第217話 ガラスのカップを手に入れた時の事
子供達に負けた翌日、ニルスさんの船が倉庫前の桟橋に止まり、荷物を下ろしてるのが窓から見えた。結構遠くまで買い物に出るんだな、あの人も。
そして遠くからじゃよく見えないが、大型の犬っぽいのもいるのでヴォルフだと思う。お仕事お疲れ様です。
多分こちらに来るかもしれないので、鍵のかかる机の引き出しから、油紙に包まれていた袋と財布を取り出して仕事の続きをし、湾内に船が入ってくるまでは仕事を続けた。
そして思った通りになったので、少しだけニヤニヤしながらルッシュさんが呼びに来るのを待ち、いい感じで書類作成に区切りがつく頃に、ちょうど呼ばれたので席を立つ。
「何か嬉しそうですね」
「わかります? もしかしたら、個人的に頼んでいた物を買ってきてくれてるかも。って考えがありましてね」
「なんか、おもちゃを買ってきてくれるのを待ってる子供ですね。その気持ちよくわかりますよ」
俺はニヤニヤしながら執務室を出て、応接室に入り挨拶をする。
「お疲れ様です」
「どうも、お疲れ様です」
俺はソファーに座り、お茶が来るまで雑談をするが、テーブルに置いてある小箱が気になって仕方がない。
「職員さんから聞きましたか。コレ」
そう言って、俺は禁輸品の葉っぱをテーブルに置く。
「えぇ、聞きました。ご迷惑をかけて済みませんでした」
「いえいえ、うちの狼がやってくれてますので、そこまでの苦労はありません。俺の事を呼びに来ないって事は、ないって事ですからね」
「けどすごいですね、あんな芸当を仕込むなんて」
「頭がいいのか、言葉を理解するんですよ。ちょっとスラム化してる場所の裏通りで各種禁輸品を買ってきて、コレと同じ臭いがあったら教えてね。って言ったら一発です。職員や友人に犬の獣人族がいるので話しを聞いてみたら、意志疎通ができて、頭の良い犬ほど鳴き声が共通語や魔族語に聞こえるらしいです」
「嘘みたいな話しですね……。確かに、言う事を理解してそうな動きをする犬を見た事がありますが、アレは躾だと思ってました」
「俺もです。結構犬好きなので、よく遊んだり、意味もなくワシャワシャするんですが、向こうは全て理解してるみたいです。まぁ個体差でアホの子もいるみたいですが……」
「あー……。感情最優先で、遊んで欲しくて飛びかかってくる犬。子供の頃近所にいました」
そんな雑談をしばらく続け、ニルスさんが箱を開け、笑顔で押し出すようにしてこちらに出してきた。
「頼まれていた物です」
そう言われたので、丁寧に箱を引っ張り中を見ると、余計な装飾がいっさいない、透明なガラス製のティーセット一組が入っていた。うん。結構好みだ。
「目的の港町の隣町に、大きなガラス工房があるらしく、思ったより安く手に入れられました。こちらが料金表です」
そう言って領収書っぽい物を渡された。んー高いのか安いのかわからない。まぁ、前世に比べたら確実には高いです……はい……。
「ありがとうございます」
俺は財布から書いてあった金額より少し多めに、手数料としてニルスさんに渡した。
「いや、悪いですよ。買い物のついでに届けただけなのに」
「こんな離島に物を運ぶってなると、それなりの手数料がかかりますよ? それと現地での手間賃って事で」
俺は笑顔で返されそうになった余剰分のお金を、受け取ることなく手を前に出して拒否した。
「まぁ受け取って下さい。コレは個人での取引ですよ――」
そして、ちょうどお茶が運ばれてきたので、パーラーさんに、新しいティーセットを渡して、執務室に運んでもらい、今度は仕事の話しを始める。
「コーヒーはどこでも人気で、港に着いた瞬間に売れてしまう状況です。少し大規模化してみてはどうですか?」
ニルスさんに少し助言されたが、どうにもならない。
「してみたいんですがね、島民の受け入れ準備がまだなんですよ。家屋の確保、森の開墾、麦や野菜の畑の作成が済んでないんですよ。皆様には、もう少し待ってもらう事になっちゃいますね」
「最近四つ目の村を作ったばかりでしたっけ? なら少し難しいですね」
「えぇ、支援してくれそうな方はいるんですが……。貸しを作りたくないので」
スタンプに株式会社ってネタで入れたけど、本格的に株式化させる事はまだ早いだろうな。多角化しちゃって、結構取り引きしてる場所も多いけど。ってか株式化なんか無理!
「どの様な方なんですか?」
ニルスさんがお茶を飲みながら、ニコニコと聞いてきた。
「この島を、領地として持っている貴族様です。この前魔王と貴族について軽く話しましたが、関係がクソ面倒ですし、個人的に嫌いに入る部類ですので、極力接触や貸しを作るのは避けたいのが本音です」
「それはそれは……」
ニルスさんは目をつぶり、少しだけ気まずそうにお茶を飲んでいる。多分この話は二度と出ないだろうな。
「牛とか急に増えましたが、どうしたんですか?」
急に話題を変えられてしまった。まぁある意味賢明な判断だよな。
俺はこの前の、転移魔法の少し大きい物を教えてもらいに行った事を話し、俺の労力だけで済む事を話した。
「家畜達を通す為の税金……」
「……法律って、結構抜け道があるんですよね。真っ白な人っているんですかね?」
俺は悪い笑顔で、それ以上は聞かないでくれとアイコンタクトをして、お茶で口を湿らせた。
「産まれたての子供くらいですかね?」
ニルスさんも悪い笑顔でお茶を飲んでいた。多分この人も何かしらやってるな……。
「あ、そうだ。情報操作とか噂作りって得意ですか?」
「いきなりですね、どうしたんですか?」
俺は、執務室の角のマネキンを指さした。
「売れたらお金を払ってくれればいいので、一着もって行きません?」
「ブフッ……。ジャイアントモスですか!?」
ニルスさんは軽くお茶を吹き出し、咳込んでいた。
「えぇ、宣伝用に十着ほど作りました。どこぞの武器防具を扱ってる店に持って行けば、いい感じで転売してくれますよ」
「ちょっと失礼します」
ニルスさんは席を立ち、マントの方に向かい軽く指で触っている。
「かなり作りがしっかりしていますね。フェルトのように分厚くはないですが、三つ折りか四つ折り、もしくは重ねて縫ってますね。ケチってる様子もない」
「腕の良い機織りとプライドの高い裁縫職人がいますから。ちょっと離れて下さい」
俺はニルスさんに一言言い、指先に【火球】を作り、マネキンに放つと火球は四散した。
本当に燃えなくてよかったわ……。事前に小さな布で試しておけばよかったよ。
「染色は、買った人かその店でやるでしょうね。言葉巧みに噂を流してくれませんか?」
俺がニコニコと言うと、ニルスさんは苦笑いをしていた。
「コレが希望小売り価格です。どれだけ吹っかけるかはお任せしますよ。その吹っかけた後は興味ないですので、売れたら銀行に振り込むか、コーヒー店のマスターに一言言って頂ければ、集金に伺いますよ? 噂の材料に残りの十着も本当にあるか見ますか?」
俺は値段を紙に書き、吹っかけても良いと言うと少しだけ悪い笑顔になった。
「いえ、大丈夫です。金貨三枚は堅いですよ、これ」
「うちのプロが現地価格でソレと言ったんです。島で材料が取れ、糸にして機織りをして縫う。その辺を考慮しつつ、手間賃と希少性……。あとはそちらで移動費やら上乗せすれば、島から離れれば離れるほど高くなる。こっちはその値段で売れれば、外でどうなっても興味はないんですよ。怖いのはアクアマリン製の物は駄目だっていう噂……」
俺が、島のブランドが地に落ちるのを怖がってる事を言うと、ニルスさんは苦笑いをしている。
「後は希少性を生かしつつ、値崩れしないように島に来たお客様に品切れと言えば、マントや布狙いの商人か冒険者が定期的に島に来ます。宿屋建設も草案通りましたので、最悪順番待ちの長期滞在も期待できます。まぁ、要予約でしょうね」
「模倣品が出回ったらどうするんです?」
「裏地に、アクアマリンのエンブレムの刺繍が小さくあります。模倣されて文句を言われても、うちは堅実にやってる事を伝え、制作現場や型紙を見てもらい、信用してもらう事しかできません。模倣品が出回るって事は、それだけ質がいいか、有名になるって事ですし。まぁ店頭でさっきみたいに、火でも付けてもらえれば一番ですけどね」
「カームさん。貴男、本当に寒村出身なんですよね?」
「えぇ、故郷に連れて行きますか?」
「いえ、そこまでは……」
この間の転移を思い出したのか、断ってきた。
船に荷物を積み終わらせ終わったという報告が来たので、雑談も終わらせ、ニルスさんをテーラーさんの店に連れて行き、丁寧に包装されたジャイアントモスのマントを手渡す。
「商人さん。少しだけ、このあくどい男の言いなりになってあげて下さいね。貸しは多い方が有利ですよ?」
テーラーさんはニコニコと笑い、ニルスさんは苦笑いをしている。
「貸されっぱなしですよ。いい加減に返したいんですよね。どのくらい残ってたかな……」
「うちのお偉いさんも意外にやるのね」
「やりすぎて困ってます。いい加減主導権を握りたいですね」
「その様子だと、しばらく駄目そうね」
テーラーさんとのやりとりを少しだけ見て、ニルスさんを見送ってから俺はウキウキと執務室に戻り、早速【ぬるま湯】でガラス製のティーセット一式を洗う。
そして、裏口の隣のプランターからミントを摘んできて軽く洗って入れ、口の途中までお湯を注ぎ、コルクの蓋を閉め、香りが逃げないようにする。
注ぎ口が上だと、お湯で蓋ができずにそこから香りが逃げるからな。その辺ニルスさんはわかっている。
「んー」
香りを嗅ぎ、自然と声が漏れる。気分の問題だが、普段より美味しそうな香りだ。気分だけだけどね。
「ご機嫌ですね」
ウルレさんが顔を上げ、ニヤニヤと言ってきた。
「コレくらいの贅沢は、たまにはしたいですからね」
「カームさんは暴飲暴食しませんからね。そういえば酔えないんでしたっけ?」
「えぇ、酔えません。なので姐さんに付き合わされて大変ですよ」
「心中お察しします」
そしてウルレさんを呼び、ウルレさんのカップにもミントティーを注いであげ、自分のにも注ぐ。ミントの香りで気分がスッキリする。
「んー、楽しみだったから、心なしか美味しく感じる」
「本当に気分の問題ですね」
「一日幸せになりたければ散髪しろ、三十日幸せでいたいなら結婚しろってやつですよ」
「一生幸せでいたいなら?」
ウルレさんが聞き返してきた。
「正直でいることだ。だったかな? 釣りを覚えろって人もいるけどね。釣りの方が簡単な気がするなぁ……」
「なら、そのガラスのカップは何日幸せです?」
「割れたら十日はへこむくらい――かな。日々の小さな幸せだから、何日とは言えないよ」
「で、カームさんは結婚して三十日しか幸せじゃなかったんですか?」
「ははは、何を言ってるんですか。毎日が幸せですよ」
そして昼前の休憩になるが、パーラーさんにガラスのカップに注ぎますか? と聞かれたが、あれは執務室用なので断っておいた。




