第233話 お菓子を作った時の事
注意:お菓子テロあり
あれから残り二ヶ所の木を切り終え、挨拶だけをしてから俺だけ執務室に転移した。その時にティラさんは森を回ると言って別れたが、次がいつになるかわからないのが困るな。
そして机には本当に重要な書類だけが乗っていた。ウルレさんに感謝だな。
そして軽く水浴びをしつつ、今まで着たままだった服を洗濯し書類を片づける。
「魔族大陸の、海沿いから少し内陸に進んだ場所で麦畑から出火? 原材料の高騰を懸念した代用品での酒作り案……。島のサトウキビを運輸か……」
ジャガイモを茹でてつぶし、砂糖と水を加えてピルツさんに協力してもらって酒にしてそれを蒸留。っと。まんま密造酒だな。いっそジャガイモだけどムーンシャインって名付けるか?
代案を出しつつ他の書類にも目を通し、コーンフラワー孤児院の卒業生受け入れ準備と、カロリーバー作りの情報提供の書類もついでに作る。
「やっぱり最重要的な物は俺がいないと駄目か……。書類が山になってなかっただけマシだけど」
お、第四村の教会のデザインと必要資材数? デザインは好きにしていいのに、なんで数枚あるんだよ。必要資材数そんなに変わらないから、何でもいいって言ってこないと。
ん? 俺の家の建材の変更? 総レンガ作り? 左官職人の初期教育が終わったのか。腕とあてがった部下の使い方を見るのにはいいな、教材になるのが癪だけど。けど指導者が少し良い家に住んでないと、残りの人も新しい良い家を建てづらくなるしな。まぁいいか。
「職人が増えると一気に要望やら不足してる物が出てくるな。インフラ整備なんか職人の作業の最重要項目なんだから、大規模じゃなければ勝手にやってくれていいんだけどなぁー」
そう思いながら、職人の工房に増やす施設や材料の調達に必要な物リストに蝋を垂らしてスタンプを押してサインをしていく。
ミモザにオーク材? あぁ革職人か。タンニンって渋柿とかお茶やコーヒー、ワインくらいの知識しかないな。代用できないのか? ってかミモザって島にねぇの?
オーク材はベリル酒にも使えそうだから輸入はするけど、ミモザは要検討。島であるもので代用できないかも、パルマさんとフルールさんと一緒に研究させよう。ついでにアピスさんにも監督を頼むか?
夕方になり書類仕事が終わったので思い切りため息を吐き、足下のバニラをつけ込んだ酒の瓶を取り出し香りを嗅いでみる。
「んー。すっげぇ良い香り」
そして俺の中で、お菓子作りの渇望が一気にあがった。これは消費しないと……。きっと毒になる。
「牛乳……。まだ牛が妊娠してないから無理。これは練習、これは練習……。直に手に入るし、縛りは解禁だよ……」
自分に言い聞かせるように言い、コーヒーショップの倉庫に転移し、裏口から出て牛乳とバターを買い、また島に戻ってくる。
型だけは先に作ってもらってたんだよねー。
俺はニコニコとしながら材料を集めはじめ、夕食を作り終わらせたパーラーさんのキッチンで軽く牛乳2を温めてバターを入れ溶かし、バニラのサヤを切ってタネを削いで入れて、サヤの方も入れる。
砂糖1を入れたボウルに小麦粉2を振るいながら少しずつ入れてダマにならないようにしてかき混ぜ、全卵と卵黄を二個溶いておく。
そこに冷めた牛乳を数回に分けて入れ、ダマがないようにしてから溶いておいた卵を入れてかき混ぜ、バニラを漬けた蒸留酒を、大さじがないのでショットグラス一杯分を入れる。香り付けなんだから多少多くても問題ない。
そして蒸留酒もショットグラス一杯分入れる。アクアマリンのはサトウキビでも作ってるからラム酒の代わりだ。
これを寝かせるが、冷蔵庫がないので、桶の中に【氷】をいれ、そこにボウルを入れて蓋をして簡易冷蔵庫にする。
後は洗って張り紙しておけば、今日の作業は終了。
触るな、カーム。これでよし。
けどお菓子って自分で作ると驚くよなー。このカヌレだったら小麦粉が五百グラムだったら砂糖が二百五十グラム入れる事になるし。
◇
翌日、俺は朝一で起き、パーラーさんのキッチンのオーブンに火を入れ、前日に作ったタネからバニラのサヤを取り出し、型に暖めた蜜蝋を満たし、それをまた壷に戻す。
そして型に常温にしたタネを流し込み、表面が少し膨れるまで焼き、オーブンの温度を下げてさらに焼く。
そして一個だけ型から取りだして軽く握って焼き加減を見る。
「もうちょっと」
俺はとった物を型に戻し、体感で五分ほどしたら取り出し、もう一度軽く握ってみる。
うん、カリカリ。包丁で縦に切ってみるが外側だけいい感じでスが立ってる。そして中は半分固まってないプリンのようなプルプルとしたもの。けどカスタードクリームよりは堅い。
まぁ、最初の一個は作った人の特権だよな!
俺は大口を開け、切断面を上にして一気にかぶりつく。
んーカリカリのプルプル。バニラの香りも鼻から抜けるし、酒の香りもほのかに感じる。久しぶりのカヌレだ。
「うんめ! やべぇ。朝食前にこれはやべぇ! もう半分はお茶でも淹れよう。朝茶だ朝茶、脳に糖分を巡らせろ!」
訳のわからないテンションで執務室に行き、自分のガラス製のティーセットを取り、キッチンに戻るとパーラーさんと年長の女の子がいた。
「あ……。おはようございます」
「お、おはようございます。二人とも早いんですね……」
気まずい。左手にはソーサーの上にのったティーカップと、右手には茶葉が入ったティーポット。これじゃ自分だけで楽しむ気満々じゃないか。
「お菓子作ったんですけど、昼前の休憩に食べますか?」
俺はとりあえずいつも通りに振る舞った。
「えぇ、いただきます。それにしても……。昨日の夜から何をしてるのかと思ってましたが、こんな美味しそうな物を作ってたんですね。わざわざ牛の乳まで買ってきて……」
パーラーさんが、焼きたての香りが残っているカヌレに顔を近づけたり、じろじろと見ている。
「えぇ、急に作りたくなっちゃいまして。甘いものって急に作りたくなりません?」
「いえ、あまり?」
俺は【熱湯】をティーカップとポットに注ぎ、カップを暖めつつ、茶葉を蒸らす。そして棚にあったカップも取り出して温める。
「って見つかっちゃったので、ここで朝食前に半分にして食べちゃいましょう」
俺はカヌレを縦半分に切り、皿に載せて二人の前に出し、最初に切った半分を俺の前に置く。
「うわ、凄い音。食感が想像できません」
年長の女の子がもの凄く驚いている。島開拓の頃からお菓子とか作ってあげてるけど、こういうのは牛乳がないとできなかったからな。この前プリンは作ったけど牛乳系は二回目か? これからはもっと増えるから、もっと喜んで欲しい。
「んじゃ早朝のお茶会でも始めましょうか、ポットが小さいのでお茶は少しですけどね」
俺は全員のカップに均等になるようにお茶を注ぐと半分くらいになったが、これは仕方がない。
「どうぞどうぞ、外側はベタベタしないので手掴みで。お洒落にフォークでも使いますかお嬢様方?」
俺はニコニコとしながらカヌレを勧め、自分は底のほうの広い部分を持ち、一口で三分の一くらいを口に入れ、カリカリとプニプニを一緒に口の中で楽しみ、少し苦みが強くなるように、茶葉を多めに入れ、少し蒸らし時間を増やしたお茶を飲む。
「んー、やっぱり焼き菓子はお茶に合うなー。早く牛が乳を出すようにならないかなー。バターとかも作りたい」
「おいひいです」
「んー、カームさんに料理習おうかしら……」
年長の女の子はもの凄い笑顔でカヌレを食べ、パーラーさんは少しだけ悔しそうにしている。
「えぇ、いいですよ。お菓子が作れるってこと自体が贅沢ですからね。小麦が余り、新鮮な牛の乳やバター、大量の砂糖や卵がある。だから普段からどんどん作れるものではないですが、今の島にない物は牛の乳だけです。牛が妊娠すれば作れる機会が増えますよ」
「でもカームさんは私達が島に来た時から、何もないのにお菓子作ってくれましたよね?」
年長の女の子はお茶に砂糖を入れ、少し冷ましながら啜って、昔の事を思い出すように言ってきた。
「あー。あれね……バターの代わりにココナッツの油、卵もない、牛の乳もない。それでも君達が明るくなれるようにって工夫してたんだ。甘い物は心を豊かにする。必要ないかもしれないけど、心が痩せないようにたまには贅沢やご褒美も必要だから。あの頃って皆全然笑わなかったじゃん。凄く気にしてたんだよ」
「なんだかんだで指導者してますねー。奴隷なんか使い捨てって認識の方が強いのに。クラヴァッテ様が気に入るのも納得できます」
パーラーさんはサクサクとカヌレを食べ、お茶を飲んでホッコリとしている。
「いやいや言い過ぎですよ。普通に扱っただけです。人によってはその普通が難しかったりするんですけどね」
俺は残りのカヌレを口に放り込み、少し長く楽しんでからお茶を流し込んだ。
「さて、これ以上は皆さんの朝ご飯が遅れちゃいますね。申し訳ありませんが洗い物頼んでいいですか? 俺は少し朝の散歩してきます」
俺は立ち上がり、少し恥ずかしかったので早めにキッチンを出た。
朝の空気ってなんか好きなんだよなー。さて、当てもなくブラブラするかー。
「お、ヴォルフ。朝一のマーキングか? ちょっと付き合うぞ」
俺はヴォルフが好きな方に歩き、ウロウロしている後ろを付いていく感じで歩くが、朝一で見たくない物見ちゃったよ……。
なんでアピスさんが畑で倒れてるんだよ……。朝一で散歩しなけりゃよかった。
朝日でやられたか? ってか見事に顔面からいってるな……。
脈あり、呼吸あり、意識なし。嘘みたいだろ? 寝てるんだぜ? 畑で。
「ちょっとー、起きて下さい。畑で寝ると色々土の中の雑菌とか微生物がやばいんで」
反応なし。こりゃやるしかねぇか……。嫌だなぁ……。
俺はアピスさんを仰向けにし、いわゆるお姫様抱っこ状態で、開いたままの裏口のドアから工房の中に入りベッドに寝かせた。
なんで俺がこんな事しねぇといけねんだよ……。ってか精錬用の道具そのまま、なんか作ってた途中なんだよなこれ?
なんか太くて短いロウソクが受け皿の中で弱火で燃えてるけど、これ消していいのかな? 火事とか勘弁なんだけど?
いいや消しちゃえ。寝てるし。失敗? 寝てる方が悪い。
ロウソクを手を振って消すと、独特の芯が燃える匂いが当たりに立ち込める。するとアピスさんが飛び起きた。
「ちょっと、それ消さないで!」
俺は驚き、指先から【火】を出して速攻で火をつけた。
「あれ、なんで私ベッドに?」
「あの、怒っていいですか?」
俺はさっきあった事を説明し、火事になる可能性を子供に言い聞かせるように、真面目に説いた。
「あ、いや。私自身でも悪いと思うけどさ、しばらくすれば人族の助手が――」
俺はアピスさんの言い訳を笑顔で冷たい目でずっと見ていた。
「その、すみませんでした」
「はい。火の取り扱いだけは絶対に気を付けて下さいね? 次やったら……物凄く怒りますからね?」
「はい……」
俺はそれだけを言い、朝の散歩を終わらせ朝食を食べた。
「お、美味そうな菓子じゃねぇか。またカームか。うぉ、外がカリカリで中がやわらけぇ! なんだこれ! なんだこれ! しかも香りもいい。飯食ったばかりなのにこんなの置いておくなよな!」
「あー、牛の乳がなかったから作れなかったお菓子。昨日どうしても作りたくなって、牛の妊娠まで我慢できなかった」
「本当カームさんって料理とかお菓子作り好きですよね。今度私も習おうかしら?」
「子供の離乳食時期でも食べられるクッキーとかで良いですかね? 実際に作ってましたし、友人の嫁達にも教えてましたので」
それを言ったら、二人とも少しだけ引いていた。何が悪かったんだろうか?
年長の女の子に名前を付けてあげてもいかもしれない……
章管理で二年目、三年目と付けました。
けど面倒なので年越祭を基準にしました。




