第209話 クロスボウができあがった時の事
あれから数日、ヴァンさんがクロスボウの試作品を持ってきてくれた。木材の加工は、家具職人のバートさんの弟子がしてくれ、機械部分はヴァンさんだ。
「オダの設計図通りに作ったがこれでいいのか?」
俺は、部分的に近代化されたクロスボウを持ち、構えてみる。
銃のような引き金部分を持ち、少し長く幅が広くなった銃床を肩に当て、左手側の持ち手を持って安定させる。
照準器は矢が通る枠の上に輪になっており、中央で十字になるように細い糸が張ってあり、そこから一定間隔で下にも横糸が張ってある。
そして、てこの原理を利用して弦を張るために、持ち手部分の底にある鉄でできた部分を起こすと、金具が弦を引っ張り、カチャリと止まったらそれを寝かせる。
後は矢を撃つだけか……。
俺は外に出て、適当な的がないので【土壁】を作りだす。そしてそこに、照準器を覗いて打ち込む事にした。
矢が綺麗に飛んでいき、土壁の中央に当たり、急いで先ほどと同じ動作を繰り返し、二本目を打ち込む時は、十字の糸の一本下の糸で土壁を狙って撃つと、一本目の少し上に刺さる。
「えぇ、問題ありません。まずは各村の練習用に五丁ずつですので二十ほど作って下さい」
「あぁ、そいつはどうするんだ?」
ヴァンさんは、俺の持っているクロスボウを指しながら言った。
「試作品ですからね、こちらで預かっておきます。ですので二十です」
「あいよ、お前のオモチャってところか?」
ヴァンさんは、ニヤニヤとしながら戻っていった。オモチャって……。俺には必要ないんだけどな……。
土壁に刺さった矢を回収しつつ、報告書を書く為に執務室に戻った。
「すごいですねそのクロスボウ。簡単に弦を張れるんですね」
ウルレさんが少し興奮気味にそんな事を言ってきたので、クロスボウを渡してあげた。
「おぉ、持ちやすいし構えやすい」
そう言って金具を使って弦を引き、またクロスボウを構えた。
「しかも狙いやすいんですね」
そう言って構えたまま俺の方を向こうとしたので、盛大に横っ飛びをして、転がりながら机の陰に隠れた。
「ど、どうしたんですかいきなり」
「一言だけ言っておきます……。弦を張っていない状態や、矢をつがえてなくても決して人に向けないようにして下さい。向けられた方は、相手がクロスボウをこっちに向けているという事しかわかりません。冗談でも、殺す時以外は、対象物に、向けないように……」
少しだけ声質を落とし、諭すように机越しに言った。
「も、申し訳ありませんでした!」
「いいからクロスボウを下ろしてほしいかなー」
「はい!」
その返事を聞き、机から半分だけ顔を出してクロスボウを構えてない事を、確認してから立ち上がった。
「次からは気をつけて下さいね。言わなかった俺も悪いんですけど……。けど、次やったらもの凄く怒りますからね」
目だけ笑ってない状態で、ニコニコしながら言うと、ウルレさんは直立不動で謝ってきた。
「いえ、次から気をつけてくれればいいんですよ。次から……ね?」
「は、はい!」
まぁ、やらなければいいんだよ。安全対策はしっかりさせる事だけは最重要だな。
俺はクロスボウの報告書と説明書を書き、少し試してみたいことがあったので、昼食前にクロスボウを持って外に出た。
弦を張り、細い杭のような【黒曜石の矢】を作りだし、厚さが一ミリメートルの【鉄板】を作り、そこに射出する。
ふむ……。この形状なら貫通はするな。普通の鏃だとたぶん砕けるだろうなぁ、薄いし。まぁ普通の鎧程度なら問題はなさそうか?
モース硬度を気にして別な物質でもいいけど、これが一番イメージはしやすい。
現代の滑車付きのだと、弦の引っ張り強度や構造に難ありだし。今じゃこれが限界か……。
対人用に鏃部分を変えて作るのもありか。後でキースにでも聞こう。
昼食後は、第四村の開拓の手伝いに行くが北川がいない。目の毒だが、畑を魔法で耕していたフォルマさんに聞いてみた。
「え? たしか森の奥に魔物が出たって事で、朝から森に入ってますよ。私のお弁当を持って。上手に作れるようになったんですよ」
フォルマさんは、もの凄い笑顔で背中の羽をバタつかせている。ラッテには見られない喜び方だ。
「ありがとうございます。魔物……かぁ。俺はゴブリンくらいしか見なかったけどなぁ」
「なんでも、キラービーや、ジャイアントスパイダーを見かけたみたいですよ」
「有毒か……やっかいだなぁ……」
アピスさんに、神経毒系の解毒剤作ってもらって、各村の村長に出た事を伝えておくか。
「んじゃ俺は木でも切ってますね。たぶん奴なら死なないでしょう」
「そうですね。では、よろしくお願いします」
服装と外見だけ気にしなければ、かなり礼儀正しいんだけどなぁ。本当どこで見つけてきたんだろうか? 娼館なのは確かだけど。
午後の休憩中、村長や喧嘩祭りで準優勝した魔族と今後の事を話し合っていたら、北川が肩に剣を担ぎながら、ハーピー族の男性と一緒に戻ってきた。
「お疲れ。ずいぶんラフな格好だな」
北川を見ると、ズボンにタンクトップ、頭にタオルといういつもの農作業の格好だった。
「俺にとっては脅威でもなんでもねぇよ。ただ、普通の島民じゃな……」
「そうだな。まぁ、対抗手段は多い方がいい。で、そのハーピーさんはどうしたんだ?」
「あぁ、上空からの偵察だ。目も良いし、ホバリングもできるからな」
「手伝っていただき、ありがとうございます」
俺は、北川の隣にいたハーピー族にお礼を言った。
「気にするな、巨大な蜂は我々にも脅威だからな。たしかかなり昔に、蜘蛛の巣にかかった仲間もいたと聞いた。お互い協力は必要だ」
確かに協力はしてもらってるが、結構お互い積極的になってきたな。そして北川がお礼を言いながら、ウサギを三羽渡し、ハーピー族は山の方に飛んでいった。
そろそろ野生化させるのに、ある程度野に放ってもいいかもしれないな。鶏も、小さい蛇なら襲って食べるような事を聞いたし。
「あぁ、そうだ。それ試作品な」
休憩していた場所に、無造作に置いて置いたクロスボウを指す。
「おぉ、銃っぽい」
そう言って北川がクロスボウを海の方に向かって構え、意味もなく引き金を引いている。そして金具を途中まで引っ張りながら、おー! とか言いながら一人で興奮している。
「水平での射程距離は?」
「約四十前後、線一本で角度的に約十ほど伸びる予定だ。なるべく軽く引けて、森での戦闘に配慮。それなら飛距離はあまり必要ない。四十五度で撃ってないから最大射程不明」
いきなり聞かれたので、素で答えてしまった。
「いちいち足で踏んで、引っ張る必要もなくていいな。さすが織田さんだな」
そう言って、俺にクロスボウを返してきた。
「いやいや、そっちの猟班に渡してくれ。一人だけいただろう。クロスボウ持ってたの、この村の一人だけなんだよ。少し試してもらってくれ。とりあえず二十丁、試しに各村に五丁ずつ行き渡るように、練習用に生産してもらってる。使い心地が悪ければ、正規で作る方を改良する」
そう言って、また北川にクロスボウを返す。
「本人を呼べばいい。今日は魔物が出たから猟は中止させてたからな」
そう言って北川はどこかに走っていき、この間のクロスボウを持った男性を呼んで来た。
「もう訳は話してある。渡してやってくれ」
北川にそれだけを言われ、男性にクロスボウを渡してやる。
「おぉ、こいつが! すげぇや!」
男性は早速構え、照準器を覗き、引き金を引いたりで一喜一憂している。そして持ち手部分の金具を起こし、弦が簡単に張れた事に驚いている。
「すげぇ! これすげぇ!」
そう言って矢を乗せて、未開拓の森の方に向けて撃ったら、見事に一本の木に刺さった。
「すげぇ!」
何となくその気持ちわかるわ……。次世代ゲーム機を買って、初めてゲームをプレイした時の感動が、そんな感じだったわ。新しいものは、感動しかないからな。
そしてどんどん矢を撃っていき、俺がやったみたいに縦一列に矢を刺した。
「おー、すごいですね。見事に一列です」
「違うっすよ、こいつがすげぇんですよ。弦を均等に引っ張るから、矢が左右にぶれねぇし、この覗き穴の糸で違う距離も狙いやすい。こいつを俺に預けて下さい! お願いします」
男性が必死にお願いしてきたので、苦笑いをしながら承諾し、クロスボウを預けた。
「一つだけ条件があります。使い心地、不便な場所、手入れのしやすさ、改良点、破損までどのくらいかかるかの報告は紙に書いて下さい。文字は書けますか?」
「す、少しだけな」
「なら勉強して、覚えて紙に書いてください。村長、文字が合ってるか確認してあげてください」
俺はにっこりと笑い、クロスボウを返してもらう事はしなかった。
「おー、飴と鞭」
北川がニヤニヤしながら、そんな事を言っている。
「試作品は惜しまずに、現場で使ってもらった方が都合がいいからな。俺が持ってるよりはかなりマシだ。では、報告よろしくお願いしますね」
ちょうど良いところで、休息時間が終わったので立ち上がり、開拓の続きを始めた。
夕食が終わり、俺は羽を毟った鶏を一羽もって故郷に転移した。今日は帰る日じゃないからね、夕飯なさそうだし。
「ただいまー」
「あれ、戻ってくるのが早い。何かあったの?」
スズランが出迎えてくれ、俺が帰って来た事に驚いている。けど俺が持っている鶏に視線が釘付けだ。
「ミエルは出かけてないよね?」
俺は家に入りながら確認するように言い、居間に行くとミエルがお茶を飲んでいた。
「父さんお帰り」「お父さんおかえりー」
「カーム君おかえりー、どうしたの?」
「ん? ミエルに魔法の勉強だ。リリーだけ、がっつり相手してくれる人が多くて可哀想だからな」
そう言いながら、棚から皿を出して鶏をミエルの前に置く。
「で、この鶏は何? 魔法と関係あるの?」
「まぁ、まずはこれを見てくれ」
そう言い、右手の前腕だけシャツをめくり、肉体強化で筋肉を無理矢理つけ、腕の太さを二割ほど太くした。
「今日はミエルの筋肉を、底上げできる方法を教えに来た。リリーもできたらやればいい。できるならね」
向かい側に座っている二人が、目を見開き驚いている。
「まぁ簡単だ。筋肉に魔力を流して、筋肉を肥大化させるイメージだ」
「うわー。カッチカチー」
「……本当だ」
スズランとラッテも、腕をツンツンとつつき、面白がっている。
とりあえず腕を元に戻し、メスのような物を黒曜石で作り出し、準備を完了させる。
「さて、まずは筋肉の構造だ」
俺は鶏の皮をわざとらしく開くように切り、筋肉部分を露出させる。
「こういう風に、同じ方向に筋が入ってるだろう、これが筋肉繊維だ。前に、紐に魔力を通して遊んでただろう、それを束にしたのが筋肉だ」
メスの先端を使い、部位を指しながら説明する。そして筋膜を切り、筋肉の束になっている部分を一本だけ裂くようにして取り出し、その後に輪切りにした。
「横から見ればわかるが、筋肉は部位事に束になってる。そして筋肉の隙間にあるのが太い神経と血管だ。これは回復魔法を教えた時に、少しだけやったからわかるな。そして骨――」
俺はアントニオさんから借りてきた、勇者が描いた医学書風な物をテーブルに置き、皮膚を剥がした人間の絵を見せる。
「皮膚を剥がすとこうなってるらしい。これならイメージしやすいだろ? まずは腕だけに魔力を流して、ヘイルお爺ちゃんの腕みたいなのをイメージしてみろ」
「なんでイチイお爺ちゃんじゃないの?」
リリーが不思議そうに聞いてきた。
「筋肉って言うのは、イチイお爺ちゃんみたいに、瞬発力があって、重くて持続力がないガチガチ筋肉と、ヘイルお爺ちゃんみたいに、持久力があって、軽くてしなやかな筋肉がある。二人ともヘイルお爺ちゃんタイプだから、そっちを勧めた」
そう説明していたら、スズランがいきなり腕をめくり、力を入れるようにして拳を握った瞬間、腕の太さが五割りほど増えて、自分自身でも驚いている。
「スズラン止めてくれ……。グラナーデみたいになったスズランは見たくはない。せめて父さんみたいな感じにしてくれ……。ってか、ラッテはやらなくて良いから……」
ラッテも腕をめくり、フニフニだった腕が、うっすらと筋肉が確認できる程度にはなっていた。
そして子供達も、まずは腕だけ試しているが、リリーは一気に太くなり、ミエルは徐々に太くしたり細くしたりで、コントロールはできているみたいだ。
「二人とも上出来だ。ただ一言だけ言うとだな……」
俺は立ち上がり、全身ムキムキのボディービルダーみたいになった。シャツのボタンが悲鳴をあげ、はちきれそうだ。
「こういう風に無理して筋肉をつけると、次の日筋肉痛になって、動きたくなくなる」
そして直ぐに筋肉を元に戻すが、四人とも口が半開きになっていた。
「あぁそうだ。これからは帰ってくる時間をなるべく増やして、ミエルに魔法を教えるが、リリーは付いてこられるなら付いてこい。これはミエル向けの訓練だ」
それだけを言い、医学書風な物を閉じ、ティーポットにお湯を入れ、少し渋みと苦みの出ているお茶を飲みつつ、家族との会話を楽しみ、風呂に入ってから、スズランとラッテに挟まれながら寝た。
ある程度余裕のある生活っていいな。ルッシュさんとウルレさんに感謝だな。
もしかしたら、次回以降は少し休む『かも』しれません。




