第110話 最前線に呼ばれた時の事
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
作中に櫛野と言う名前が出てきますが、誰だかわかると思います。
おまけSSの方に書いた温泉話で名前が出てきました。
コーヒー店にフルールさんの鉢植えとか、色々な観葉植物を窓際に緊急連絡用に置かせてもらい、農作業や島の南の製油所の要望を聞き入れつつ作業に精を出す。
今のところ、連れて来られた村民約百人は特に不満もなく働いてくれている、心なしか少しだけ健康的に太って来た気がする。良い事だ。
夏に向けて、蒸留所用の資材を確保したり、品種改良の為の準備を始めたりして、平和な日々を送っていたらフルールさんから連絡が入った。
「クラヴァッテって所からの伝言で、休戦条約を結ぶ事になったけど、何故かカームも参加してくれと手紙に書いてあったから、同行してもらいたい。だって」
「なんというか、また急ですね……。水面下で勇者達が動いている事は確かなんでしょうけど……。また、嫁達に報告しに行かないと」
「まあ頑張ってね、私はパルマと実の多く生るトマトの話し合いがあるから」
「はいはい、お疲れ様です」
そんなやりとりをしつつ、近くにいた狐耳のおっさんに報告をしつつ、急いで家に戻り、嫁達に報告する事にする。
「ってな訳で、今度は最前線基地から少し行った戦場での会合だ、詳しくはわからないが、多分例の勇者も同行して、難無く話し合いが進むと思うけど、例の貴族様と馬車での移動で五日かかるからまたしばらく帰れなくなる……」
「カームはいつも帰って来る。だから私は特に問題ない。何かあればその花と話して勇者を殴りに行くだけ」
「おいおい、怖い事言うなよ。勇者の一人がある程度根回しは済ませてて、停戦用のスタンプは軍部と貴族が押すだろ」
「難しい話はパスかな? まぁ、私としては怪我しないでねって言うしかないけど、毎回すごい事してるみたいだけど大怪我とか無いし」
「まぁそうだね、勇者達には助けられてるよ」
「えー、この間聞いた話だとカーム君は物凄い事して、なんか有利に話を進めたって話じゃん。そのまま今回も行っちゃえー」
「多分だけどさ、貴族様、軍部、現地魔王、俺。そして相手は軍部のお偉いさんと勇者と関係者だと思う。そして確認だけの書類と軽い話し合いで、何かあったら俺が魔族側を止める役だと思うんだよね」
「カームなら脅せば一発で黙ると思う。がんばって」
「なんかすごく信頼されてるけど、絶対はないから」
「あのフライパンに穴を開ける魔法で黙らせれば良い」
「ややこしくなるから、そう言うのは最終手段ね」
そんな感じで会話を終わらせ、多少の着替えや野営用品、保存食をリュックに詰めて、いつも通り三人で一緒に寝た。道中色々気を使ってくれるかもしれないけど、用意して行くのが礼儀だよね。
相変わらず左右にべったりとくっ付いて来るが、毎回行く前は無いし帰って来てからが激しいので、少し覚悟が必要な気がする。
◇
「んじゃ行ってきます。行きは馬車だけど、帰りは転移魔法使っちゃうから、帰って来るのは六日以降って思っててね。行ってきます」
「いってらっしゃい」「いってらっしゃーい」
そう言って家族に見守られながらテフロイトに飛び、いつもの門番に話しを通し、屋敷まで連れて行ってもらう。
「久しぶりだな、急ですまない」
そう言いながら応接室に入って来る。
「いえ、ある程度想像できましたので……」
そう言いながら出されたお茶を啜る。
「人族側が何故か君を指定して来てね。なにか関係があるのかい? いや、聞くだけ無駄だったな、この間の話を聞いた限りだとかなり関わっているんだろう?」
「……まぁ。かなり」
「まぁいいさ、それで出発は明日でいいか?」
「もう準備は整っています。なのでそちらに合せますので、ゆっくりと準備を整えてください」
「カーム君待ちだったんだよ、今使いをあの軍部の豚に走らせてる、なので明日朝に出発だ。取りあえずは客間を使ってくれ」
「わかりました」
「それまで少しだけ書類を片付けないといけないから、我が家だと思ってくつろいでくれ」
「お気遣いありがとうございます」
そう言いながらクラヴァッテは席をはずし、俺はやんわりとした雰囲気の犬耳のメイドに客間に案内され、くつろぐ事にした。
なんかテーブルには呼び鈴みたいなのもあるし、ベッドも綿が多く詰まっているのかふかふかで、掛布団は羽毛で出来ていた。
「羽毛か、軽いな……」
しかも調度品が多くて落ち着かない、壊したり汚したりしないように、近づきたくないな。
実は前世から布団が軽いと落ち着いて寝れないんだが、諦めてコレで寝る事を決める。そして島で飼っている鴨の羽毛の利用価値を思い出したので、スズランや島の皆の為に覚えておこう。鴨が増えたらコレで防寒具とか作れるからな。
そして俺は、特に意味は無い呼び鈴を鳴らす理由を考えて、呼び鈴を鳴らす。
だって一回はやってみたいじゃん?
呼び鈴を鳴らしたら、一分後くらいに部屋がノックされ、先ほどのメイドさんがやって来た。
「失礼します、どのようなご用件でしょうか?」
「久しぶりに来たので、俺が持って来た花……、フルールさんに水を上げたいんですが、鉢のある場所まで案内してもらえませんか? それが駄目ならここまで持っていただきたいのですが」
「申し訳ありません。鉢のある場所はクラヴァッテ様の私室の近くとなっておりますので、こちらにお持ちしますね」
そう言って一礼して部屋を出て行った。
「んー、メイドっぽいメイドに、初めて対応された気がする」
そう独り言を呟きながら、水差しにあった水を飲みなつつ、メイドさんが帰って来るのを待った。
そうしたらノックが鳴り、鉢を抱えたメイドさんが戻って来てテーブルに鉢を置いてくれた。心なしか少し育っている気がする。
「なんか俺が魔法で出した水が好きみたいなので、少し与えておこうかな? と思いまして。無理を言って申し訳ありません」
「いえいえ、いつも面白い話を聞かせて頂いておりますので構いませんよ。昨日水を上げたばかりなんですが、根腐れとか平気なんでしょうか?」
「水捌けの良い土で、表面が乾いたらたっぷりととしか本人から聞いてないのでわかりませんね。まぁ、与えておきますね」
そう言って野球ボールより少し小さい【水球】を出して、土に染み込ませるようにして与えておいた。
「ありがとうございました。コレで多少この個体の機嫌が良くなれば良いんですけどね」
「私と話している時はいつも機嫌が良いですよ。では失礼しますね」
そう言って、ニコニコしながらメイドは出て行った。
特にやる事がないんだよな……。クラヴァッテに失礼かと思って早めに来たけど、町の探索とか気分じゃないしな。
お金は少ししか持って来てないし。ってか時間が中途半端過ぎる。昼食でも頂いたら昼寝だな。それまでは座禅でもしてるか――
◇
翌日。これまた立派な馬車が屋敷の前に止まっており、コレに乗るのかと思うと少し抵抗がある。
「コレに乗るんですか? なんか豪華すぎて乗りにくいんですけど」
「直に慣れる、では留守中は任せる」
「えぇ、行ってらっしゃい」
そう言って子供を抱いた、狐耳の奥さんが代表で返事をして、使用人が全員見送りに来ている。
貴族すげぇ!
けど狐耳の奥さんが物凄い目で睨んでいるが、旦那を危険な目に合わせたら殺すって感じの目だな。スズランも怖いけど、こっちの視線も怖いな。ただ、妖狐っぽいから変に背筋がゾクゾクする。
手荷物を別な馬車にのせ、武器類もそちらに乗せるように言われた。まぁ、使用人としては、主の知り合いでも、安全を守るのが優先だから仕方ないだろうな。黒曜石製の武器出せるけどね……。
そして移動中にどんな内容なのかをさりげなく聞いてみた。
「どんな感じで話し合いが進むか聞いてます?」
「そうだな、取りあえずはお互い戦線を維持していた場所に大きなテントを張って、お互いのお偉いさんがにらみ合いながら話し合って、サインとスタンプを押すんだろ。俺は戦線のある土地を纏めてるからな。とりあえずその土地で一番偉いって理由で呼ばれただけな気もするがな。そっちはかなり関ってるから呼ばれたんだろう?」
「えぇ、そうですね。多分出て来る奴も多少想像がつきます、しかも完璧な出来レースです。確認だけして終わりでしょうね」
「なんだよ。僕が行く意味ないじゃないか」
「多分体裁を整えるだけに呼ばれた気がします」
「おいおい、それで僕の業務が遅れるのか。最悪だな!」
「貴族ってそんなもんだと思ってますけど……」
「思っている以上に忙しいんだぞ?」
「でも、あの時は無理矢理時間を作って、前線基地に来てくれたじゃないですか?」
「アレは色々おかしな点があったからだ、どう考えてもカーム君やキース君が活躍してなかったからな」
腕を組んで、少し面白くなさそうな顔をしている。
「まぁ、あの禿げネズミには散々こき使われましたからね、あの時はスッキリしましたよ」
「禁輸品の葉っぱを持ち歩き、そいつの部屋で焚いた奴が何を言う」
「イヤーアノコロハワカカッタ」
「今でも十分若いだろうに」
ってか魔族はどのくらいから若くないに部類されるのかがわからない。クリノクロアのトレーネさんが、あの容姿で俺よりかなり年上って事はなんとなく察したし。故郷のアルクさんや。フレーシュさんはエルフ系だから長寿種ってわかる。
校長だって竜族だから長寿種っぽいし、ってか竜族は細分化されてて、父さんみたいに蜥蜴っぽいのでも竜族の可能性があるからな。ってか父さんもある意味竜族だよな……。
「あの時は見逃したが、あれからはやってないんだろうな?」
「もちろん。それにあの時は何かに使えないかな? と思いつつ偶然手に入れましたが。それくらいしか用途ありませんし。むしろ毒耐性あるので効きません」
「まぁ、もうやってないなら良いさ」
そんな会話をしながら、近隣に村がないので野営をする。野営中は馬車がそのまま寝所になるので、俺は外で自前の物を使って寝ようとしたが、付いて来たお供の方達に無理矢理無駄に大きいテントを使うように勧められた。俺一人で使うのも気が引けるので、どうにか説得して皆さんで使ってもらった。
「クラヴァッテ様に叱られますので、どうかお使いください」
とか言っていたが、断固拒否した。
「皆さんで均等に分けてお使いください、俺一人では大きすぎます」
そんなやり取りを五回ほど繰り返し、俺がクラヴァッテに言って、なんとか俺の意見を通させた。
俺なんか焚火のそばで十分だ。無人島探索である意味慣れてる。けど見張りは、進行方向側に軍部のお偉いさんや兵士がいるので、その方達がやってくれた。
ちなみに野営なのに、食事が無駄に豪華だった。
◇
その後は、特に問題無く夕方には最前線基地に着き、色々な荷物を下ろすのを手伝い、それが終わって中に入ると特別な部屋を用意されていた。昔を懐かしんで兵舎で寝ても良いと思うが、任務中の兵士に気を使わせるのも失礼なので、こっちの方は素直に従っておこう。
そして夕食を、食堂で少しだけ食事を懐かしく思いながら食べていたら、いきなり兵士に話しかけられた。
「うわー懐かしい! カームさんですよね?」
兵士に知り合いは少ししかいないんだけどな……。
「はい、そうですけど……」
そうして振り向くと、やっぱり見覚えはない。多分五年前もここにいたんだろうな。
「貴方の拷問方法は、今でも心を折る方法として使われていますよ!」
もしかしてあの牢屋を歩かせ続ける奴か?
「一応言っておきますが、拷問じゃないですよ?」
「それに、倒れた時の的確な対処方法は、今でもテフロイトの基地でも重宝しています。それと、どうしても死なない程度に腹痛にする方法が、未だにわからないんですよ」
「あーアレですか。やらないであげて下さい。あれをやったのは個人的な私怨から来た嫌がらせの延長ですので。いいですか? 絶対にやらないで下さいね? やるなら心が折れるまで不眠で歩かせ続けてください」
笑顔で対応したら、少し引かれた。俺の笑顔ってそんなに怖いか?
そんな話をしていると、俺の周りにワラワラと人が集まってしまい、当時の「凄い風で矢が一本も届かなかった奴はどうやって!」とか「物凄く高い石壁で、敵軍を一気に壊滅させたんですよね?」とか「熱湯の水球を出せるんですよね?」とか色々質問責めにあった。
そして適当に話を合わせ、当時の武勇伝の確認みたいな事をさせられた。
「いやー、まさかあの牢内をただ淡々と歩かせる奴が、使われてるとは思わなかったな」
そう呟きながら用意された部屋で寝る事にした。
◇
翌日になると、やっぱり豪華な馬車で移動となるが、同じ馬車の中には前に一度だけ会った事の有る、クラヴァッテが豚と呼んでいる、テフロイトの軍部のお偉いさんが一緒に乗っている。
場の空気が悪い――
話によると、最前線までは馬車で二時間らしいから、それまでの我慢だな。
そして会話が一切無い馬車内で、そろそろ着くかな? と言う頃に、多くのテントとそこにいる集団を見かけた。装備が揃ってないので、正規兵ではないと思う。傭兵だろうか?
そんな事を思っていたら先ほどの多くのテントが小さく見える位置に、物凄く大きな司令官用の、二十人は簡単に入れる大きなテントが見えた。
「アレだ」
豚が何か言ったが、聞き流す事にした。
馬車を下りるとクラヴァッテが呟く。
「少し早かったか? 人族のお偉いさんが見えんな」
「まぁ、遅れるよりは良いと思いますよ。相手に不快感を与えないので」
「それもそうだな」
そんなやり取りをしていると、また後ろから声を掛けられた。
「カームじゃないかい!」
戦場に知り合いはいないと思ったんだけどな。けど女性の声なんだよな。そう思いながら振り向くと、一つ目の背の大きな女性が立っていた。
「グラナーデじゃないか!」
「久しいな!」
「知り合いか?」
そうクラヴァッテが耳打ちをしてくる。
「あぁ、同郷の同い年で、クラスメイトでもあったグラナーデだ。あの陣中見舞い後に最前線砦に来たから、顔は合わせてないと思う」
「そうか。初めましてグラナーデ。今日の会合に呼ばれたクラヴァッテだ」
「そうかい、私はグラナーデだ、魔王の嫁だ」
そう言うと、クラヴァッテが俺の方を見るが、あえて無視した。
「なんでカームがいるんだ?」
「人族側のご希望でね。俺が呼ばれた」
「何を言ってんだい! あれから直ぐに戦場から帰ったくせに!」
そう言って、大声で笑っている。
「まぁね、けど色々あるんだよ……察してくれ」
「何言ってるんだい! 故郷で魔法を使ってのんびり暮らしてるんじゃないのかい?」
「そうしたかったんだけどね、そうも言ってられなくなってね。季節が一回巡る間に色々あったんだ、直にわかる。それより傷も増えたし、筋肉も付いたね」
「当たり前さ、カームが逃げ帰ってから度々戦場に出てるからな。傷も増えるし筋肉だって付くさ。それより旦那が故郷の酒を気に入ってね。度々取り寄せているぞ」
「そいつは作って良かった。よろしく言っておいてくれ」
「何言ってんだい! 私も旦那も会合に参加するんだよ」
「は? まぁ、旦那さんは魔王って知ってるけど、なんでグラナーデも?」
「旦那と暴れ回ってるからね、口出ししない条件で、私は後ろで立ってるだけさ」
「まぁそれなら良いけど。で、魔王様は?」
「昨日酒をしこたま飲んで、今頃歩いてるんじゃないのかい? あそこに小さくなってるテントが見えるだろ? あそこが野営地さ」
あーさっきのテントの塊は魔王軍だったって訳か。
「最近変に平和でね。噂じゃ人族が魔族側の大陸から撤退して休戦するらしいじゃないか」
「耳が早いね。そういう事だって俺は聞いてるけど」
「村にいるカームが何で知ってるんだい?」
「まあ、ちょっとね」
そんな話をグラナーデとしていると、豚の付き人だった兵士がやって来た。
「人族が来ました!」
そう大声で報告している。
「だってさ」
「安心しな! 何かあったら私がその辺の物掴んで振り回してやるさ!」
「頼もしいね、けど向こうは勇者も同行してると思うから、やらない方が良いと思うよ」
「カームこそ耳が早いじゃないかい? まぁいいさ、それよりあいつは何やってるんだろうねぇ。まだ寝てるって事はないと思うんだけどね……あー来たわ」
そう言うと、テントの方から馬がこちらに走って来るのが見える。
「こちらもそろったみたいですね」
「そうですね」
そんなやり取りをしていたら、馬車から食事会で見なかった、胸に何かジャラジャラ付けた、いかにも偉そうな奴と、会田さんと宇賀神さん、櫛野さんが下りて来た。
あぁ、もう出来レース確定ですわ。
「やぁ、スク水さん。お久しぶりです」
「お久しぶりです。えぇっと申し訳ありませんが名前を忘れてしまいまして……」
「ディアですよ」
お互い偽名で通せと言う事か。
「……あーそうでしたそうでした。申し訳ありません。そちらはユージさんでしたね」
「えぇ」
「そちらの方は初めてですよね?」
「バーサーカーとでも呼んでくれ、ジョンでも良い」
かっこいいな! なんかすげぇカッコいい! けど他に呼び名なかったの? 誰か突っ込まなかったの? 最初から偽名ってわかる呼び方ってどうよ?
「わかりましたジョンさん」
そんなやり取りをしていたら、グラナーデが耳元で呟いて来た。
「なんだよ、スクミズって」
「俺の人族側での偽名」
「人族側に行ってたのかよ」
「まぁ……、あと、あの黒くてゴッつい鎧着た人族には絶対に手を出さない方が良いよ」
そんな会話を終わらせると、空気を読んでいてくれていたのか会田さんが改めて挨拶して来た。
「ってな訳で今日はよろしくお願いしますね、スク水さん」
「こちらこそ」
「おい、私を置いて何を勝手に話している! 失礼ではないのか?」
「いえいえ、こちらの方は勇者ですので」
会田さんは、笑顔で対応している。
「なら私にも話しかけるのが礼儀ではないのかね?」
「いえいえ、こちらのスク水さんは魔王で、停戦協定を結ぶのに多大なる貢献をしてくれまして、その時に大変お世話になりましたので」
「カーム! お前魔王になったのか!」
「まぁ、嫌々ね――」
「なら最初から言いな!」
豚を無視しつつ話を続け、魔王になった事で物凄く嫌そうな顔をしていたら、グラナーデに思い切り背中を叩かれて吹き飛び、馬でこっちに向かって来た筋肉魔王がやっとこちらへやって来た。旦那さん、少し遅いです……
「遅れてすまねぇ」
「本当だよ、何やってんだい」
「だからすまねぇって言ってるだろう」
「とりあえず夫婦喧嘩は後にして。中に入りましょう、魔王さん達」
「達? 魔王は俺しかいないんじゃないのか?」
「前に砦で光を浴びてやられた奴がいただろ? 私の同郷の」
「あぁ」
「こいつも魔王になったんだってよ」
グラナーデは心底呆れたように言っている。
「あの魔法系の奴か、おーおーそう言えば見覚えがあるな。それじゃ久しぶりだな!」
「あの、中に入りません?」
会田さんが、物凄く困ったような笑顔で言って来る。
「そうですね、取りあえず入って話し合いをしないと」
そして中に入ったら大量の書類が用意してあり、お互いの賠償や指定された地域での交戦を停止し、人族の軍属関係者の魔族側の大陸からの撤退などが書かれてあり、お互いに譲歩できるところまで話し合いが続くが、お互いの軍部が私欲しか考えておらず、会田さんやクラヴァッテによって却下されていた。
どいつもこいつも最低な考えしか出来ない奴が多いな、クラヴァッテがまともで良かったよ。
「大筋ですが、人族によって占拠されていた港町の解放と、税関を設ける。そして、お互いの大陸の禁輸品の監視の強化と、今後休戦から停戦に移行できる為に一部を除く物品の税金の引き下げで合意と言う事でよろしいでしょうか?」
「こちらとしてはある程度一任されているので構わないが、人族側の貴族や王族関係者がいないのに勝手に決めてよろしいのだろうか?」
「問題ありません。こちらも一任されていますので」
そう言うと、会田さんは笑顔を作り対応している。
しかもテント内で、軍部の豚と偉そうなやつの言う事を聞く奴は誰一人としていなかった。
そしてお互いがサインをして、スタンプを押して握手をする。一応握手習慣も魔族側にもあるんだな。そう思いつつ筋肉魔王を見ると、護衛としてついて来た、会田さんの裏に立っている櫛野さんの方を見ている。
「なぁ、小難しい話し合いが済んだんならちょっといいか?」
「えぇ、構いませんよ」
会田さんが、軽く返事をする。
「その後ろにいる護衛と一回手合せ願いたい。勇者なんだろ? その辺の兵士じゃ相手にならなかったからな。もう戦争は終わったんだ、得物なしでやろうじゃねぇか」
本物の馬鹿がいる。どっかの戦闘民族じゃないんだから、強そうなやつ見たら手合せしようとか言うなよ。俺には絶対考えられねぇよ。
「いいだろう。お互い気絶するまででいいか? 俺は魔法は使えん、魔法はなしだ」
そう言いながら背中の鉄板剣を外し、胸元にある投げナイフのベルトを外し始め、防具の留め金も外している。
櫛野さんも馬鹿だった!? こっちに来て本当に戦闘狂になったか、本当になりきってるかのどっちかだけど、本当に俺には考えられない。
「奇遇だな、俺も使えん……」
こっちの筋肉魔王もノリノリで防具脱ぎ始めてるし……。筋肉の思考は筋肉でしか語れないのかよ。そして会田さんの方を見ると、俺と同じような顔をしているし、豚と偉そうな奴は面白そうな事が始まりそうとソワソワしている。
まぁ、櫛野さんもノリノリだから止めるのは、無粋って事で諦めよう。
あれから十分、櫛野さんと筋肉魔王は肉体だけの攻防をしており、お互い似たようなダメージ量だ。お互い武器がなく、殴りや蹴りだけだと、勇者と魔王ではこんな物なのかもしれない。
「最高のショーだとは思わんかね?」
なんか偉そうな奴が、有名な台詞を吐いたが、偶然だと思いたい。
「あぁ、兵士たちの訓練でもこんな激しい物は見れぬ。お互いのガス抜きに、武器防具なしで戦わせてみるのも良いかもしれぬな」
「魔族でも良い考えが浮かぶじゃないか。もう少し時が経ち、お互いのわだかまりが少なくなった頃に、交流会や共同演習と言う事で開催してみるのも良いかもしれんな」
「そうだな、お互い攻め込まれない為の軍事力は必要だからな。人族も良い事を考えるじゃないか」
こっちはこっちでなんか仲良くなってるし。他に国があって、ラズライト以外の国があったら、魔族と手を組んだな! とか言われて攻め込まれなければ良いけど……。その時は会田さんがいるし平気か。
それと魔族側の王都だよ。俺全然場所知らねぇよ。クラヴァッテの報告書とかどうなってるのか本当に知りたいよ。
あ、ダブルノックアウト。
「「「「「うおーーー!!!」」」」」
「やるじゃねぇか」
「おまえもな」
そして、お互いのお供の軍属連中は熱くなってるし、何の為に集まったのかわかりやしない。俺なんか話聞いてサインしかしてないぞ……。
まぁ、少しだけ魔族と人族の壁が低くなったから良いか。
会合とか停戦協定の内容とか全くわかりませんのでそれらしい物だけを上げました。
それとリリーの気持ち的なSSが少なからず要望が有りましたので、男が書いた物でよろしければおまけSSの方に上げておきますので、お読みください。
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