第179話 ニルスさんが来島した時の事
ほぼ会話回
あれから一ヶ月、特に大きな変化は何もなく、強いて何かあったかと言えば、ルッシュさんがアピスさんの所に行ったくらいだ。
特にキースの胃腸が弱る事もなかったので、容量は守られたみたいだ。用法? 酒飲んでたから多分守られてないな。
まぁ配合禁忌にならなければ良いと思う。もう少し突っ込むなら、死亡者が出なければいい。
そして港には、定期的に買い付けにくるニルスさんのところの船。
伝票を見せてもらった限り、ほぼいつも通りの買い付け。そして響くノック。
何だろうか?
「ニルス様がお話があるそうです。応接室に来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい。急だな~。珍しいな」
俺は急いで応接室の方に向かう事にした。
ちなみにだが無理を言って、この間ジャイアントモスの布がすこしだけ織れてたので、それをもらってきて特産品を飾ってある棚に置いてある。
反物として置いておきたかったけど、怖くて執務室におけないので、端切れを畳んで置き、隣には枝ごと持ってきた繭がある、もちろん少し穴を開けて、中の幼虫は取ってある。
俺は見たくなかったので、テーラー姉妹に任せた。だって気持ち悪そうだし……。
その他にも、瓶詰め味噌と醤油、日本酒も並んでいる。もちろん酒類は紙を巻いて日光が当たらないようにしている。
「お久しぶりです、今日は大切な話があるので、直接来島させていただきした」
俺がノックをして応接室に入ると、座っていたニルスさんが立ち上がり、改まって挨拶をしてきた。
「えぇ、それはかまいません。どのような用件でしょうか?」
「単刀直入に言うなら、この島に倉庫を建てさせてほしいのです」
「本当に単刀直入ですね。まぁ、俺的には問題ありませんが、そう易々と決められる事ではないですよね……。まぁ続きは座って……」
俺はソファーに座ってもらうように促し、俺も座る。ってかいきなりすぎて、多分コーヒーか何かを含んでたら、むせていたかもしれない。
「そうですね、ですので私が直々に……」
「まずはざっくりと聞きましょう。大きさ、使用する建材、常駐する職員の数、扱う品物。これくらいがざっくりですね、今紙とペンを持ってきます。それと直に係りの物が飲み物を持ってきますので少々お待ちを」
「来る前にざっくりと話を進めましょう。私は気にしませんので」
「そうですか、では……」
俺は立ち上がり、部屋の隅にある棚から紙を数枚と、ペンを取り出して再び座った。
まぁ、前世みたいにポットにお湯があるとか、コーヒーメイカー的な物があれば直ぐだが。まずは薪に火を付けるところから始めるので、この世界じゃ仕方ない。暖炉があるか、竈に常に火がかかってれば別だが……。
「事前に書いてきた物とかあります? あれば写しますが」
「いえ、申し訳ありませんがないですね。ですがある程度の予算とかならしっかりここに……」
こめかみを人差し指で、にやにやしながらトントンと叩いている。別に最重要機密でもなさそうだけどな。
「では、まず規模からですね」
「そうですね、最低でもコランダムの私の店舗と同等、出来ればそれ以上ですね」
「結構あの倉庫大きいですよね? どの程度なんです?」
「そうですね……入り口側が大股で三十五歩、奥行きが三十五ですね。なので倍くらいはあれば」
大体一歩を一メートルにしておくか。
「建材はどうします?」
「安く済ませたいので、この島にある木材を使用して下さい」
「わかりました」
建材は木材か、在庫の確認だな。
「職員の方々はどうするんでしょうか?」
「目的が中継倉庫ですので、荷卸しと監督の出来る者を含め十名ほど」
「十名ですね……」
家屋の空きは十分だな。
「物品の傾向はどうなんですかね? 一応ヤバそうな物、具体的には禁輸品やいろいろヤバそうな物を一応規制しておかないと、島の治安もありますし」
「その辺はご安心を、先ほども言いましたが、中継的な倉庫ですので、コランダムの倉庫の物を、建物ができあがったら半分ほど移動させ、取引のあるところの新商品を扱いたいんですよ」
「わかりました、物品は食料品や雑貨ですね、武器防具って扱ってましたっけ?」
一応治安的な問題もあるから、まだ武器関係は仕入れない事にしている。まぁ、ミスリル製の斧とマチェットがあるけどね。
「頼まれればやりますが、専門ではないですね」
ざっくりと話が終わると、ドアがノックされたので返事をすると、パーラーさんがコーヒーとお茶菓子を持って入ってきた。これから話を詳しく詰めるところだったので、一息入れるのにはありがたい。
「このメモをルッシュさんに渡して下さい、そして諸々の資料を持ってきてもらうようにお願いします」
「かしこまりました、お預かりしますね」
パーラーさんは丁寧にお辞儀をし、部屋から出ていった。
「ミルクはありませんが、砂糖とベリル酒なら使いたい放題ですよ」
「はは、一応生産してますからね。勧め方が上手いですねー」
「勧める積もりはありませんでしたが、そうも取れますか。次から商人相手の場合には気を付けますね」
「まぁ、捉え方は人によって違いますけどね」
お互いが笑い、少しだけ甘くしたコーヒーを飲み、良い雰囲気の中で商談を再開した。
「さて、まずは場所よりも先に土地関係です。一応ここは魔族の貴族が管理している土地です、いくら知り合いでも、俺が勝手に人族に切り売りするのは不味いですので、貸す形を取ろうと思います」
「ほう、この島はカームさんの物ではなかったのですか……」
「魔族の王族貴族、魔王の関係は色々と面倒なんですよ。王様が貴族に土地を与える、魔王はそこに勝手に住まわせてもらってる。簡単に説明すればこんな感じです。なので好き勝手してもいいんですが、なにせほぼ無人島でしたので、勝手にやらせてもらった結果が今ですよ」
「おー怖い怖い。好き勝手にして良いからって、ここまでします?」
ニルスさんは、ニヤニヤと笑いながら、静かにカップを置いた。
「前任の魔王は、討伐される前は城を建てる予定っぽかったですけどね。その跡地は、今は村になってます。俺が住みやすいようにしてたら、どうしてもこうなっちゃうんですよね。故郷の村も短期間で大きくなっちゃいましたし」
そう言うと、ニルスさんはさらに笑っていた。
「ってな訳で、倉庫を建てる土地は貸す形になります。詳しくはわかりませんが、ここを所有している貴族様にお伺いを立てて、価格は決めさせていただきます」
「断られたらどうするんですか? 人族が嫌いとか、カームさんのやってる事が気にくわないとか」
ふむ、確かにそうだな。けどあんな事があったからな……。多分平気だと思うんだよなぁ。
「ふむ……。さんざん放って置いて、俺が勝手に開拓。事業展開、土地の貸し出し。相手からしてみれば元手がタダで、定期的に税金が入ってくる。文句はないんじゃないんですか? まぁ、駄目なら駄目で後日報告させていただきますので、もしかしたら駄目かもしれないという事を念頭に置いて下さい。最悪はアレを使います」
俺はジャイアントモスの繭を指さした。
「お、強気ですね。何かあったんですか?」
「今まで好き勝手やらせてもらったので、献上品みたいなものですよ。むしろ、最近まで名前も顔も知りませんでした。それだけ放って置かれたんで、今更な気もしますが、挨拶代わりに服を一着作れるくらいの布を差し上げると言ったんです。そしてゴネるなら、その場でジャイアントモスの布を持って帰ります」
まぁ、大魔王様の件は言えねぇよなぁ。
「金を積んでも中々手には入らない希少品ですからね。駆け引きでは強気でいけますね」
何もなくても、一言で了解を得られると思うけどね。
「そして職員ですが、十名程度なら家が余ってますので、社員寮として買い取ってもらうか、こちらで借家にするかですね。建てちゃったものですので、こちらではそうするしかないのです」
倉庫番が島民になってくれれば無償だけど、島の仕事やってくれないだろうからなぁ。
「なら社員寮ですね。多分交代で住まわせる事になると思いますので、買い取らせていただきます」
「わかりました。それと物品ですが、明確に禁止してる品物は例の禁輸品以外まだ決めていないので、良識の範囲でお願いします。幸いにも武器類は扱ってないみたいなので、こちらは心配しなくても平気ですけどね。まぁ、検閲はしたいんですが、木材で厳重に梱包してある物をバキバキ剥がすのも気が引けます。一つの港としてはやらないと駄目なんですけどね」
そして、ジョンさんの持っていた、禁輸品の事も言い、個人で所有してる荷物の検閲もしたいけど、厳しい事も話した。
「なるほど……、たしかにそうですよね、男性が女性の荷物を漁るのは気が引けますからね。それにこちらも真面目に商売をしてますので、疑いをかけられたら嫌な気持ちになります」
「ですよね、まぁどうにか対策はしますよ」
前世ではコンテナごとエックス線に通して、ヤバい物だけを調べたり出来てたらしいけど……、もしくは麻薬犬的なのを育てるかだよなぁ。一匹だけ試しにやってみるか……。
俺の目から、何でも透視できる光線的な物を出す魔法とか使えねぇかな……。そうすると俺の仕事量が増える……。麻薬犬ならぬ禁輸品犬の育成だな、キースとか狼と意志疎通出来ねぇかな……。シュぺックみたいに。それかルッシュさんでも、犬耳のおっさんでもいい。
そうすれば禁輸品狼が出来るし、噂が広がって、国中から研修に来るかもしれない。賄賂が通じない事が前提だけど。
「これはお願いなんですが、島内からその倉庫に職員として雇用してもらいたいんです。それと、将来的に四つ目の村を作るので、最低でも四つの商店を経営も。もちろん店舗はこちらで建てます」
「……そうですね、確かに経営者としては雇用の件も必要でしょうね。この辺りはすり合わせと言う事で良いですかね?」
「えぇ、問題ありませんし、絶対と言うわけでもありません。ただ、島外の商人の倉庫や店舗があれば、島内で貨幣が使えます。今まで島内だけでまかなえてたので、そろそろ溜まりに溜まってる給金を島民に払って、自由に買い物させたいんですよね」
「実は商店の経営の実績がないんですよね、商店に卸すのが多くて……。カームさんのところは例外ですが」
本当に申し訳なさそうに言ってきた、卸しと経営は別だからな。
「なら、店舗は難しいということで考えておきます」
ある程度話が纏まるかな? という頃にドアがノックされ、ルッシュさんが頼んでいた資料を持ってきてくれた。
「こちらに置いておきますね」
テーブルに、綴られた資料を置いて退室していった。
頼んだ資料は、今までの建物の大きさや使われた木材の量や在庫、ある程度の値段が書かれている。織田さんが書いた工程表や、雨で遅れた日数や雇った人員でどの程度遅れが出るのかが書かれた目安みたいなものだ。
「この規模ですと、蒸留小屋……小屋とはもう言えませんが。ソレか、味噌醤油製作所が近いですね」
俺はページをめくり、図面を指す。数字は歩数だし、大体一メートルとしてると思う。
「これは……かなり精巧な図面ですね……」
ニルスさんは食い入るように図面を見ている。織田さん様々だな。
「そして、使用された木材の量と、こちらの資料と照らし合わせます」
俺は簡単に、書かれてる数字と、木材の数字を筆算で出し、上物だけの値段を出す。
「大体上物でこれくらいです、それに職人の日当や手間、釘や土地の貸し出し価格などの費用も入りますので、目安がこちらだと思って下さい。もちろん今までお世話になりましたので、もう少し勉強させていただきますけどね、多分今のところ地価は関係ないと思います」
「……あの、カームさん?」
「はい? なんでしょうか?」
「貴方、本当に寒村出身の一般家庭で育ったんですよね?」
「えぇ、そうですが?」
「誰も信じませんよ? 魔族の商人が、魔王になったって言った方がまだ通じます。それに計算早すぎです」
「ヤダナーモー、俺はただの魔王ですよ」
やりすぎたか? 何となくソレっぽい事を普通にやっちまったけど……。計算は小学生の中学年程度だったし……やっちまったかもしれん。
「この島には、勇者が二人いますからね。その方々に教えていただいたんですよ」
笑顔で誤魔化そう、町の本屋と勇者の知識万能説!
「……そう言う事にしておきます。はぁー。最初に会った頃を思い出しましたが、まさかこのような事になるとは思ってもいませんでした。正直、多少学と常識と良識のある魔王としか思ってなかったんですけどね……。正直寒気がしました。うちの相談役になって欲しいくらいですよ。むしろ、買い取られて吸収されてもおかしくないですね、この規模では。まったく、本当に大口になりすぎて、困ってるくらいです」
「いやいや、運が良かっただけですよ、あの時ニルスさんに会わなければ、こうなっていなかったかもしれませんし」
「……まぁ、多少魔王がこの島にいる事を黙ってはいましたが、そう変わりますかね? 海賊に速攻バレてたじゃないですか、多分船員が酔っていったんだと思いますけど」
「まぁ、ソレはソレで。あとニルスさんの性格と人徳って事で……。では、土地の事は貴族様に聞いてきます。それと、多分ですが三十日単位払ってもらう事になると思います」
俺は早々に話を切り上げる事にした。なんか愚痴っぽくなってきてるし。
「わかりました、もう積み込みも終わってる頃でしょうし、船員と職員をこれ以上待たせるのも悪いですからね。では、失礼いたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
俺はドアを開けニルスさんを送り出し、船に乗るところまで見送った。
「ニルス様は、どのようなご用件だっったのでしょうか?」
ルッシュさんが気になったのか、俺が戻ると内容を聞いてきた。
「手短に言うと、倉庫を建てさせてくれ、ですね。そのあとは要望を聞きつつ、簡単な見積もり。土地を売る訳にはいかないので、簡単に王族貴族と魔王の関係を話し、貴族様にお伺いをたてて、駄目だったら連絡します。こんな流れでした。気が乗らないんですが、例の貴族様の所に行って話を付けてきます」
「そうですか、心中お察しします」
「はは、確かに気まずいでしょうね。お互い普通にしてれば問題ないです。傍から見れば、いつも通り高飛車な女性に見えますよ。既にジャイアントモスの布が出来上がってますので、ソレを約束通り手土産に持ってけば、義理も通せます。手紙でも書いて門番に渡して、お互いに普通にしてろって書いておけば多分平気でしょう」
「あんな事があったから、布は必要ないのでは?」
「言った手前、約束は守らないと駄目ですよ。まぁ、価値を知っちゃったので、賄賂に近い何かになっちゃいますけどね。それに旦那や使用人の目がありますので普通にしててもらわないと困ります。あの性格じゃ何があったか言ってないでしょうし」
俺は言っちゃったけどな。
「んじゃ、簡単な手紙を書いて、門番にでも渡して会う予約でも取り付けてきます。ソレとこれが簡単な見積もりです、確認してから新しい書類入れにでも入れて置いて下さい。項目の名前は任せます」
「わかりました、気を付けてきてください」
ルッシュさんの返事を聞いてから、執務室に向かうまでの間に、
「殆ど出来てる……」
と言う言葉は聞かなかった事にしておいた。




