第152話 ミエルが堅くなってた時の事
俺は、ルッシュさんとパーラーさんに、よほどの事がなければ、十日に一度故郷に戻ってる事を言い、長くて三日くらい不在になることがあるが、自宅にフルールさんの鉢植えがあるから何かあれば呼んでくれと言って、観葉植物風な植物から上半身だけの女性が現れたら、ルッシュさんがものすごく驚いていた。
パーラーさんは、フルールさんの存在だけは知っていたらしく、ニコニコしていたが、椰子の木がウネウネ動きながら声を出した時は、女性でもこんな顔するの?と言うくらい驚いていた。
床下のピルツさんに、この子達に空気ってあげられるかな?と聞いたら「無理」とはっきり言われたので、持ち帰るか、パーラーさんに託すか、面倒でも榎本さんに預けるかしないとまずいので、とりあえずパーラーさんにお願いしてみた。
ものすごく変な顔をされたが、とりあえず承諾してくれた。
丁寧にこれはこう言うもので、こうだからと説明したけど、あまり納得がいってなかったみたいなので、程良く漬かってるゆで卵を食べさせたら、笑顔で承諾してくれた。ルッシュさんは、机から一番遠い入り口のドアに逃げていた。
まぁ、鼻が良いって言うのもあるんだろうけど、慣れないと日本人でもきついからな。
とりあえず、こういう物と知らなければ、まず手を突っ込む事はないと確認できた。
そして、ピルツさんの事を知ったパーラーさんが、調理室の隅に来ないかと勧誘していた。食品がある程度長持ちするなら、勧誘するよな、発酵とかカビとか怖いし。
島の土と朽ち木を持って故郷に帰り、まずはヴルストに会いに行く。
「おーっす、変わりないかー」
「ねぇなー、そっちはどうだ?」
「帳簿付ける人と、接客してくれる人が増えた。そして、もしかしたら酒作りの神に成れる方を連れてきた」
「お? 本当かよ? ってか酒の神じゃねぇんだな」
「けど、怒らせたらこの世界は、もしかしたら全滅する」
「なんだってー!」
狙ってやったけど、まさか思い通りの答えが返ってくるとは思わなかった。
まぁ全滅云々は、ボツリヌス菌とか散布されたらって事で。
「まぁ、半分冗談だけど。酒作りの神になれるのは本当だ」
そして俺は、丁寧に説明する。
「んーそのカビとか腐るのは、目に見えない生き物の仕業で、それが成長すると茸が出来るのか」
まぁ、間違ってはいないから、こんな説明でいいよな。
俺は目の前で、鉢の中に土と朽ち木を入れて話しかける。
「ひひ……、なんだい? んー? ここは島じゃないね。くふふ……ここは悪い奴が少なくて居心地がいいけど、ちょっと潤いが足りないかな」
にょきにょきと、鉢に合った大きさの茸が生えてきて、口を開く。こんどは真っ白だ。夜中に黄緑色に光らないよな?
「うぉ! 茸だ!」
「くく……茸です」
んー、少し掴みどころがわからないなー。
「あのーピルツさん? ここって、お酒を作る場所なんだけど、悪さをする生き物っています?」
「んー、ちょっとだけ」
「それが悪さをしないように、ちゃんとお酒が出来るように、見張っててほしいんだけど。お願いできます?」
「へへ……そんなすごいお仕事私がしていいの? へへぇ……がんばるよぉ」
んー、笑わなきゃ可愛いんだけどなー。この無理矢理作ったような不自然な笑顔……。
「この中で、どこが一番落ち着きます?」
「んー。あそこの角かな、空気も淀んでて最高だね、ひひ……」
風通し悪いのかな?そう思いつつ視線が行っていた方の角に、鉢植えを持って行く。
「あぁー、比較的居心地が良いわぁー」
「あの、水とか欲しい物はありますか?」
「くれるの? 話しに聞いてる、カーム君の水と、たまに動物の糞とか干した魚とか油とかかな」
植物とかわらないな、とりあえず今水を与えておこう。
「ひひ……これがカーム君の水……たまらないわぁー」
茎に顔の付いた茸が、クネクネ動いてる。卑猥だ。
「エロいんだけど……平気なのか?」
「さっきも言っただろ。見えない生き物を操れるって、試しにパンでも置いておけよ、多分カビ生えないぜ?」
「本当かよ!」
「カビないだけで、カチカチになって食えないかもしれないけど、食わない方が無難だな。とりあえず、酒蔵にも置いておくから皆に説明よろしく。何かあれば、相談すればいいさ」
「あいよ」
「し、してね……?」
やっぱり笑顔が怖いな。
「ただいまー」
「おかえり」
この時間は、家にスズランしかいない。とりあえず、お茶を飲むか聞いて、二人分のお茶を淹れのんびり過ごす。
「カーム。話しがある」
「んーなんだい?」
雰囲気がピリピリしてないし、特に重要でもないだろうと思い、気軽に返事をした。
「そろそろ子供達が町に行くみたい。ビルケ先生に必要なお金を渡した。あと手紙を預かった」
そういわれ、棚にあった手紙を取って俺に渡してきた。
「なになに……」
俺は、簡単に手紙を読んでいく。
「なんだって?」
「子供達が、冒険者になりたがってて、もしかしたらギルドで冒険者登録してくるかもしれないから、お金を渡すか渡さないかを話し合えってさ。そのままエジリンに居着く事はさせないけど、三回目の学校は来なくなるかもしれない。って内容」
「ふーん。お父さん達も今でも強さに問題ないから。今すぐにでも家から追い出しても平気って言ってた」
「ふーん、けど学校くらいは通わせようよ。簡単な計算とか文字の読み書きは……ミエルは平気だと思うけど、リリーがなぁー。少し怪しいんだよなー」
「少しくらいなら問題ない。ミエルも付いてる」
「いつも一緒って訳にも行かないだろう? 単純な計算くらい、頭の中で出来ないと」
「そんなの商人くらいしか必要ないわ。カームが異常なだけ」
異常って、ひでぇ言われようだな。
「わかった。とりあえず、何か作ってお金とか稼いでる様子もないから、登録代の銀貨五枚と、小遣いを二人に与え、好きにさせよう。けど学校は通わせる、友達と過ごす時間も大切だ、それで良いか?」
「……わかった」
「ラッテが帰ってきたら、同じ事で話し合おう」
「わかった」
昼食の為にラッテは、子供達より少し早めに戻ってくるので、さっきと同じ様な事を話す。
「んーそれでいいんじゃない? その分お義父さん達に揉まれるから、強くなれるし」
スズランは、強さ的には十分だから、出て行って冒険者に早くなって、経験を積めって考え。ラッテは、もう少し鍛えてもらって、生存能力を上げた方がいいんじゃない?って考え。俺はそもそも、冒険者にはさせたくないが、子供の考えを尊重させたいって考え。
ってか、考えが見事にバラバラだな。そもそも、どのくらい魔物が強いのかわからないし。俺だって周りの目さえ気にしなければ、石弾とか散弾使いまくるさ。戦った魔物で一番強いのはハイゴブリンだし、姐さんには絶対勝てない自信があるし、筋肉魔王の強さも不明だし、魔王様なんか雰囲気でヤバいって事しかわからない。
魔法無しなら父さんにも勝てなさそうだし。父さん達に勝てれば、強い方の部類なんだろうか?んーわかんないな。とりあえず後一年は学校に通わせたいのは確かだ。
「という訳で、リリー達の考えが知りたい」
昼食を食べ終わった後に、子供達に聞いてみた。
「まだお爺ちゃん達に勝ててないから、せめて一回くらい有効打を取りたい。だから、三回目の学校に行かないで冒険者になることは考えられないわ」
ふーむ。俺も魔法無しで勝ちたい。ってかイチイさんと戦ったことがない。母さん達の強さも不明だし、槍を教えてるのはリコリスさんだし。
「もう少し、魔法で戦う立ち回りを覚えたいし、料理も覚えたいから、そういうのは早いと思ってる」
んー、リリーはともかく、ミエルはなぁ……。シュペックの話しだと、鍋と調味料とナイフだけ持って、森をうろついて、鳥や兎を捕って、捌いて一人で食べてるみたいだし。俺に聞かないで、自分なりに料理を覚えようとしてるのだろうか?まぁ、そのうち上手くなるだろう。
「わかった、学校は三回目も行くって事でいいな。ギルドの登録料は預けるから、好きにすればいい。行った時に登録するか、学校三回目が終わってから登録するかは任せる。ただし、一回だけしか渡さないから、欲しい物があって使った場合は、自分でどうにかするように」
とりあえず話し合いは終わらせ、稽古稽古とせがまれたので、外に行くことにする。
リリーにはあまり変化が見られなかったが、ミエルの戦闘スタイルが、かなり変化していた。
リリーが手を叩いて合図をしたら、空中に俺が教えた黒曜石のナイフを六本浮遊させ、いつも取っていた距離より五歩くらい前にでている。
「ほー、今まで出してなかったか、最近覚えたばかりなのかわからないが、それ、当たると最悪死ぬからな?」
「当てられるとは思ってないよ、ただ……予備みたいなものだよ」
そういうと、黒曜石のロングソードも浮遊させ始めた。
「ははは、器用になったなー」
「父さんの子供だからね」
最近、口調まで似てきたんだよなー。
「それ、管理がめんどくさいだろー」
「これから練習だよ」
「ふーん」
俺の場合は浮遊させて、一から番号割り当てて射出してるだけだけど、ミエルがどう管理してるのかはわからない。けど俺は俺だ、飛ばしてきたら、たたき落としてやるか。
「んじゃ手加減して合わせてやるから、いつでもどうぞ?」
俺も【黒曜石のナイフ】を六本浮遊させて、スコップを構える。黒曜石のロングソードはとりあえず作らないでおいた。
ナイフの生成速度がまだ俺の方が早いから、撃ち合いになったら、俺の方が有利だと思うが、どう考えてもミエルのは対接近戦対策なんだよなー。
スコップを投げ捨ててから、マチェットとバールを抜いて軽く腰を落とし、深呼吸を一回だけしてから、ミエルに突っ込む。本当は突っ込みたくないけどな!
視界の中央にミエルをとらえながら、視界の端で浮遊物を警戒して距離を詰めるが、盾を前に構えながら【火球】を放ってきたので、ミエルが盾を構えている右側に避け、マチェットを投げつけ太股のナイフを抜こうとした頃には、黒曜石のナイフを射出してきたので、ナイフを抜きながら俺も黒曜石のナイフを射出してたたき落とし、接近する。
ミエルも盾を構え、俺の投げたマチェットを防ぎながら、距離を詰めってきた。
ある程度近づかれたら、スイッチする方向に切り替えたのか?
とりあえず気にせず、接近戦に持ち込み、ナイフの背で切りつけようとしたら、黒曜石のロングソードを腰の前辺りで横薙で雑に振るってきた。
うーん、射出だと思ったが違かったか。
左手のバールでそれを防ぎ、ナイフの背で切りつけようとするが、ミエルの両手は自由だ、だから盾を前に構えながら距離を詰めてきた。
仕方がないので、距離を開けようと後ろに飛ぶが、黒曜石のナイフが二本飛んできて、時間差で続けざまに一本が、着地を狙って追い打ちをかけてくる。
やべぇ、すげぇやりづれぇ……。
飛んできたナイフを、バールとナイフで同時にたたき落とすが、時間差で飛んできた物は、両手で武器を振るっているので、こちらもその一本だけは黒曜石のナイフでたたき落とす。
「やるじゃない」
笑顔になりながら一言漏らし、一息入れた頃にはミエルの黒曜石のナイフは復活しており、距離が最初の立ち位置と変わらないくらい開いている。
仕方がないので、俺も黒曜石のナイフを補充して再び構える。
「父さんが攻めきれないって事はさ、とりあえず対接近戦はまぁまぁって事だよね?」
「……そうだな、お爺ちゃん達はなんて言ってるんだ?」
「姉さんや、他の前衛がすでにやられてたら逃げろ。だって」
父さん達も多分やり辛いんだな……。
「この手数で責めきれないことは確かだけど、その時には囲まれてるかもしれないって事か……。いやー、まいったまいった。最近は二人に合わせてたけど、これはそろそろ厳しいなー」
武器を構えたまま手を広げ、首を振る。
「勝てないけど、負けでもないって事で、今日はいいかな?」
ミエルは、苦笑いをしながら提案して来る。
「そうだな、今日はそれでいいさ。勝てなくても、負けない事が出来るっていうのはいい事だからな」
俺は、武器をしまいながら、六ミリメートル程度の焦げ茶色【石弾】を七個作りだし、ミエルの上に浮遊している武器にすべてねらいを定め、一斉に射出して破壊した。
ミエルとリリーはものすごく驚いてるが、直径一センチメートル以下の、音速に近い、地面と似たような物体なんか見えるはずがない。二人には、一遍に何かで破壊されたように見えただろう。
威力さえ見せなければ、どうにでも言い訳が出来るしな。
「まぁ、父親の威厳は守らせてもらうけどね……」
浮遊させていた黒曜石のナイフも、ついでに足下に一列になる様に射出してから、スコップを拾いに行く。
「まぁ、この条件だと俺が責めきれないのは確かだけど、これくらいは出来るって覚えておいてね。あ、これは見せたけど、教えられないから。精々対処法に悩んでてくれ」
んー、子供にはどうしても甘くなっちゃうな。
はぁ、これからどうしよう。どんどん子供達が強くなってる……本当に父さんは、子供達にどんな鍛え方してるんだよ。




