第241話 キースに助けを求められた時の事
故郷の収穫祭が終わり、二日後には島に帰りいつも通り書類仕事をするがクソだるい。二日連続は卑怯だろ……。
そして思いの外溜まっていなかった書類をチェックするが、本当に俺の仕事って感じだ。ニルスさん宛の手紙とか、各商人への倉庫の場所の変更をする手紙と、建築見積と図面をマチ付き封筒に入れて封蝋をする。念には念を入れてね?
「大将、商談終わりました」
「お疲れ様です。簡単な物から任せていきますので慣れて下さい。では、こちらの書類を纏めておいて下さい」
面接で取った魔族の商人に簡単な商談をさせ、どんどん経験を積ませ、直に買い出しやら、その辺を任せたいと思う。今まで計算が得意な船員にメモを渡して任せてたし。
自分の裁量で必用な物買うだけならいいけど、特産品の売値の値段交渉で引き上げられると信用問題になるしなぁ……。とりあえずその時は注意だな。
とりあえずルッシュさん並みとまでは言わないが、六割程度の事務処理くらいは関わらせたい。じゃないと数字を見て、何がどのくらい足りないかとか把握できないだろうし。
「カーム! お前しか頼れねぇ! 頼むから付き添ってくれ!」
適度に手を抜きつつ、書類や草案を書いてお茶を飲んでいたらキースが裏口側の窓から顔を出し、大声で助けを求めて来た。
「どうした!? 何か事件か!」
「ルッシュが産気づいた!」
「……おう! ちょっとウルレさんに言ってくる」
一瞬脳が考えるのを停止した。なんで俺なんだ? と。よく考えなくても、ここは二人の故郷でもないし、両親もいなければ、共通の知り合い兼親しいのは俺。
すなわちなんか俺を頼って来たって事だろ? 行くっきゃない! 友人の妻の付き添いに! 職員の出産の方がいい? まぁどっちでもいいか。
上司的にどうなの? って思ったが代表なだけであって、理解力がある代わりに自分もそれに当てはめる感じならいいんじゃない? 君の代わりはいくらでもいるが、君の奥さんの変わりはいない、早く帰りなさい。的な? 色々話題になってたからなぁ……アレ系。
両親だか祖父母がなくなったから明日休みもらいます。とか言って、三日前に言ってもらわないと困ります。とか。身内の葬式くらいで有給使うんじゃねぇ! って奴。俺が死んでからそういうのは改善されたんだろうか?
とりあえず急いでキース宅に向かうが、アドレアさんがせわしなく動いており、産婆をしているおばちゃんが怒声をとばしている。
「キース、あんた旦那でしょ! 手を洗って中に入って奥さんを励ますんだよ!」
「う、うっす」
そしてキースに気が付いたのか、キースを怒鳴っている。
「行ってこい。男なんかこんな時にできる事なんか限られてる。側にいて理不尽な我がままを聞き入れる事だ。鼻からスイカが出るくらい痛いって話も聞く、しっかり支えてやれ。ちなみに痛みが強すぎて、手とか腕を握ってくるかもしれないが痣になるぞ。それだけ痛いって事だけを頭に入れておけ」
「お、おう。行ってくる……」
キースが少しだけおどおどしているが、背中を叩いて部屋のドアの前に無理矢理押し出した。で、俺は邪魔にならない部屋の隅に待機し、アドレアさんと産婆さんの動きを見つつ、できる事はとりあえずさりげなく手を出して手伝う事にした。お湯出したり。
「なんでカームさんがいるんですか!?」
「いや、呼ばれちゃって。二人とも島に両親いないでしょ? 嫁の出産経験のある俺が呼ばれちゃいましてね? 友人代表?」
俺に気が付いたアドレアさんが変な声を出すが、とりあえず親代わりの友人としてきた事を伝える。
「あれ、ルッシュが産気づいたって聞いたけど、もう奥ですか? あ、カームさん、どうも」
今度はパーラーさんもやって来た。
「どうも。とりあえず何もできませんが呼ばれました」
「私も前々から言われてまして。心細いと相談されたので来たんですが……。中に入っていいんでしょうか?」
「……俺に聞かれてもなぁ。どうなんですか?」
「今産婆さんに聞いてきます。……大丈夫そうです!」
アドレアさんが急いで部屋に入っていき、顔だけ出してそう言って来た。そうしたらパーラーさんは俺に軽い会釈をして中に入っていった。
「男は出て行きな!」
そんな声と共にキースが部屋から追い出されて来た。
「出産ってあんなにひでぇのか? 死んだ方がマシってな痛み方してたぞ?」
キースは手を振りながら出て来て、袖をまくって腕を見ているが、しっかりと握られた跡が付いている。
「あぁ、そうみたいだな。男が出産の痛みを経験すると、大抵の奴は我慢できないらしい。女性の方が痛みに強いってのも聞くな。まぁ、座れ。今、男ができるのは無事を祈る事しか出来ねぇし、初産だから長引くかもしれねぇぞ?」
「お、おう……。もし何かあったらカーム、助けてくれ」
「俺が何をどう助けるかわからないが。全力を出そうじゃないか」
回復魔法が使えるって教えてないが、友人の家族の為ならバレてもいいかもしれない。
「おい、落ち着け」
俺は家の中をウロウロするキースに声をかけ、勝手にお茶を淹れてやる。
「最悪半日以上かかる場合もある。音に敏感だったり、匂いのキツイ物を食べて近付くとストレスになる場合がある。気持ちはわかるが座って心を落ち着かせろ」
「って言ってもよ!」
「うるせぇ! 男はだぁってろ!」
産婆さんが部屋から顔だけだし、思いっきり怒鳴られた。
第一村の産婆さんすごく怖い。もう二度とあの産婆さんに逆らえねぇよ……。
「な? もうここまで来たら何もできない。何に祈るかは自由だが、故郷で信仰している神や、狩りの神がいるならソレに無事を祈る事しかできないんだ。いいからとりあえず座れ」
俺はイスを指さし、座る様に促す。
「男のこれからの役目を教えるから、良く聞いておけよ?」
俺は小声で産後の嫁の状態や、名前を決める場合がある事。そして一定間隔で夜中にも母乳を与える必要があり、嫁の負担がかなり大きい事を教える。
「まぁ、これがある程度落ち着くまでだな。だから負担を減らしてやるのが嫁の為だと思え」
「お、おう。わからなくなったら聞きに行くわ」
「そうだな。いつでも来い」
俺はお茶を啜り、勝手に剥いた果物を食べて何か不足している物がないかを考える。
「あー」
俺は間抜けな声を出し、カップに砂糖と塩を入れ、レモンを絞って【ぬるま湯】を入れる。スズランとラッテも凄く汗をかいてたし、分娩中でも水分補給は必要だったはずだ。
そしてキッチンに立ち、軽食を準備する。パンを切ってレタスとハムを挟んだだけの簡単なサンドイッチだ。
もうキースが来てから三時間、昼はとっくに過ぎている。これをとりあえず目のつく場所にお茶と一緒に置いておく。
「お、おい。何やってんだ?」
「分娩中は凄く汗をかく。だから飲んだら早めに体に吸収される飲み物と、もうとっくに昼は過ぎてるから六人の為の軽食だ。これなら直ぐに食えるし、一個二個くらい無理矢理口に押し込んで飲み込める。まぁ、ルッシュさんが食べたいって言ったなら持って行ってもらえばいいんだしな。ほら、キースも食っとけ。まぁ勝手に食材使わせてもらっておいてなんだけどな」
俺は軽くサンドイッチを口に入れ、静かになった居間に、部屋の方からかなり大きな唸り声が聞こえてくる。かなり苦しそうだ。
「お、おい。平気なのかよ?」
「まぁ、平気じゃないだろうな。考えてもみろ? 子供が出てくるんだぞ?」
「……だよな」
「最悪切って広げるんだ。それくらい大変な事を覚えておけ」
「お……。おう」
キースは、口に運ぼうとしていたサンドイッチをテーブルに落とした。
「本気で言ってるのか?」
「あぁ。嫁を生かすか、子供を生かすかって選択を迫られる時もある。生理が来たら子供が産めるが、産めるだけ。体が成長してないから最悪両方死ぬ事もある」
よくドラマとかで流行った気もする。あの三年生達がいっぱい出てくるドラマの初代でも、妊娠発覚して出産とかやってたしなぁ。
「おい、ルッシュは大丈夫なのかよ!」
「静かにしろ。産婆さんにブッ飛ばされるぞ? まぁ、続けるぞ? 良く言うだろ? 安産型って。あれはお尻……。腰の骨が大きい分産道が広く、子供がスムーズに通る事ができるらしい。まぁ、一説だけどな。俺の嫁もルッシュさんみたいに少しやせ型だから、かなり大変だったらしい。どこからそんな声出してんだって叫び声を出した。その後は旦那の俺がサポートやフォローって感じだ。ちなみにだが、子供の頭の骨って四つに分かれてて、頭が少し小さくなって出てくる。そして柔らかい。だから安心しろ」
「お、おう。」
キースは落としたサンドイッチを拾って食べ、心配そうに部屋の方を見ているが、相変わらず苦しそうな声が聞こえる。
「ちょっと走ってポーションもらってきます!」
アドレアさんが叫びながら部屋から出て来た。何かあったんだろう。
「お前は足が遅い。俺が行ってくる!」
「お前はここにいろ! 旦那だろ! 俺が行ってくる」
俺は立ち上がり、有無を言わせずに真っ先に走り出してアントニオさんの診療所に向かう。
「ポーションを下さい! 今すぐに!」
強盗かと思わせる気迫でポーションを受け取り、後で金を払う事を叫んでキース宅に戻ると、アドレアさんがサンドイッチを頬張り、冷めたお茶で流し込んでいた。
「ありがとうございます!」
俺がポーションを渡すと、アドレアさんがサンドイッチが乗っているトレイとお茶、電解質の入った飲み物を持っていった。
「長丁場になりそうだな」
「いや、切って一気に出して、縫って傷口にポーションじゃないか?」
俺達はお茶を飲みつつ人差し指でテーブルを叩いたり、重い空気の中で待機していたら少しだけ叫び声が聞こえたかと思うと子供の泣き声が聞こえた。
「産まれた!」
キースが立ち上がり、部屋に向かおうとしたところで俺はそれを止めた。
「後産があるから、産婆さんの許可があるまで待て。いいから座ってろ、俺も父さんに言われたからその気持ちは良くわかるが、今は落ち着け」
そしてしばらくして、産婆さんが子供を抱いてキースの所にやって来た。
「女の子だよ。両親に似て、耳がピンッとしている。可愛い子になるんじゃないか?」
「ありがとうございます!」
「んじゃ俺は帰るぞ。疲弊しきってると思うから、顔出しはまた後日。落ち着いたら来るわ」
キースが産婆さんにお礼を言い、もう平気かと思ったので帰ろうとしてきたら、キースがこっちに寄って来た。
「今日は助かった。実はすげぇ不安だったんだよ。お前のおかげで助かった」
キースはそう言い拳を突き出してきたので、俺も拳を作って軽くぶつけ、笑顔で二の腕を叩いてから執務室に戻った。
「どうでした?」
「少し難産だったかな? 早い人はストーンって感じですぐに産まれるらしいよ。けどルッシュさんは初産だから。けど母子共に健康だね」
「あー。そういうのもあるんですね。で、男の子でした? 女の子でした?」
「女の子。名前はどっちが決めるかわからないけどね。けど、二人の子供か……。正直言っちゃいけない事だと思うんだけど、凄く目つきが悪くて、美人になりそう」
「あー、それわかります。二人共目つき悪いですからね。けどかっこいいし綺麗ですから、きっと将来は美人さんですよ」
「後は性格ですかね? どっちに似てもサバサバしそうではありますけど」
そう言うとウルレさんが笑い、自分じゃ対処できない書類を数枚出してきた。
「これだけお願いします。後で自分もお祝いに行ってきます」
「ですね。後日抜け出して行ってもいいですよ。今日は本当に助かりました」
「いえいえ、珍しく暇だったので平気でしたよ」
「丁度いいと喜んでいいのか、仕事がなかった事を嘆いた方が良いのかわからない微妙な線ですね。まぁ、そろそろ時間ですし上がっちゃいましょうか」
「ですね。では自分は軽く掃除と片付けをしてきます。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
はぁ、今日はなんか何もしてないのにどっと疲れた。友人の付き合いなのに。これが実子の付き添いだった場合は、本当にどうなるんだろうか……
「名前を決める場合がある事」は作者の仕事です……




