第242話 収穫祭での日常時の事
ルッシュさんの出産から三日後、産後の傷の治りもポーションで良いみたいだが、まだ本調子ではない為に収穫祭は不参加になるらしい。経過が順調なら俺的にもキース的にも問題ない。
そして昨日には収穫が終わり、俺は夜中にパーラーさんのキッチンを借りて料理を作る。
玉ねぎをみじん切りー、キャベツとニンジン、旬の野菜をこれでもかってくらい細く千切りー。余ってるカボチャも突っ込もーう。
「フンフフンフンフーン」
自然と鼻歌が漏れ、どんどん野菜を切っていき、鍋に敷き詰めて野菜の倍の水を入れて煮る。そして塩コショウ。
煮えてスープが黄金色になったら、別の鍋で煮ていた鶏肉を入れて野菜スープにする、そして溶き卵を落として軽く混ぜ、ある程度の栄養や食物繊維、鉄分やたんぱく質も取れてるはず。
保存用のチーズとかをパンに挟んで食べて、カルシウムとか補えば平気だろう。そしてこれを持ってキース宅に行く。
うん、口の中で野菜が全部溶ける。まぁまぁだな!
「こんばんわー。おばちゃん達が作ってくれる料理だけじゃ、ちょっと重く感じると思ったから、軽い物作ってきましたよー」
「おう、助かる」
「ありがとうございます。助かります」
赤ちゃんがベビーベッドに寝ており、ルッシュさんがゆったりとした服にカーディガンを羽織った服装で、分厚いクッションを敷いて座っている。円座クッションってそういやこっちで見た事なかったわ。今度テーラーさんに頼もうかな?
「で、子供の名前は決まったのか?」
「女の子だったので私が付けました。パトロナって言います。これからも親子共々よろしくお願いします」
キースに聞いたつもりだったが、ルッシュさんに言われてしまった。どんな基準で付けたんだろう? 響きは女の子っぽいけど……。
「まぁ、よろしくな」
キースが超笑顔なので、俺も笑顔で頷いておく。
「男の子だったらキースが付けてたのか? 何個か候補あったのか?」
「あん? ねぇよ。毛色とか耳の形とかで決めようと思ってたからなー。うちは代々そんな感じだ」
「ほー。見た目……ねぇ……」
俺はキースを改めてジロジロ見て、どこに『キース』の要素があるのかを見たが、特に何がキースなのかはわからなかった。なんか哲学っぽい。
「おい、何見てんだよ」
「いや。別に」
よかったなギースとかじゃなくて。多分そっちだったら名前負けしてたよ。いや、十二分に弓の能力高いけどさ。
「んじゃ、そろそろ帰るわ。またねー」
俺はパトロナちゃんの手の平に指を置くと、軽く握って来たので自然と笑顔になり、引っ張ってから引きはがし、軽く右手を上げて挨拶してからキース宅を出るが、二人共ニコニコとしていた。
子供は可愛いから仕方ない。明日の準備がんばるかー。
◇
毎度の事の様に料理の準備をしている。そう、昨日もやった野菜のみじん切りだ。
パーラーさんとエレーナさんは仲良くお菓子を作ったりしているが、俺はなんで野菜を大量に切っているんだろうか? いや問題はないけどね? けどお菓子作りたい。
「っていうか、なんで私が料理の準備に参加なんです?」
ティラさんが、俺の目の前で野菜を雑に切っている。まぁ村人が少ないから、全員で協力してって流れだからなー。
「雑に切っても問題ない料理なので、適材適所って事で」
「答えになってないですよ?」
いや、答えになってるから。だって雑に切ってもいいんだし、不揃いでも問題ないし、潰れてても良いんだし。
「故郷とかで、お祭り系ってなかったんですか?」
「いや、ありましたけどね……。こんな感じなので手伝いって料理系ではなかったんですよ。男達に混ざって狩りでしたし」
ティラさんはブツブツと言いながらも、トマトを潰しながら切っている。おかしいな。その包丁研いだばかりで、刃を当てて引けば、手で押さえなくても、水平にして引けば超が付くほどの薄切りができるんだけどな……。
ってか、包丁の上にトマトを落とせば半分に切れるんだぜ? その包丁。
「けど、もう男性達は豚の解体は終わらせてますし、内臓も綺麗に洗ってミンチにしてからソーセージにしてます。なのでスープ用に沢山お願いしますね」
「あっちでなんか甘い香りがしてるんだけれど? お菓子じゃないの? あっちの手伝いをしたいんだけど」
「多分失敗しそうですし、確信ではないですがつまみ食いしそうなので駄目です」
メレンゲを入れてサックリ混ぜる。サックリってなに? ってなりそうだし、混ぜすぎて泡を潰して膨らまなかったりしそう。ってか表面フワフワじゃなくてパリッパリにしそう。お菓子は科学。なんとなくじゃ失敗するぞ! なんとなくでもできるお菓子選んで作ってるんだぞこっちは!
ってか、根掘り葉掘りの葉掘りってなんなのよ! 掘って見なさいよ! とか言いそうだし。偏見だけど……。
「ちょっと、代わってよ」
俺は目の前で玉ねぎのみじん切りをドヤ顔ではないが、少しニコニコしながら刻んでいたら、ティラさんがふてくされて言って来た。まぁ、良いんじゃないかな?
「手を切らないでくださいよ」
そう言い、俺はティラさんと場所を交換し、トマトを刻み始めるが、なんか聞こえてくる音のリズムが一定じゃない。顔を上げて見ると、玉ねぎを持たないで、最初だけ両手で切っている。
俺は軽くため息を吐き、ソーセージを作っていた男性組の所に行ってミンチングナイフを一本借りてきて、良く洗ってからティラさんに差し出す。
「どうぞ、見ててとても怖いので」
「こっちにもこれを準備しておきなさいよ!」
「いえ、子供でもナイフや包丁は使わせるようにしてます。ってか弓とか矢を作るのに使いますよね?」
「食材と木材では勝手が違うのよ」
「なら今回を機に、料理を覚えて下さい」
子供達を数日任せようと思ってるんだから……。
俺はトマトを切る作業に戻り、ある程度終わらせて休憩を貰って休んでいると、姐さんがやって来た。
「はぁーいカームちゃん。スースーするお酒作ってー」
「姐さん。俺、休憩中なんですが……」
とりあえず愚痴りながらも空中に【炭酸水】を浮かせ、少し離れた所に大量自生してるミントをむしって、調味料の乗ってるテーブルでかなり濃い目にモヒートを作る。
ミントも適度に駆逐しないと、畑まで浸食されるな。上の方をウインドカッターで切って、室内で干しつつ、根っ子を起こして火にでも入れないと……。刻んでその辺に捨てて堆肥にしようとしても、そこから芽が出るし。
「はい、いつもの濃いのですよ」
「はいはいありがと」
姐さんにカップを渡すと、物凄く濃いのにビールの様に一気に飲んでからテーブルにカップを置いた。おっさんみたいに叩きつけないから、まだマシだよなー。
「やっぱりスースーする奴は美味しいわねー。……ところで、島の中をエルフが歩き回ってるけど、カームちゃんは平気なの? 自分の縄張りを荒らされてる気分にならない?」
なぜかそんな事を、いつもとは違う低い声で言って来た。縄張り? 何の事だ?
「いえ? 別に。そもそもそんな事意識した事ないです。そもそもここの土地は魔族の物で、偉い人が管理してますし、所詮俺はここが空いたから連れてこられただけなんですよ」
「ふーん、結構面倒くさいわね」
「魔力溜まりができないように管理してくれてるので、個人的には助かってますよ。被害とか少なくなりますし」
俺は空いたカップに酒を注ぎ、モヒートを作って姐さんの前にゆっくりと置く。
「別に縄張り意識はないですよ。しいて言うなら、自宅と執務室くらいです。あー後は故郷の酒場の隅ですね」
「最初に歩き回ってたのは、縄張りの確認じゃなかったのね。てっきり勘違いしてたわ」
「そう言うなら、姐さんの方がアレなんじゃないんですか? 島全体が縄張り」
「違う違う、ここは縄張りじゃなくてお気に入りの宿屋みたいな物よ」
姐さんは顔の前で手を振り、ニコニコとしながらお酒を一気に飲み干してため息を吐いた。
「都合が良いのよ。あっちとそっちの大陸に行くのにちょうどいい場所だったし。良い感じで大陸から離れてるから、冒険者とかがたまにやってくるし暴れ放題。噂も適度に流れるから、大勢押しかけてこない」
「ははは、騒がしくしちゃって申し訳ないです」
一瞬近所のおばちゃん風みたいな感じで見て申し訳ないです。言葉と行動がそれっぽく見えちゃって。いや、見た目超若奥様って感じですけどね?
「いいのよ、多少騒がしいくらいが。ただ、ここはカームちゃんの縄張りだと思って、エルフがウロウロしてるから気になっただけよ。気にしてないならいいのよ」
なんか強い者が統治って感じの考えなんだろうか? 長く生きてて、あまり俗世間と関わってないだけはあるな。
「でー。カームちゃんの子供達に、私が教える事ってもうないの?」
「ねぇっすよ。姐さんの殺気だけで十分にお釣りが来ます。多分大抵の殺気じゃどうにもならないくらい強いのを、最初にもらってるんで。最悪足がすくむ事なく逃げられます」
「けど、危機感がマヒしたら駄目だから、もう少し私にまかせてみない?」
姐さんは少し目を細め、ニコニコと笑いながらカップを俺の方に出してきた。
「俺に薄い酒を作られたくなかったら、俺の前でそういう事言わない方が良いっすよ」
俺は目の前で、いつも通りに酒を入れ、もう一度モヒートを作って姐さんの前に置く。
「あら、言うようになったわね。そんな事されたらお姉さん泣いちゃうわー」
「だったら、それっぽい素振りで言って下さい。そんな悪い笑顔だと本気で俺が泣いちゃうんで」
お互いがニコニコとしているが、気が付いたら周りには誰もいなかった。どうやらまた殺気を飛ばされていたらしい。薄い酒が引き金だったか?
「んじゃ休憩もほどほどにしないと、皆の迷惑になるんで戻りますね」
俺はヤカンに大量の炭酸水を入れ、クラッシュアイスも鍋に大量に作って目の前に置いた。
「ならまた夕方にでも来るわね。初めての第四村の収穫祭を楽しんでくるわ」
姐さんは笑顔でそう言うと、ヤカンと鍋を持って飛んでいった。あらあらうふふ系の殺気ってさらにわかり辛くて嫌だわー。鈍い俺自身もどうにかしないとな。
□
夕方になり、大量のパスタとかスープ、肉類がテーブルに並べられ、とりあえず適当にのんびりとお酒を飲んでるが、ティラさんがグデングデンになりながら俺の目の前に座った。
「うーっす。飲んでますか~?」
あ、コレ関わっちゃダメな奴だ。
「えぇ、飲んでますよ」
「知ってるんですよー。休憩中にあの竜族にお酒を作っていた事をー。私にも作って下さいよー」
俺はにっこりと微笑み、持っていたカップを軽くぶつけると、ティラさんはモヒートを強請って来た。ってか酒で羽目を外して周りからの評価をがた落ちさせるタイプだった。変にテンション高いし、だって両手で指を指してきてるし。頼むから死刑とか言わないでくれよ。
「はいはい。なんか弱そうなんで、弱く作っておきますね」
「強くでお願いします! 飲めます、吐きません、つぶれません!」
退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! とか言いそう。
「あらー、素敵な言葉ねー。私のを分けてあげるわ」
「ややっ、どこのどなたか存じませんがありがとうございます!」
ピンク色の髪の女性がいきなりやって来て、中身を飲んだらダメになるエルフのカップに移し、カップを軽くぶつけ、二人で一気に飲んだら、凄い音を出しながらテーブルに突っ伏した。誰がとは言わないけど。
「姐さん。知っててやったでしょう?」
「さぁ。どうかしら? まぁ、これで静かになったでしょ?」
別に姐さんは静かに飲みたいって人じゃない気がするけどな。まぁ、なんか気に入らなそうな事言ってたし、少しはいたずら的な?
「エルフにあげちゃったからさ、新しく作ってよ」
「はいはい。姐さん用に、特別な物を作ってあげますからね」
俺はベリル酒を魔法でキンキンに冷やし、液体の中に二酸化炭素を入れて酒を炭酸にして、砂糖水を混ぜてミントを潰したカップに入れてから、姐さんの前に出す。
原酒で度数が多分四十度以上ある、モヒートの完成だ。酒自体を炭酸にする方法があったのを思い出し、試したけど上手くいった。
「んー濃くておいしー。カームちゃんやるじゃない!」
姐さんが超笑顔で肩をバンバン叩いてきた。鎖骨が折れるか、肩が外れるかと思った。クソ痛い。
「嬉しいのはわかりますが、次やったら二度と作ってあげませんからね?」
そう言った瞬間、姐さんがカップを傾ける角度が止まった。
「ごめんなさい……」
そしてカップを持ったまま真顔で謝ってきた。
「はい。姐さんは強いんですから、気を付けて下さいね。はい、お代わりですよ」
そして俺は笑顔で、炭酸化した酒を浮かせると、姐さんはめっちゃいい笑顔でカップを差し出してきた。
今年の収穫祭はあまり騒がしくなかったけど、第四村の様子も見ておきたかったなー。




