M-007 変わった生物達
日中の気温はぐんぐん上がる。荒地は段々と草木がまばらになり石と砂のガレ場に近いものになってきた。
私達は早朝日の出前に歩き出し、お日様が上ってきたら、雑木の影で一休み。夕方近くになってまた歩き始める。
月が出ていればそのまま歩いて行く。
そうやって、10日程東に進むと、前方に緑の森が広がっているのが見えた。
南北に大きく広がっている。
「あれが目的地か?」
「いや、エル様の示した場所は、あの森を北に回ったアクトラス山脈の中腹付近だ。まだまだ先だぞ」
「それでも、単調な風景はこれで終わりですね。緑が見えるだけで安心できます」
私もキャシーさんに賛成だ。森に向かって進むにつれて荒地に緑が増えてきたし、足元の地面もごつごつした石混じりだったのが、土に変わってきている。
荒地には変わった獣がいたけれど、森には見慣れた獣がいるだろう。やはり緑のある風景は私に安心感を与えてくれる。
森にはまだ20M(3km)はあるに違いない。
ひたすら森に向かって歩き、潅木が林に変わる付近で私達は野宿する事にした。
まだまだ日は暮れないけれど、今日はここでまでだ。
連合王国の森と同じとは限らないとヴォルテンさんが言っている。
「東方見聞録という本があるんだが、それには東方には変わった獣が多く描かれていた。連合王国の森と同じと考えると取り返しがつかなくなる可能性がある」
確か、ユング様が書いたんじゃなかったかな。
「兄様の頼みで東方遙か彼方に向かったのよ」とお婆ちゃんが話してくれたのを思い出した。
「その話は俺達も聞いている。確かに森は危険と見るべきだ。将来的に入る事に成っても、不用意に入るのは避けるべきだ」
見た目は普通の森に見えるんだけどね。でも、私も何か胸騒ぎのようなものを覚えるのだ。これが、ネコ族の勘と言うものなのだろうか? 今まで感じたことが無い感覚だ。
キャシーさんの作った【カチート】の障壁の中で、いつものように小さな焚き火を作って夜食を取る。
食後のお茶を飲みながら、ヴォルテンさんが小型の通信機を使っている。どうやら現在地を確認しているらしい。
現在地を私の持っている地図に落として、皆でそれを眺める。
「三分の一ってところだな。これから森の端を北に進む事になるな」
「少なくとも、夏の初めには目標付近に着きそうだ。問題はその後になる」
リードさんの言葉に皆が頷いた。
現在向かっているのは、アキト様達が最後に通信を送ってくれた場所になる。それ以降の消息が不明なのだ。私達の旅は、そこから本格的に始まるのだろう。
天幕の布を広げて毛皮の上で横になる。
昨晩は石が当って寝心地が悪かったけど、今夜はそれ程でもない。森が近いからか、かすかに虫の音が聞こえる。ゆっくりと眠れそうだ。
次ぎの日は、昨日までと違って北に進路を取る。森からは20M(600m)ほど離れているのだが、自分達の歩みが森の木々の変化で分かるのが嬉しくなる。
そんな比較的単調な旅が続いていたのだが、昼過ぎに先頭を歩いていたリードさんの足が止まった。
片手で私達に姿勢を低く取るように合図している。その場で腰を落として周囲を警戒すると、ヴォルテンさんがリードさんのところに体を低くして移動していった。
双眼鏡を2人で覗きながら何やら相談しているようだ。
「獣かしら?」
「ガトルあたりでしょうか? 荒地が続いてますし」
私達は想像するだけだ。ガトルならば強行突破できるんじゃないかな?
そんな私達をヴォルテンさんが手招きしている。姿勢を低くして2人の元に急ぐ。
「あれだ。トリフィルに見えるが、触手が2倍以上長い」
ヴォルテンさんが示す方角には、連合王国で良く見かける大型の食虫植物が見えた。トリフィルの木の実は私も採取した事があるけど、確かにあれ程の触手は持っていなかった。精々10D(3m)程なんだけど、双眼鏡に映る触手は20D(6m)を遥かに超えている。それに、いつも数個付けている実も見当たらない。
「別種なのでしょうか?」
「東方見聞録に、類似性はあるが生態の異なる生物の記述があった。まだ、それ程連合王国から離れてはいないが、右側の森には全く想像できない連中がいるみたいだ」
キャシーさんの問いにヴォルテンさんが双眼鏡から目を離さずに答えている。
「問題は、あのトリフィルのような奴が、1体ではないことだ。先を見てみろ」
私とキャシーさんが双眼鏡で北を見ると、確かに黒い柱のようなものが点々と散らばっている。あれが全部トリフィルなの?
やはり大きく迂回しなければならないのだろうか?
「どうします?」
「そうだな。迂回か、それとも真直ぐ進むか……」
「直進だろう? この先どんな連中がいるか分かったもんじゃない。この程度で迂回してたらアキト様は見付からないよ!」
ヴォルテンさんの言葉に2人が頷いている。私は迂回したかったけど、統一行動が大事だよね。そう思って私も頷いた。
「となると、問題は触手だな。俺とヴォルテンが2人を左右に挟んでいこう」
リードさんはそう言って、槍を魔法の袋にしまうと、代わりに片手剣を2本取り出した。ヴォルテンさんも同じように袋からグルカを2本取り出した。
それをベルトの腰に差すとゆっくりと腰を上げる。
私もグルカは持っている。キャシーさんは少し長めの短剣だが、三日月のようにかなり反っている。私達の杖はリードさんが背負い籠に放り込んだ。
「触手は斬るに限る。イザとなれば爆裂球を使えばいい。確か【メル】も有効だったな」
リードさんの言葉に私達が頷くと、頷き返してくれた。
ゆっくりとヴォルテンさんに挟まれて私達は歩き出す。
歩いていると、突然地面を割って触手が伸びてくる。それを間髪いれずに2人の男性が片手剣で切り払ってくれる。
左手でずっとグルカの柄を掴んでいるのだが、私達の出番は無いみたいだ。それでも油断をせずに足早に先を急ぐ。
「ヴォルテン。少しヤバイ気がしないか?」
「ああ、だいぶ集まって来てるな」
ゆっくりとだが、確実に周囲のトリフィルが集まってきている。
このまま進めば、どうなるかと気になり始めたところだ。
「それに、そろそろ日が暮れる。あの潅木の傍で休むか?」
「そうだな。明日はどうなるか分らないが、疲れを溜め込むのも問題だ」
太い潅木の傍に【カチート】で障壁を作って野宿を始めた。
【カチート】は万能ではないけど、トリフィルぐらいでは破られる恐れは全くない。
リードさんの担いだカゴから焚き木を取り出して焚き火を作って夕食を整える。
食事を取る頃には夕暮れが過ぎている。2つの月が周囲を照らしているのでそれなりに辺りを眺める事ができるのだが、私達を取り囲むようにトリフィルが集まっている。
「どうする?」
「【カチート】の効力はおよそ半日とちょっとだ。明日の昼前には効力が切れる。少なくとも明日の朝までは安心できるから、先ずは一眠りしようぜ。脱出を考えるのは明日でいい」
ヴォルテンさんは楽天家のようだ。私は気が気で眠れそうも無い。キャシーさんも心配そうに私を見ている。
でも、こうなった以上なるようにしかならないのも事実。そう考えて横になると目を閉じる。
カサカサと触手が動く音が気になるけど……。
キシャー!
何かが甲高い音を立てている。
慌てて起きたけど、既に3人は起きていた。私の後をアングリと口を開けて見てる。
何だろうと、後を見ると……。
私達が選んだ潅木がトリフィルを引き千切っている。
「トリファド? 俺達はトリファドの傍で野宿してたのか?」
「そうらしいな。だが、これはチャンスじゃないか。急いで出発の準備をするんだ」
トリフィルとトリファドが戦っている間に、さっさと逃げるのは私も賛成だ。急いで毛皮を魔法の袋に入れるとポットの残りのお茶を皆で飲み干す。
地面に敷いた天幕用の厚手の布を丸めてカゴに入れれば準備は全て整った。
「キャシー、【カチート】の解除と同時に奴等に【メルト】を放て。その隙に逃げ出す」
「分かりました。でもその前に皆さんに【アクセル】を掛けます!」
私とキャシーさんで皆に【アクセル】を掛けた。逃げるなら身体機能が高いほうがいいからね。
リードさんがカゴを背負ったのを見て、キャシーさんが腰の魔法の杖を引き抜いた。
先端の漆黒の球体は魔石では無さそうだ。
「【解除】! そして、【メルト】!」
キャシーさんが杖を振るって紅蓮の火炎弾をトリファドに放った。
100D(30m)程の距離を1D(30cm)程の火炎弾が飛んで炸裂して周囲に炎を撒き散らす。
「今だ。走れ!」
ヴォルテンさんの言葉で、私達は一斉に北に向かって走り出した。
トリフィル達はトリファドとの戦いで移動してたから丁度いい。何も無い荒地を私達は一目散に走っていく。
20分ほど走ると、へとへとに疲れてきた。立止まって周囲を素早く偵察して安全を確かめる。
「どうやら、切り抜けたな。だいぶ明るくなったが、周りにはトリフィルはいないようだ」
「今度は迂回しよう。これが最初で最後にしたいな」
ヴォルテンさんが反省しているようだけど、たぶん次もあるんじゃないかな。
小さな焚き火を作ってお茶を沸かす。
そろそろ朝日が顔を出す時刻だ。携帯食料をかじりながらお茶で飲み込む。
「さて、出発するぞ。今夜の野宿は少し気を付けよう!」
そんな事をヴォルテンさんが言っているけど、どうだろう? キャシーさんと顔を見合わせて微笑んだ。たぶん、また何か起こるんじゃないかな。
昨日と同じように北に向かって歩いて行く。まだ、【アクセル】の効果が続いているから体が軽く感じる。今日はかなり先に進めるんじゃないかな。
昼前に、変わった岩が前方にポツンと姿を現した。
大きさは10D(3m)程の丸い形なんだけど、何かおかしい。
「あの岩陰で昼食かな?」
「ちょっと待って。あの岩、おかしいわ。昼食なんてとんでもない!」
私は慌てて、ヴォルテンさんの提案を否定した。
「どこもおかしいところは無いようだが……」
リードさんがそう言って丸い岩を見たときだ。近くを草食獣が通ったのだが、岩陰から素早い動きで2本のハサミが伸びて獣を挟むと岩の下に押さえ込んだ。
「岩ヤドカリだと!」
やはり、連合王国の荒地とはかなり変わってる。おもしろい生物が沢山いるのが東方世界のようだ。




