ぜてメレンゲにし、小麦粉と卵黄を入れて、気泡を潰さないようにしてざっくりと混ぜ、温めたフライパンに油をひいて生地を流し込み、ふっくらとしたパンケーキを何枚も焼き、全部重ねてティラさんの前にだしてやる。
「今回の報酬です。たっぷりと蜂蜜をかけて食べて下さい。後日ナッツとドライフルーツを多く入れたパウンドケーキを、近くの村までお届けします」
俺が笑顔でティラさんの目の前にパンケーキを出すと、ドバーっと蜂蜜をかけ、ナイフで切り分けずに口に運んでいた。相変わらず蜂蜜かけ過ぎだろう。
ミエルもなんか物凄く変な物を見る目でティラさんを見ている。
あれ? 俺ってミエルって単語が遠い国の言葉で蜂蜜って教えたっけ? まぁ知らない方が吉だな。
そして焼いている間にリンゴのタルトができあがったので、ミトンをはめてオーブンから出し、皿の上に乗せてテーブルまで運ぶ。
溶けた砂糖がジュクジュクとしており、シナモンとリンゴの香りが一気に室内に広がる。
「リンゴのタルトね。冷めても美味しいけど、暖かいのは作り立ての特権だよ」
俺は笑顔で包丁を入れ、全員分を切り分けようと思ったら、パーラーさんが物凄く悲しそうな顔になっていた。
「物凄く綺麗なのに、包丁を入れるのはもったいないですね」
「食べないのはもっともったいないですよ。はい、今度作り方を教えますので、今は食べちゃってください」
俺は席に着き、笑顔でタルトを口に運ぶが、齧った瞬間にある事を思い出した。
「ウルレさんの分忘れたわ……。まぁ、内緒って事で……」
苦笑いをしつつ、少し冷めたアップルティーを飲んでリンゴのタルトを楽しんだ。
「蛮族の様な事もできるのに、こんな物も作れるとか本当にすごい特技を持ってますね。方向性が真逆じゃないですか」
「仕方ないですよ。お菓子作りは好きなんですから。不服なら食べなくてもいいんですよ?」
「いえ、美味しく頂かせていただきます!」
ティラさんがとっくに食べ終わらせていたパンケーキの皿にリンゴのタルトを取り分け、物凄く美味しそうに食べてくれていたので、個人的には満足だ。
「んー。まだリンゴの歯ごたえが少しだけ残ってるのがいいね。私的にはもう少し分厚くても良かったかもー」
「カーム、今度はミートパイをお願い」
「全く、スズランはブレないなー」
テーブルに女性が多いが、別にやましい事は何にもないので問題はないし、ミエルは毎度の事ブツブツいいながら俺のお菓子を食べている。
今度はお菓子作りでもするつもりか? まぁ、頑張ってくれ。聞いてきたら教えてやるつもりだけど、時間あるかな?
今回のお菓子【リンゴのタルト】は、えもじょわ様のレシピを参考にしました。




