M-006 ひたすら東へ
後を振り返ると、巨大な堤防が見える。西側と違って東側は石組みで切り立っている。いったい、この堤防は何を防ぐのだろう。オーロラ女王はどんな夢を見たのだろう。
そんな思いを持ちながら、私達は荒地を東に歩いている。
東の森まではおよそ1400M(約200km)。歩いて15日ほどだと聞いたけど、そんなに長く歩くのは今回が初めてだ。
最初の休憩で、キャシーさんが私達に【アクセラ】を掛けてくれたから少しは楽なんだけどね……。明日の朝は両足が痛むに違いない。
先頭をヴォルテンさんとリードさんが歩く。少し後を私とキャシーさんが杖をつきながら付いていく。
ヴォルテンさんも杖を使っているが、その杖は両端に金属が巻いてある。リードさんは太い柄の槍を杖代わりに使っていた。
臨戦態勢って事なんだろうけど、私が背中のクロスボウを使うのはちょっと遅れそうだ。キャシーさんの背中には太い柄の魔法の杖が差し込んである。
「これで殴ればガトル程度は倒せますよ」
そんな話をしてくれたから、キャシーさんは魔法使いであると同時に武道の心得もあるんだろうな。
私もお婆ちゃんに少しは習ったけど、今までに倒したのは野犬くらいだ。片手剣を使ったのは数えるほどでしかない。
『ミーナ。良く覚えておきなさい。ネコ族の勘の良さは他の種族を凌ぐわ。それは純粋種よりも私達の方が勝るのよ。隔世遺伝でミーナはその姿をしているけど、勘の良さは私を凌ぐ筈よ』
そんな話をしてくれたのを不意に思い出す。
攻撃は下手でも、真っ先に何かを見つけられればいいんだけどなぁ。
荒地は砂混じりの土地で、草木も疎らに生えているだけだ。立木も私の身長程の細い木が枝を絡ませてヤブを作っている。
そんなヤブが近付くとヴォルテンさんがナタのような採取ナイフを振るって枯れ枝を折り取ると、リードさんの担ぐカゴに入れていた。
その様子を不思議そうに見てる私に、キャシーさんが教えてくれる。
「焚き火を作るのも大変なところです。お湯を作るだけなら別の方法も取れますが、焚き火の効果はそれだけではありませんからね」
「ますます、草木が少なくなるんですか?」
「このような状態が続くだけですよ。でも、夜行性の獣の種類が少しずつ変わってくるとカルートを駆る戦士が話してくれました」
住んでる獣に違いが出るという事なんだろうか?
堤防を出てから数時間ほど歩いているけど、ラッピナなんて一度も見ていない。エントラムズ王都の周辺の荒地では沢山いるんだけどなぁ……。
昼食は、少し大きな立木の傍で休息しながら頂いた。
カゴに入れた枝は使わずに、立木が作るヤブから取って小さな焚き火を作り、カップ1杯分のお茶を作る。
堤防の建屋で頂いたお弁当を食べていると、リードさんがポケットから黄色い実を取出して私達に分けてくれた。
「この木はシダムの木らしい。アクトラス山脈ではこれほどには育たぬが、実は同じだ。干しアンズよりは、こっちの方が良いだろう」
1個を受け取り、齧りつくと酸味の強い甘味が口の中に広がる。結構美味しいかも!
残りの実を大事にポケットに入れて置く。歩きながらも食べられるしね。
「俺も少し取っておこうかな。確か、疲れも取れると聞いた事があるぞ」
ヴォルテンさんがヤブに向かって歩いていくのを眺めていたリードさんが、パイプを取出して口に咥えている。タバコの葉も貴重品になってしまったようで、咥えているだけで火を点けないみたいだ。
1時間程休憩して、私達は再び東に向かって歩き出した。
ヴォルテンさんのシダム採取は結構大漁だったみたいだ。私達にも数個ずつ分けてくれた。
ありがとうと言って受け取ったけど、これでちょっとした楽しみが増えた気がする。
夕暮れが迫る前に、今夜の野営地を探す。
リードさんが見つけたのは大きなしげみだった。リードさん達がしげみに槍を突き入れて獣が潜んでいないことを確認した後、20D(6m)四方の荒地から小石を取り除いた。小石を真中に集めて両側に天幕用の布を敷く。天幕用の布は1mほど離して2枚敷いた。
しげみから枯れ枝をリードさん達が取って来る間に、私達は小石で丸く輪を作って焚き火の場所を作る。
袋から3本の投槍を取り出すと、革紐で穂先付近を軽く纏めて三脚のように焚火の上に広げた。3D程の鎖を三脚の上から吊るすと、その先にあるフックにポットを吊るす。
ヴォルテンさん達が焚き火に火を点けた。
あまり太い枝ではないがたっぷり焚き木を取ってきたから、夜通し焚いても十分だろう。
「よろしいですか? 【カチート!】」
キャシーさんが魔法を使う。カチートは1辺が30D(9m)四方の障壁を作る魔法だ。これで、ガトル程度の獣に襲われる事は無い。
私は天幕用の布の上にバッグからガトルの毛皮を取出すと、キャシーさんと並んで坐る。
「ミーナちゃんも持ってるの? 私も持ってるから、2つ並べておきましょう。このまま寝る事が出来るわ」
マントをかければ十分に寝られそうだ。
リードさん達も毛皮を取出して焚き火の傍に敷くとそれに座り込む。
焚き火を囲みながら夕食のお弁当を食べると、直ぐに眠くなる。ずっと歩き通しだから疲れてしまった。
横になって3人を見ていると、お茶を飲みながら談笑しているようだ。
鍛え方が違うのかな? ちょっと自分が情けなくなる。
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眩しさで目が覚める。朝日が私の顔をまともに照らしていた。
皆を見ると、大きな麦藁帽子を頭に乗せている。私も持っているんだからそうしたほうが良かったな。
目が覚めてしまったから、もう1度眠ろうという気にもなれない。
燻っている焚き火に焚き木を投げ込むと勢い良く火がついた。そろそろ、皆も起きるだろうからお茶を沸かしておこうと、ポットを三脚の鍵に掛ける。
半分ほど中身があるから、朝食の前後に飲むのに丁度良いだろう。
皆が目を覚ましたのは、お茶が沸いてすぐの事だ。
朝一番のお茶を美味しそうに飲んだところで朝食を取る。と言ってもお弁当の残りのパンだ。今日からは食事は自分たちで作らねばならない。
食事が終ると、毛皮や天幕用の布を片付ける。投槍はそのまま束ねて背負いカゴにいれる。
私も皆と同じように麦藁帽子を被る。亀兵隊用の革の帽子も気に入ってるんだけど、日差しが強いからこの方がいいだろう。
「準備は良いですね。解除します!」
キャシーさんが私達に【アクセル】を掛けると、【カチート】を解除する。
「それじゃあ、出発だ。先は長いからな。ゆっくり歩こうぜ!」
ヴォルテンさんの言葉にリードさんが頷くとカゴを背負って先頭を歩いて行く。
私達は遅れないようにその後に続いて歩き出した。
昨日と同じように、1時間ほど歩いて10分の休憩を取る。
そうして東に進んでいるのだが、周囲に目印となるようなものは低い潅木だけだ。
たまにヴォルテンさんがポケットから取り出しているのは磁石だろう。磁石の針はいつでも北を教えてくれる。磁石が無かったら、同じところを大きく回っているかもしれないような世界だ。
日が暮れる前に【カチート】で私達の周りに障壁を張る。
今夜は、携帯食料で夕食だ。食事が終ると、リードさんがシダムの実を1個ずつ分けてくれた。
長い旅には一番だと話してくれたけど、酸味の強い味は、何となく疲れを癒してくれる気がした。
「今日で2夜目だが、だいぶ獣が少なくなったな」
「確かに、1日歩いても目に付いた獣は鎧ガトル2匹だけだ。昨日はそれなりに楽しめたんだが……」
私とキャシーさんはお茶を飲んでいたが、ヴォルテンさん達はパイプを楽しんでいる。先が長いからと、パイプを使うのは夕食が終ってからの一時だけだ。
「かつての狩猟民族でさえも、この辺りまではこなかったと聞いています。東にはシャイタンが住むと言われています」
「シャイタン……? 確か、魔物の親玉だったな」
リードさんの言葉にキャシーさんが頷いた。
獣ではなく魔物ってこと?
ひょっとして、明日には獣ではなく魔物に合う事になるんだろうか?
「魔物とは少し違うかも知れないな。図鑑と東方見聞録を持っている。母様が持って行けと無理やり持たされたんだけどね。その図鑑は遥か東の地に住む怪物達の姿が沢山書かれてたけど、不思議と魔物は3種類しか無かったんだ」
「魔物でないとすると?」
「キメラという、異なる種類の生物が合体した生物らしい。中には植物と動物が合体したような奴までいたらしいぞ」
だとしたら想像出来ないような連中がいるって事? 後でヴォルテンさんから借りて読んでみよう!
足を入念に揉み解して、毛皮の上で横になる。今夜はしっかりと麦藁帽子を顔に乗せておこう。
ふと目が覚めた。星空の下、チロチロと焚き火の炎が踊っている。
リードさんが1人焚き火を睨みながらパイプを咥えていた。
「まだ寝ていなかったんですか?」
「俺の種族は数時間熟睡すれば十分に体力が戻る。もうすぐ夜が明けるぞ。まだまだ先が長い。ゆっくりと体を休める事だ」
「ちょっと、嫌な予感がして起きちゃったんですけど……」
私の言葉にリードさんがパイプで南東を指している。
遠くに何かが蠢いているのが見えた。
「サンドワームだ。アトレイムの南西にもいるのだが、少し違うようだな」
サンドワームの嫌らしいところは群れることにある。遠くに見えるのも数匹が一緒のようだ。でも、違いは私には分からない。
「アトレイムのサンドワームはあんな触角を持っていない」
私が気付かないでいると呟くようにリードさんが教えてくれた。
「危なくないんですか?」
「距離があるからだいじょうぶだ。それに【カチート】をサンドワームでは破れん」
私の危惧はあのサンドワームなんだろうか?それ以外に獣は見当たらないから、そうなのかもしれない。
今日も1日歩くのだ。もう少し横になっていよう。
誰かが番をしていると思うと、安心できるのだろう。私が次ぎに目覚めた時は既に朝食が出来ていた。
私が寝坊した事を謝ると、皆が笑っている。
「だいじょうぶだ。俺達と同じような体力だとこっちが驚くからな。聞けばまだ14歳じゃないか。20歳までは体力が上がり続ける。後2年もすれば俺達と同じように動けるさ」
それって、まだまだ子供と思われてるってことだよね。
ちょっと、カチンと来るものもあったけど……。旅はまだまだ長いのだ。旅が終るころには私だってもっと背が高くなるだろうし、体力も上がるに違いない。
今の所はおとなしくしておこう。このパーティで私が一番何においても下なんだから。