第198話 宴会を開いた時の事
スコップを折られた翌日、俺はカームとしての貯金をある程度銀行でおろしてから、島の中央の山頂に転移した。
「クラーテルさーん、ちょっとお話があるんですがー!」
俺が後ろを警戒しながら火口に向かって叫ぶと、溶岩の中から巨大なトカゲの様な頭がボコリと顔を出し、鱗の赤い竜が飛び出てきた。そして二回三回と羽ばたきをして、体に付いた溶岩を払い落とすと、竜の姿のまま俺の前に降りてきた。
大きいな、頭まで十五メートルってところか? こんなのと戦いたくねぇわ……。ってか今回は後ろから押されなくて良かったわ。
そして体が光ったかと思うとどんどん小さくなり、いつもの体付きになった後に服が生成された。不思議な現象だなぁ。どうなってるんだろうか?
「珍しいわね、カームちゃんからの訪問なんて。それにわざわざ名前で呼ぶなんて」
姐さんが少しだけ目を細め、微笑みながら近寄ってきた。
「何が目的かしら?」
熱気がチリチリと肌で感じられるくらい近い……。ってか微笑んで顔を近づけないでください、かなり熱くて怖いです。
「いえ、たいした事ではないんですよ。ただ貯蔵してるミスリルを売って欲しいなと思いまして」
なるべく平静を装い、いつも通りに話した。
「あら、そんな事? 珍しく名前で呼んでくるから、街の破壊でもお願いされるのかと思ったわ。他人行儀じゃなくて、いつも通り呼んでくれたら考えるわ」
「わかりました。姐さん、貯蔵してるミスリルを売って欲しいんですけど、どうにか都合付きます?」
俺がいつも通りに呼ぶと、表情がいつも通りニコニコした顔に戻った。
「ナニで私から、どれくらい買うつもりなの?」
「お酒ですかね? とりあえず、このスコップと同じ様な物が作れるくらいで」
「ふーん。この間のミスリルは、島のために農具にしたのは知ってるわ。けど、今回は私情よね? 少し高いわよ? それと、余り物で色々作った事は見なかった事にしてあげる」
姐さんが、少し含みのある笑顔で恐ろしい事を言ってきた。オウリョウジャナイヨー、チャントオカネハハラッタヨー。
「なんか魔族の港町に、面白い物を作ってるらしいじゃない。そこでまた宴会を開いてくれたら譲るわよ」
どこまで知ってるんだろうか? 姐さんは――
「デスヨネ……まぁ、ミスリルを買うよりは安いのかな? わかりました、殴って頭を吹き飛ばさないって約束できるならですが」
「わかったわ。蹴り飛ばせばい――冗談よ」
俺が一瞬で能面の様な顔になったら、即効で冗談とか言ったぞ……。本当に大丈夫かな?
まぁ、酒がらみって事は知ってたから、お金は下ろしてきたんだけどね。
「すみませんルッシュさん、ちょっといいですかね? 個人でお酒を買う場合って、売値いくらですか? ってか島民への売値まだ決めてなかったですよね。定期的に配ってましたし」
「そうですね……。売値から、卸値の差額の半分を足せば良いんじゃないんですか? ちょうどニルス様の倉庫を建設していますので……少々お待ちを」
ルッシュさんは、机の中から書類を出してペラペラとめくっている。にしてもそろそろ四ヶ月か。だいぶ表情が柔らかくなってきてるし、キースとの生活は順調ってところだろうか?
キースの奴は、柔らかくなった表情をどう思ってるんだろうか? なんか気の強そうな女性が好きそうだし……。ってか好きらしいし。
「そうですね。やはりニルス様の所の売値から、卸値の差額の半分を足せばいいと思います」
簡単な話、卸値が千円で売値が二千円だったら、島では千五百円って感じだな……。現地価格って事でいいか。
「そうですね、そうしましょう。じゃぁベリル酒の中樽一つと日本酒を瓶で十本購入で」
俺は大銀貨五枚を、テーブルの上に置いた。詳しい値段は今から計算だ。
「だから値段を聞いてきたんですね……。またどこかの商人か、貴族にでも目を付けられましたか?」
「山頂の竜ですかね……。ちょっと、とある物を売ってくれと言ったら、代金はセレナイトの建設途中の酒蔵で宴会を開く事……。職務を少し早めに切り上げ、向こうに向かいます。接待です……」
「心中お察しします」
少し嫌そうに言ったらそんな事を言われた。姐さんは酒好きで毎回俺が絡まれてるのを知ってるからな。飲み会中に気苦労が多い事は確かだ。
主に回りの人に被害が行かないように……。
そしてフルールさんに頼んで、そっちで宴会を開く事になったから、仕事が終わったら少し待っててくださいと伝えてもらい、返事ももらった。
あー、ミントの鉢植えも持って行かないと……。きっとモヒートもせがまれるんだろうなぁ……。
業務が終わり、色々と準備をしていたら、花が女性に変化した。
「もうクラーテルがいるって。早く来いって言ってるわよ」
「わかりました、倉庫の入り口付近に誰も近寄らせないようにしてと言っておいて下さい」
「わかったわ」
んー、船で五日の距離をもう飛んだのか? ファーシルも飛行速度が速いからなぁ……。ソニックブーム出しながら飛んでない事を祈ろう。
倉庫の入り口に転移すると、姐さんとヴァンさんがもう呑んでた。
「二人とも気がはぇっすよ……」
「カームちゃんが遅いのよー。飲み会を開くのに仕事なんかしちゃって」
「そうだぞ。飲み会があるときくらいは仕事すんなよ」
「いや、酒好きな種族に言われても、何とも思わねぇっすから」
辺りを見ると、仕事が終わってる大工さん達もいたし、ビゾンもいる……。
「なんでお前もいるんだよ……」
「たまたま通りかかったら、ヴァンのオッサンに誘われただけだよ」
「……そうっすか」
「おう、そんな事いいから、さっさと音頭とれよ」
ビゾンに理由を聞きながら皆に酒を配ってたら、ヴァンさんからさっさとしろと言われた。果実酒を水みたいに瓶でラッパ飲みしないでくれ。井戸水なんかこの地域だとタダだろ? なんで水代わりに飲んでんだよ。
「では、私情により急遽宴会を開くことになりました。皆様にも都合はあると思いますが、そう言う方は一杯だけでもお付き合いいただければ恐縮です――」
「挨拶が固いぞ。もっと不真面目にやりやがれ」
ヴァンさんから今度は野次が飛んだ。まだ酔ってないはずだと思うんだけど、どんだけ飲みたいんだよ……。
「……うっす。蒸留所完成の時の練習だ! 今日は飲むぞー! かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
完成の時の練習ってちょっとおかしいけど、行程的には半分は終わってるし、大工さんの仕事は終わってるから良いと思いこもう。
そんな事を思っていたら、姐さんがベリル酒のカップを左手でキープしながら、日本酒の瓶を右手で持ってラッパ飲みしていた。
貴重な日本酒が速攻で一本なくなった……。帰り際に一本づつ、酒場とオルソさんの所に持って行こうと思ったのに……。隅に隠しておくか……。
「カームちゃん。スースーする奴お願い、この麦酒用のカップで!」
「うーっす、ちょいとお待ちくださーい」
俺は姐さん用にクラッシュアイスを大量に作り、炭酸水も面倒だからヤカンに入れた。そして、頼まれたら速攻で作れるようにしておいた。
「おいおいおいビゾン。全然飲んでねぇじゃねぇかよ! お前も飲めよ!」
「いや、飲んでっから! ほら!」
「全然減ってねぇだろが! 気合いが足んねぇぞ!」
酒は気合いじゃないと思うんだけど……。
「いつにも増してにぎやかだから、覗いたら宴会やってるでしょ? 多めにつまみ作ってきたから、私も混ぜなさいよ」
おっと、たぶん近所のおばちゃんも登場だ。きっと噂は広がってるに違いない。ここはご近所さんが集まる地方の公民館と言う名の、集会所ですか?
朝の畑仕事が終わったら、水の代わりに誰が入れたかわからないビールや、人の名前が書いてある焼酎のボトルを冷蔵庫から取り出し、ほろ酔いで飲酒運転で家に帰り、家から飲んだ分の酒を補充しに午後にまた酒を持って飲みに行く。すばらしい地域のコミュニティーだ。
今日Aさん見てないから、家で倒れてるんじゃないか? Bさん帰り道だろ? ちょっと様子見て帰ってくれよ。的な?
そんな妄想を苦笑いしながらしてみる。たぶんそんな感じに、今現在なっている。
「まだ始まったばかりだろ? 男の料理で良いなら混ぜてくれよ」
ほら、また増えた。花見で全然知らない人と酒飲んでる人達の雰囲気になってきたぞ……。けど、宴会ってこうあるべきなのか? 姐さんも普段以上にペース早いし。ヴァンさんもビゾンにどんどん酒飲ませてるし。地域密着型は成功してるともいえるな。
俺も飲もう。こういう場所じゃ、一番酔ってない奴が損をする。まぁ、酔えないけどな!
樽の酒が半分以上減り、姐さんとヴァンさん以外が酔いつぶれ、俺は胃をチャポンチャポンさせながら、気分が悪く寝転がっている。酔ってないけど吐きたい気分だ。
「カームちゃん。あのスースーするのつくってー。ヤカンにパチパチするお水がないのよー」
「うーーっす」
俺は寝転がりながら、空中に【炭酸水】を作り出してヤカンに落とし、桶に【クラッシュアイス】を雪のように降らせる。
「さーせん、飲み過ぎて気分悪いんで自分で作って下さい。葉っぱはまだプランターにありますよね?」
「カームちゃんちょっとひどいんじゃない?」
「姐さん。揺らさないで……。出る……」
姐さんは、わかってて俺を揺らしているに違いない……。ニコニコしてるし。
「麦酒用のカップで、ベリル酒を何杯も飲ませたの姐さんでしょう……。本当に気分悪いんで、揺ら――うっぷ」
麦酒やモヒートの炭酸が、酒と一緒に胃から少し出た……。
「ちょっと勘弁して下さい。出る、上から出る! 飲んだら吐くな! 出る!うーあー」
姐さんはニコニコしていた笑顔から、いたずらに成功した時のような笑顔になっており、俺はしばらく揺らされ続けた。
「はー。今日は楽しかったわー。島とは違った楽しさよねー。知らない人同士が酔って、仲良くなっていくのは見てて好きよー」
宴会がお開きになり、俺が後かたづけをしていたら、転がってる酒瓶から直接ラッパ飲みしている姐さんが、そんな事を言ってきた。
「そうですね。名前も知らないもう二度と会えないかもしれない奴と、酒を飲み交わすのも何かの縁ですからね」
場末の酒場で息の合ったオッサンが、大企業の社長とかかなり浪漫がある。
「じゃ、私は帰るわねー」
「お疲れさまっす」
姐さんは歩きながら羽を出すと、軽くジャンプするようにして飛んでいってしまった。空き瓶にベリル酒を詰めて左手の指の間に四本、右手に一本を持って……
飲酒飛行? 途中で瓶とか海に捨てるな……、絶対に。
あー、日本酒は今度で良いか……。飲むなって言っておいたのに飲まれてるし……。
宴会後に営業は無理があるな。だって酒臭いし。
床に酔っぱらいがいっぱい転がってるし……。はぁ、俺も帰ろう……。
◇
翌日、目を覚まして外に出るとロングソードが三本、家の中に転がってきた。ドアにでも立てかけてあったんだろうか?
持ってみたらものすごく軽い。たぶんミスリルだろうな。ヴァンさんが戻ってきたら、スコップでも作ってもらおう。
別にピエトロさんを信じてない訳じゃないよ? ヴァンさんの方が腕が上っぽそうだから頼むだけだよ?
おまけSSの方に、三巻発売記念SSを掲載しました。興味があれば覗いてみてください。
書籍三巻発売記念キャラと多目的家屋で飲み会風での対談
http://ncode.syosetu.com/n4699cq/18/
まおむじ三巻の書籍購入特典と、加筆部分を活動報告に書きました。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/428528/blogkey/1734836/




