第136話 魔族側の大陸に行った時の事 後編2
後編の2です。
後編1を先に読んで下さい。
翌日、露店で食事を軽く済ませ、町を探索する。裏通りを歩いてると、コーヒーの文字を見かけ、少しだけ嬉しくなり、店に入る。まぁニルスさん以外にも売ってるから、当たり前だけどね。
ドアを開けると、冒険者らしきグループや、船乗りや商人といった、多くの客でにぎわってた。
店内の雰囲気はまぁまぁかな。レイアウトは多少似てるけど。
俺はコーヒーを頼み、まずは普通に口に含む。多少苦いか?実はコーヒーより。お茶や紅茶派の俺には、苦みか酸味か、濃いか薄いか程度しか興味が無い。
砂糖を少し多めに入れて、ブラックで飲む。だってミルクも豆乳も無かったし。あと、コランダムより少し高かったのは仕方ないと思おう。
こっちにも、コーヒーを卸せば、多少は安くなるか?ならなくても、店が増えれば嬉しいね。
そして俺は、唾を付けに、孤児院に向かう。スラムで孤児を見なかったのは、多分そういうのがあるからだろう。
人族はわからないけど、魔族で孤児狩りをして、奴隷にしてるって話は聞いた事が無いからな。
取り合えず寄付をして、冒険者は兎も角、就職先にアクアマリンを選択してくれる子が十人に一人いてくれればいいか。これも島からの財産から、多少の寄付を定期的に送ろう。ポケットマネーの方が良いか?寄付ってどんな遣いだっけ?寄付金は寄付金か。貰った方は雑収入だけど。
さて、こういうのは大抵、下級区の通りから外れた場所にあると相場が決まってるが……。まぁ、聞いた方が早いな。
「あ、すみません、孤児院ってどこでしょうか?」
その辺に立っていた、自警団っぽい人に話しかけ、情報を仕入れる。
「昔は下級区にあったけど、スラムの拡大で、飲み込まれましたよ。どうにかしてあげたいんですけどね、手ごろな土地や、建物を建てる金が無いらしく、巡回を増やすしかないんですよ」
自警団の男は、申し訳なさそうに言っている。
「そうですか……。情報ありがとうございました」
一応気に掛けてるみたいだから良いけど、孤児院の土地を手に入れようと、なにか嫌がらせしてる奴がいて、訪ねて、ドアを開けようとしたら、元気な男の子に石を投げられたらどうしよう。
「ここか」
自然と言葉が漏れ、家が四件ほど建てられそうな土地に、半分は家屋、半分は庭兼遊び場みたいな、孤児院を発見した。
周りにやばそうな人影なし。元気な男の子もなし。まだ朝食中か?どこかのマスクマンみたいに、孤児院に尋ねる時は、食べ物とかお菓子を持って来た方が良かったかな?
まぁ、考えてても仕方がない、ここまで来たら行動するしかないんだし。
簡素な杭が土地の境に打込んであり、木で出来た粗末な門を開け、ドアに向かい、ドアノッカーを鳴らした。
んー、コーンフラワー?孤児院の名前か?前世では、麦畑やトウモロシ畑でも元気に育つから、その名前が付いたって、前世でハーブの本で見たけど、飲んだ事無いんだよな。美味いのかな?
「すみません、少しお話をしたくて伺いました。どなたかいますか?」
しばらく待つと、油を挿してないのか、ドアが音を立ててギギギとなった。
「はい、どの様なご用件でしょうか」
対応してくれたのは、メデューサだった。
下半身が蛇で、鱗が少しだけ濁ったピンク色、紫に近いピンクか?下半身に足がないと、フィグ先生みたいだな。
髪の毛も、物凄く小さな蛇がウネウネしていて、下半身の鱗の色と同じだった。ちなみに、上半身は、ゆったりとした麻のシャツです。フィグ先生みたいに、布を胸に撒いてるだけじゃ無かったです、残念じゃないですよ?
それにしても、大きいな……。どこがって?んなのゆったりした服からでも自己主張を忘れない胸ですよ!
「あ、自分はカームと言います。いきなりで申し訳ないのですが、寄付の件でお話がありまして」
そう言うと、「ど、どうぞ」と少しだけ浮ついた声で、ドアを開けて中に招いてくれた。
子供に石を投げられる事は無かったよ。ナイスだ自警団。
それと、地面に付いてる、尻尾の部分が少ないけど、よく前に進めるな。
応接間に通され、イスに座るように言われ、待つこと数分。お茶が出てきた。無理してないですか?俺は白湯でもいいんですよ?
「食べられる野草を、干してお茶にした物で申し訳ありません」
そういって、テーブルの対面にとぐろを巻く用にして、なんて言っていいかわからないが、変な風に座り、「どうぞ」と、お茶を勧めてきた。
飲んでみたら少しの苦みと、香ばしさが口に広がり、飲み辛い種類のハーブティーよりは、美味しかった。一般的な茶葉が出てくると思ったが、心配しなくてもよかったな。
「いえ、もの凄く美味しいです。そして、いきなりの訪問で申し訳ありません」
「いえ、そんな事ありません。全員朝食が済み、片づけや洗濯の時間ですので。あ、自己紹介がまだでしたね、この孤児院の院長をしているセルピと言います」
「洗濯中でしたか……。なら早めに本題に入った方が良いですね」
「は、はい」
セルピさんは姿勢を正し、緊張しているように見える。
「寄付の件ですが、簡単な条件があります」
「……はい」
「自分は、ここから五日ほど離れた島を開拓してる、甘ちゃん魔王の領地で働いてるんですが、島民を将来的に増やしたいと思っているらしく、色々な所に話を持ちかけています」
セルピさんは、かなり真剣な目でこちらを見ている、石化されねぇよな?
「ここの子供達が、将来どのような職に就くのかには、口を出す権利は自分にはないので、強くは言えないのです。まぁ、十人に一人は島に来て、働いてくれればいいな? と思い、将来の選択肢を増やしていただければよいかな? と思い、こうして伺わせていただきました」
「子供を引き取るのではない……と」
「はい、定期的に寄付をする金額を、身請けに回しても良いのですが。子供達の将来を狭めたくはないので」
「言ってる事はごもっともですが、寄付をして頂いたのに、その魔王が開拓してる島に、子供達が行かなかった場合はどうするんでしょうか? 寄付の打ち切りでしょうか?」
少しだけ深刻な顔をしている。そんなに経営が苦しいんだろうか?
「いやいや、あいつはそんな事気にするような、心の狭い奴じゃないですよ。来なかったら来ないで、『まぁ、しかたねぇか』で済ませる奴ですので、寄付は、ただの自己満足で済ませますよ、きっと」
「そうですか……。その島の魔王になった方は、随分と心優しいのですね」
「もの凄く甘ちゃんで、あまり見返りを求めてませんので……。困った奴です」
自分の事だが、遠慮のない部下という風にしておこう。ついでに両手を広げ、首まで振れば完璧じゃないか。
「では、こちらはどの様に、子供達に言えばいいのでしょうか? 普段なら、冒険者や、近所の商会の下働きや、職人の弟子という風に、言い聞かせてますけど」
「そうですね……この港から五日離れた場所の島でも、働き手を探しています。で、良いのでは?」
「それだけで良いのですか? もう少し、そちらの利益に繋がるような事を言わなければ、採算割れしてしまうのでは?」
「寄付って言うのは、損得で動く物ではないと思うのですが」
「――そうでしたね。申し訳ありませんでした」
「いえいえ」
そして、大銀貨を二枚出して、帰ろうと思ったら、
「もしもの話ですが、その島で働くには、どうすればいいんでしょうか? 手先が器用とか、力が強いとか」
「その者に合った、職を見繕うような事を言ってました。言葉は悪いですが、何も得意ではない者でも、種蒔きや収穫もできますし。足が無くても座ってできる仕事を作って回す。と言っていました」
「そうですか」
「えぇ。あ、子供達はどのくらいいるのですか?」
「幸いな事に、今は三十五人です、一つ前の年越祭の頃は、五十人ほどいたんですよ」
微笑みながら言わないでください。力無く笑ってるように見えるんで。大銀貨二枚なら、食費だけなら、三十日は持つだろう。
「失礼ですが、主な収入源は……」
「子供達でもできる、簡単な内職を回して頂いています。妹もがんばってくれていて、助かってるんですよ。それでもカツカツですが……」
「そうでしたか、大変失礼な事を聞いて申し訳ありませんでした」
「いえ、馴れているので平気ですよ」
いや、セルピさん。終始笑顔だけど、髪の毛の蛇がウネウネしたり、威嚇したり、うなだれたりで、感情丸わかりだからね?誰も言わないの?
「ただいまー、朝の配達終わらせて……。また別の奴隷商か! 出てけ!」
ドアを開けて入ってきた、セルピさんより鮮やかなピンク色の鱗と髪の蛇の女性が、手に持っていた角ばった布袋を投げてきた。綺麗に顔面に当たったが、軽かったので、空の弁当箱だろうか?物を投げてきたのは、元気な男の子じゃなくて、下半身が蛇の女性だったよ。
「妹のオピスが大変失礼な事をして、本当に申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい」
二人に謝られた。しかも、髪の蛇もシュンとしてるので、なんかかわいい。蛇は嫌いだけどね。食べ物としては別だけど。
「いえ、別に気にしてないので、もう頭を上げてください」
「ですが……」
「こんな事で、いちいち腹を立てて、寄付を取り消すとかはないので。悪いのはその頻繁にきている奴隷商ですから!」
俺はなんとか頭を上げさせ、話に戻ることにする。
「で、なんで奴隷商なんですか?」
「どこで噂を聞いてくるのか、わかりませんが、『経営が苦しいなら、二人か三人引き取りますよ。食い扶持も減って、お金が手に入る。良い事だらけじゃないですか』とか言ってきましてね。裕福な家庭や、貴族様の下働きが約束されているなら、まだ納得はできます。ですが子供の奴隷が幸せになれる可能性なんかほとんどないじゃないですか」
「しかも三人だぜ? 三人の奴隷商に目を付けられてるんだ。どうにかしてやりてぇぜ」
「んー、確かにしつこいでしょうね」
「本当だよ! あいつら戦場のカラスみたいにしつこいんだぜ? 姉ちゃんはこんな性格だろ? 私は働いて金を入れてるし、私がいない時をねらってくるんだぜ? どうにもならねぇよ」
「どうにもなりませんね」
奴隷商がいて、ある程度仕事が回ってるのは確かだし、奴隷商に身を売って、助かる家族もいるのは確かだ。本当にどうにもならない。
運良く、福利厚生がしっかりしてる所なら問題ないけど。使い捨てにしてるのが現状っぽいけどな。犯罪奴隷は最前線だったけど。
まぁ子供達や、島の子供達がさらわれたら、容赦なく壊滅させるけどな。
「ならこう言えばいいんじゃないんですか? 心優しい支援者が現れて、寄付金をおいていきました! って、今回だけで終わらせるつもりもありませんし」
島の収入を、大ざっぱに計算しても、大銀貨二枚くらい問題なかったし。
「本当か!」
「それとも定期的な寄付より、一度に欲しいならそちらにしますが……、その場合は、次は季節が一巡した今頃にまたきますよ?」
「一度に大量のお金を持つと、身を滅ぼしますので……」
「そうですか。次は、また切りがよい頃にでも」
「あ、あの!」
今まで、丁寧だった物腰のセルピさんだったが、急に何か覚悟を決めたように、声を出した。
「そろそろ、この孤児院を卒業する子がいるのですが、もしよければそちらで働かせてもらえないでしょうか?」
顔から笑みが消え、真剣な表情だ。髪の毛もワラワラと威嚇してきている。
「……かまいませんが。自分は四日後に島に戻りますよ?」
「あっ……。それでも良いです。連れて行って、働かせてもらえないでしょうか」
「まぁ、何か理由があるのでしょう。それは聞きませんが、それで良いというのなら、自分はかまいませんよ。そういうのも任されますし。ただし本人が働きたいというのならですがね」
「あぁ! ありがとうございます!」
「では四日後の朝、港に止まってる、椰子の木と大きな花と山の旗がある船が目印ですので、そこの前で待っているように言ってください」
俺は、紙屑をもらって、簡単な絵を書いて渡した。
「姉ちゃん、この印って最近見かけるようになった……」
「アクアマリン商会の……。まさか魔王が商会を?」
「そんなところです。開墾ついでに、作物や嗜好品を作ってますからね。本当ここ最近ですよ。やっと軌道に乗ってきたって言ってましたし」
「だから人手が欲しいとか、その人に合った仕事を与えると……」
「そんなところです」
「では、よろしくお願いします。当日の朝は、私も顔を出させていただきますので」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そう言って、俺は孤児院から帰る事にする。帰る時に、沢山の子供達に見られてたが、笑顔で手を振ったら、逃げられた。すげぇへこんだ。




