第230話 姐さんに頭を吹き飛ばされそうになった時の事
翌日、俺はコランダムのスラム街を歩き教会に向かう。
勇者達の手が入っているので、前に来た時に比べ、格段に綺麗になっているし、子供を含めた浮浪者もいない。すごく良いことだ。
そして教会に入ると、前回の時に比べて多少調度品が増えている。寄付金でもあるんだろうか?
そしてそのまま懺悔室に入ると、向こう側のドアが開き、人が入って来た。
「迷える魔族の方よ、今日はどの様な件で懺悔を?」
「前にアクアマリンに修道女を派遣していただいた者です。おかげで島の皆には明るく過ごしていただいております」
「あぁ、あの時の……。島の噂は良く耳にします。もちろん良い噂ですよ」
「それは良かった。それでですね、今日伺わせてもらった件なのですが、できればアドレアの同期の修道女を島に派遣していただきたく思いまして。世間話で数回だけ話題に出た事がありまして、お互い見知った顔の方がよいと思ったのです」
「おー、それはそれは……。えぇもちろん可能です」
顔は見えないが優しそうな声が仕切の向こうから聞こえ、隙間から前回と同じ紙が出てきたので俺はそれに色々と書き込み、寄付金のところに大銀貨三枚と書いて、金貨一枚を乗せて紙を返す。
「大変お気持ちはうれしいのですが、もう書類を誤魔化さなくても良くなったのです。なので寄付金のところを書き直すか、大銀貨三枚にしていただけませんか?」
「あぁー。汚職はなくなったのですか。では書き直しますので新しい書類を下さい」
そして俺はもう一度書類を一から書き直して返した。
「ありがとうございます。では礼拝堂でお待ちを。派遣する修道女と色々今後の事を話し合って下さい」
「わかりました」
俺は席を立ち、懺悔室を出て言われた通りに待つことにする。
そして十分もしないうちに少しだけ中性的な雰囲気のシスターが現れ、俺の前に来たので立ち上がる。
「ヴァネッサと言います。アドレアの同期です」
ずいぶんハキハキと喋り、自信に満ちあふれている笑顔だ。なんか力仕事とか、屋根の修理とか任されてそうな印象がする。まぁ、個人的な先入観だけどね。
「アクアマリンのカームです。アドレアさんの時は島で所有している船での買い出しで来ていたのですが、今日はちょっと急ぎの用で寄っただけですので、申し訳ありませんが、船代と必要な物を買う為のお金をお渡しします。ですので、ヴァネッサさんのご都合の良い時に島へ寄る船に乗って来て欲しいのです」
俺の思いつきで教会関係者を増やそうとして、その日には職人を乗せた船が出ちゃったしな。こうするしかない。
転移はなるべく人の目のあるところでしたくないし。こうした方がヴァネッサさんも準備で慌てないで済むしな。
「あぁ、わかった。そっちがそれでいいならそうするわ」
「それでですね、最初の仕事は教会を建てる為の話し合いになるとは思いますが、アドレアさんもやった事ですので、相談でもして下さい。それとコレは旅費と必要な物を買う為のお金です」
そう言い、俺は銀貨を十枚ほど渡しておく。
「船代が足りなければ、コーヒー店のマスターに言っておきますので借りてください。あそこは島で出しているお店ですので」
「あ、あぁ。わかったよ。正直こんな金を持ったことがないから不安だが、準備ができたら向かわせてもらうよ。アドレアが島に行く前日の事は覚えてるから、思い出しながら必要な物を買うさ」
んー、将来姐さんとか、肝っ玉かあちゃんとか言われそうな雰囲気がプンプンするな。ってか本当小麦とか両肩に担いで歩きそう。
「では、失礼します」
軽く挨拶もすませたので、俺は教会から出てコーヒーショップに戻り、噂話を聞いてから戻る事にした。
◇
それから四日後、人族の職人が来たので軽く自己紹介をし、とりあえず第一村の共同住宅に住んでもらい、島の生活や水浴び推奨を強く言い、清潔にしてもらう事にする。
「さて、この島の大体のルールは教えました。わからない事があれば、誰かに聞きましょう。後日シスターも遅れてやってきますし、皆様を乗せた船はこれから魔族の大陸に向かい、雇った職人を連れてきます。何か質問は?」
「あの、ちょっといいですか? 大体自分達はどのくらいここにいれば良いですか?」
たしかこの人は錬金術士だったな。とりあえず今後の心労を考えて、心の中で謝っておこう。
「ここの生活に慣れるまでです。早ければ十日以内。遅くても三十日までには出て欲しいですね。それから皆様を必要としている村に行ってもらいます」
「そうですか……」
「そうです……。他には?」
「あんたが魔王って噂は本当か?」
今度は大工の一人が聞いてきた。やっぱりコレはあるよなー。
「えぇ、皆からは便利屋くらいにしか思われてませんが、俺は魔王です。ですが安心して下さい。技術系勇者が二人、戦闘系勇者が一人いますが、仲良くやらせてもらってます。あ、言い忘れてました。最重要な事です。ピンク色で髪の長い、胸が大きくていつもニコニコしている魔族の女性を見かけても、胸を触ろうとしたり、不用意に体を触ったりすると消し飛びます。冗談ではなく本当です」
俺は最初はニコニコとしていたが、姐さんの話題を出す時は声のトーンを落とし、真顔で冗談ではないという雰囲気を出した。
「何かやばいんか? その女は?」
「やばいです。幸いにも消し飛んだ人はいませんが、山の中の溶岩の中に住み、拳を突き出した勢いだけで海が割れます。本人の話では、討伐しに来た腕利きの冒険者を食ってます。戦利品も見せてもらいました。名工の作った鎧や、ミスリル製の剣を何十本も……」
俺はさらに声のトーンを落とし、怪談話をするかのような雰囲気で言うと、数名が悲鳴を上げて数歩後ろに下がった。そこまで怖いか?
そう思ってたら誰かに肩に手をおかれ、後ろを振り向くとニコニコとしているピンク色の髪の女性が……。
「あ、姐さ――」
振り向いた瞬間に姐さんはデコピンをするような手つきになっており、それを目にした瞬間に額に衝撃が走り、頭が凄い勢いで真上を向き尻餅をついた。
「ってー! あ゛~ッッ!」
「女性に失礼な事を言っちゃ駄目よ?」
「う、うーっす」
俺は額を押さえ、軽く目が回っているので立てずに返事をし、今日来た職人達は目を見開いたまま硬直している。
「ってな感じでもの凄くお強いので、皆様は十分このお方にご注意下さい」
「返事はぁー?」
返事がなかったので、姐さんが笑顔で首を傾げると職人達は大声で返事をした。
「よろしい。じゃ、カームちゃんを借りるわねー」
「全員休んでて下さい。詳しい事は明日に! あ゛ぁ~姐さん。襟つかまないで! ボタン取れるから!」
そのまま無慈悲に執務室まで引っ張られ、俺は立たされ、姐さんがイスに座った。
「人が来る度にアレ言うのやめてくれない? 私ちょーっと恥ずかしいんだけれど?」
「言わないと死人が出ますので……」
「なら特徴言って注意だけで良いじゃない。海が割れるだの、溶岩の中に住んでるだのって……。私泣いちゃうわよ?」
「姐さん、貴女そんなタマじゃないでしょうに……。いや、確かに女性って点だけを見れば、こちらだって考慮しますよ? けど俺と勇者が二人いる温泉に恥ずかし気もなく全裸で入ってきたり、酒を求めてあちこちに出没するので、俺の中ではもう異性として見れないんですよ」
「むぅ……。少し行動が大胆すぎたかしら?」
姐さんは腕を組み、口を少しとがらせて首を傾げている。いや、まぁ……。胸とか押しつけられると嫌でも意識するけどね。
「そういう事です。女性扱いして欲しいなら、少しは女性らしいところを見せて下さい」
「女性らしいところねー」
姐さんは盛大にため息を吐き、頬杖を突いて机を指でトントンとやっている。
うん、お願いだから胸を机に乗せないで。肩こりの酷い女性ですか? まぁ、こう言うのはある意味女性的だし、一部の男には受けると思うが、小さい胸が好きで、中くらいまでならオッケーな俺には効果は薄い。まぁ目は行くけど。
「ねぇカームちゃん。今夜私と一杯つき合って」
姐さんは目を細め、蠱惑的な眼差しで微笑みながら言ってきた。
「それ、ドキッとしますね。会って間もない頃ならきっと落ちてました。けど、もう色々知っちゃってるので諦めて下さい。絶対一杯じゃ済みませんし。あ、樽で一杯ですか?」
「はぁ……無理だったかー。お姉さん悲しいわぁー」
「微塵も悲しがってるように見えないんですが? 仕事ができないんで、退いてもらって良いですか?」
「酷いわカームちゃん。私の事なんかどうでも良いのね。所詮私は希少鉱石を売ってくれるって認識の、都合の良い女なのね」
姐さんはそう叫び、裏口から飛び出て窓枠から顔を出した。
「ここまでが普通の女性がやる事っぽいんだけれど、どう?」
「どうって言われましても……。そこから顔を出さずに飛び去っていれば、追いかけたり探し出して謝るくらいは絶対にして、その後に釈明しました」
あーびっくりした。本気で傷つけたかと思っちゃったよ。
「こういうところが駄目なのね。けど演技って私苦手なのよねー。感情的になると手とか出しちゃうし」
「けど、この距離感って嫌いじゃないですよ。付かず離れずで男女の仲っていうよりも、友達って感じですし」
「異性の友達って言って欲しかったなぁー」
「俺より強いのになーに言ってんすか。襲わないって約束してくれるなら、今夜酒に付き合いますよ」
姐さんに襲われたら、スズランとラッテが手を組んで襲ってくるのとは比べものにならないと思う。もう強姦ってより食い散らかされそうで……。
「はいはい襲いませんよー。嫌いじゃない相手には本気で嫌がる事はしないようにしてるの。こう見えて結構気を使ってるのよ?」
嫌いじゃない……ね……。
「はは、ありがとうございます。そういうところは気配りのできる良い女性ですね。そういうのの積み重ねですよ」
過剰なスキンシップが多いけど、人によってはそっちの方が良いって意見もありそう。
キースとか!
「じゃ、夜にまたくるわ」
「えぇ、覚悟しておきます」
俺は軽く頭を掻きながらため息を吐き、書類に酒蔵防衛施設の安全保持と書き、ウルレさんに出した。
「なにがあったんですか? ってか防衛施設?」
「姐さんのご機嫌取りの為に今夜差しで飲みます。もうすでに胃と頭が痛いです」
「奥さんがいるのに、女性と二人で飲んで平気なんですか?」
ルッシュさんは心配そうに聞いてきた。確かにそうだ。俺の前世基準では浮気に入る。
「女性として見てませんし、二人とも酔わないので間違いは起こりませんし起こさせませんよ」
俺はそう言い切り軽く笑顔を作る。
「向こうのそういう噂も聞きませんし、自分でも節操があると思ってますので」
「「あー」」
二人は軽く頷き、間の抜けた声を出している。
「キースだったら心配しますが、カームさんなら確かに……。噂でも全くそういうのは聞きませんし、故郷に帰って戻ってくるとダルそうにしてますので、まぁ、夫婦仲は良さそうと推測はできます」
「今度帰った時にでも、二人で飲んじゃったって事を言いますよ。一応信頼はしてくれてますし、子供達を通して情報は行ってますので。多少の嫉妬が恐いですがね」
奥さんがいるのに、付き合いで綺麗なお姉さんのいる飲み屋での接待。そんな気分だ。前世で奥さんいなかったけどな!
「では、防衛費だか安全保持名目でお酒持って行きますね」
俺は書類を置き、執務室に戻ってから盛大にため息を吐いた。嫌いじゃないけど、酔えない酒って本当に地獄だわ……。ヴァンさんも誘いてー。
□
そして夜になり、つまみを作り終わらせて部屋でヴォルフをかまっていると、姐さんがノックをして入って来たがヴォルフが速攻で逃げた。半野生で生きてると、やっぱり危機感を感じるか……。
「はぁーい。呑みに来たわよー」
「どうぞ、適当に座って下さい」
さぁ……地獄の始まりだ……。




