第178話 雪遊びした時の事
あれから数日、俺は故郷に戻りのんびりしようと思っているが、多分稽古をせがまれると思うので、テーラーさんの所に行き、布を買うつもりでいる。気が乗らないけど……。
「すみません。染色してない白い布を、出来れば粗悪品でもいいので売って下さい」
「あら、シャツでも新調するの? 今のでも十分良い物なのに、粗悪品に変えると、周りからもう少し良いのを着てくれって苦情入るんじゃない? 仮にでもこの島の代表でしょう? 仕立屋としては良い物を身につけて欲しいわね」
「あの……一応客なんですけど」
だから気が乗らないんだよなぁ。
「知ってるわよ。貴方の性格と多少の付き合いで、この辺までは平気ってのは何となくわかってるから」
テーラーさんはジョキンとハサミを閉じ、白い布を持ってきてくれた
「で、どのくらい必要でしょうか?」
いきなり接客モードにならないでくれ。
「俺の身長の倍で。二つに折って、真ん中に穴開けてかぶるので、それで足ります」
「わかりました」
テーラーさんは俺の頭辺りから、床スレスレになるまでクルクルと丸まってる布を垂らし、指で摘んで作業台に戻り、そこから半分に折り、きっちりと二倍の長さにしてハサミを半開きに持ち、紙を切るみたいにして布を一瞬にして切った。
すげえ……、切り口が真っ直ぐだ。
「はい、こちらになります」
切った布を綺麗に畳んで、作業台越しに置いてくれた。
「ありがとうございます」
「ってのが接客になるんだけれどね」
「その一言で台無しですね」
「まぁ聞きなさい。この棒が基準で、長さで値段が違うわ。布でも違うわね。この棒より少し短くても、一枚分の値段になって、少し長いと二枚分の値段になるわ。貴方が買った布の長さは、この棒三本分より短いけど、さっき説明した通り、三枚分の値段になるわ」
椅子に座りながら、定規みたいな木の薄い棒をフリフリと振っている。
布屋って、前世では十センチメートル単位で売ってたと思うけど、長さの概念がないから、大体一メートル単位売りなんだな。
「わかりました、で、おいくらでしょうか?」
「そうねぇ……、染色してない粗悪品の布だし、仕立てもしてない。色々お世話になってるから、今回はタダでいいわ」
作業台で頬杖をついて、ニコニコしながら言っている。
「テーラーさん相手だと、なんだかんだで貸しを作りたくないんですが……。取りあえず素直に受け取っておきます」
「あら、失礼ね。こんな立派な工房を建ててくれたのに、そんな布切れ一枚でチャラにするほど恩知らずじゃないわ。今妹達が、ジャイアントモスの繭から、ボビンに糸を巻き取っているところよ。一本が太いから、絹みたいに紡績しないで済んでるわ。楽しみにしてなさい、名のある冒険者が、この島に押し寄せるようにしてあげるから」
テーラーさんが、なんかかっこいい事言ってる。
「はは、そいつは楽しみですね。ついでに仕立てもしてくれれば、滞在期間も延びるんですけどね」
「そうね、そうすれば宿代も食事代も落とす。けど目の前に仕立てしないで、粗悪品の布だけ買っていく代表もいる……と」
「うはぁ、何も言えねぇです」
「冗談よ、後で何に使ったか教えてもらえれば十分よ」
「雪の中に隠れるのに、ポンチョみたいにして着るだけですよ。もちろん顔にも巻きますけどね」
「あら、もう使い道は決まってるのね。実際の雪は見た事ないけれど、白いって話しね……、なら納得だわ。かくれんぼかぁ。しばらくしてないわねー」
「かくれんぼって言うより、子供達の戦闘訓練の為に、隠れて奇襲するんですけどね」
体温と引き替えに……。本当は、これに大量の綿を詰めたいんだけどね。
「あら、教育熱心ね」
「かなり嫌々ですけどね、んじゃありがとうございます」
「また何かありましたらご利用下さい」
所々で接客されると変な気分だな。
俺は故郷に転移し、寒いので家の中に入る。
「寒い! ただいま! 暖炉暖炉!」
「寒いなら、向こうで厚着してくればー?」
ラッテが、湯気の出てる暖かそうなお茶を飲みながら、つっこみを入れてきた。
「向こうで厚着しても、段階を踏んで体を馴らせないと、結局寒い」
「ならしかたないねー、あきらめよう」
「そうだねー。俺もお茶飲もう」
暖炉にあるヤカンからティーポットにお湯を入れ、少しだけ薄いお茶をカップに注ぎ、テーブルで布を広げ作業する。
「どうしたの? その布」
「んー。子供達の稽古に使うから、今のうちに作る。ってかスズランと子供達は?」
「スズランちゃんは、牛の出産の手伝い。子供達はペルナ君達と雪遊び」
「スズランは力仕事系か、頼りにされてるなー」
「そうそう、縄をくくりつけて引っ張る事もあるからね」
何回か見た事あるけど、初産とかだと大変らしいからなー。
俺は話をしながら布を半分に折り、頭が通るように穴を開け、下の方を切ったりして、多少縫ったりして準備は終わり。
雪が深いから、真っ白でも問題ないな。作りが雑すぎだけど、稽古用に本格的に上着とズボンを縫ってられない。
「それ羽織るの?」
「まぁねぇ……。隠れるのはいつも通りだね、強いて言うなら、雪だったらこれでも十分に見えない。雪が降ってくれてれば、さらによし」
「もちろん手加減してるんでしょー?」
「もちろんだね、今回はもうちょっと踏み込むけどね……」
「まぁ、あれからリリーちゃんも素直だし、文句は言ってきてないでしょ?」
「本当対応が楽になったよ。あの時のミエルに感謝だ。本当に一回だけリリーの言う真面目につき合っただけで、あの変わりようだからね。けどあれから妙に攻撃が重い……」
「ちょーっとだけ恨まれてる? けど、ヘイルさんなんか盾でばんばん弾くし、イチイさんなんか片刃の剣でスイスイ流してるよー」
「いや、父さん達と一緒にしないで欲しい。俺は一応魔法型で通ってるし」
まったく、俺の事を魔王って事で一括りにしないでほしいな。
俺は適当な時間になったら昼食を作り、スズランと子供達を出迎え、昼食を食べ、子供達にせがまれる前に稽古を提案する。
「年越祭の約束もあるし、そろそろ稽古でもするか」
「うわ、父さんが自分から稽古を提案してる、珍しい。今晩は雪だよ、絶対」
ミエル君、なかなかひどいんじゃない?
「おいおい、俺は一応約束は守るぞ。稽古自体は嫌々だけど」
「やっぱり森なの?」
「殺し合いがしたいなら家の前かな? 俺はお爺ちゃん達みたいに手加減できないからね」
「なら森だね。僕は殺されたくない」
「そ、そうね」
「んじゃ各自好きな服装で待機。俺は着替えてから湯船にお湯入れてくる」
俺は自室に行き、厚手の服を数枚着込み、その上から先ほど用意した布を着て腰で縛り、目の部分だけ開けた白い袋をポケットに突っ込む。
そして湯船に少し熱めの【湯】を入れて準備は万端。帰ってくる頃には適温か、温いくらいだろう。
「気をつけて。怪我させないようにね」
「いってらっしゃーい、今回はどんな話が聞けるか楽しみにしてるよー」
「あぁ、行ってくる」
ってかスズランはどっちに言ったんだろうか? 多分俺にだろうなぁ……。子供達に次の手をばらしたり、子供達側の味方する事が多いし。
「さて、今回は趣向を変えたいと思う。俺が森の奥に先に入るから、ゆっくり三百数えたら追ってこい」
「絶対に待ち伏せか罠だね」
「うん、絶対に裏から襲ってくるわね」
「鋭いな、まぁ似たようなものだ、んじゃ先に行くぞ」
俺は返事を待たず、足跡がない方に進んだ。
しばらく歩き、さっきまで歩いてきた足跡を踏みつつそのままバック。そして、先ほど目を付けておいた、飛べそうな茂みの所まで来たら、足跡を乱さないでジャンプして伏せる。これで準備は万端だな。確か鹿なんかがこんな方法をする動物だった気がする。
雪の冷たさを我慢し、あと一枚着込めば良かった事を後悔してると、子供達がやってきたので息を潜める。
「まだ大丈夫よ、足跡が付いてるんだし」
「確かにそうだけど、あの父さんだよ? 僕達の常識から絶対はずれてるんだから、こんなわかりやすい事すると思う? もう少し警戒すべきだよ。しかもこの日の為に用意したっぽいあの白い布。絶対隠れてるよ」
「足跡があるからまだ平気よ」
リリーよ、甘い、甘すぎるぞ。そしてミエル、強気で先行する者に強く進言する勇気も必要だぞ?
子供達が通り過ぎ、少し匍匐前進して茂みから顔を出して様子を伺い、平気そうなので中腰になり、常に木の陰に入りながら移動する。
「足跡がない! 嘘!? お父さんはどこに行ったの?」
リリーが止まったので、俺はゆっくりと雪の上に腹這いになる。
「もう既に罠にはめられてるね、これ……。警戒しよう」
もう遅いです。精々がんばって下さい。
「この広い森を、隠れてるかもしれないお父さんを探す?」
「その辺を歩いてれば、多分罠にハメてくると思う。まぁ、もう既に罠にハマってるんだけどね……。本当に父さんは何を考えてるんだよ、また足下かな?」
「このままここで警戒して迎え撃つか、探しておびき寄せるか。どっちが得策だと思う?」
「ここで足跡が途切れてるって事は、この辺にいるか、別な場所に移動してるって事でしょ? 父さんの事だから、多分どこかで見てると思う、ここは一旦広い所に戻ろう。じゃないと、姉さんの槍が振れない」
すみません、見てます。声が聞こえる所で。
「……そうね、これ以上進んでる様子はないから戻りましょう。私は足下を警戒するから、ミエルは周辺を警戒。雪のせいで音が響かないから、ゆっくり注意しながら移動しましょう」
「それには賛成、けど時間をかけてると罠が増えるかもしれない、足下の警戒は、槍を使って」
「わかったわ」
そして子供達は元来た道を戻り始めた。
ふむ、良い判断だし今までの経験が生きてる。不測の事態があった時は、一旦引くのも正しいと思う。だけど話し合いで時間をかけすぎだ。冷たすぎて腹が痛い。
このまま待機して、粘られたら俺の腹が死ぬ。数日トイレに籠もる事になる。前世の防寒着って偉大。今回は運が良かったと思う。
しばらく子供達が警戒しながら歩き、ミエルは後ろを振り向いたり、時折上も注意するようにしている。いつ仕掛けるかだな。
このままクイーンビーの木まで戻られる前に勝負を決めたい。
なら気を逸らすしかないな。俺は、向かい側の雪の積もっている木を狙い、石を投げて雪を落とした。
木から雪が落ちた音に二人とも気を取られ、足を止めて警戒したので、一気に距離を詰めて、後ろからミエルの首を左手で閉め、右手に持った小枝を鼻先に当てる。
「動くな、動いたらこいつを殺す」
何事かとリリーが急いで振り向き、俺と目が合った。
「武器を捨てろ、こいつを殺されてぇのか?」
「お、お父さん、何やってるの?」
なんかかわいそうな者を見る目で、俺を見るのは止めてくれ。
「何訳わからねぇ事言ってやがる、さっさと捨てろ。どうせ俺を捕まえに来たんだろう! 逃げ切れねぇならこいつを殺してやる!」
頼むから演技してる事を汲み取ってくれ、恥ずかしいんだぞ? ついでにウインクをしてアイコンタクト。
「ミエル、リリーに助けを求めるか、逃げるか、何か言ってくれ。頼むよ」
俺は小声で、演技に付き合うように言った。
「姉さん、従ったら駄目だ。武器を捨てたらどのみち僕は殺される!」
よし、いい子だ。
「うるせぇ! だぁってろ!」
やべぇ、やっててなんだが……。クソ恥ずかしい……。
「何が目的? 武器を捨てれば生かして返してくれるの?」
「おうよ、だからさっさと捨てろ」
「わかったわ」
リリーが槍を捨てた瞬間に、俺はミエルの首に枝を軽く当てて引き、そのまま背中を蹴ってリリーにぶつけ、走ってリリーの腹に小枝を刺すと、簡単に折れた。
「はい、二人とも死亡は確実だね」
俺は手を出してミエルを立たせ、説明に入る。
「前にも言ったかもしれないが、悪い奴が人質を取ったらどうするかって言うのを覚えてるか?」
「うん、うっすらと覚えてる」
「僕も」
「持論だけど、捕まった人はもう死んでると思った方がいい。俺がミエルの首を絞めた時点で、殺そうと思えばいつでも殺せる。んーそうだな……。武器を捨てさせて、殺して逃げれば時間をもっと稼げるかもしれない。さっきの父さんみたいに、殺してからもう一人を殺せば、安全に逃げられるかもしれない。そんな考えを持ってる奴がいるかもしれない。だから、悪い奴等の言う事は聞かない方がいい。常にかもしれないで動いてると、自然とそういう考えになっちゃう」
テロリストには譲歩しない。たしか国際条約か国際常識だった気がする。某軍曹も言ってたし。あれ、本当にどっちだっけ? まぁ、もう地球人じゃないからいいか。
「じゃあ、お父さんはどうするの?」
リリーはミエルの首を絞めて、腰に付けているナイフをミエルの鼻先でちらつかせてた。
ミエルが意外そうな顔をしていたが、とりあえず大人しくしている。
「ミエルごとリリーを殺す。それか一発逆転を狙って、武器を吹き飛ばすか、腕が動かなくなる場所を狙って吹き飛ばす。まぁ、外せばミエルは殺されるかもしれないし、ミエルに当たるかもしれない。だから殺す」
「父さん、中々酷い事を言うんだね、ははっ……」
ミエルの顔がひきつっている。
「前にも言ったかと思うが、悪い奴には譲歩しない。俺が武器を捨てた瞬間に、リリーがミエルを殺さないで逃げるって、希望的観測は父さんにはできないからね。まぁ、パーティーで動いてるなら、もう二人三人いると思うから、状況は変わってくるから何とも言えない。けど、もしもに備えて、二人で話し合った方がいいな」
「わかったわ、ミエルと話し合っておく」
リリーはナイフを戻し、ミエルを解放した。
「一日くらい、粘り強く交渉する人もいるけどね。まぁそういうのは特殊な例だね」
「で、父さん。母さん達にはその事言ってあるの?」
「ん? 言ってないぞ、まあ……そうだなぁ……。あの木の枝を見ろ、リリーの腕と同じくらいの太さだろ?」
俺は、二人を枝に注目させて、枝を【石弾】で折った。
「父さんは助ける方法持ってるし」
「相変わらずズルい魔法だなぁ、それ……。見えないし」
「抵抗して、お互いが激しく動いてる時は使えないけどな、それに……」
俺は【黒曜石のナイフ】を出し、左人差し指の指先を少し深めに切り、子供達に傷口を見せ、傷口が塞がるイメージをする。自分の怪我だから、手を当てる必要もないからな。
「実は回復魔法が使える、ちょっとした怪我なら治せるから、即死か、重傷じゃなければ治せる」
ちなみに切り傷限定。打撲には湿布しかイメージ出来ないから、手を当てるけどな。
「うそ……」
「えぇ!?」
「あ、そういえば私がひっかいた傷治してなかった! あれは何で!?」
「あー、あれね。自分への戒めとして残しておいた。あれは俺も悪いからな。安い自尊心だと思ってくれていい」
「今更だけど父さん……、卑怯じゃない? 回復魔法も使えるとか」
「父さんは常に卑怯だぞ? 戦い限定だけど」
「いやいや、そういう意味じゃなくて。医者でもないのに回復魔法とか……」
「これ、この村で知ってるの殆どいないから言うなよ。最悪俺が医者にさせられる」
「え、あ、うん」
「コツだけ、コツだけ教えてよ父さん!」
かなり必死だな、まぁ仕方ないな。俺も子供には甘いし教えるか。
「自己流だからかなり面倒くさいけど、それでも良いなら」
少しだけ笑い、ミエルに確認を取る。
「お願いします!」
いつも飄々としてる事が多いのに、こんな必死なミエルを見た事ないな。まぁ教材は鶏でいいか、あと大量の紙と、俺の画力。体育の教科書のうろ覚え模写か……、そっちの方が俺には難しい、出来るかな……。
※128話でちょろっと。
人質云々はあくまで持論です。




