第164話 リリーを怒らせた時の事
先週はネット環境が死んでたので二話更新です。
何故か調子が良かったのでいつもの倍の文字数になっております。
翌日の午後、実践形式で戦う為に俺達親子は森に足を運んだ。
森中央の、クイーンビーさん達のいる少し開けた場所だ。
「まぁ知ってると思うが、父さんの得意な戦法は不意打ちだ。姿を見せずに攻撃したり、戦意を削いでる。狭い洞窟、視界の悪い森、野生生物や魔物の横やり、色々な場所で使える物は沢山あると思うが、それを上手く利用してる。それを念頭において行動してくれ。まぁ、シュぺックのおかげでこの森は比較的安全だけどな、何か質問は?」
俺は子供達を見て質問がないかを聞いておく。
「最初は普通に戦ってくれるの? 草だらけの格好で森に潜んでたって事あったよね」
「あー……あれな。場合によっては使う」
「使うんだ……」
俺にとっては、思い出したくもない出来事だけどな。
「何でもあり? 父さんって普段からそんなこと言ってるよね?」
「そうだな……クイーンビーさんや、ハニービーさん、他の村の人に迷惑かけなければとりあえずはいいんじゃないのか? けど、もしかしたら、木の実とか山菜取りに来てるかもしれないから注意な。あと森をなるべく破壊しないように」
「はい」
「わかったよ」
「んじゃ、始めようか」
「で、お父さん。武器は?」
「その辺に沢山転がってるだろ、魔法もあまり使わない様にする」
「……あ、うん」
俺の言葉にリリーは呆れているが、稽古の順番はいつも通り最初だったので、リリーから二歩目の落ち葉の下の土の部分を、階段の段差程度窪ませるイメージをして何食わぬ顔で待機する。
ミエルが合図をし、まだ警戒していない距離なのでかまわずつっこんで来たリリーは前のめりに盛大に転び、ポケットに入れて置いた小石を軽く下から頭に投げて終わらせた。
「な? 何でもありだろ? 落ち葉で足下が悪いかもしれない。ここ数日晴れだったからぬかるんでないだろう。そんな常識通じないぞー、足下が窪んでて、落ち葉が積もってるのが確認できないなら、少しでも慎重になるべきだな。洞窟だって滑ったり、崩れるかもしてないからな。んじゃ次はミエルな」
リリーは何かを言いたそうにしていたが、俺がミエルを呼んだので諦めたようだ。
「姉さんのあんな姿を見ちゃうと、怖くて動けないね」
「まぁ、仕方ないな。毎回突っ込んでくるのが悪い。ミエルはその場でいつものようにこっちの動きを見てからの対応か?」
「まぁ……、そうなるねぇ。その場合父さんが、森の中でどう動くかわからないのが怖いけど」
「ははは、どうだろうなー。リリー、いつでも良いぞ」
会話中にそれとなく周りを確認し、足下に半分朽ちた腕くらいの太さの木が枯れ葉の下にあり、ツタが絡まった状態で宙ぶらりんになっている枝もある。決まりだな。
リリーの合図と共にミエルは、この間みたいに空中に黒曜石のナイフと剣を作り出したのを確認してから、俺も【黒曜石のナイフ】を右手に二本生成し、空中に投げてツタだけ落とす。
ガサガサと音がしたからか、少しだけ視線が逸れたので足下の朽ち木をミエルの顔面めがけ蹴り上げ、落ちたツタを拾いに駆け寄るが朽ち木は盾で防がれた。
ここまでは想定の範囲内、俺はツタを頭の上で遠心力を使って鞭のように振るう。まぁ、鞭なんか振った事ないから、本当に振るうだけだ。
キス○ィス先生、目からビーム出すコツ教えて下さい。
とりあえずそのままの勢いで、なるべく先端部分をミエルに振るうが、盾で落とされた。意外に動体視力と度胸があるな。
まぁ、残念だな。ここは避けるのが正解だ。
俺はそのままツタに魔力を通し、ミエルの片足にツタを絡ませたら思い切り引っ張り、転ばせたら小石をまた投げて終わらせた。
「はーい、とりあえず鞭って厄介だから、防いでも気を抜かないように。あとあそこで剣を使って切ってたら、剣が当たったところから曲がって、顔か体に当たってたから本当に注意しろよ。あーそうそう、鞭を使ってる奴が何もないところでパシンパシン鳴らしてる時は空気を切ってるから本当に気をつけるように。そんなのが体に当たると肉が弾け飛ぶからな」
「はーい」「わかったよ」
「で、リリー。多分不満タラタラだろうから、もう一回だけやるか?」
その言葉で、一瞬で表情が明るくなり、ふてくされていた態度が一気になくなった。
「やる!」
「宣言しとく、今度は見えないところでの細工はなしにしておいてやる。気にせずいつも通り突っ込んでこい」
ミエルに目で合図を送ったら、軽く頷いたので通じているようだ。
もう一度、お互いに一定距離離れミエルの合図を待つ。
そして、リリーはミエルの合図と共に突っ込んできたので、俺は足下の落ち葉を蹴り上げてから真横に全力で逃げ、開けてない場所に逃げ込んだ。
リリーは、俺の行動が読めず、俺が森に逃げ込むまでに攻撃が間に合わなかったようだ。
さて……ここからが本番だ。リリーの槍って、木とか貫いてこないよな?
「そんな長物を木々の中で振るえるか? 突きが限界だろう? リリー! 武器なんか捨ててかかってこい」
目視で二十メートル以上離れそういうが、リリーは面白くない顔をしている。槍を手放さないところを見ると、意地でも森の中でも槍を使うみたいだな。
「まぁ、捨てない選択をしたならそれでいい。こっちは好きにやらせて貰うぞ」
そう言い残し、俺は木々の間を縫うように森の深い方へと進む。
逃げてる途中で使えそうな物を拾い、木の陰で持っていたタオルを細めに縦に割いて簡単な武器を作り、落ち葉の上にツタが落ちてる様に見せかけ、足掛けの罠を仕掛ける。ついでに武器もここに置いておく。
罠は見えてるからセーフ!
後は小石をポケットに補充するだけだ。後はここに誘い込めばいいな、リリーを探さないと……。
足音を立てずに歩き、しばらくすると足音が聞こえたので、スリングの端を薬指に巻き付け、真ん中に小石を入れて親指と人差し指でもう片方を握る。
それを頭上で軽く振り回し、タイミング良く握っていた指を離して小石をリリーに向かって投擲する。
「痛ッ!」
右の二の腕を押さえながら勢いよくこちらを振り向いたので、にやにやしてリリーを挑発してから逃げ、罠の場所まで誘導し、もう一度スリングで小石を飛ばすが、簡単に避けられた。
あいつも動体視力いいな。
感心しながら、余裕があるように見せるためにもう一度スリングに石を詰めるが、振ってる暇がなさそうなので足下の太い枝を拾い上げ、ポケットに入れてた小石を全部握ってリリーに向かって全てばら撒く。
避けるのを諦めたのか、左手で目だけを守りながらこちらに向かって来るので、リリーが罠にかからず転ばなかった事を考えて身構えるが、こちらの思惑通りに盛大に転んでくれた。
三回四回と転がりながら俺の前まで来てくれたので、顔の脇辺りに枝を突き立てて終わさせた。
「とりあえず謝っておくよ、すまなかった」
手を差し延べてとりあえず起こさせる。
「まぁ、本当にリリーは足下注意な。文句はあると思うが一応見えるようにしてあったんだぜ? 目立たないけど」
もの凄く悔しそうにしているが、かまわず続ける。
「とりあえず、相手がよく逃げる場合は罠を警戒する事。攻撃や作戦が上手く行きすぎている時は、相手がこちらを罠に填めようとしているかもしれない事。それを覚えておいた方がいいぞ。んじゃミエルのところまで戻るか」
リリーは終始無言でこっちを睨んでいたが、俺が森で戦えば強くなると思っていた方が悪い。使える物があるから使うだけだ。
「なぁリリー。ここは村の連中もよく来るからあまり本格的な罠を作らなかったけど、作ろうと思えば苦しんで殺せるような物から、即死できる物まで作れる。罠っていうのはそれだけ脅威で、作った者のさじ加減でどうにでもなる。だから初めての場所ではそう言うのに警戒してほしい」
隣を歩くリリーを見る事もなく諭す様に言い、もう少し続ける。
「子供の頃から遊んでて、あまり危なくない事は知ってると思うが、人の手が入ったら、そいつの意思次第で凶悪な森に変わるかもしれない。一番厄介なのは、知能のある獣だって覚えておくといい。あ、獣って言うのは言葉の綾だけど、追いつめられた悪意ある犯罪者とか何するかわからないからな」
「お父さんは私のことが嫌いなの!? なんでいつも真面目に稽古してくれないのよ! いつもいつも足下に罠なんか作ってさ! いーっつもそう!」
リリーは足を止め、俺に吠えてきた。反抗期だろうか? すごくへこむわ……。
「そんなの、リリーに死んでほしくないからに決まってるだろ、何の為の稽古だと思ってるんだ? それに魔法抜きで真面目に真正面から戦ったら、絶対にリリーには勝てないからな。俺は卑怯で狡猾な手にでるしかない……。少し頭冷やしてから帰ってこい。おまえは足下を気にしなさすぎるだけだ」
振り返らず、足を止めただけで正直な気持ちを言い、そのままミエルのところに戻った。
「あれ? 姉さんは?」
ハニービーと世間話でもしていたのか、軽く手を振ってからこっちに駆け寄ってきた。
「少し怒らせた。頭冷やしてから帰って来いって言ったから、多分夕飯には戻ってくるだろう。――部屋で愚痴ってきたら聞いてやってくれないか?」
「別にかまわないけどさ、せめて何があったか教えてよね」
「家に戻りながらはな――」
その時、リリーを置いてきた方向からズンと言う鈍い音と共に、メキメキメキと音が聞こえた。
「八つ当たりか……。まぁ仕方ないな、とりあえず話しながら帰るぞ」
「まぁ、それは嬉しいけど、あの状態の姉さんの愚痴を聞くのには多少気が重いね」
「なんて言うか……すまない」
「別にいいよ、どうせまた父さんに手も足もでなかったんでしょ?」
「だいたい合ってる。まぁ帰ろうか」
家に帰ったら帰ったで、訳を話したらラッテに怒られ、何故かリリーはシュペックと一緒に帰って来て、玄関前でまた同じ説明をした。
「それは……んー。カームは昔からそうだから何とも言えないけど、せめてもう少し手加減できないの? 森の中で一人で泣いてたリリーちゃんを見たら、ちょっと可哀想だったよ?」
犬の○○○○さんって言葉が出てきた。だって状況が似てるし。
「まぁ、何となく状況は理解はできる。けど精一杯手加減して、俺なりに戦った結果だから何とも言えないなぁ……」
「確かにカームの戦術的には問題ないと思うけど、リリーちゃんは真面目に戦いたかっただけみたいだよ?」
「それもわかってる。けど、真面目にやったら手加減できずに怪我させるのが怖くてできない。むしろ俺は魔法型だから、接近戦では多分敵わない、だから近づけさせない。だからこういう戦法になる」
「はぁ……。まぁ、カームに何言っても結構曲げない事が多いから、友達としてはこれ以上は何も言えないけど、親として言うならレーィカの友達だから、少しは気を使ってあげて欲しいな」
「わかったよ、努力はする。送ってくれてありがとな」
「まぁそっちも色々頑張って。年越祭でまた四人で飲もうね」
「おう、んじゃ俺は今から娘の心のケアに専念するわ」
「年頃の女の子は気難しいからね」
シュペックは少しだけ笑いながら帰って行った。
夕飯が少しだけ億劫だな……。
心配してた夕食だけど、リリーは普通に食べていた。会話がなかったけど……。ケアどころじゃねぇな。
そしてスズランが洗い物を済ませ、お茶を淹れて戻ってきたら、ラッテがいきなり、
「今から家族会議を始めようと思います!」
そんな事を言われてしまった。まぁ、多分今日の事だろう。
「議題は、カーム君とリリーちゃんの稽古についてです! 溜めこんで爆発させるより、ここで吐いちゃいましょー」
いつもの通り語尾が伸びてるので、ラッテはもう怒ってる事なさそうだが……。リリーの視線と殺気がヒシヒシと突き刺さる。本当にスズランに似てきたな。胸以外!
「まずはリリーちゃん。カーム君に言いたい事をぶちまけましょう!」
「とりあえずお父さんには真面目に戦ってほしい、それだけ……」
「父さん的にはクソ真面目なつもりだ。この際正直に言うが、避けられる戦いは極力避ける、それでも回避できない場合にだけ戦闘。今までこんな感じでやってきた。だから稽古もしたくない。正直傷付けるのも、傷つけられるのもごめんだ。それが肉親なら尚更だ」
「アレのどこが真面目だっていうのよ……」
更に殺気が強くなり、睨みつけられる。スズランより怖くないけど、威圧感は高いな。コレが酒場なら一触即発だな。
「戦闘になった場合だが……、さっきも言ったが傷つけられるのが嫌いだ。だからこちらから一方的に攻撃できるように立ち回る、不意打ちして一撃離脱、罠を張る。すべてこちらが安全でありつつ、攻撃できる方法を考える。コレの何が悪い。戦闘において正々堂々って言葉はリリーくらいの歳でその辺に捨てたつもりだ、これはお爺ちゃんにも言った事がある。だからこれからも曲げるつもりはない。正々堂々って言葉は騎士なんかが決闘で使うような物だ。安全に戦えるなら、俺は何でもやるぞ? ってか盗賊とかを想定して戦えばいい」
俺は、なるべくいつも通りに会話をする。こんな事で怒ってられない。
「リリー、これは本当よ。カームは昔からずっとこんな感じ。多分曲げる事はない信条みたいな物よ。ヘイルお爺ちゃんが飲んでる時に聞いたわ」
「そうだ、だから父さんが戦闘に巻き込まれた時は、奇襲や不意打ちや毒、何でもやってきた。それは俺が怖がりだからだ。痛いのが怖い、死ぬのが怖い。けど戦闘は避けられない。なら腹をくくって、相手を傷つける。自分が傷ついたり死ぬよりはマシだ。この世は信念を貫いて尚後悔する事ばかりだ……」
右手の親指と中指でアイアンクローみたいにこめかみを押さえ、目を覆いながら渋い顔で首を横に振る。
「でもこれは稽古だよ!」
「稽古っていうのは実践に備えて練習する物だ、実践の様に戦って何が悪いのかを父さんに教えてくれ。それで俺を納得させられたら、俺はそっちのルールで戦ってやるさ……」
「姉さん、悪いけど父さんの言ってる事が正しいと思う。確かに真面目にやってない様に見えるかもしれないけど、こういう戦い方をする人が世の中には最低一人はいるって事は確かだよ。まぁ他にも沢山いると思う」
なんか酷い事言うね……ミエル君。
「私は正面から、真面目に戦ってくれる稽古が良いの!」
駄目だ、感情論になってきたな。
「ならお爺ちゃん達に頼んでくれ。俺には無理だ。リリーは綺麗な戦いに慣れすぎている」
「カーム君、一回だけリリーちゃんの言うルールでやってあげたら? 多分それで納得するんだし」
「でもなぁ……殴られるのも殴るのも嫌だし」
頭を掻きながら、ため息交じりに呟く。
「姉さんが納得するなら一回だけでいいんじゃないのかな? 勝ち負け関係無しに一回でもやれば満足なんだから」
子供に諭されたよ……。ってかミエルは中立か。
「……わかった。お互い恨みっこなしな。家の明かりだけで十分だろう。表に出ろ」
俺は立ち上がり、表に出ようとしたが、
「武器は?」
リリーがそんな事を言ってきた。
「子供を傷つける事は極力したくないし、出来ない。娘なら尚更だ。けどそっちは好きにしろ」
俺は物凄く後悔しながら玄関前に出るが、槍を持ったリリーが真剣な顔で出てきた。その後にゾロゾロと続く様に三人も出てきた。
「カーム。ヘイル義父さんの時みたいにしないでね」
「魔法なしだから、そこまでは酷くないだろ……。リリー、どっちかが戦闘不能か、負けを認めるまででいいか?」
「いいわ――」
そう言ってリリーは槍を構え、腰を落として前傾姿勢になっている。
俺も、一応拳を軽く握って形だけは構え、【肉体強化】を普段の三パーセントから十パーセントまで引き上げる。
しばらく緊張した時間が続くが、ミエルがいつも通り合図を出してくれたので、俺は勢い良く前に出た。
リリーはタイミングを見計らい、槍を横薙ぎで振るって来るが、穂先を避けるように構わず前に出て左腋で槍を受け止め、そのまま腕を絡め槍を封じる。ここまでは前にやった稽古と同じだが、脇腹がクソ痛い……多分骨は折れてないので、痛みは無視する。
反応速度と行動力はリリーの方が早かったのか、さっさと槍を手放して左手で殴って来るが、右前腕で受け流し、右手で殴ってきた拳も前頭骨で受け、気絶しそうになりながらそのまま両手で、痛そうにしていた右手首を掴み、捻りながら引っ張って転がそうと思ったが純粋な力で持ちこたえられた。
両手で片腕捻れないってどんだけだよ……。
仕方がないのでそのまま脇を抜けるように裏に回り、スリーパーホールドを決め、腰を両足で挟み、背中にしがみつく状態になり、体を捻って地面に転がした。
更に腕を首に食い込ませて【肉体強化】を二十パーセントまで上げてから力を籠め、意識を刈り取ろうとするが、リリーが左手で腕に爪を立てたり、右肘で脇腹を殴って抵抗してきた。首と腕の間に指が入らなかったんだろう、正直どっちもかなり痛いが、多分もう少しだろう。
シャツにかなり血が滲んできた頃には、一瞬でリリーの腕が外れ、落ちたことを確認し、ホールドを解く。
仰向けにしたら、案の定リリーは白目をむいて泡を吹いていたので両足を持って真上に上げて、脳に血液を戻し覚醒させる。
「酒場で酒飲んで頭冷やして来るわ」
「そんな土埃だらけで?」
ラッテの言葉に返事をせず、右手を顔の脇で軽くヒラヒラと振って酒場に向かって歩き、左手の傷を治そうと思ったが、なんか治すのも癪だったので、自分への戒めとして自然治癒させよう。
リリーが何か言いたそうだったが、気づかない振りをして出てきた。はぁ、最低な親だな――。もう少し上手くやれば、正面からの戦いを回避できたかもしれないな。
血の滲んだ左手で右わき腹を押さえながら酒場にはいると、イチイさんが飲んでいたのが目に入り、目が合ってしまった。
そして指でテーブルをトントンと叩いたので、そっちに移動する。
「お久しぶりです、義父さん」
「おう、珍しいところで会うな。で、その腕の血はなんだ?」
「えぇ……まぁ……。娘とちょっと稽古をしまして」
「歯切れが悪ぃな。ちょっと説明しろや」
「えぇ、その前に注文を……ベリル酒、そのままでお願いします」
酒が運ばれてきたので、イチイさんのカップを出してきたのでグラスをぶつけ、一口飲んでから説明を始めた。
「で、お前にとっては珍しく正面から姑息な手段抜きでやり合った結果が血まみれの腕か。で、リリーは納得したのか?」
「気絶させたのを快復させてから、頭冷やしてくるって言って逃げてきたので、今ここで酒飲んでます。……お互いに娘を持った親として聞きたいんですけど、俺はどうしたらいいんでしょうか……」
「特に何もしなくていいんじゃねぇか? 冒険者になりてぇって言ってる娘だ、リリーが言う稽古を真面目にやってくれただけで嬉しいと思うぜ? これが普通に暮らしたいって言ってる娘ならご機嫌取りだろうな」
「なにかスズランにもしてたんですか?」
「あたりめぇよ。鶏小屋作って、鴨を買ってきた。まぁ、わがままらしいわがままはそれくらいだったし、他はラッテの時くらいだったな」
「その節は申し訳ありませんでした」
「あ、いや……、今更だろ。まぁアレだ……性格が多少男っぽいから、お前と殴り合いの喧嘩みたいなのに憧れてたんだろ。魔王だしな」
少しだけ、不味い事言っちまったみたいな雰囲気になったが、麦酒をがぶ飲みして誤魔化された。俺もグラスの酒で口を湿らせ、
「そんなもんなんですかね?」
差し当たりのない返事をしてしまった。
「強くなりたい奴は、強い奴と戦ってみたいもんなんだよ。まぁ多少理解に苦しむ戦い方を好む魔王が目の前にいるがな……。だから、普通にやってみたいって思いが強かったんだろ。お前も気にしすぎだ」
「娘にあんな事して、自己嫌悪で軽く吐きそうなんですよね」
「お前相変わらず心が弱いなー。あっちは気にしてねぇから、腕は犬に噛まれたと思って普段通りにしてろ、俺の方が娘を育てた事がある父親としては上だぜ? 多少嘘臭ぇが、ある意味事実だ。それに、リリーなりに甘えたいって表現が稽古って形なんだろ、察してやれ」
ニヤニヤしながら言われたので、俺も笑って返し、
「相談ありがとうございます、多少気が晴れました」
「お前、俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」
「カウンターの隅でチビチビやりながら、辛気くさい雰囲気をまき散らし、感傷にふけるつもりでした」
「カー、ヤダネー。おい、もう一杯付きやってやるから、そんな気持ち吹っ飛ばしてから帰れ。俺はそんな奴に娘を渡したつもりはねぇぞ?」
「はは、申し訳ありません。ではお願いします。すみませーん、同じ物をもう一杯」
「俺にもだ」
そして酒が届いたので、もう一度乾杯をしてから、少しだけ父親として娘の教育について色々教えてもらった。
「まぁアレよ。好きな男が出来たとか、結婚とか言い出したら結構心に来るから覚悟しとけよ。たとえ相手が近所の仲のいい幼なじみでもな。まぁリリーの場合は冒険者やるから、男作って戻ってくるか、そのまま戻ってこないで生活か……。まぁ覚悟しておくことだな。おい会計だ。こいつの分もな」
そう言ってイチイさんは、俺の分まで払ってさっさと出て行ってしまった。
「ごちそうさまを言いそびれたな……」
まぁ、家に戻るか……。
家に戻ったら居間の明かりが点いていた。普段なら各自部屋に行る時間だけどな。
「リリーか。どうした、こんな時間まで起きてて」
特に何事もなかったかのように振る舞う。
「あの、今日のうちに謝っておきたくて」
「そうか、別に気にしてないから気にしなくていいぞ」
「でも、お父さんの事怒らせちゃったみたいで……」
「はぁ……そんな事か。アレは俺が大人げなかっただけだ。別に怒る事でもないさ。朝起きるのが苦手なんだからさっさと寝た方がいいぞ。それに、子供のわがままを聞くのも親の役目だからな、んじゃ俺は風呂入って寝るから、気にしないで寝ろ」
そのまま居間を通り過ぎ、風呂に入ってから寝室に入るとラッテにニヤニヤしながらからかわれ、スズランは微笑んでいた。
「リリーとは仲直りできた?」
「まぁね、そもそもあんなの喧嘩じゃないし」
「じゃーなんであの時出かけたの? 家にいれば良かったじゃん」
「まぁ、お互い少し気まずかっただけだ、だから俺が出かけただけだよ」
「父親と年頃の娘。いつでもどこでも難しい問題ね」
「そうだねー。まぁカーム君は優しいからその辺は平気でしょ」
「……まぁな。もういいだろ? いい加減寝ようぜ?」
そしてスズランのベッドに入ったら、なぜか頭を撫でられた。
「どうせリリーを傷つけた事に傷ついてるんでしょ? リリーも後悔してたわ。だからお互い様。気にしない方がいいわ」
「いや、さっき居間でリリーにも気にするなって言ったから」
んー、バレてたか……。俺の事をよくご存じで……。
「んふふー、カーム君は本当に優しいねー。ベッドくっつけて、私も頭を撫でてあげるねー」
そう言ってベッドをくっつけてきて、俺は嫁達にサンドイッチにされ、頭を撫でられながら寝る事になった。
伏字のところは、曲名ですが、歌詞にもなってるのでグレーという事で運営様からの返事待ちです。




