第167話 尻の下に金貨があった時の事
一応言っておきます。
作者には、靴を舐める趣味も、舐めさせる趣味もありません。
あれから島に戻り、一応重要書類という事でカルツァに書いてもらった物は執務室の鍵付き書類棚に入れ、ジャイアントモスの繭でかなり前に作った端切れっぽい小さな布をポケットにつっこむ。
それから軽く報告をする事にした。
「とりあえずそんな訳で、一筆いただいてきました。これからちょいと価格を聞きに行ってきます」
「ちょっと待って下さい……。本当に靴を舐めたんですか?」
ルッシュさんに物凄く睨まれた。
「えぇ、何か問題でも?」
「大ありですよ! そもそもそういう行為は――」
「何が言いたいかは大体わかります。大まかにですが、貴方に屈しますって意味ですよね?」
右手を前に出してルッシュさんの言葉を遮り、俺のした行為はどのような意味があるのか知っていた事は伝えた。
「なら何故そのような事を!? そんな事をしたと広まったら、この先他の方々からも格下に見られますよ!」
「まぁ、言いたい事はごもっともです。ですが、背負ってる物の大きさが中途半端だからですかね? 島での色々な生産能力の規模や人口、これがもの凄く多ければまた決裂でしたね。それだったらそいつだけに頼る必要無いですし。その場合は出された足をそのまま切り落として、てめぇが舐めろと言いながら口に突っ込んでも良かったんですけどね」
「では……」
「決意表明みたいなものです。俺のプライドと地位、島の事を天秤に掛けてみましたが。その程度の屈辱だけで島の安全と安心が買えるならやってもいいという決意……。たぶん後でお釣りが来るんじゃないんですか? まぁ、時と場所と場合を選んでやったつもりですが、空気が読めずに調子に乗った似た様な輩が現れたら、多分さらって来て殺してくれと懇願する程度には後悔してもらうつもりです。とりあえず最初の一人目は、笑顔で両頬をナイフで顎の付け根まで切って、水が碌に飲めない状態にして周りにも警告でしょうけどね」
感情を込めずに、ただ淡々と笑顔で言ったらルッシュさんが引いていた。
「け、決意は伝わりました」
「ありがとうございます」
「怒るくらいなら、やらなければ良かったのでは?」
「ははは――怒ってないですよ。今後のもしもの話をしたまでですよ」
あんな事を言ったので怒ってるように思われたが、本当に怒ってないのでこうとしか言えない。
「まぁ、人の口に戸は立てられないって言いますけど、言いふらすような事だけはやめて下さいね。人によっては捉え方が違うので。なんで靴を舐める必要があるんだ……。そこまでして、この島を思ってくれてるんだなぁ……。の、どちらかですので」
「私は前者だったと……」
「まぁ、そんなところです。では四人共、なるべく言わないようにお願いします」
「四人?」
ルッシュさんは不思議そうな顔でこちらを見たので、窓の方を指さした。
「おいキース、隠れるなら太陽と自分の位置を考えろ。窓枠に耳の影が映ってるぞ。それともワザとか?」
「マジかよ……。そんなところまで見るかよ普通」
休憩中に抜け出して、ルッシュさんに会いに来たところで聞かれてしまった。まぁ、気が付いたのがさっきだから、すでに遅かったんだけどね。
「そこはしゃがむのが正解だ」
キースが気まずそうな顔をしながら窓から顔を出した。ワザとではなかったらしい。
「ソレと堂々と聞いてる鉢植えの二人。特にフルールさん、俺の家族にトローさん達の事を言ってる前科があるんですからね。せめて情けない事してたのだけは家族には知られたくないです。言ったら毟ります」
「え゛……。は、はい」
「まぁ、最初から報告しないのが一番ですが、こういう事があったから、こうなったって事は一応知っておいて下さいって事です。いきなりそんな話を聞いても怒らない様にする為に」
「おい、何がお前をそこまでさせるんだよ? 足なんか切り落としてくればよかったじゃねぇかよ!」
「キースなら理解しててくれたと思ってたけどな……。安全に過ごす為なら俺は何でもやるぞ? まだ島の防衛戦力が整ってない以上、大きい戦力がありそうなところとの衝突は極力避けたい。では、コランダムまで行ってきます」
終始いつも通りに話し、本当に気にしてないアピールだけはする。
コーヒー店の倉庫から顔を出し、チョコクッキーを食べながら、優雅な時を過ごしつつ少しだけ騒がしくお喋りしてる女性達に混ざり、カウンターで一杯だけコーヒーを飲む。変わった事がなかったかだけを聞き、無理矢理代金を支払ってから外に出た。
別にオーナーになったつもりはないし、コーヒーの仕入れは島からタダで届くけど、ソレとコレは別問題だ。
そして急にカヌレが食べたくなった。全てはあの茶色のチョコクッキーが悪い。後で金型作ってもらおう。牛乳とバニラビーンズがない。これは早急に放牧地を作る必要がある。
暑くてちょっと不安だけど、沖縄とかにも水牛とかいるし、榎本さんが品種はわからないけど、牛を妊娠させて乳を搾ってたし、多分平気だろう。
そしてニルスさんの倉庫に向かう。船も見えるし多分いるだろう。
「こんちゃーっす、おつかれさまでーす。面会の約束ないですけどニルスさんに会いに来ましたー」
「うーっす、いつもいきなりですね。奥にいますよー。それと美味い酒を、ちょいと多めにうちに入れてくれて感謝っす」
「いつもお世話になってますからね。そのくらいはしないと。んじゃ失礼します」
俺はいつも通りにノックをして、返事を待ってから中に入る。
「おや、このような時間に珍しいですね。大抵は夕方なのに」
「これから用事があるので、その前にちょっと……って感じですね」
「ははは、私より忙しいんじゃないんですか?」
「どうですかねー。今のところ上手く回ってるので問題はないですよ」
「で、どのようなご用件で?」
軽く雑談をしてから本題にはいるのは、いつもの事だ。
俺はポケットからジャイアントモスの布を出す。
「前に試しに織ってもらった布ですが、コレを織った人の事は特に詮索はしませんが、少し疎い方だったのではないですか?」
「えぇ、確かに。多少真似事が出来る知り合いに無理言って織ってもらいました。物自体が少なかったので織るのに苦労したと聞いてますが――」
「そうですか……。ところで話は変わりますが、ジャイアントモスの布で作ったマントやローブとかってどの程度の値段なんでしょうか?」
俺がいきなり話題を変えると、ニルスさんは真剣な顔になり、テーブルに置いた布を手にとって肌触りを確かめている。
「確か、絹と綿の間くらいと言っていた記憶はありますけど」
「えぇ、確かに肌触りだけは絹と綿の間ですが……まさか?」
「えぇ、そのまさかです……。正直頭痛物の件なんですが……いくらでしょうか?」
そう言うと、ニルスさんが目を反らしながら指を二本立てた。
「相場で最低金貨二枚です」
薄い布とかで作るイメージしかないけど、布だけでそんなに……。
「はぁ……ありがとうございます。マント二枚で故郷の家が買えるわぁ……あーもー頭痛の種が増えたわぁ……」
そのあと、俺は繊維関係に手を出そうとした事と、靴ペロ以外の今までの事を話した。
「布関係に詳しくなく、申し訳ありませんでした」
「いぇ、俺もあの時詳しく調べなかったのが原因ですので……。もう少し繊維関係に早く手を出してれば……」
気まずい沈黙が流れ、ソレを先に破ったのはニルスさんだった。
「で、どうするんですか?」
「とりあえず価格の暴落を防ぐのに出荷制限はしますね。そして密輸対策強化と、繭や布に対する管理の厳重化。その程度です、それしか思いつきません」
「ですよね……。もう計画は始まってるんですか?」
「えぇ、店舗と工場の設営は先日設計図を専門の者が既にとりかかってるかと」
多分だけどね。
「はぁ……。なんといいますか……本当に大口になってくれましたね。ってか商会としては、既に上じゃないんですか? 詳しい売り上げはわかりませんけど」
「まぁ、地味に買い付けに来る船が増えてますね」
「でしょうね。その辺にある酒樽にアクアマリン商会の焼き印の入った物をあちこちで見ますし。ってか、気安く会って雑談出来るような間柄が地味に怖いんですけど」
「そこはほら。島に俺が来た時に、色々取り引きしてくれた人柄で勝ち取ったということで、お互いにお得意様って事で気にしない?」
「まったく……変わらないお人だ……。とりあえず、ジャイアントモスの布は予約で。可能なら少し多めに」
「ありがとうございます」
その後は雑談しながら軽くお茶を飲み、長居することもなく王都の地下に向かう。
そして思い出した、俺の座ってるイスのクッションの中身を。繭を茹でてほぐして詰めただけって言ってたけど、高確率で金貨の上に座ってるのかよ。
ってかクッション系も気にかけないと駄目だな、中に入れて密輸とかされたらたまらないわ……。
『アポなし訪問だオラァー!』
『出やがったな暇人魔王め! で、どんな用事すっか?』
地下で見張りをしてる勇者さんはノリノリだから個人的に好きだ。だって抜剣までしてくるし。
「ちょいと奴隷と言う名の人員の確保に……。会田さんいますよね?」
「いますけど……。王様とかのお偉いさん達と今後の事で会議中っす」
「あちゃー。少しでもいいから昨日時間作ってアポ取っておくんだったわー」
「伝言あずかりますよ?」
「手紙を残しておきますので、書き損じの書類を下さい。読んでも良いですよ?」
島に移民させても良さそうな人族の奴隷を、最低で五十ほど用意できるかの相談があります。時間が空いてる時に話を詰めたいと思いますので、連絡を下さい。
こんなもんか。
「ほー、また何か始めるんっすか?」
対面に座ってる勇者が遠慮なくのぞき込み、日本語の手紙を読んでいる。
「えぇ、ちょいと無駄に土地を使う事を……」
「土地ねぇ……。開墾されてない場所が多いっすからね。開拓っすか?」
「そうですね。繊維関係をやりたいんで、綿花や麻、それと牛と羊の放牧ですね。羊は暑いから微妙ですけど、数匹いる奴は一年中涼しいところですよ……」
「そう考えると、綿と麻っすね」
「えぇ、島中央の火山地帯の水はけの良さそうなところに綿、海岸線近いところの土に麻ですかね」
「結構考えてるんっすね」
「使ってない場所がありますからね、遊ばせておくなら使わないと」
「っすねー。のんびりしてそうな島でよさそうっすね。ある程度施設が整ったら、長期休暇で利用させてもらいます」
「ありがとうございます。問題は牛の海運ですよ。デリケートだからストレスが心配で……。戦争中に軍馬とか運んでた人とかに頼んで、運んでもらおうかな? と。ほら、排泄物とかあるから、ふつうの船じゃ運びにくいですし」
「あー、たしかに。慣れた業者じゃないとそれは厳しいっすね」
「その事も詰める感じで話し合いです」
「って事を話せばいいんですね?」
「おねがいします」
そして俺は島に帰り、溜まってた仕事を片づける事にした。
「ただいま戻りました。あれから何かありました? 特にキース」
「少し怒ってましたね、まったくあいつは! と」
「おー怖い怖い。俺の為に怒ってくれてるのか、俺の行動に怒ってるのかわかりませんが、しばらくは船に乗り込まないように監視しないと……」
「なぜですか?」
「俺の為に怒ってくれてたなら殺しに行きそうだからですよ」
「そう言う意味でしたか……。親友思いなんですね」
「親友……ねぇ。もう過去の事ですけど、戦場で隣にいた頃からの延長に近いんで、親友って言うより色々助けられたから気心の知れた兄貴分? 年齢知りませんけどね」
「結構無関心なんですね」
「無関心って言うより、見た目である程度の年齢がわかりませんし、聞くのも失礼かな? と思ってるので滅多に年齢を聞きませんよ。だからおっさん達の年齢も知りませんよ?」
「戸籍管理をしましたので、教えましょうか?」
「いえ、知らないままの方が今まで通り接する事ができますので、出さなくて良いですよ。じつは思ったより若かったら気まずいですし」
「わかりました。では、こちらの書類に目を通しておいて下さい」
「アッハイ」
ルッシュさんが仕事できすぎて、ある意味辛い……。
マントとかは、本来もう少ししっかりと作り込まれてます。
けど、イメージ的に簡単に風になびくイメージしかないので、薄い布としました。




