第240話 収穫祭をダラダラ過ごした時の事
俺は今、淡々とジャガイモを薄切りにしている。そして同じテーブルではベーコンをフライパンに並べたり、ベーコンを切ったりしている村人がいる。
まぁ、こうなったのはスズランが三馬鹿達の奥様のお茶会で話し、どんどん村に広まっていき、収穫祭で食おうぜ! ってなったからだ。
そしてカツサンドやらパスタやらを女性組と一緒に作る事になる。
「父さん。なんで僕も調理班なの?」
ミエルが包丁を持って愚痴を言いながら、大量の玉ねぎのみじん切りを作っている。
「料理が得意だからだろ。これはある意味料理ができる男の使命みたいなもんだ。うちの村の男共は準備しながら飲む。ってか最近あまり準備が必要ない。常に収穫とか力仕事してるから、ある意味休む口実だ。ほら見ろ、あの真面目なシンケンだってもう飲みながら酒場にテーブルを運んでる。そろそろ本格的に飲まされる事になるだろうな。ほら、ペルナ君もクラスメイトに絡まれて飲まされてるだろ?」
俺は顎で酒蔵近くを指し、クラスメイトに絡まれて酒瓶を口元に押し当てられてるのを見せる。ミエルの背中側だから気が付かなかったんだろう。
「あー。ペルナも大変だな。いつも固いからこういう時だけ絡まれるんだろうなぁ……」
ミエルは手元を見ずに、みじん切りにした玉ねぎをボウルに山盛りにしたら、次のボウルを女性から受け取っていた。
ノールックみじん切り……。ブラインドみじん切り? 変な方向に成長したなぁ……。俺も手元を見ないでジャガイモを淡々と切ってるんだけどね。
「まぁ、息抜きは必要さ。よく父さんも飲まされた。考え事してブツブツ言ってた時だったなぁ。あの頃は島をどういう風にしようかある程度の草案をまとめてたし。無理矢理飲まされたなー。働きすぎッて思われたんだろうな」
「父さんは村でも働き過ぎだったからね。あの時は子供の僕でもわかるくらい、せわしなくワチャワチャやっていたよね?」
「自分の子供にそう言われたらある意味おしまいだなー。休み増やすかなー」
「絶対そうした方がいいよ。まぁ、こっちも気を付けるけど。姉さんがあんな感じだからさ、多分振り回される……。面倒事は僕に来なければいいけど」
ミエルは少しだけため息を吐き、肉を運んでいるスズランとリリーを見ている。
「性格だろうな。胃薬は持ち歩いてた方がいいかもな。何せ二人とも母さんの血の方が強い。まぁ、ミエルは見た目がラッテが六で性格が俺が六ってところかな」
俺もジャガイモを手に取り、芽を取りながら何気ない会話をする。
「ちょっと、なに親子で暗くなる様な話をしてるのさ。今日は収穫祭なんだよ! もっと明るい話題はないのかい?」
同じテーブルで作業をしていたおばちゃんに叱られ、親子二人で少しだけ、そっちが話題を出せよとジト目になるが、とりあえずこっちから話題を出してみる。
「ならあれだ。内陸の大きな穀倉地帯で火が出て、小麦の物価が上がりそうって話を聞いたんだが、最悪この村を統治してる貴族様がそっちに少し小麦を送るかもしれないから、酒の生産力が少し下が――」
「父さん。仕事の話になってるよ……それにそういうのは興味ないよ」
ミエルに盛大にため息をつかれ、仕方がないのでとりあえず別な話題を出してみる。
「そういや、収穫祭とか年越祭でけっこう浮ついた話が出るが……ミエル、お前はどうなんだ? そういう話は一切聞かないし、女の子からの誘いは断ってるとは聞いてるが……。好みとかどうなんだ? そのくらいのは多少あるだろ。胸が大きいとか小さいとか」
なんか思春期の子供と無理矢理話をしようとする父親みたいな感じになったな。けど親子で好みの胸の話はしないと思う。
「あー、うん。まぁ。あるけど、なんかおばちゃん達がニヤニヤしてるから言いたくない」
「あらあらミエル君。そういうのは恥ずかしがらずに言っちゃっていいのよ?」
「おばちゃんってお喋りじゃん? 絶対広まっちゃうって」
「あらー、失礼ね。ミエル君のお父さんの馴れ初めとかも知ってるのよ? なんてったって隣で見てたか――」
「ぎゃっ!」
そのおばちゃんの言葉に、俺は包丁で指を切り、急いで止血をする。ブドウ球菌とかが怖いので、血の付いたジャガイモは破棄し、包丁も綺麗に洗う。
「おばちゃん。そういうのは子供の前で言わないで下さいよ。あーいてぇ……」
ミスリル包丁じゃなくてよかったわー。
休憩をもらい、ミエルと一緒に少し離れたテーブルでお茶を飲みつつ一息入れる事にする。
「で、結局どうなんだ?」
「まだその話を引っ張るの?」
「まぁ、な。夢魔族とのハーフなのに、村内で浮ついた話も好みの話も一切ない。まぁ、身長とか体型くらいでいいさ。まさか男とか好きじゃないよな?」
浮ついた話がないので、少し冗談交じりに聞いてみた。
「ないない。男はないよ。そうだなぁ……。欲を言うなら僕と同じくらいの身長と少しだけ細い体格かな。でー、なんで父さんはスズラン母さんと結婚したの?」
「んー? 幼馴染だし、お爺ちゃん達が仲良かったし、近所だったから。学校に行く前からよく会ってたしなぁ」
「なら母さんは? 幼馴染のスズラン母さんがいるんだから、ちょっとアレなんじゃないの?」
ミエルはお茶を飲みつつ、少し興味深そうに聞いてきた。ってかアレってなんだよアレって。別にいなくても良かったとか思ってんのかな?
「惚れられた。ものすんごく惚れられた。多分夢魔族特有の、魔力の強さとかを感じたり、その相性だと思うんだよなぁ……。絶対あのアプローチはそうだよ……。ありえねぇ惚れられ方してたし……」
俺は腕を組み、少し上を見ながら怪訝そうな顔をして、少しだけ不満を漏らす。
「で、どうなったの?」
「ん? スズランが話を付けるって言って、ラッテに会う事になって、ゲロ吐きそうなくらい胃が痛くなったけど、まぁ、取り合えずその事があったから今の生活がある。元々一人しか愛さないつもりだったのがこうなるとは……。人生ってわからないぞ? 上手くいかないから楽しいって人がいるが、なるべく平和に行きたいし生きたい」
異世界に転生するとか、本当に何が起きるかわからねぇしなぁ。
「いや、思い通りになったら凄いから」
ミエルはそう言い、お茶を一気に飲み切った。
「いや、ある程度の行いでそれっぽくはなるぞ? 人付き合いとか良くして敵を作らないようにすれば、小さいコミュニティ内では喧嘩は避けられる。あとは不特定多数にそれらしい言動を抑えれば、異性に勘違いさせずに済む。そうすれば大抵は平和に暮らせる。んじゃ、作業に戻るか」
「ある意味そうだけどさ、そんな簡単に言われてもなぁ……」
ミエルは少しだけぼやき、下準備の為に俺と一緒に調理場に向かった。
□
準備が終わり、早速三馬鹿達がいる酒場に向かうが既に出来上がっている。
「おーカームこっちだ」
「早く早くー」
「おー。下準備お疲れー」
シンケンだけなんか酔いが酷いな。準備中に散々飲まされたか? そして既に座っているスズランとラッテの間に座ると、トリャープカさんが麦酒を目の前に置いてくれた
「ありがとうございます」
「んじゃもう一回乾杯だ!」
とりあえずお礼を言うと、ヴルストがそう叫び、テーブルについている全員でカップをぶつける。
「で、島でなんか変化あった? 毎回聞いてるけどさ」
「んー? 島民募集したらなんかエルフが来た。すごく珍しくてさ。それだけがなんか印象深いんだよねぇ。なんか森の見回りしつつ、魔力だまりになりやすい所を探して、とりあえず散らす感じ。よく村でもやってるじゃん? まぁ、村は暴走してからだけど」
「へぇ、そのエルフってすごいんだね。僕の母さんより凄いのかな?」
シンケンは麦酒をゴクゴク飲みつつ笑いながら言っている。おうおう、吐かないでくれよ。
「どうだろうな。見た目で年齢がわからない長寿種だし。ってか年齢聞いてないし。経験とか生まれ持った感性じゃないの? 今いる位置が大体でわかるみたいだし、目的地に迷いなく進んでくよ」
「その人凄いね。探索特化なんだろうねぇ」
「魔法が苦手って言ってたなぁ。エルフにも得手不得手があるって」
シンケンは麦酒を飲みながら、頭をヘドバンのように上下に振っている。本当に平気かよ。
「へー。島にエルフが増えたんだ」
「あぁ、今まで見た事のない魔物が出て驚いたけど、そのエルフの話だと、人が増えるとなんか魔力溜まりができやすくなるらしいんだよ。水が低い方に流れるみたいに、人から微妙に出てる物がたまるんだって」
ラッテが聞いてきたので、それに俺が答えると周りの人間が理解したかのように頭を振っている。
「いやー、魔物がどうやって湧くのか、本当に最近知ったよ」
「俺もだ」「僕もー」
「母さんがそれっぽい事言ってた気がするなぁ……」
「あら、お義母様がそんな事を? 魔物が出たら突っ込むだけで、特に気にしてなかったわ」
「ミールって結構好戦的だからねー。やっぱり魔物は少ない方が良いよ」
ミールとクチナシが麦酒を飲みながら、ポワポワとした感じで会話をしているが、クチナシのあのでっかい盾を使った防戦って、実際に対峙すると厄介なんだよなぁ……。魔法なしでの話だけど。
「スズランは関係なしにブッ飛ばしに行きますけどね」
いきなり名前が出たスズランが、ベーコン包みを食べるのを一回止めこっちを見たが、気にしないでモリモリと食べている。
「いや、自分の話題が出た時くらいは、話に乗ろうよ?」
「んんーんー? んーんーんううん」
「はいはい、飲み込んでから喋ろうね」
スズランは頬をリスの様に膨らませながら、ベーコン包みを食べているが、持っているフォークに、もう一切れ刺さっているので、もう少しだけ喋れないだろう。
「で、リリーちゃんやミエル君なんだけど、親としては何か聞いてるの?」
クチナシがカップの麦酒を飲み切り、小さく音が鳴る様に置くと、そんな事を聞いてきた。なんでそんな事を聞くんだろう?
「まぁ、今日少しだけ聞いたよ。二人きりで会話できる機会があったし。本格的な好みまでは聞かなったけど、自分と同じような身長で、少し痩せてるのが良いんだってさ。リリーは自分より強い、俺より強い事前提だし。本当今から胃が痛いよ」
俺は一気に麦酒のカップを呷り、テーブルに叩きつける。
「話は変わるけどよ、リリーちゃんとミエル君が旅立ったらどうするんだ?」
ヴルストが分厚いベーコンをつつきながら、そんな事を聞いてきた。
「そうだなぁ。とりあえず全員で島に引っ越しかな。今、少しだけ大きな家を建ててるし。けどやっぱり、島の夏野菜を村に卸すのに、十日に一回は俺だけ戻ってくると思う。今までの家も、換気とか掃除とか必要だし。家って人が住まなくなると、一気に風化するからね」
「あー良く聞くよね。けどまったく戻って来ないよりはいいんじゃない?」
シュペックはトリャープカさんに撫でられながら、モリモリとパスタを食べ、俺達家族が引っ越す事を別に気にしていない様だった。
「まぁ、な。俺が魔王じゃなかったらこのままのんびりだったんだけどなー。本当。なんでこうなっちゃったんだろうなー」
とりあえず俺もベーコン包みを食べ、馬鹿をやっている奴を見ながら、三馬鹿達を含む全員で笑いながら、いつもの時間を過ごした。




