第95話 客が来島した時の事
適度に続けてます。
相変わらず不定期です。
ルーターやコンバーターが不具合を起こし(壊れた)、ネット環境が遮断されていました、今日懇意にしている業者が来てくれて、間に合わせで繋がるようにしてくれました。
本来投降する物に肉付けしまくった結果1万文字以上なってしまいました。
ニルスさんの所に豆を届けて十日後、コーヒー豆を乾燥させていた時にフルールさんから一言あった。
「このコーヒー豆まだ生きてるよ」
乾燥させただけじゃ胚芽は死ななかったのか……。
「どのくらい弱ってます?」
「んー。砂浜に放置した船長三日目程度」
そんな事覚えてたのか、なかなか記憶力あるな。
「なら死にかけか、倉庫に入れて船で運んでる間に死んじゃいますね」
「そうね、けど絶対はないから、この袋を大量に買って全部ぶちまけたら芽が出ちゃうかも」
確かに絶対はない、希少性とかを考えたら何か対策をするべきなのかな。
「んー茹でた方がいいのか、それとも数個だけ発芽しても、収穫量とかを考えて増えて出荷できるまでに時間がかかって、値が落ちるまでに時間がかかるな、挿し木とかで増えます?」
「枝の根元を切って、それ以上伸びないように先っぽも切って、下の方の葉を落とし、二ヶ月くらいたって新しい芽が出たら根が出てるわね」
「結構速いな、どうするかな」
「根付けばだけどね。まっ、カームに任せるわ、じゃーねー」
そう言って手を振りながらフルールさんは元の花に戻っていた。とりあえずは、言っていた事を信じて、胚目が死ぬ事を祈ってこのままにしておこう。
◇
それから二十日後。一隻の商船が湾に入って来たと、パルマさんから連絡があり、船は錨を下ろし、小型のボートでこちらに向かって来る。
手を振っているのはニルスさんだった。
コーヒー店に在庫を確認しに行ったら、マスターから手紙を渡され、軽く目を通したら、こんな事が書いてあった。
『そちらの島に、コーヒー豆を買いに行きます。コーヒー豆の煎り方を教えろと、とある方に言われたので同伴者も三人います』
と、簡潔に書いてあった。
「お久しぶりです」
「いえいえ、あの時はお世話になりました」
「いやー、すごい発展ぶりですね。その辺の村より小さいながらも細々した施設やら畑が多いですよ」
「これからもどんどん発展させる予定ですので、その時はまたよろしくお願いします」
「わかりました、その時はよろしくお願いします。で、こちらの同伴者ですが――」
「私はアルバンと言います、よろしくお願いします。この二人の監督と見聞を広める為に伺いました」
格好はズボンにシャツ、ネクタイとカジュアルだ。初老の男性で、ピンと伸びた背筋と凛とした表情が特徴的だ、多分執事か何かだろう。
「自分はトニーと言います、コーヒーの煎り方や淹れ方を学びに来ました」
この人族の格好は、そのへんの町人と変わらず、コック的な何かだと思われる。
「私はアニタと言います、コーヒーの淹れ方やお菓子作りを学びに来ました」
少し地味目のシャツとスカートだ、多分多少の汚れを意識した格好なんだろう。それと多分メイドだと思う、お菓子作り言ってるし。
「カームと言います、見ての通り魔族ですが、一応この島の責任者をしております」
「ってな訳で、早速ですがこのお二人に教えてあげて欲しいのですが、よろしいでしょうか?」
「構いませんよ、多少歩きますが……。ここから少し上がった所に村を建設中ですので、そちらの多目的用家屋を使いましょう」
「多目的家屋とは?」
「そのままです、会議に使ったりする少し広い部屋があるので、宴会に使ったり、子供達の教育に使ったりです」
「ほう」
納得したのか、アルバンさんが一言だけ呟き、また無言で歩き続けるが、さらに質問が飛んでくる。
「あの囲いは?」
「何故魚を育てているのですか?」
「この道は馬車がすれ違える事を想定して、こんなに広いのですか?」
「魔王が住み付いて、城を建てようとしていた噂がありましたが?」
と、いちいちしつこく聞いて来るので全部説明してやった。ニルスさんも発展してからは初めてなので、興味深そうに聞いている。
「これが、先ほど話に出た、魔王城建設跡地です、折角なので場所を有効利用させてもらっています。来客用の家はこちらですので、手荷物はダイニングにでも置いておいて下さい、誰かに部屋の掃除と、寝具の天日干しをお願いしますので」
そう言って、教会近くの家に案内する。
「わかりました」
「多少不便では有りますがお許しください。講習が終わり次第家屋の軽い説明もしますので、わからない事があったら、その時にでもまた質問して下さい」
「地面の上で寝れるだけでもありがたいです、乗り慣れない船上での睡眠は眠りが浅くて疲れましたので」
裏の二人も頷いている、船旅は経験が少ないか。俺は、嵐とかじゃなければ気にならなかったけどな。
そして織田さんを呼んで貰い、コーヒーの煎り方、淹れ方の講習が始まる。
「実は特に特殊な事を教えるような事ではありませんが、こちらをご覧ください。これが出荷前の豆です」
織田さんは、小さな袋から真っ白な紙の上に、乾燥させた豆をカラカラッと出す。
「これを煎って、大体八種類くらいに別けます、それがこれです」
そう言って八枚の紙の上に、薄い茶色から黒に近いテカリの有る焦げ茶色の豆を取りだす。
「色の薄い物から順に浅煎りから深煎りとなっています。色の薄い物ほど酸味が増し、色の濃い物ほど苦味とコクが増します」
織田さんに手紙の事を話したら、なにやら嬉々としてコーヒー豆を煎り出してたけど、こんな事をしていたのか、本当講習会とか開けそうだな。
って言うかブレンドの事とか言わないだろうな、アレは数種類の豆をどの程度煎って、これとこれの配合率がどうのこうのとか聞いた事があるぞ。
「頭をスッキリさせたいと言うなら、この辺りの煎り方をお勧めしますし、万人受けする物がこの辺りですね、ですが色が濃い物ほどミルクや砂糖を入れる事をお勧めしますので、飲む方の好みに合わせて煎って下さい」
本当に素人でもわかり易く説明してくれているな。俺でもわかる。俺はなんとなく見様見真似で煎っていただけだし。
「このように薄い鉄に、豆が落ちないように穴を開けた物でやっても良いのですが、フライパンでもできますので、まずは手本を見せます」
そう言って、フライパンに豆を入れてこまめに振っている。
「そろそろ、パチパチと言う音が聞こえ始め、さらに煎ると湯気が出始めます。そしてコーヒー独特の香りが出てきます」
そう言って、時々豆を取り出し、このくらいでコレ、これくらいでコレと、紙の上の豆の脇にどんどん置いて行く。もう二十分以上フライパンを振っている。あの時煎って黒っぽくなればいいと、簡単に考えていた俺がなんか恥ずかしい。
そして煎りの講義が終わり、今度は挽き方の講義になる。
「挽きが荒いか細かいかで、淹れ方の違いや抽出される度合いも変わってきます。店では衛生上砕いた豆を濾しませんが、砕いた豆が気になるのならこのような布に豆を入れて、ゆっくりとお湯を注ぎます。実践してみますね」
織田さんは、別の袋から自分好みに煎った豆を取り出し細挽きとまでは行かないが、店で出しているくらいの荒さに挽いて、手際よく布フィルターにコーヒーを入れていく。お湯を入れる度に、モコモコモコと豆がフィルターの中で膨らみ、出た泡が豆に付く前にお湯を足し、カップにコーヒーが溜まっていく。
「どうぞ」
「初めて見ましたが、動きに迷いがなく綺麗でしたね」
「何度もやっていれば自然に身に付きます、冷めてしまいますのでどうぞ」
そう言って三人にコーヒーを配っていく、ちなみに俺のはない。裏でゴリゴリと豆を磨り潰し、豆乳を作っていたのに少し酷い。
「これは豆乳と言う物ですが、この島には牛がいないのでミルクの代用品です。まぁ、こちらも好みですので、飲む方の好みに合わせて下さい」
そして講義が終了し、実際に教えた事をやらせている。火が強いのか、直ぐに焦げてしまったり、熱の通りが均一ではないのか、少しムラが出来ていたので、注意されている。
「では、私にはココアやチョコレートを使ったお菓子作りを教えていただきたいのですが」
と、俺の方を向いてアニタさんが言って来た。
「……あ、お菓子作りだから俺なのか。すっかり忘れてた、何か材料あったかな。あー。ある程度の知識はあるんですよね?」
「はい、よく作っておりますので」
そう言って、キッチンを漁り、子供達に作ってあげたシフォンケーキの材料の余りがあったので、小麦粉にココアパウダーを混ぜいつも通りに作り。焼き上がってから角切りにしたチョコを乗せて終わりにしておいた。
「簡単にケーキを作りましたが、粉物にココアパウダーを混ぜるだけで、それらしくなりますのでレシピのアレンジは自分で試してください、カステラとかいいかもしれませんね、卵と砂糖と小麦粉で出来ますし」
「いえ、こんなにすごい物を流れるように作れるカームさんはすごいと思います」
「作り慣れてますから」
あれ、さっきも似たような言葉を織田さんが言った気がするけど、まぁいいか。
その後も、アルバンさんが色々聞きながら、織田さんやトニーさんが煎る豆を見ていたり、アニタさんに応用の利くレシピを教えたり、コンビニとかで売っていたチョコをパン生地に包んで焼いた物を挑戦してみたりで、色々充実した一日だった。
「船室よりはマシだと思いますが、一応部屋は全室個室になっております、狭いですがね」
「個室と言うだけでありがたく思います。色々とお気遣いありがとうございます」
「いえいえ、そしてこちらが風呂になっております」
俺はこじんまりとした、膝を抱えて入るような小さい風呂場へ案内する。
「風呂……ですか」
「えぇ、一応下に水浴び場はありましたけど、たまには暖かい湯に浸かりたい事も有ると思いますので、一応各家庭に作る事を推奨はしているんですけどね。使い方は、外にある少し高い竈で、この専用に作った大きな寸胴鍋でお湯を沸かして、湧いたら側面にこの木枠を挿し込んで火傷しないように栓を抜いて、鍋の側面からお湯を抜いて風呂に流し込むだけです。魔法が使えれば鍋に水をぶち込むだけですからね」
薪風呂とか、五右衛門風呂を作ろうとしたけど、材料的な都合や色々考慮した結果、これが一番低コストと言う結論が出たので、風呂の壁を小さくぶち抜いて、風呂釜に流し込む方法を取った。もう少し島が開拓して広くなったら大きい公衆浴場とかも作りたいね、温泉まで遠いし。
「いやいや、そう簡単に魔法なんか使える者などおりませんので」
確かに、なんか人族は魔法が使い辛いとかジョンソンさんが言ってたな。誰だって? 共同住宅にいた残念な人族ですよ。
「まぁ、一応個室ですし、風呂に入らなくても暖かいタオルで体とか拭くのであれば、水を汲みに行く回数は一回分で済みますからね、沸かすのが面倒ならここで濡れタオルで拭いてもいいかもしれません。翌朝には商船に荷物を積み込みますのでそれまではゆっくりしていて下さい。食事ですが、申し訳ありませんが食材は用意してあるのでそちらで作っていただいてよろしいでしょうか?」
「十分でございます、お気遣い感謝します」
「では失礼しますね」
□
「さて、どう思いますか? 皆さんの意見を聞かせてください」
「人族や魔族全体が明るく、とても衛生的ですね。しかも井戸の棒を上下させて水をくみ上げる奴ですが便利すぎです。井戸の上に屋根を作りゴミが入らない工夫がされていて素晴らしいと思います、風呂も各家庭にあるような話でしたし」
「そうですね、私もそう思います。代表と名乗る魔族も友好的でしたし、知性も高いですね。周りの魔族も友好的ですし、人族の教会も有って細部まで配慮されているのがわかります。医者もいるのには驚きました」
「私もそう思います。それに馬車が通る事を前提とした道作りや、よく整備された道路、まだ途中ですがすべての道を石畳にするのではないかと私は思います。それに家畜も育てていますし、サハギンやハーピーなども見かけたので、良き隣人として付き合っている様な雰囲気でした。小さいながらも効率の良い塩作りや、特殊な素材で砂糖も作っていますし、蜂蜜も豊富にあったので、蜂の巣も多いのでしょう。見ましたか? 船を停めた場所にあった、葉に塩水を掛ける奴です、アレは日の光を使って余計な水分を飛ばし、薪を使う量を最小限に抑えています。それにあの井戸ですが、相当頭のいい方がいますね」
「風車も小型化してありましたね。あれならどこでも粉が挽けると思います。それに嵐の時は簡単にたためるのも利点だと思います」
「あと、街中に徘徊していた狼ですが、誰が手なずけたのかわかりませんがあのように懐く物なのでしょうか? 少なくとも野犬より恐ろしい動物と聞いておりますが、物怖じせずに子供達がじゃれついているのを見て驚きました」
「では、私は別な仕事がありますので、誰かが訪ねて来ても、疲れて寝ているので、伝言が有れば承りますと言っておいて下さい。幸いにも島の中央に有る山で、多少暗くなるのが早いですし、まだ酒場もないみたいですので、夜は暗くて静かです」
「「わかりました」」
私はなるべく黒い服に着替え、靴もなめし皮の歩く時に音がしない靴を履き、ゆっくりと目立たない窓から家を出て、昼間に確かめた作業場や資材置き場を確かめに行く。なにか有益な情報を仕入れる為だ。
可能ならコーヒーと呼ばれる物の種を入手できれば、我が主の領土でも栽培でき、利益に繋がる。朝日が昇り切る前に入手できるか、それが勝負だ。
教会の脇が職人達の作業場なので移動は簡単だ。ただ月明かりが邪魔だが、逆に考えれば物を確認するには丁度いい。幸いにも人が外に誰も出ていない、これを利用して情報を持ち帰る。
鍛冶場に石材加工場、木材加工場に大工道具。色々あり、生活用品の作りかけや、皿やカップが見える。この辺りには有益な情報は多分ない。
鍛冶屋は鉄を丸め中が空洞になっている物が棒に巻き付けてあったり、農具が丁寧に並べられており、これと言ってめぼしい物はない。何か特殊な図面を探すが書類関係を入れる棚すらなかった。井戸にあった、棒を動かすだけで水が出る図面があればと思ったが、相手も甘くはないみたいだ。多分頭の中に図面があるんだろう。手土産として持ち帰りたいが、なくなったら間違いなく疑われるのでそれだけは避けたい。
大工道具が置いてあるので、この辺りは大工の仕事場だと思うが、短い木を複雑に加工し、繋ぎ合わせ一本の長い木材にしてある。釘は一切使っていない。素晴らしい加工技術だと思うが、こんな島だ、こうでもしないと長い木材が作れないのだろう。
書類入れだと思われる棚から、風車に関する図面を探すが見つからないので諦めて次を探す事にするが、足元に散らばる木屑が、鋸で切ったにしては大きく荒い事が気になったが特に重要ではないと判断した。
ここには屑石が散乱しているので石材加工場だと思うが、積んである資材を見て驚いた。綺麗な面で、まるで木材を加工したかのような切り口だ、こんなに綺麗に整えられる物なのか? 私は屑石を拾ってみたが、柔らかいと言う事は無く、ありふれた石材だ。どうやって加工しているのか物凄く気になるが、道具はありふれた使い古された石ノミとハンマーだけだった。
多目的用家屋と言う所に行って家探ししてもいいが、見ていた限りだと、コーヒーはあの男が持って来た物だけだったし、あの魔族が棚を開けた時に見えたのは、小麦粉や卵だけだったので行くだけリスクが高まるだろう。それにどの様に生っているのかすらわからない。トマトのように生るのか、ジャガイモのように地面に生るのかさえわからない。何度も来れば疑われるので、報告書を作り。人員を変え地道に探し当てるか、誰かに漂流者を装ってもらい、情報を手に入れるか。後者の方が多分早いだろう。
私は石材を切り出している場所にも秘密がないかと思い、車輪の跡を発見して、その後を辿るように後ろに注意を払いながら歩き、石切り場に到着したが言葉が出なかった。
綺麗に切り取られた低い崖だ、いったいどうすれば石を切り出すのにこんなに綺麗になるのかわからないが綺麗過ぎて、無垢一枚の立派な石の壁に思える。こんな石壁を使ったら、それだけで一財産だ。
そう思っていたら、いきなり首を後ろから絞められ、頬に軽く尖った物が当たった。
□
「カーム、例の男が動いたよ」
ヴォルフとじゃれあっていたら、フルールさんが報告をしてくれた。
「やっぱりか、報告ありがとう。色々聞いてくるから怪しいと思ったんだよね」
そう言いながら、ヴォルフを撫でるのを止めて、準備を始める。
「構わないわ、今は工業区当たりをウロウロしているわよ」
「そうか……。色々探ってるんだね」
上下黒い服を着込み、外に出る準備を始める。自分の肌の色を考え、裸でも良いけど、虫が気になるので、熱くても黒い服上下にしておいた。
「今は材木を興味深く見てるよ」
「あーあれね、木を繋いで長くする奴。なんだかんだ言ってアレは便利だからね。ある事は知ってたけど、やり方がわかからなくてね、織田さんが来てくれて助かったよ。職人も勉強になるって言って喜んでたし、んじゃ行ってきます」
「気をつけてー、何かあったら小声で呼びかけるから」
「了解――」
そう言って俺は静かに行動を開始する。
遠目で工業区を見るが、書類棚を漁っているのが見える。せめてもう少し上手くやってくれよ、なんか見てて虚しくなってくる。こっちは助かるけどさ。
こう……、物凄く訓練された、特殊部隊的な動きとかするのかなって思ってた俺の気持ちを返してほしい。今度は石工場か、なんか食い入るように見てるな。なんか石材を持って手で擦ってる。あんな綺麗な面じゃ確かに仕方がないと思うけど。
あ、なんか考え込んでる。もう少し近づこう。
「コーヒーは――。どういう風に生ってる――。漂流者を装い情報を――」
はい……アウト。考えてる事が口に出てるしどうしようもないな。説得しよう。動いたな、石切り場の方に向かってるな、もう少し泳がせて村から離すか――
アルバンは、綺麗に採掘されている採石場を見て驚いているみたいだ、やるなら今しかないな。
俺は右手に【黒曜石のナイフ】を作り出し、左腕でアルバンの首を絞めるようにして動きを封じ、ナイフを頬に当て脅す事にした。
「今晩は。夜のお散歩は楽しかったですか? 岩に月の光が当たって素晴らしい月光浴場でしょう」
「えぇ、とても素晴らしい場所ですね。ナイフを突き立てられていなければですが」
「考え事が小声で漏れてましたよ。駄目ですよー、もう少し上手くやらないと」
「次があれば上手くやりますよ」
「次があると思っている事が凄いですね、その根拠は?」
「私達が戻らなければ、この島に攻め入る口実が出来てしまいますよ」
「そーですねー、それはとーーっても怖いですねー。なので俺は条件付きで今回だけは見逃そうと思ってるんですよ」
俺はナイフを更に突き刺し、後半は声を低くして脅す。
「興味がありますね、教えてくれませんか?」
左腕に血が滴り、服に染み込んで張り付いて、蒸し暑く不快な夜が更に不快になっていく。
「コーヒーは普通に売りますけど、雇い主か貴方の私財から迷惑料として、一袋に付き大銀貨一枚頂きたいと思ってるんですよ」
「素晴らしい提案ですけど、コーヒーよりかなり高いんじゃないんですかね?」
「そうですかね? 命の値段にしてみれば安いと思うんですけど。希少性が高く、流行り出した金の生る木を横からかっさらおうとしてるクソ野郎の手先には、痛い目を見てもらってもいいんですよ?」
俺は、刺してあるナイフを横に滑らせながら傷口を広げていく。
「この島が危険に晒されてもいいとでも?」
「実はこの島には恐ろしい伝染病が流行ってて、船の上で発病した三人が死亡して、海に投げ入れられるかもしれませんよ?」
「怖いですね、体中に切り傷が出来る奇病ですか?」
「いい加減話し合いにも飽きてきたんですけど、どうしましょうか?」
「解放してくれるととても嬉しいのですが」
「一袋に付き、大銀貨二枚ですけど?」
「出来ない相談ですね」
「そうですか、とても残念です」
俺は肉体強化を使い、腕に力を入れ、動脈を圧迫しアルバンを気絶させ、口に拳大の石をその辺から拾い、前歯を削りながら無理矢理突っ込み、上着を脱がせて顔に被せ、袖できつく縛った。
そのまま森の奥に担いで行き、熊の目撃情報があった場所まで来たら、両手両足の腱を切り、動けなくしてから傷口だけを回復魔法で塞ぎ、頭を蹴り飛ばし意識を覚醒させ、騒ぎ出したのを確認した。
「翌朝に、熊に食い散らかされた無残な死体が見つかると思うので、残った二人には血塗れになった服の切れ端でも渡しておきますね。一応二人はまだ怪しい動きを見せてないので帰らせますね。もし残りの二人も動いたらここに連れてきますから」
そして、俺は芋虫の様に這い回っているアルバンを放置して自宅に帰った。
「あ、おかえり。なかなか手厳しいね、ってか殺しは嫌いだと思ってたんだけど、意外にあっさり殺しに行ったね」
「……まぁね、大嫌いだけど仕方ないでしょ。交渉が上手ければこうなってなかったと思うんだけど、どう思う?」
「あー? どっちもどっち?」
「そうか……。残りの二人が動くか、あいつが熊に襲われたら夜中でもいいから教えて。もう寝るよ、お休み」
「はいはい、自己嫌悪になるならヤらなければいいのに」
「村の皆の事を考えたら無理だね。そろそろ島のお金も尽きるし、何としてでもコーヒーは売りたいからね」
そして夜中にフルールさんが、アルバンが熊に襲われてると言う報告をしてきたので、ありがとうと短く返事をして安心して深く寝る事にした。
◇
「おはようございます、旅の疲れは取れましたか?」
俺は何もなかったかのように振る舞い、普通に会話を始める。
「あ、あの」
アニタさんが少し狼狽えながらトニーさんの方を見る。
「アルバンさんが、朝起きたらいなくなっていたんです」
「アルバンさんが? ここに来るまでに何人かと井戸で挨拶を交わしましたが、その中にはいませんでしたよ?」
「そうですか、本当にどこに行ったんだろう」
そう言いながらオロオロし始めるトニーさん。
「少しお待ちください、探し物が上手い頼りになる奴がいますので」
そして俺は、ヴォルフを連れて戻って来た。
「鼻が良いので頼りになるとおもいます、アルバンさんの服を貸してください」
「あ……はい!」
そしてトニーさんが服を持ってきてくれたので預かり、ヴォルフに嗅がせる。
「ヴォルフ、この臭いを探してほしいんだけど」
「わふん!」
そう小さく呟き、クンクンと地面を嗅ぎながら工業区の方に歩き出し、色々な所を嗅ぎ、採石場に向かわず森の中に真っ先に向かって行った。何とも空気の読めるワンコ……じゃなくて狼だ。
そして森の奥に入り、無残に食い荒らされた肉塊と骨、布切れが見つかった。
「う゛ぇっ!」
付いて来たトニーさんが口を押さえ目を反らしてえづいている。
「熊ですね、この辺りには目撃情報があった場所ですし、なんでここで襲われたのかはわかりませんが。逃げ出した所を襲われたんでしょうか?」
狩猟班の班長が呟き弓に弦を張り始め、辺りを警戒し始める。一応いなくなったと言う事で、男手を数名呼んで同行してもらっている。
「だれかキースさんを呼んできて下さい、早急に狩らないとまた被害が出ます」
「わかりました!」
そうして誰かが、キースを呼びに行った。
「トニーさん、見るのに抵抗があると思いますが、何か見覚えのある物はありませんか?」
「え、えーっと。あ、この指輪は見覚えがあります、アルバンさんがしていた指輪です」
食い残したと思われる手首から、指にあった指輪を指す。
「そうですか……服の臭いも一致してますし、このご遺体がアルバンさんと言う事で断定してよろしいでしょうか?」
「……はい」
「ご遺体の方はどうしましょうか? 一部でも持ち帰って故郷の土に埋めてあげてはどうでしょうか?」
「……そう……ですね。そうさせていただきます」
「どなたか、アドレアさんを呼んできて下さい」
「はい」
そして、やって来たキースが死体を見て、少しだけ表情を歪めて森の奥へ入って行き、アドレアさんが祈りをささげ、指輪の付いた腕を布で包んでから箱に入れ、トニーさんに渡した。
「不幸が有りましたが、百袋の注文が入ってますので、コーヒー豆や砂糖、蜂蜜を船に乗せてもらってもいいですか?」
「えぇ、そうですね。残念ですがもう決まっていますし。申し訳ありませんがトニーさんとアニタさんは、アルバンさんの荷物も一緒に帰り支度を進めて下さい、我々は荷を船に積み込みますので」
「わかりました」
二人にそう言い、俺達は水生系魔族の手を借りつつ、平底船に荷物を積み、数往復させ、豆をすべて乗せ終わる頃、ニルスさんに小声で話しかけられた。
「カームさん、貴方ですか?」
「何がです?」
「アルバンを殺したのは」
「あー、俺じゃないですよ。熊ですよ」
「貴方が易々とコーヒーとか、店で出している商品の秘密を探らせる訳ないと思ってましたけど――」
「ニルスさん……これは事故ですよ事故、これは不幸な……夜中に島の中を嗅ぎまわった、糞野郎の手先がヘマをした為に起こった事故です。俺は殺してませんよ、俺はね。この話を続けるならニルスさんへの対応も少し考えさせてもらう事になりますが……どうしましょうか? なるべくなら新しい商人を見つける手間は省きたいですし、ニルスさんとは今後も仲良くやっていきたいと思ってるんですよね」
俺はニルスさんの言葉を途中で遮り、物凄く冷たく、冷静に、今まで見せた事のない雰囲気で脅しにならないように警告をした。
「そうですね、これは夜中に散歩してた時に熊に襲われた不幸な事故でしたね、申し訳ありませんでした」
少しニルスさんの表情が硬いが、言葉使いはいつも通りだった。
「いえいえ、勘違いは誰にでもあります。まぁ、アイツらの雇い主が誰であろうと聞く事もありませんし、まだ興味はありません。しばらくは馬鹿が増えると思いますが、誰かがこの島に連れて行けと言うのであれば、気にせず連れてきてください。馬鹿な行動をしない限り、結構安全ですからね」
俺は雰囲気を戻し普通に喋りかけると、ニルスさんは小さく、安心したように息を吐いた。
「そうですね。貴方のおかげで、この辺りには海賊が近寄らなくなりましたからね、船で三日目辺りまでは比較的安全ですよ。ここの船乗りは優秀ですね」
「えぇ、ご近所のサハギンさんやマーメイドさん達と仲良くして、腕っぷしの強い船乗り達と協力してもらって、近海の安全は確保してもらってますので。酒さえ飲まなければかなり優秀なんですけどね」
「魔族と仲良くすると、いい事だらけなんですけどね」
「そうですね、今度ハーピーにも同行してもらって、空からの監視もさせれば、昼は見張りに立たなくても平気になると思いますよ。仕事として港を往復させてもいいかもしれませんね」
「まぁ、それが容認出来る人族は少ないと思いますけどね」
「まだ、差別の壁は高いですね。交易のある港町なら比較的仲が良いんですけどね、話によると教会が厄介ですね」
「そうですね、あの教育は視野を狭くさせます。私だって子供の頃は、魔族は恐ろしいと思ってましたから」
「あらら、あの港町以外には行きたくないですね」
「そうですね、まだ無理でしょうね」
そんなどうでも良い会話をしながら、俺達は荷物を積み込むのを見ていた。
□
「……どう思います?」
「確かに熊だとは思います、ただ、熊にやられるような鍛え方はしていないと聞いていましたけど」
「あの代表は?」
「特に怪しい素振りも見せませんでしたし、終始協力的でした、可能性は低いかと」
「確かに。雰囲気はいい魔族っぽかったですからね、そうすると誰がやったか……になりますね」
「弓を持った魔族のキースって奴は、アルバンさんの死体を見てとても嫌そうに眼を反らしてましたから、そっちも可能性は低いと思います。積み込みをしていたサハギン達も、あまり島の中まで入って来ないみたいですし、魔族の仕業ではなさそうです。本当に熊なんでしょうか?」
「何か目立った外傷は無かったの?」
「爪でやられた以外の傷は見えませんでした」
「……一応すべて報告しなければいけませんので、有った事全て報告書に纏めておきましょう」
「そうですね」
「話は変わりますが、この石鹸。とてもいい香りがするんですけど、どこで売っていたんでしょうか? 港町で見た事が無いんですよね」
「持って来ちゃったのかい?」
「えぇ、型から出したばかりの真新しそうな石鹸でしたので、客用だと思い頂いて来ました、可能なら報告後に私が頂きたいくらいです」
結構淡白な女性だったんだなアニタは。
多分この人族二人はもう出ないんじゃないかと思います。




