第224話 夏祭りの予選をした時の事
前後編で書こうと思いましたが、思った以上に執筆が進みませんでした。
あれから二週間、島は夏祭りの雰囲気でそわそわしてる。
既に打ち合わせも準備も済ませてあり、ボウルは手作りなので微妙に大きさが違うが、穴の大きさを調整する事で全て同じタイミングで沈む事を、村長会議で確認してある。
そして、俺が作ったフィッシュアンドチップスを基準に、魚とポテトの重さもある程度同じにする。皿の重さも違うし、グラム単位で重さなんか量ってられない。んなもん誤差だよ誤差。で、なぜか俺が調理場に立ち下処理をしている。
「魚足りないよぉー!」
魚を三枚に下ろし、皮を削いでバットに入れる作業を淡々とこなしている。ってか今日が各村の代表を決める予選だ。
隣の女性は下処理をした切り身に塩コショウを振っており、小麦粉を丁寧につけている。
向かい側ではパーラーさんが淡々とジャガイモの芽を包丁の根本でグリグリとほじくっている。そっちはまだ皮付きだからマシなんですよ?
多分三人とも目が死んでいると思う。もう何回同じ事を繰り返しただろうか。ってか、出場者が思ってたのより多い。
人口百人程度の村の半分がチャレンジャーだ。それが普段の五倍以上食べると想定して作っているので。観戦者の分もあわせて三百食分、しかも二十皿くらい食べる人もいるかもしれない事を想定してさらに多めに下準備もしている。
ほかの村でも同じ事が行われてるに違いない。村の性質上、第二村は少ないかもしれないけど。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」
俺の意味のない叫びが調理場に響き渡る。
「もーーーイヤですーー」
目の前のパーラーさんにも伝染した。
「カームさん、魚追加です!」
そして山積みにされるある程度大きさが同じ鮮魚。盛大に漏れるため息。まぁ、祭りってこんなもんんですよ。裏ではヒーヒー言いながらがんばってるんですよ。
そしてハーピー族や水性系魔族にも声をかけたので、各村と交流のある魔族はそこに行ってるかもしれない。
ってかその二種族も含まれており、参加者がそこに十人くらい追加される予定だ。
下準備は終わっていないが休憩を入れる。生臭い手を石鹸でよく洗って水の代わりに麦酒を飲んでいたら、懇意にしていただいている大陸間をよく行き来している商人さんが湾内に入ってきた。今度は仕事だ――
「いやー。なんか今日は盛り上がっていますね」
「えぇ、娯楽のために祭りを増やしたんです。そして今日がその夏の祭りです」
もちろん茶菓子には、例のカロリーバーを置いておく。
「ちなみになにをやるんですか?」
商人さんがカロリーバーをつまみ、お茶を飲みながら聞いてきた。
食べましたね? 美味しいでしょう? 噂を広げておいて下さい。なんなら作り置きがありますよ?
「時間内にどれだけ多く物を食べられるかの予選です。各村から代表が五人出ます。それを決める為の準備ですね」
「時間内にどれだけ多く、ですか……。楽しそうですね。決勝には出れませんが、職員や船員も参加出来ますか?」
「えぇ。もちろん」
俺は笑顔で返事をした。
「十五人追加だごるあぁ!」
「うわーーー」
商談が終わり、事務所裏のキッチンに入りながら叫ぶと、パーラーさんが悲鳴を上げた。
第一村は……一時的に人口がたまに増える事を忘れてたよ……。
「誰でも良いから、その辺の水性系魔族に魚追加って言ってきて下さい!」
俺はエプロンを付け、気付けに二杯目の麦酒を一気飲みしてから包丁を握った。っしゃごるぁ! 気合いを入れて魚を捌き終わらせる。
そして観戦者用に寸胴で大根や人参、豚肉をちょっと炒めてから、別な鍋で煮ていた魚のアラの出汁をザルで濾しながら入れ、第二村の味噌を入れて豚汁を作る。
そして、小麦粉に塩を入れて、ゆっくりとぬるま湯を加えて練り、一口くらいの大きさにしてから煮立っているお湯に入れてすいとんを作り、希望者には豚汁に追加させる。
うどんにしても良かったが、打ったり切るのがちょっと面倒と思ってしまった俺は負けでいい。
ネギも七味もないし、芋類も時間がないからいれていない。ゴボウもない。
あぁソバ食べたい。めんつゆの作り方知ってる人いるかな。ってかフィッシュアンドチップスに豚汁ってどうよ? まぁ魚のアラが残っちゃったし、綺麗にスープを煮てる時間がなかったけどさ。
ってかソバもう何年食べてないよ? 二十年くらい? ポリッジに入ってた事もあるけど、麺として食べたい。掻き揚げ食べたい。エビの天ぷら食べたい。ソバに入ってる状態で食べたい。
現実逃避はこれくらいにして、さっさと会場脇の揚げ物してる所にいかないと。
「お疲れさまです。間に合ってますか?」
「えぇ、今のところは」
会場脇の青空キッチンに行くと、フィッシュアンドチップスがずらりと並べてあり、第一回の物は平気そうだ。
俺は司会役にサムズアップすると、座って酒を飲んでいた島民の名前を呼び、席に着かせている。ってか飲んでて良かったのか? 食べ物入る?
「第一回夏祭り、大食い大会の予選を始めるぞ! ルールは事前に話した通りだが、今日は飛び入り参加の船員さん達もいるからもう一回説明だ!」
うん、司会もいい感じだ。第一村の司会はあの男性でいいんじゃないかな?
そして開始のゴングの代わりに、フライパンが鳴らされ、皆の見える位置に穴の開いたボウルが浮かべられた。
フォークを使う者もいれば、手づかみで食べる者もいる。一番スゴいのは鷲掴みで口に詰めこんでいる。俺の想像していたのと結構違うが、それなりに盛り上がっている。
そして続くハプニング。水がなくなりそれ以上うまく飲み込めない、口に詰め込みすぎてもうどうにもならない。口から虹のエフェクト。
飛び入り参加してこようかな……。
予選が終わり、俺も今日来た船員達に混ざって参加する事にした。ちょっと前に二杯ほど麦酒飲んじゃったけど。
フライパンのゴングが鳴り、俺はまず魚から手を着ける。油分が多く口内をコーティングし滑りをよくするためだ。
長細い切り身をタイミング良く噛みちぎり、数回噛んで飲み込み、二本目も同じように処理。口に多く詰め込まないのもコツだ。
次はポテト。熱々ではないが少し時間が経ち、ベチャーとなっており、舌の上でつぶれるので、口に半分だけつっこみ、少量の水でペーストにする。そうなったら飲み込み、残りの半分はタルタルソースで水の代用にする。
一皿のペースはまぁまぁだが、これを崩さずにどこまで行けるかが戦いだ。
多少胃に溜まってきたので、ジャンプをしたり腰をひねったりして胃の中のガスを抜き、少しスペースを作り、また同じ方法で食べ始める。
横を見ると、口に食べ物を含んだままの船員がテーブルに肘を付け、苦しそうな顔でこめかみを押さえている。最初に勢いに任せて食べるからだ。もう水もないんだろう? 勢いだけで乗り切れるモンじゃないって聞いてたからな。
あと日頃のトレーニング。肉系だったらまずスズランが優勝していただろうな。うっぷ……。
結果は本戦に行ける皿の枚数だったが、飛び入りという事で辞退した。
ちなみに上位五人は、キースと、犬耳のおっさんと、魚の体に人間の手足が生えた……サハギンって事にしておこう……。
犬は胃袋が三倍くらいまで膨れると言うが……、サハギンはほぼ丸飲み。皿を持って乗ってる物を口に放り込み、噛んでから飲み込んでいた。
勝てるはずねぇよ――
後は人族二人が第一村の代表だった。
そして最後に両腕を上げて吠えながら勝利宣言をした時に、ピンク色の髪の女性が観客席に座っており、笑顔でベリル酒を飲んでいた。気が付かなかったぞ姐さん……。
「まーたおもしろい祭りにしたわねー。盛り上がってるから私的にはいいけど。ってことで、シュワシュワしたお酒つくってー」
俺は腹をさすりながら、【炭酸水】や【クラッシュアイス】を作ってカップに入れてやった。ミントと砂糖は勝手に入れてくれ。食い過ぎて喋りたくねぇし動きたくねぇ。
「はーいかんぱーい」
「う、うーっす」
カップを持たされ、無理矢理ぶつけてきた。
「早食いねぇ……。胃に悪いのよねーアレ」
「そうっすね。ちょっと参加したのを後悔してます」
「生きてる奴が、上半身だけで胃の中で暴れられたのがこたえたわー。まさか生きてて短剣を突きつけられるとは……。あの頃は若かったわ――それから良く噛む事にしたのよ」
姐さんは、恐ろしい事をニコニコと言っている。今そういう話しは望んでないよ。
「そうっすか……。鎧とかどうなんですか?」
「消化できるわよ」
姐さんはドヤ顔で、フフン! ってな感じで胸をはっている。鉄が溶ける時になにかしらのガスが出て火とかふけるんだろうか?
火を吐く魔物って、胃の中で可燃性ガスとか貯めてる様な気もするけど、姐さんはどうなんだろう、素で吹けそう。もしくは飲み込んでいた溶岩を吐き出すだけ。
「で、貴方の子供達。ずいぶんおもしろい訓練してるわね。ちょっとだけ恐怖を味わわせてあげても良いわよ?」
姐さんは、親指と人差し指をくっつけるようにして隙間を開けている。
どこまで知っているんだろうか?
「ここまで育てたのに姐さんのせいでトラウマになって、冒険者にならないとか言い出したら困りますのでいいです」
本当は死んで欲しくないから、それでもいいんだけどね。
「かなわない奴からの、隠れるか逃げるかの判断は大切よ? 逃げの一手なのか、隠れて反撃なのか……。まぁ、私の場合はその辺を焼き払うけどね」
鼻歌でも歌いそうな陽気さで、恐ろしい事を言わないでくれ。
「貴方の子供は、絶対的な恐怖でどうなるのかしら?」
「俺と勇者で十分絶望を味わってますよ。そこに経験した事のない恐怖がいきなり入ったらダメになりますよ」
「あらそう……。残念」
そうは言っているが、ニコニコとした顔付きは変わらない。これは多分説得しても駄目な奴だ。
後で乱入に備えよう。
姐さんと話していると商人さんがやってきて、さっきのカロリーバーって実は売り物ですか? と聞いてきたので、俺は心の中で黒い笑顔を作る。
「えぇ、実は試作品でまだ商品化には遠いんですけどね。美味しくて数日だけ保たせる保存食を作ったんですが、実は食事を食べる暇がない時に摘むと食事の代わりにもなります」
俺は理由を説明し、もし良ければ昨日島の子供達と一緒に作った物だけどお裾分け感覚で譲ってもいいと伝えた。
「いいのですか?」
「子供達とコミュニケーションで作った、正規品ではない物で申し訳ありません。けど作り過ぎちゃったんですよ。明日になって小腹が空いたら、船員さん達と試しに食べてみて下さい。多分今日は無理でしょうし……」
俺は、テーブルに突っ伏している船員達を見て言う。
「まぁ、あれだけ食べれば今日の昼と夜は動けないでしょうね」
商人さんは苦笑いをして答えた。
「今包んできますね」
話し込んでいる最中でもニコニコと飲んでいた姐さんだが、たまに商人さんの視線が反れる事が不思議に思ったけど、姐さんの胸を見てたんだな……。大きいし仕方ないか。
俺がカロリーバーを包みに行っている間に、口説いて吹き飛ばない事を祈ろう。
「お待たせしました」
俺が戻ってくると商人さんは少しだけ笑顔に陰が見える。何かがあったんだろうな……。
「ありがとうございます。この次に来た時にでも感想を言いますね」
「えぇ、お願いします」
俺達は笑顔で挨拶をして別れるが、商人さんがいなくなったら姐さんが口を開いた。
「あの男、少し手が早いわよ。私を口説いてきたわ」
「ほう、姐さんを口説くとは中々……。スタイル良いですからね。そしてどうなったんです?」
俺は笑顔で、かなり強いモヒートを作って出してやる。続きが楽しみだ。
「背中から翼を出して、ほんのちょっと睨んだら黙ったわ。もう少し骨があると思ったんだけれどねー。やっぱ人族は駄目だわー」
んー。だって商人やってるくらいだし、めっちゃくちゃ普通の人族だよなぁ。やっぱり姐さんの空気には耐えられなかったか。
「姐さんって、どんな男が好みなんですか?」
とりあえず流れで、好みの男性のタイプも聞いてみる。
「水を酒に変えられる男か私より強い男。もしくは私より酒が強いか……」
姐さんは遠くを見るような目でそう呟いた。駄目だ、絶対見つからないわ。
「一生独身ですね」
超が付くほど有名な某神か、髪の色が変わる宇宙人くらいだな。
「魔族大陸の一番強い今の魔王いるじゃない? あの辺なら結構良い線行くと思うのよねー」
あ、やっぱり良い線行くんだ……。ってか強い種を求めすぎじゃないっすか? リリーも自分より強くないと嫌って言ってるし。
けどリリーはまだマシか。酒好きって程でもないし。
「向こうの好みもありますけどね……。世襲制じゃないから、女性は好みに走ると思いますよ。ってか大陸に穴が開いたり荒野になるので止めて下さい。最悪人族の大陸にも影響出るんじゃないんですか?」
部下さんが好みを知らないって言ってたし、案外村娘みたいな、垢抜けない感じが好きとかもあるかも。
「お酒が飲めなくなるから、その辺気をつけるわよ」
「ですよね。まぁそのうち強い男が現れますよ。じゃない。見た目とかどうなんです? 見た目も多少関わって来るじゃないですか」
「あー……。そう言えば考えた事もなかったわね……。同族なら鱗の色とかはどうでも良いけど、鱗の形と硬さとかしっぽの太さとか長さ? はある程度欲しいわね……あとは――」
姐さんはジト目で、右の方を見ながら何かを考えるようにして好みのタイプを言っているが、正直強さ以外での竜族の好みの基準が全然わかりません……。
鱗の色と形、硬さって何よ? 先がとがってたり、丸かったりでも決まるの?




