第151話 俺の仕事が減った時の事
あれから三日過してもらい、ある程度島になれてから、ルッシュさんに聞かれた記号の意味を教えた。
「自分の帳簿の付け方は自己流だから。自分の管理しやすいように書き換えてもいいし、面倒ならやらなくてもいいから、今日からお願いします」といったら。
「参考にさせていもらい、自分なりにわかりやすくやらせていただきます」と、今まで俺が付けていた帳簿と、メモ書きを照らし合わせ、間違いがないかを確認しながらやってくれるみたいだ。
んー、たぶん在庫の量と、不自然に三十日に一回無くなってる、酒樽半分の酒とか、コーヒー豆とか孤児院への寄付金とか聞かれたら、怒られそうだ。だって帳簿にもメモにも残してないし。
いやいや、最終防衛生体兵器への信頼や、アンテナショップ的な物としてのコーヒーやチョコの知名度や、人材確保に繋がるかもしれない投資だからな。
まぁ本人に最終防衛生体兵器とか言ったら、俺の頭が吹き飛ばされるか、上半身が下半身とお別れか、本人が照れるかのどれかだと思う。
「あの、この定期的にニルスという方から、三十日ごとに送られてくる手紙に、書いてある金額はなんです?」
「あー、それですか? 家で風呂に入ったか、水浴びしたならわかると思いますが、香り付きの石鹸を作るのが手間だから、そのニルスって方に島で取れる、石鹸の材料の油を少しだけ安く卸し、香り付きの石鹸作りの方法をタダで譲って、そのかわり売り上げの一部をよこせと言ったんです……。それでも儲けが出てるから、文句の一つも言ってこないんだとおもいますよ」
「……もったいないですね」
「当時は島民の数が足りなかったから、素材に使う香油とか石鹸作る手間の方が多かったんですよ、だから島内需要が満たせる分だけ作っても問題ないでしょ? とは聞いてますので、必要な分だけ作ってる感じですね。ある程度の金と場所と人があれば島で作ったんですけどねー」
「そうですか……初期費用や人件費もありますので、そういうのもありなんですね」
「まぁ、ものすっごく儲かる方法を考えたけど、金も施設も無いなら、できそうな人に売り込みに行くのと同じだね。ただ違うのは、最初に大きな金で売るか、定期的に売り上げの一部をもらうかだね」
「そうですか……では、この書いてある金額のお金はどこに?」
「んー、金額が金額だから、人族側の大陸の銀行に入れてもらってる。向こうで大きな買い物をする時は便利ですね」
「そうですか……。かなり杜撰だと思っていましたが、思いの外丁寧なのですね」
一応、元日本人だからな。それっぽい知識があって、こっちの世界にそれっぽい物があれ利用するさ。ってかっ物怖じせずに言ってくるなー。
「何か大きな事でも始めるのでしょうか?」
「いやいや、もしもの事を考えて少し貯めてるだけだよ」
「そうですか。手紙の枚数的に、少しって額ではないとは思いますけど……。本当に私は、カームさ……んの苦労を軽減させる、支援要員だったのですね」
今「様」って言い掛けたな。まぁ直に慣れてくるさ。そのうち小言も飛ばしてくるんだろうな。なんか小言きつそう。
「そうですね、これで三割は他の事に労力を使えます。そのうち、特別な交渉以外は任せてもいいと思ってましてね。だって、これがこれくらい欲しいって言われたら、帳簿見て金額を調べて、計算するだけですし」
「それはそうですが……」
「そのうち、港付近に大きめの倉庫を造って、伝票を書いてもらって、買い付けにきた商人に渡して、その商人が倉庫の人達に伝票を渡したら、数を合わせて船に運んでくれるようにしたいなーって思ってるんですよ。だから本当に座ってるだけの仕事になっちゃいますね」
「あ、いえ。それは問題ありません。やろうとしてる事が、本当に大きな商会と同じだったので、少し驚きました」
「ま、人も金もまだ無いけど、昨日レンガ作りの話しを提案したから、多分目立つところに、レンガ造りの倉庫が出来ると思います」
「本当に先の事だと思いますが、できあがったら素敵でしょうね」
「そうですね」
某有名な、赤レンガの倉庫とか出来たら本当にすげぇって思うけど。夢や理想を語っても、悪くないな。まずは一棟だなー。
「少し休息でも挟みませんか?」
パーラーさんが、コーヒーとお茶菓子を持ってきてくれて、何か必要な物がないかを聞いてみた。
「そうですね、小さな釜戸が欲しいです」
「あー盲点でした。お茶くらいなら火鉢でいいかなと思ってたんですが、焼き菓子のことは頭に無かったです」
コーヒーとチョコだけ、出しとけばいいやって考えだったからな。
「フライパンだけ使うなら問題ないですが、種類を増やすとなるやはり必要ですね。それと、この規模の建物を見ると、相当な数の人が入ります。なので、大量にお湯を沸かしたりするのには、やはりあった方が便利かと」
「そうですね、とりあえず木造で作らせて、増築する場合に石造りで排煙に気を配りながら作らせましょう。出来て直ぐに増築は可哀想ですからね」
「雨風が当たらなければ問題ありませんし、隣にある酒造所の釜戸を当分は使わせていただきますので」
「しばらくは不便をさせますが、それでお願いします」
お茶が終わったら、ルートさんかジュコーブさんに頼むか。
「ってな訳で、お願いします」
「それくらいなら、試しに弟子達に作らせるよ。簡単な釜戸に雨風が当たらない小屋。まぁ、すべて任せるから、どうなるか上としては少し不安だけど、自信も付けさせないとね」
「ですね、自信を付けさせるのも上の仕事ですからね」
ちなみに、ジュコーブさんとゴブルグさんはいなかった。
◇
一週間後、弟子達が意気込み、もう小屋とか倉庫とか言えないくらい、大きく立派なキッチンが出来上がってしまった。基礎とかコンクリ使って養生とかじゃないからな。釜戸も最初に作って、もう十分に乾燥してる。
「基礎や骨組みの時点で、嫌な予感はしてましたが……」
「とても立派な調理場ですね。私一人では大きすぎます」
「いやー海岸近くで祭りやるでしょう? あの石作りの小さな小屋は、ほとんど倉庫にしちゃって、釜戸とかも無いじゃないっすか、だからこれくらいのを作ったんすよ。ある程度の食材は少し入れてありますから、使いやすい位置に自分で置いて下さいね」
そういう意図があったのか、よく気が回るな。
「そういう事でしたか、いやー本当ありがとうございます。理由を聞いたら、過剰すぎるって事は無いと思います」
「カーム様すごいですよ。お屋敷にいた頃のキッチンを二周りくらい小さくした様な感じですよ」
パーラーさんに、さん付けで呼ばせるのあきらめようかな。違和感なく、流れるように様付けしちゃったし。
キッチンの中は戸棚が多く、収納スペースがかなり多い、真ん中には大きな頑丈なテーブルが有り、その上には、小麦の袋や野菜がおいてあった。六人か八人くらいで、パンがコネられそうな大きさだ。釜戸は半分外に出てて、排煙も問題なさそうだし隙間も埋められてて、すきま風の心配もなさそうだ。
「私、ここで生活できそうです!」
「いや、止めて下さい。風呂とか作らせてないんですから、逆に不便ですよ」
「冗談ですよ、カームさん」
今度はさん付けかよ。忘れてて訂正するよりも、次から間違えない姿勢か?まぁいいか。パーラーさんに対しては、つっこまないようにしよう。
パーラーさんは、釜戸の中を調べ、うれしそうに口を開いた。
「さて、初めて火でも入れますか。火入れって一回やってみたかったんですよね」
そういって、裏手に積んである薪を数本持ってきて、釜戸の中で積んで、魔法で着火している。
そういえば、村では当たり前に魔法で簡単に着火とかしてたけど、村の外で見るのは初めてだな。
火が落ち着いたら、水瓶に手から【水】を出して補充している。
うーん……。魔法の教師も兼任させようかな。
「よーし、薪がもったいないから、何かしましょう!」
うん、なにも考えないで火入れか。行き当たりばったり?もしかして、おっちょこちょいなのかもしれない。ってか儀式的な火入れなら一本でもよかった気がするんだけど。
火を入れてから小麦系をいじっても間に合わないし、何をするんだろうか?
「んー」
見ていたらそんな声を出して、野菜を切り始め、油を少し多めに入れたフライパンで炒めはじめ、塩胡椒をしてから、溶いた卵をまんべんなく流し、更に炒めている。
卵閉じ野菜炒めっすか……、昼にはかなり速いぞ?ってか朝飯食ったばかりだよ。
「あの、俺、朝飯食ったばかりなんですけど、なんで野菜炒めを?」
駄目だ、突っ込んじまった。
「う、うれしくてつい。ある材料で直ぐに出来そうな物を……」
モジモジとしながら、多分二人分程度の野菜炒めの皿をテーブルにおいた。
「あのー、どなたか朝食取ってない方います? 俺、朝食は絶対食べるんで、もう済ませちゃったんですけど」
調理場作りを手がけてくれた、大工見習い……もう一人前に近いか……。その人達を見たら、全員軽く目を反らす。
だよな、食わないと昼まで持たないもんな。そんなことを思っていると、一人の大工が前に出た。
「ウ、ウワー。オイシソウダナー」
それに続いて、どんどん前に出てくる。
「ソ、ソウダナー。ナンカコバラガスイテキチャッタナー」
「ミンナデスコシヅツタベヨウゼー」
うむ、素晴らしく仲間思いだな、皆で少しずつ食べてるが、俺の方もチラチラ見てくる。なんだよ、皆って俺も含まれてたのかよ。
「ウ、ウワーイ、オイシソウダナー。ミテタラナンカコバラガスイテキチャッタゾボクー」
うん、この人数ならどうにかなるな。朝食後に野菜炒めを詰め込み終わり、皆がお腹を摺りつつ「ウプッ」とか言っている。もちろん俺もだ。
大工達は足取りが重く、胃の辺りに手を当てながら作業場の方へ戻っていった。俺も胃が重い。粉にしたシナモンとミントを水で練った奴でも飲むか?まぁ、少し散歩すればいいか。
パーラーさんに、自分の使いやすいように、好きに道具や食材をしまってていいと言ってから森の方に行き、特に何もすることなく探索する。
まだまだ原生林が多いが、多少森を残しつつ、野生生物を全滅させないように気を配らせよう。
多少風通しをよくさせてもいいけど、手つかずの場所もあった方がいいんだろうな。よくわからないけど。
お、茸だ。鬱蒼としてるから、注意深く見ればけっこうあるんだな。こっちの世界に来てからは【毒耐性】があるけど、怖いから採ってないな。俺だけ平気で皆中毒死とか笑えないしな。
「カームさん。ちょっと相談があるんですけど、いいですかね?」
「え、誰ですか?」
辺りを見回すが、特に誰もいない。けど声はしっかりしたんだけどな……。
「あ、わかりやすいようにしますね」
そんな声が聞こえると、茸が急成長して、五十センチメートル程度の大きさになった。太さもかなりある。
「あ、どうも。マタンゴのピルツです」
茸の茎のところに顔が現れ、喋りかけてくる。なんか気持ち悪いな。昔見たアニメでこういうのいたな。
けど警戒色の真っ赤な長めの前髪があって、顔のパーツは整ってて美人に見える。まぁ、傘は真っ赤で白い点々がある、ベニテングダケみたいな見た目の茸じゃなければなー。
「あ、どうも。カームです」
一応俺のことを知ってたっぽいけど挨拶はしておいた。
「急だけど、パルマやフルールが楽しそうだったから……私も仲間に入れて欲しくて。でも、声をかけるのに時間がかかっちゃって」
「いえいえ、島の仲間が増えるのは大歓迎ですよ」
「少し引っ込み思案な性格でして、でもやっと声がかけられました。ふ、ふふ……毒のない私を、何回も食べていただきましたし……へ、へへ」
なんか照れてるな。茸がクネクネするな。卑猥に見えるだろ!
「あー、はい」
ってか、雰囲気がやばい。何が言いたいんだ。
「二人みたいに、私も鉢植えで、暗くてジメジメしたところに置いて欲しいんですけど、駄目ですか?」
無理矢理笑顔を作ってるのか、口角がひきつってるぞ……。
「あ、あの。やっぱり、こう……目に見えない何かを操れるんでしょうか?」
菌とか、どう説明していいかわかんねぇよ。
「よくわかったね、ものすごく小さい種みたいなのが、風で飛んだりして増えるし。カビとかも私の仲間ですよ」
「でしょうね……」
菌……、カビ……。あ……そうか。
「ぜひ、二人と同じようにうちに来て下さい、ちょうどいい場所がありますよ!」
ピルツさんがいれば、味噌、醤油、チーズ。何でもできそうだな! 乳牛いまものすごく少ないけど。
「本当? なら、その辺の土と、あの朽ち木をもって帰ってほしいな。
ふへへ……」
んー、口角がひきつってなければ、可愛いと思うんだけど。
ってか、この鮮やかな髪色とかなのに、引っ込み思案とか、わからない事だらけだ。
俺は言われたとおり、土と朽ち木を持って、床下収納の隙間に入りそうなくらいの小さな植木鉢を作って、土を入れてから朽ち木を乗せた。
そしたら、ものすごい勢いで、鉢に合った大きさの茸が生えてきた。今度は、シメジのように傘が茶色い。
「鉢が少し小さいね。どこにおいてくれるの?」
俺は床板を引き剥がし、糠床の壷の脇に置いてやる。
「いいかんじ。ここの中には、いろいろな子がいるのね、居心地がいいわ。この壷から漏れてる?」
「そうだね、この中には多分いっぱいいると思うよ?」
「ふーん、毒じゃないいい子達。仲良くなれそう、ひひ……」
怖いなー、糠床に変な菌を入れないでくれよー。
うん、味噌作りとか醤油作り頑張ろう。そしてチーズも島内生産だ!あ、日本酒もね。けど温かいから平気かな?まぁ、菌の繁殖とか全部一任すれば平気かな?




