第220話 稽古の前に戦わされた時の事
少しだけ後書きがあります。
次の休日、俺は家に帰り、とりあえず子供達に北川の事を言う。
「この間会った勇者だけど、ちょっと説得して稽古付けてもらえるようにお願いしたから、もし良かったら明日昼食を食べたら島に行くか?」
「え! いいの!?」
「何かがあったんだろうなぁー。この間は殴れないとか言ってたのに」
正解ですミエル君。最悪俺が勇者の子供に稽古付けます。まぁ、そっち系に進まなければいいんだけどね。
「勇者の子供に稽古を付けるの?」
スズランが、不思議そうに聞いてきた。そりゃそうだよな。だって勇者だし。
「まぁ、あの時に色々あって、勇者と結構交流があるんだけど、勇者が好きになった女性が夢魔族でね。人族の大陸だと、魔族はかなり風当たりが強いんだよ」
「へー、魅了耐性とか付いてそうなのに」
「勇者が何回かアタックして、夢魔族の女性が折れたらしい」
「珍しー。夢魔族が折れるなんて」
ラッテも食いついてくるが、見た目は言わないでおこう。
「たしかミエルにすり寄った、お父さんみたいな肌の女性よね?」
「あー、あの……」
折角濁していたのに、子供達が言ってしまった。どうしようか……。
「へー、人族にも変わった趣味の人がいるんだね。夢魔族の中でも、結構特殊だよ? 肌の色がカーム君みたいなのだと」
特に問題はなかった。けど寝る前に、ミエルにすり寄った事で軽く問いつめられた。
俺はちゃんと説明し、問題はなかったと結論になったから良かった。
「ミエル君でよかったねー。もしかしたら、本当に魅了されてて、胸とか触ってたかもしれないよ?」
「手を貸そうとしてくれたのはいいんだけど、手段を選ばないのはちょっとやばい気がする。ミエルだから良かったけど……」
「もし、ミエルが手を出してたら?」
スズランが真顔で聞いてきた。少し気になってるみたいだ。
「親としてミエルを殴ってでも止めるか、勇者に殴られて、リリーとの稽古が自然と始まってたかな? 結局魅了されなかったからいいけど」
そして話しが終わり寝室に行くが、ラッテが気になる事があるのか、子供達がいないので聞いてきた。
「ミエル君の反応はどうだったの?」
「なんだこの人……。って感じで淡泊だったかな? もの凄く露出が多いんだけど、例え全裸でも魅了はされないと思う。って言ってたかな?」
「露出が高い? どれだけたかいのよ……。まぁ夢魔族ってくくりはある意味広いけど……」
ラッテが複雑そうな顔で、ベッドに座って足をプラプラさせていた。
「ラッテが昔持ってた際どい下着で、その辺歩いてる感じ。他の魔族とか人族がいるのに、周囲に魅了を振りまいてる」
「あ~、あの種族ね……。なら納得だわ……」
ラッテが珍しくジト目で、溜め息を付くように言った。水生系の魔族に、サハギンとマーメイド型がいるように、夢魔族にも色々いるようだ……。まぁ、羊っぽかったり、メイド服っぽいのが好きだったり、露出が多かったり。
◇
翌日の昼過ぎに島に転移し、北川を探すが直ぐに見つかった。豪快に木を剣で切り、切り株を力で引き抜いていた。
「おー、来たか。この間はフォルマが悪かったな」
「いえ、どうにか戦わせようと思って動いた結果だと思うので、お気になさらず。今日はよろしくお願いします」
「あぁ、よろしくな。ってか、本当改めて聞くと喋り方と声質が親父にそっくりだな。最近普通に喋ってるけど、俺以外だとこんな感じだよな?」
北川は笑いながら剣を鞘に戻し、タオルで汗を拭いていた。
「別に準備はいいや。んじゃ俺は、一回後ろで二人の動きを見るし、カームが実の子供を本気で攻撃できるかも見ておくから」
「はぁ? 約束が違うぞ?」
「俺はお前の本気の戦い方を見ていない。参考程度に見せてくれ。それと、子供達を攻撃できるのかもな」
俺は盛大に溜め息を付き、ジト目で北川を見てから森に入っていく。気が乗らないが、まぁやるしかないな。
俺はいつも通りの手順でギリースーツ姿になり、少し足の長い草むらに身を潜め三人を待つ事にした。
するといつもと違う森だからか、リリーがもの凄く足下を警戒し、ミエルがしきりに左右や後ろを確認しているが。ここは一端見逃す事にした。
そして真っ直ぐ飛ぶようにモース硬度1の【チョークの弾】を作りだし、目視六十メートル後方から、ミエルの左ふくらはぎを狙い射出する。
ちなみに、非致死弾で有名なゴム弾だけど、合成ゴムとか硬化ゴムは、質量や密度的に重かったり詰まってたりするので個人的に避けた。
声は聞こえないが、倒れて足を押さえているミエルがこちらの方を指さしたので、目標を視認しながら少しだけ位置を変える。その場所に止まってると、リスクが高くなる。
風の動きや、雲の陰の動きを意識しつつ、葉が揺れても違和感のないように細心の注意を払い、草むらからやっとの思いで移動するが、一分前にいた場所を、リリーが槍でゴソゴソとやっていた。スゴく怖い――
ミエルの方を見ると、木を背にしながら辺りを警戒しつつ、多分回復魔法を使っているんだと思うが、北川の視線がスゴく気になる。草の隙間から目が合っている気がする。
こっちの位置をある程度あたりをつけて、注意して見ているんだと思うが、お前にも見つかるわけには行かないんだよ。
リリーが相変わらず槍で草むらを探しているが、距離は五メートル。自分の心臓の鼓動がうるさい。けど今動くわけには行かない。
「位置的にこの辺でしょ? 左足なんだから」
「隠れられそうな場所はその辺だよ」
お互い遠いから大声で喋りだしたので、音を多少は消せると判断し、リリーを見ながら、槍の動きに合わせ、手の指と足の指だけを動かし、センチ単位でゆっくりと、できる限り距離を離す。
ミエルが背中を預けている木を見ると、手頃な枝があるので、少し大きめの【石弾】をソニックブームが出ない速度に落とし、上半分をそぎ落とす感じで狙い、メキメキと音を立てながら、大量に葉が付いた枝がミエルに落ちた。
その隙を狙い、右手でナイフを抜いて立ち上がり、視線が外れているリリーの顎を狙って、柄で思い切り殴りつつ足下を蹴り抜くようにして転ばせて、数秒程度の気絶を狙い、全力で走って十メートル先の茂みに飛び込み、大胆に位置を変えて寝転がる。
途中北川と目があったが、何も言わずにこちらを目で追ってきただけだった。言った通り口は出さないみたいだ。
音を聞く限り、ガサガサと聞こえるのはミエルだろう。痛みをこらえているような声はリリー。大丈夫、多分移動は北川だけにしか見られていない。
ゆっくりと深呼吸をし、顔を上げて草の隙間からリリーの方を見ると、槍を杖のようにして立ち上がろうとしているのが見えた。
とりあえず中指の第一関節くらいの、円柱の【チョーク】を作りだし、なんとか立とうとしているリリーの軸足の太股を狙い射出し、また転ばせた。
チョークは皮膚の表面で弾けるようにして砕け、太股からは血が出ているが、歯を食いしばって叫び声を押さえている。
二人の足は潰した。そのうちミエルも回復魔法を使って、こちらを探すか、リリーの回復に動くだろう。
「ミエル、私はいいからお父さんを探して! 少し気絶させられてる間に位置を変えたわ! ここの草が潰れてる」
「少し待って。木が邪魔でまだ立てない!」
情報ありがとうございます……。位置的にミエルは見えなくなっているので助かる。
しばらくして、ミエルが太い枝から抜け出したのか、音は聞こえなくなり、こちらに歩いてるのか草の間から顔だけが見え、多分胴体があるであろう位置に狙いを定め、もう一度ただの【チョーク】を射出し、叫び声が聞こえたので当たったんだろう。後は根比べだな。
ミエルの声が聞こえなくなっているから、回復は終わったんだろう。けどリリーを見ると、手の平を下にして、上下に振っているので、立つな、しゃがめって合図? を送っているのが見える。とりあえず、リリーの腕に【チョーク】を当てて、ハンドサインを止めさせ、リリーの目の動きを見る事にする。
リリーを見ているが、首を振ったり、うなずいたり、こちらの方を目で見たりしているので、ミエルとのなにかしらやりとりをしているのはわかった。
十秒くらいだろうか?
特に動きがないので少し大胆に首を捻りミエルの方を見るが、腕を上げて大きめの【火球】を作っている。
んー。青青とした草木、体にも草と粘液、多少耐えられる気もするが怖いので、前腕に【チョーク】を当て、腕を後方に吹き飛ばし、バランスを崩した所で太股にも【チョーク】を当てて転ばせる。
ミエルはまた叫び声を上げているが、ここで北川がストップをかけた。
「終わりだ。二人とも詰んでる。カームが本気なら、今まで全部何かが当たってた物は、本来体に穴が開く物だ。カーム、立て」
俺はその場で立ち上がり、顔に草が垂れ下がっているので、軽く頭を振ってどかす。
「あー、リリーだったか? カームに殴られて、転ばされた時点で本来は殺されている。ミエルは足を狙われた時点で、頭でも背中でも狙える。最初に殺されてもおかしくはない。ずいぶん優しい親父だな、感謝しろよ。まぁ稽古だからコレくらいがちょうど良いのか? カーム。今度から有効打が決まったら動くなってことにしろ。実戦を想定させろ」
「あぁ、わかった」
「カーム、本気じゃなくても良いが、一回子供達にある程度力を見せておけ。そうだな……。あの大きな岩にそれらしい魔法を当てろ」
北川が指を指した先には、自動販売機を横に三つ並べたくらいの岩が転がっていた。埋まってる部分はどのくらいかは不明だけどな。
言われたとおり、先の尖ったタングステンで杭を作り、石弾の三倍の速さで射出し、爆音を出しながら岩に穴をあけた。
研磨していないから、タングステンでも光沢のない鉄っぽい物に見えるから、材質は何かわからないだろう。たぶん平気かな? 鉄で開けたと思わせておけばいい。
「そう来るか……」
北川は苦笑いをして、穴の開いた岩を覗きこんでいた。
「綺麗に抜けるもんだな。まぁいい。カームが普段どんな訓練をしてやってるかわかった。それにどれだけ手を抜かれてるかもわかったか? こいつは暗殺もできる魔法系魔王だ。お前達は弱くはないが強くもない。やる相手が悪いだけだ。回復魔法をかけたら村まで来い」
そのあとは村に戻るが、とりあえず二人でかかってこいとか言っていたので、俺はその辺の切りっぱなしの丸太に座り、北川達の稽古を見ていたが、リリーの攻撃は簡単に受け流され、ミエルの魔法は剣で切られたりたたき落とされたりしていた。
あの剣の材質は何だろう? 火って切れるの? 剣圧とかすごい? まぁ勇者だからって事にしておこう。深く考えると禿げるからな。
とりあえず休憩になるが、二人はもの凄く悔しそうだ。
「おいカーム。俺も仕事があるんだ。子供達はお前が休みの日の夕方につれてこい。よし、とりあえず稽古は終わりだ、次までに対策を練ってこい。カーム、今日はもう連れて帰っていいぞ」
北川に冷たくそう言われてしまったから仕方がない。俺は立ち上がり、二人の所に近寄る。
「まぁ、ああ見えて勇者だからな。とりあえず今日は言われた通り帰るぞ」
とりあえず連れて帰ることにした。
「お父さんは、キタガワさんに勝てるの?」
夕食が終わりのんびりとしていると、リリーがそんな事を聞いてきた。
「確実にどっちかが死ぬなー。勇者って事で敵対してて、襲ってくるのがわかってれば、森に入って罠を多数仕掛けて引き込んで、今日みたいに痛いだけの攻撃じゃなくて、確実に殺せる魔法を当てる」
「んー、父さんってさ。いつも真っ向から勝負しないけど、もしかしなくても魔王としては不意打ちに弱い?」
ミエルも少し失礼な事を聞いてきた。まぁ本当の事だからいいけど。
「あぁ、弱いな。できれば相手に何もさせないで勝ちたい。船で攻めてくるって知ってれば、船を沈めた方が良いに決まってる。戦いとか戦争なんか、準備で九割決まるからなー。急な戦闘だと時間稼ぎして、準備を整える。真夜中の不意打ちとかが良い例だな。こっちは準備万端。向こうは薄着で寝てる。最悪叫び声すら上げさせないで全員殺せる。暗殺ってそんなもんだし。ばれたら、いったん逃げたりして態勢を整えるからなー」
テーブルに頬肘を付いて、上の方を見ながらだらしなくお茶を飲む。
「何かあったの?」
「んー? 俺の強さについて? 結局相手に戦わせなかったり、卑怯な手で勝ってるけど、それは作戦で、ある程度地力もあるから弱い魔王やってるって話し」
スズランが不思議そうに聞いてきたので、今日あった事を全て話した。
「魔法系だし、戦いの流れを作るのも強さのうちでしょ? カームは昔からそうだったし、一対一の戦いなら確実に目潰しを使う」
「まぁ、そうなんだけどね……」
「けど、今日お父さんの本当の戦い方を経験したけど、当てられてた魔法が全部、ミエルにも教えてた、音と同じ速さの見えない魔法になるんでしょ?」
「……そうだな。まずそこに持って行く前に殺すけどな。家から櫓の横に作った鉄板まで狙えるんだぞ? 矢なんかまず届かない」
「ねぇ父さん。もしだけどさ。父さんに勝てたらさ、岩に綺麗に穴を開けた魔法を教えてくれる?」
お茶を啜っていると、ミエルがいきなりそんな事を言い出した。まぁ、強い魔法には憧れるか……。
「ん? あぁ、いいぞ。けどな、その時点でお前も魔王だぞ? とりあえずそのまま両手をテーブルの上に乗せろ……。いつも両手はテーブルの上だっただろ? 動きはゆっくりだ。テーブルの下で魔法を撃つか、いきなりナイフを投げられてでもしたら、親子喧嘩じゃ済まないぞ?」
確か西部劇の映画だったかマンガか何かで得た知識だけど、両手をテーブルの上に置いてないと警戒されるらしい。腰に銃を吊ってるからって理由だった気がする。
俺はミエルに注意をし、【黒曜石のナイフ】を右手に作り軽く握るが、スズランがデコピンをするみたいに中指を弾き、黒曜石のナイフを根本で折られ、刃先が壁に突き刺さって消えた。
「もー。ちょっとした冗談でしょー」
「カームの冗談は少しわかりにくい。あと雰囲気がピリピリしてたから、とりあえず止めた」
「はいはーい、皆そこまでー。お茶でも飲んでおちつこー」
ラッテがいい感じでお茶を注ぎながら止めに入り、ピリピリとした空気はなくなった。
魔王と勇者に何もできなかったのが悔しかったっぽい? まぁ、適度に壁にぶち当たってくれたほうが、驕らずに強くはなるか……。
今後どうなるんだろうか……。これ以上強くなられたら俺が困るな……。
弾は某映画で岩塩を使っていたので、岩塩にしようかと思いましたが、モース硬度が2で、火薬で撃ち出して砕けるらしいので、そのまま飛ばすのには口径が大きくなると判断しました。
なので、さらに硬度の低い滑石がいい?と思いましたが、知名度や大抵の方が触った事のあるチョークにしました。この滑石とチョークはモース硬度が1なので、当たれば簡単に砕けつつ、怪我も少ないだろうと思い、非致死性の弾として使わせていただきました。
前回お年寄り向けのお祭りに付いて、ご感想で色々とご意見を頂きましたので、少し考えておきます。




