第197話 折られた時の事
各村のボクシング訓練が始まったが、俺は休日のため故郷に戻らせてもらう。
「おかえり」「おかえりー」
「ただいま。珍しく二人ともいるんだね」
「今日はカーム君が帰ってくるから、お休みもらったんだー」
ラッテはニコニコしながら抱きついてきて、スンスンと匂いを嗅いでいるので頭をなでてやった。
そしたら、それを見ていたスズランもぴったりとくっついてきたので、頭をなでてあげた。
いつまでも夫婦仲がいいのは良いんだけど、こう、年相応ってのが欲しいと思うのは、日本人だけなんだろうか? あーまだこっちじゃ二十年くらいしか生きてねぇわ……。
そんな事を思っていたら、スズランに後ろから抱きしめられた。嫌な予感しかしない。
「ちょっと待って! 朝だから! 朝だから!」
「はーい、ちょーっと静かにしようねー。スズランちゃんお願い」
ラッテがそう言うと、スズランは右手だけで俺を押さえ左手で口を塞がれた。
はい、あの後はズルズルと寝室に連れて行かれ、いつもみたいになりました――
絶対俺のいない時に、嫁会議がきっと開かれてるに違いない。喉がものすごく乾いてるので、【氷】を入れた麦茶を飲みつつキッチンに立つ。
今日はスズランに煮込み料理を教える事になった。なんでも、真似して醤油で鶏肉を煮込んでもしょっぱいだけで、なんか違うらしいとベッドの中で言われたからだ。
そんな事は最中に言わないで、お茶を飲みながら言って欲しかったわ……。
「多分しょっぱいだけなのは、砂糖を入れてないからだよ」
「甘くならないの?」
「砂糖は料理に使うとコクって物が出る。あまり他の料理では使わないから思いつかなかったんだね」
先に砂糖を入れて、少しだけお酢を入れてからショウガと醤油を入れる。料理のさしすせそを守れば良く味がしみる。順番が逆だと、いくら砂糖を入れても甘みやコクは出るが、基本しょっぱいままだ。
贅沢をいうなら顆粒出汁が欲しい……。
「はい、後は玉子を入れて煮込むだけだね。けど鳥は煮込みすぎるとパサパサになるから、スズランが鍋の面倒みててくれ」
「わかった」
俺は竈の火加減をちょろちょろにし、子供たちとの戦いの準備を始める。
いつものスコップ、ミスリルマチェットにバール。厚手の上下黒の服だ。そして自作タクティカルベストにナイフの鞘や、背骨部分にマチェットを取り付ける。
「おー、今日はマチェットも追加ですか」
「まぁね。ある程度森の中で戦ってるけど、森の広場じゃそろそろ厳しい。木の棒と砂袋ではさすがにどうにもならなかったけど、これなら何とか対抗できるかな。けど、あの時は痛かったなぁ……」
傷はないが、ミエルの飛ばしてきたナイフが刺さった場所をさする……。魔法系の命中率とかが気になるな。正確すぎれば、ある程度視線で飛ばす先が読めるからな。けど正確性に欠ければ、避けた方に飛んでくるかもしれない。
それをリリーを相手にしながら……。本当稽古が嫌になる……。北川の所に連れて行くか?
「ちょっとー、難しい顔して何考えてるのー?」
「ん? 子供達が強くなったなーって」
「まぁ、お義父達ががんばってるし、スズランちゃんも、リリーちゃんだけ相手にしてるからね」
「ミエルは? スズランとは稽古をしないの?」
「あー、えっとね? 黒いナイフを飛ばしても、一切怯まないでメリケンサックで叩き落としながら歩いて近寄られて、黒い剣も叩き折られて、お腹にドスッってな感じで殴られてた。盾でどうにか防ごうとしてたけど、左手で無理矢理引きはがして、右手で……。その後はその場でずっとうずくまってて、夕ご飯食べないでずっとベッドでウンウン唸ってた。それから一切スズランちゃんと稽古してない」
「どう考えてもトラウマだな……。俺でも簡単に想像できるから、なお怖い」
スズランの方を見るが、鍋の蓋を開けて恍惚としている。アレをしなければ綺麗なんだよなぁ……。やったらやったで可愛いんだけど……。黒曜石はガラスだからって、メリケンサックで砕くなんて度胸ありすぎでしょう……。
昼食は、煮込んだ鶏肉と煮玉子だったが、パンには合わない。けど単品単位で見れば美味しいから、問題はない。
「今日はスズランに、醤油の使い方のコツを教えたから、この間の豚肉みたいになってるぞ。んじゃいただきます」
「「「「いただきます」」」」
「んー本当だー、しょっぱいだけじゃない」
「なんか油がとろけるような柔らかさもある」
「本当に何が違うんだろうか……」
やっぱりミエルはいつも通りだし、スズランはモグモグと勢いよく食べて、骨を皿の上に山のようにしている。
「作り方のコツはスズランから聞いてくれ。教えておいたから、夕飯は多分同じメニューだな」
昼食を食べ終わらせ子供達と森に行き、いつものクイーンビーさんの木の前でいったん止まる。
「さて。森の中での広場の戦闘には馴れたと思うから、俺は逃げながら戦う。罠はないから安心しろ。ってか、もう少し木の多い所に移動だな。森に逃げる前にやられたら洒落にならないし。んじゃ最初はリリーからだな」
子供達の返事を待つ前に、広場から森の中に入り、スコップを構える。
「いつでもどうぞ?」
その言葉と共にリリーが突っ込んでくるが木の裏に隠れ、死角に入ったまま裏に下がって距離を取り、事前に胸の鞘に挿しておいた黒曜石のナイフを、リリーが見えた瞬間に俺も前進しながら二本同時に投げ、リリーをめがけてスコップを平にして振るう。
リリーは槍の柄でナイフを受け、右下から穂先を振り上げるようにしてスコップを叩き上げて来たので、急いでスコップを引き戻し、両手で持って頭上に掲げて振り下ろしてきた槍を防ぐが、柄の部分がへし折れ『く』の字みたいになった。
ペルラが!
俺はその場でスコップをリリーに向かって投げ捨て、右太股のナイフを抜いて、槍の間合いの中に入ると、リリーが槍を手放し、腰のナイフを抜きながら蹴りで牽制してきたので、それを避けてギリギリお互いナイフが届かない位置で対峙する。
「武器を潔く捨てられるようになったんだな」
「敵を倒した後で、拾えばいいだけだから」
俺はナイフを左手に持ち替え、構えも左用にスイッチする。
俺はいつまでも待つつもりだが、リリーは思考が攻めだから、ナイフを左手に持ち替えたのを見た瞬間に切りかかってきた。
なるべく左手でリリーのナイフを受け流し、左足は一歩足を踏み込み、右手で服の襟を掴んで膝蹴りを腹に入れる最中に、左手のナイフを順手から逆手に持ち替え、首筋にナイフの背の部分を当てた。
「武器を持ってるからといって、別に常に攻撃に使わなくてもいいんだぞ?」
「……はい」
リリーは悔しそうにしていたが、負けているので何も言ってこない。ってか武器を捨てても倒したら拾いに行けばいいって考えが、俺風のスタイルになってて、少しだけ責任を感じるなぁ……。
ってか膝蹴りしてるのに怯まないってどんな鍛え方されてるんだよ。
「んじゃミエル、かかってこい」
俺は右手でマチェットを抜き、無造作にミエルに近づいていく事にした。スズランのマネだ。
飛ばしてきた黒曜石のナイフを、マチェットとナイフでたたき落とし、歩きながらどんどん距離を詰めると、ミエルがその分下がっていく。
やっぱり恐怖があるのだろうか?
「森の中で後ろを見ずに、後ずさりは父さんは感心しないなぁ……」
木の根がそこら中からでているし、太い枝や朽ち木も落ちている。そして木の根に踵が引っかかり、転んだところに小さな【水球】を飛ばす。
「今のは投擲武器か魔法だと思え、そして悪いんだが、今日の稽古はここまでにさせてくれ……。精神的にコレ以上は無理だ。やっても良いが、注意力が散漫になり、怪我をするか、させるかのどっちかになる」
そう言って俺は、折れたスコップを拾いノロノロと家まで帰った。
そして倉庫に入り、柄の半分まで切り込みが入って壁に打ち付けられた釘に、引っかかってるモーラの隣にペルラを引っかけて手を合わせた。
四年間くらいありがとうございました。
さて、今日できる事は……道具屋に行って、手に馴染むスコップを探す事だ。
うん、ないねー。わかってたけど村の道具屋にないねー。
今度はオルソさんの商店に行き、スコップの在庫を見せてもらう。
いいね。六本目に持った奴が、感じ的にモーラそっくりだ……。コレを買おう。ってかモーラもペルラもさほど変わらないけどね。
既製品というか、工場とかないから、全部出来映えが違うんだよなぁ……。
オピスさんの弟に変な顔をされつつも代金を払い、来たついでに酒蔵を覗いてみた。ってか俺がスコップを買う時はみんな同じ顔をするんだよなぁ……。
工程表的には、半分は終わってるはずだが……。問題なさそうだ。
大工は壁と屋根の補強も終わって引き上げてるし、俺の指定したロフト的な物も仕上がっている。
蒸留器も半分以上は出来てるし、春の祭りが終わる頃にはできあがってるだろう。参加や見学できないヴァンさんには悪いけど……。
「おう、どうしたカーム。心配しなくてもちゃんとやってるぜ」
「買い物ついでに寄っただけですよ、特に問題はないですよね?」
「あぁ、心配すんな。問題はねぇよ。あるとすれば、近所のガキが仕事を見に来るぐらいだな。珍しいんだろうよ」
「子供ってそんなもんですよ。何でも珍しいし、マネしたがります。将来は大工と鍛冶師ですかね?」
「増えてくれりゃ万々歳だな。道具は消耗品だからいればいるだけ鍛冶師が助かる」
「そうですね、俺も愛用の道具がダメになったので、買いに来たんですよ。十本以上持ってみて、やっと手に馴染む物を見つけましたよ」
そう言って、スコップを軽く持ち上げて微笑む。
「お前は道具としても、武器としても使いすぎだ。寿命だったんだろ?」
「ですかねぇ……。娘の攻撃を受けたら折れたので、たぶん寿命ではないですよ。んじゃ長居をしたら迷惑でしょうから、俺はあそこから帰ります」
俺は天井付近を指さし、できあがっているロフトに上ってベリル村に転移した。
そして家の倉庫の隣に踏み台を置いてそこに座り、魔法で出したグラインダーみたいな石を高速回転させて、スコップに刃を付けた。
変な音を聞きつけ、家族全員が武装して家の裏に来た。俺がスコップに付けた刃の部分に、親指を当てているところを見られた。よかった、ニヤニヤしてなくて。
「どうした、みんな武装しちゃって」
「変な音が聞こえたから。魔物だと嫌だから武装してきた」
「んー。一声かけるべきだったな。すまなかった」
俺は真面目な顔で、反対側にも刃を付けるため、スコップを【グラインダー】で研ぎ始める。
「この音だろう。驚かせてすまなかったな」
真剣な顔をしながらスコップに刃を付け、さらに細かい砥石で、整えていく。
「まさかお父さん、スコップをいつも研いでたの?」
「あぁ、新しいものだけな。新しい物は刃が付いてないからこうして削って整えてる」
砥石を置き、刃が立っているかを見て、油の付いているぼろ布で研いだばかりのスコップを拭いて作業を終了させる。
「これで斧みたいになる」
「僕達は、そんなに危ないスコップと今まで戦ってたのか……」
ミエルは眉間に皺を寄せ、とても嫌そうな顔をしていた。
「カーム君がスコップを武器にしてた理由が今わかったよ」
「持ってても怪しまれない、安い、便利。俺はスコップを良いものだと思ってる」
少しだけ笑い、イスにしていた踏み台を倉庫の中に戻す。
「今日の稽古は悪かったな。長年使ってて愛着が湧いてる物が壊れて、ちょっとへこんでたんだ」
「それはかまわないけど……。もしかして倉庫に掛かってた折れたスコップってもしかして……」
「そうだ、子供の頃から使ってて、勇者の仲間の剣を受けて裂かれた奴と、今日リリーに折られた奴だ。どうも愛着が湧いて捨てられないんだよ。まぁ性格だろうな。よし、夕食の準備だな。俺は見てるから、スズランから教えてもらってくれ」
無理矢理話しを切り上げ、居間でお茶を飲みながら親子の料理風景を眺める事にした。
「カームは、この茶色いのを使う時は、一緒に砂糖を使う事が多いって言っていた。コクってのが出るらしい。それにお酢もなぜか入れていた。酸っぱくないし、匂いもきつくないからほんの少し。そして茶色いの」
ちゃんと『さしすせそ』になってるな。
「遠い国の言葉で、料理のさしすせそってのがあってな。その順番に入れれば美味しくなるんだ」
「へぇ。父さんはやっぱり物知りだね、けど『せ』と『そ』がわからないんだけど」
「せ、って言うのはせうゆ。その国で醤油の事だ。そ、っていうのはミソ。その醤油をペーストかジャムみたいにした感じだ。今作ってる途中だから、今度もってきてやる」
「このショウユってやつを煮詰めるの?」
「逆だ、ミソって奴から絞るに近い。だから塩や醤油を入れてから、砂糖を入れてもダメって訳だ。細かく説明すると難しいから覚えておいて、試しに逆の順番で入れて見ろ」
醤油を煮込むって、おもしろい発想だな。
「酢は、肉とかの煮込み料理の時に入れれば柔らかくなるから、少しだけ入れるんだ」
「カーム君って料理好きだよねー」
「まぁね。けど、多少味が悪くても良いから、リリーの料理も食べたいな」
ちらりとリリーの方を見たら、目を反らされた。旅立つ前に食えるかな? まぁ半分あきらめてるから良いんだけどね……。
けどスコップどうするかな……。もう悲しい思いはしたくないし、姐さんからミスリルをわけてもらうか。
このスコップと同じ重さとはいかないけど、似たような重心と、柄の長さとかにしてもらおう。そして名前はアンナにしよう……。
俺は料理を作る親子を見ながら、ニコニコとお茶を啜った。
スコップが折られた時に名前を言いますが、おまけSSの方でスコップを買いに行って名前を付けております。




