第161話 羊の毛が蜘蛛の糸だった時の事
物凄く遅れました。
あれから十日。勇者の爺さん二人がいるから、特に心配ないと思い、しばらく足を運んでなかった第二村に行った。
俺の引いた疎水沿いに、見える範囲で水車小屋が六棟ほどある。
なんだこれ……。え? これ全部フル稼働させて、精米してんの?
「おう、カームじゃねぇか。どうした」
「まぁ……あれからどうなのかなー? と思いまして。顔を出したんですけど」
「おう、木材加工させながら、形だけの地鎮祭終わらせて、基礎工事がそろそろ終わるぜ」
「形だけって……」
「こっちの世界の坊さんに訳を話して、祈ってもらった。一応お供え物は奮発しておいたぜ」
つっこみどころしかない……。確かに神父も坊さんかもしれないけど。
「一応聞きますが、なんの神に祈ったんですか?」
「氏神様と、とりあえず酒の神だな、名前わからねぇけど」
「氏神様ねぇ……。この島の土地の神……守り神ならいるんですけどねぇ……」
「あの胸のでけぇ姐か。あの姐なら、土地と酒の神様にできんな! 崇めるか?」
榎本さんはゲラゲラと笑い、俺の背中を叩きながら、水車小屋に誘導された。
うん、やっぱり精米してたわ。しかも石臼三個使って、トントントンとリズミカルに杵が落ちていた。
こっちの村だけ、独自の文化になっちゃいそうで怖いんだけど。
「まぁあれだ。本当は五割削って、良い場所だけにして、大吟醸的な物にしたかったんだけどよ。俺は日本酒は辛口が好きだからな」
「大吟醸って、辛口でも甘いですからね」
「おう、だから普通に作ってみて、どの程度になるか試すんだよ」
「けど、どうやって濁りを取るんですか? なんか目の細かい布に入れて、漉してるのを見た事ありますけど……」
なんか、ナイロンみたいな布に入れて、ゆっくりと絞ってるのを見たことがあるし、それが酒粕になるのも知ってる。
「こんな話し知らねぇか? 酒が出来上がる直前に、主人と喧嘩した丁稚が、酒樽に灰を入れて辞めてったってやつ」
「なんか聞いたことありますね、それ……」
「漉しやすくなるらしい。この世界の灰は綺麗だろ? だから駄目元で少しやってみて、駄目なら考える。お前の執務室のイスの中の糸で、布を織れる奴に頼んでみるわ」
んー? イスの中の糸?
俺が不思議がっていると、榎本さんが詳しく説明してくれた。
「ほら、この村と最初の村の間に、なんか妙にでかい繭があっただろ? あれが羽化して、中身ない奴を茹でて積めただけなんだぜ? アレ」
マジかよ……。
「あー、はいはい。変にヘタらないので、不思議に思ってたんですけど、アレを使ってたんですか。一回調べてもらって、絹と綿の間くらいとは言われてたので、後で売るなり技術者連れてくるなりしようと思ってたんですけど、少しだけ織ってもらいます?」
「んー……。そうだな。それは来年だな。今年の酒作りには間に合わねぇ。繭も回収して、乾燥させてねぇからな。布団みたいに詰めるなら、穴空きでもいいんだけどな」
「でしょうね……」
ってかアレ大きすぎるから、幼虫もきっとでかいんだろ? 成虫とかそれに羽が生えるんだろ? 勘弁して欲しい。
せめて、蚕くらいならどうにでもなる。けど手のひらサイズの幼虫とか勘弁だぜ?
あと、足の多い虫も勘弁な!
翌日、俺はセレナイトに向かった。
オルソさんからもらったリストに、製糸関係があったのを思い出し、なんとなく軽い気持ちでやってきた。
転移場所が門の外なので、通行料を払い、港までの中央通りを露店を見ながらゆっくりと歩く。
うん、串焼きや、クレープ。青果やパスタ。気にして見てみると、かなりにぎわってるし、種類もある。
醤油を作ったら、ホタテとサザエとおにぎりを焼きながら、醤油も売るか。醤油の焦げた香りと一緒なら、多分売れるだろう。見た感じ、醤油ソース系の香りはないし。
まぁ、まだ先だけどな。
「こんにちはー」
俺はオルソさんの商店に入るが、見たことのない従業員が数名増えていた。かなり繁盛しているみたいだ。
「どうも。お久しぶりです」
書類を書いていた弟さんが立ち上がり、挨拶をしてきた。
「オルソさんいます? ちょっとだけ話があったんですけど」
「もうしわけありません、オルソは少々席を外してまして。錬金術師との話を詰めに行っています」
錬金術師……ねぇ。ポーション作ってるとか聞いてるけど、今まで殆ど関わりがなかったからなぁ。
フラスコになんか入れてシャパシャパ振ったり、グルグルしたガラス管で、蒸気集めたりしてるイメージしかない。
まぁ、地球の彼らのおかげで、蒸留酒作れたんだけどね。こっちの世界の錬金術師って、どうなんだろうか?
「そうでしたか。では、もう少ししたらまた伺います」
「朝食を食べて出て行ったので、もう戻ってきても良いはずなんですが」
んー今は十時くらいだし。朝食後に行ったなら、結構経ってるよな。商談は難航中って奴かな?
「おう、帰ったぞ……げっ」
「お久しぶりです」
おいおい、こっちは一応客だぜ?
「そんなに驚かないで下さいよ。今日は客として来ました、業者を紹介して下さい」
「ならいいけどよ……。お前が関わると、色々面倒くさくて」
「ははは、否定できないですね」
「で、誰を紹介して欲しいんだ?」
「製糸か服飾関係者を……。前にいただいたリストにありましたよね?」
「確かにいるな」
「どちらかを紹介してくれれば、どちらも繋がっていますからね。どちらか片方でお願いします」
「あいよ」
軽く話しをして、俺はオルソさんの後をついて行く。
連れてこられたのは、裏通りのこじんまりとした店舗だった。
「ここだ、後はそっちで纏めてくれ」
「ありがとうございました」
俺がお礼を言ったら、オルソさんは片手をヒラヒラさせながら、元来た道を戻っていった。
「テーラー裁縫店ねぇ」
つい口に出してしまったが、大抵こういうのは個人名が付いているのが多いよな。高確率でテーラーさんだよな……。
薄暗い店の中に入ると、色鮮やかな布が壁一面の棚に大量に置いてあり、服屋のような独特の匂いが立ちこめていた。
カウンターには誰もいない。奥だろうか?
「すみませーん。オルソさんの紹介できたんですがー」
「はーい」
奥の方に向かって声をかけると、おっとりとした女性の声が聞こえてきた。
奥から出てきたのは、白い髪のくせっ毛で、羊のような角を、こめかみの辺りから生やした女性だった。
ってかどう見ても、羊の獣人族だな。
「どの用なご用件でー?」
微笑みながら、小首を傾げて聞いてきた。
「目の細かい大きめの布で、染色してないのを縫って欲しんですが」
「はーい、こちらになりますね。どういう風にしましょうか?」
女性は、棚から大きな布の塊を持ってきて。大きな机の上でクルクルと広げ、ハサミをジョキジョキと動かしていた。
シザー○ンを思い出すな。
「そうですね……。とりあえず俺の肩幅くらいで、長さが地面から首くらいの、袋状になる様にしてほしいんですが」
俺は自分の体を使って説明し、まだ施設が小規模だから、五十枚ほど頼む事にした。醤油と酒の片方二十枚づつで足りるだろう。残りは予備にすればいい。
「どの様に使うんでしょうかー?」
「ドロドロの水を入れて漉す感じですので、目の細かい布が必要なんですよ」
「なるほどー、なら縫い方は、強固な方が良いですねー」
「はい。それでお願いします」
「わかりましたー」
そう返事をすると同時に、笑顔でハサミをまたジョキジョキと動かした。
夜中に見たら泣けるな。
「納品はオルソさんへ、お願いします。届け先はアクアマリンで」
「わかりましたー」
女性はハサミを置いて、メモを取っていたが、また直ぐにハサミを持ってジョキジョキやっている。
あー、何か頭の片隅に引っかかってたが、アレだ。七匹の子山羊の母親。狼の腹をハサミで切っちゃう奴。だから変に似合ってるんだな。羊だけど……。
「後ですね、製糸や織布ってやってますか?」
「ここではやってませんが、姉妹達がやってますよー。姉妹で、布関係を全部やらせてもらってますー」
「おぉ! では後でそちらもお願いしたいんですけど、よろしいでしょうか? 素材はこれなんですけど、島で見つけまして」
俺はポケットに突っ込んでおいた、成虫になって、穴をあけて出て行った何かの繭を、テーブルに置く。
「ジャイアントモスの繭ですねー。生息地なんでしょうか? 普通の絹と同じように布に出来るので、問題ありませんよー。ちょっと布をお出ししますねー」
席を立って、店内ではなく店の奥に行き、丁寧に丸まった布を頬ずりしながら抱き抱えてきた。
「高くて滅多に出ないんですよねー、これ……」
今まで普通の笑顔だったのに、今は少しだけ黒い笑顔になっていた。
「結構数を保有しているんでしょうか? あ、名前を伺ってませんでしたね。私はテーラーといいます」
やばい、なんかものすごく食いついてる。ってか、綿と絹の間ってニルスさん言ってたじゃん! 小さい布にしてもらった時は、専門家に頼んでなかったのかよ! やべぇよ。なんかわからないけど、やべぇよ……。
「か、カームっていいます」
「あー、噂はよく聞いておりますよー。オルソさんを上手く説得して、寄り合い所を作るように言ったらしい……と。おかげで、暇をせずに済んでおりますよー」
おっほ、なんか本能がやばいって警鐘鳴らしてんだけど。やばい、結構苦手なタイプだ。
「そ、そうですか。それはよかったです」
「アクアマリンって、今色々なところに顔が売れてる、アクアマリン商会があるんですよね? 私のお店に来たって事は、製糸や織物関係の施設は、ないって事ですよね? もしよろしければ妹に言って、技術指導に行かせますけど。どうでしょうか? ちなみに保温性が高く耐火性があって、冒険者の方にも人気なんですが、この辺りではあまり出ませんね。火竜退治とか行く場合に、よくマントとか作ってくれって人気があるらしいんですよー」
あ……この人、羊じゃなくて蜘蛛だわ。さり気ない品質アピールしてくるし。
断る理由が見つけられないし、いずれ欲しいと思ってた施設だからな。なんか少しだけ癪だけど、しかたないか。
「はい。ぜひお願いします。プロの方が来てくれるなら、心強いですね」
「いえいえー、どういたしましてー」
「では後日、うちの事務担当の者と伺いますので、その時に話しを詰めましょう。ご都合の良い日はありますか?」
「そうですねー、いつでも平気ですよ。ではよろしくお願いします」
ニコニコと笑顔だが、ハサミを手から離して言って欲しかった。
俺はオルソさんの店に戻り、布が出来たらこちらに届くので、島に運ぶ物資と一緒に持って来てもらうことにした。
「はぁ……」
重要な事を伝え、大きくため息を出した。
「んだよ……ため息なんか出して。何か言い辛い事でもあるんかよ? それとも茶が不味かったのか?」
「いえ、お茶は美味しいですよ。先ほど紹介していただいたお店ですが、何となく俺の嫌いなタイプの店主でして、短い時間なのに酷く疲れました」
「あー……」
何か思うところがあったのか、俺から目を反らしている。
「こう、あんな風な感じが個人的に苦手でしてね。いや、別に断ろうと思えば断れたんですよ? けど、断り辛い雰囲気というか、いずれ必要になるんだから、目の前にある好条件の物件に手を出しませんかー? 的な、何とも言い難い空気というか……正直蜘蛛みたいでした」
「何となく言いたい事はわかる。けど、島に布関係に強い奴いねぇんだろ?」
「いませんよ? けど必要なタイミングとか、時期がですね? まだ施設の場所や待遇、働き手すらないんですよ」
「その、なんだ。協会に所属してるのはあの店しかなかったんだ。許せ」
「いや、別に怒ってるとか、困ってるって訳じゃないんですよ。むしろいい縁だと思いますよ? けどなぁ……。俺は押しに弱いですが、あんな押され方初めてですわ……」
「大丈夫だ、お前も似たようなもんだ。ただ、あっちはより変則的なだけだ」
「ですよね。俺も少し直さないとなー」
「いや、お前のは逃げ道が用意されてる感じだった。あの女と話した時は……、うん、確かに蜘蛛が一番似合うな」
「はは、多少気が楽になりました」
今度から気をつけよう。
感想で138話が抜けてるとご指摘がありました。
25話区切りでいつもなんかやってるので、1話ずつズラすとアレなので、このまま欠番か、何か前後の話に影響がない短いのを掲載します。
その時はブックマークがずれるかもしれませんがお許しください。




