M-027 見えない魔物
レリーフが抜け出した壁を見ながら、交代で眠ることにした。
この先同じようなことが起るなら、睡眠を十分にとっておいた方が良いに違いない。
キャシーさんが作った【カチート】の障壁の中で私と、リードさんが最初に睡眠をとる。
キャシーさんに体を揺すられて起きたのはどれ位時が経ってからなんだろう? ぐっすりと休めたのは、体よりも精神的な疲れがあったに違いない。
「後はよろしくね。あれを見て、少し変化してるわ」
キャシーさんが指さした先は、レリーフの抜け殻のはずなんだけど……。
脈動するように何かが動いている。
吃驚して後ろを振り返った時には、キャシーさんが毛布に包まっていた。
「おもしろい仕掛けだな。壁が命を作っているとしか思えんぞ」
「前にもそんなことがありましたよね?」
「あぁ、壁から出てきたな。案外似た仕掛けということになるんだろうが、誰が作ったかが問題だ」
リードさんはパイプを煙らせながら、ジッとレリーフを眺めている。退屈しのぎには丁度良いかも知れないけど、再び襲ってくることは無いんだろうか?
「たぶん階層ごとに出現するキメラの数が決まっているのだろう。本来は下層にある何かを守るための仕掛けだとは思うのだが、そうなると下の仕掛けが気になるな」
「アテーナイ様は、おぞましいものだと言っていましたが?」
「まともなものではないはずだ。でなければミズキ殿が破壊することは無いだろう。ミズキ殿は穏やかな性格の持ち主と我等の伝承にはあるからな」
滅多におこらない人ほど怖いとおばあちゃんは教えてくれたけど、それと同じってことかな?
おばあちゃんの教えてくれた中に、ミズキ姉さんの話もいろいろとあったけど、おばあちゃんは怒られた記憶が無いと言っていた。
そんなミズキさんが、いきなり【メルダム】を放ったということは、どんなおぞましさか私には想像もできない。……でも、アテーナイ様はアキトさんを通しておおよその内容は知っているような感じだった。
あまり人には話せないという内容なんだろうか?
それはアキトさん達に任せておけば良い。私はそんなアキトさんを見つけておばあちゃんの思いを伝えれば良いんだからね!
飴玉を口の中で転がしながら、レリーフを眺める。脈動している部分から枝のようなものが伸びて少しずつ太くなっている。このままで行けば、再びあの姿に変わるのは間違いなさそうだ。
だけど、かなりの時間が掛かりそうにも思える。飴玉一つが口の中で無くなっても、他のレリーフのように壁から浮き出すような姿には程遠い。
「どれ、そろそろ2人を起こすか。キャシーを頼んだぞ」
リードさんの言葉に小さく頷くと、すやすや寝ているキャシーさんの体を揺すってあげる。これだけで直ぐにパチリと目を開けて、私を見つめるからいつも驚かされてしまう。眠りが浅いのだろうか?
ネコ族ならそんな人達が大勢いるんだけど、生憎と私はハーフに近い存在だからいつもぐっすりと眠ってしまう。
「何もなかった?」
「ありませんでした。でも……」
私が指さすレリーフを見て、キャシーさんが頷く。
だいぶ姿がはっきりしてきた。この回復状況だと、1日程度で再び緻密なレリーフが出来上がるに違いない。
簡単な食事を取って、上階に続く石段をゆっくりと進む。
光球を私達を挟むように前後に上げているから、何かが接近してきても直ぐに分かるだろう。
先頭はザナドウ狩りの槍を持ったリードさんだから心強い。
私とキャシーさんは杖代わりの短い槍だ。これでも投げればそこそこ威力はあるんじゃないかな?
通路を進むとたまに扉がある。
はいったら、また下の階に連れていかれてしまいそうなので、入り口から中を覗くだけにしたのだが……。
「魔法陣だな」
「この建物は、あの魔法陣で建物の中を自由に移動するのかしら?」
部屋の中をリードさんと一緒になって覗いていたキャシーさんが私とヴォルテンさんに振り返って問いかけてきた。
「たぶんそうなんじゃないか。だが、使えない状態も考えたみたいだ。階段があるからね」
「でも、そうだとしたら、階段をあんなに立派に作ることはないと思いますが?」
私の疑問に、皆の視線が集まってしまった。
「なるほど、それも理屈に合うな。ということは、あの部屋の魔法陣を使った移動の方が限定されたものだということになる」
「通路を徘徊する魔物は多くは無いわ。せいぜい2、3体というところでしょう。広い空間だから出会うことも稀なのかも」
「現在も動いてはいるが、かなり意図的な建物ということになるな。アテーナイ様がアキト殿達がこの中に入って1か月も出てこないというのも気になるところだ」
通路を先に進みながら、そんな考えを話し合う。
歩いた道筋は、キャシーさんがキチンと地図にしているから、同じ場所を堂々巡りすることもない。それでも、ヴォルテンさんが分かれ道のところで炭を使って印を付けている。念のためということなんだろうな。
扉を開けても魔法陣の描かれていない部屋もある。
そんな部屋は、決まってかつて戦った形跡が残されていた。ぼろぼろのヨロイだったり、さびた長剣の破片だったりだが、遺体はどこにも残されてはいない。
「やはり魔族と戦った戦士と考えるべきだろうな」
「相当古いぞ。それにこのヨロイはテーバイの遊牧民は使わぬはずだ。どちらかと言えば、連合王国の古い時代だな」
片手に乗るぐらいの長方形の鉄板の4隅に穴が空いている。その穴に紐を通して鉄板を結んで行くらしい。鎖帷子ができる前のヨロイだとキャシーさんが教えてくれた。
となると、アキトさん達よりもはるか昔にこの建物に入った者がいるということになる。やはり目的はアキトさん達と同じなんだろうか? それとも宝物目当てかな?
「入った者がいるなら、やはり出ることも可能だということだ。外に出るのはそれほど困難ではないのかも知れんな」
「だが、これだけ歩いていてもこの階で魔物に合わないのも不自然だ」
前を歩いく2人の話し声が聞こえてくる。思わずキャシーさんと顔を見合わせてしまった。前から来ないとなると、後ろからってことなんじゃないかな?
ゆっくりと後ろを振り返ったけど、そこに見えたのは光球で照らされた石作の回廊だけだった。ほっとして溜息をもらす。
「もっと後ろを警戒した方が良いかも知れないわね」
私の様子が面白いのか、キャシーさんが微笑みながら話してくれた。
前にもまして後方警戒をしながら通路を進んでいた時だった。
鋭い殺気で思わず足が止まる。
「ヴォルテン、ちょっと待って!」
私の仕草に、キャシーさんが前の2人に声を放つ。
「どうした?」
私はゆっくりと通路の先を指さした。
光球に照らされた通路は1本に道で隠れるような横道はまるでない。
「殺気が凄いんです。気の流れより殺気の方が……」
「あまり離れてはいないということか?」
「でも、何も見えないわよ」
リードさんとヴォルテンさんは槍を前に出している。
何が飛び出てきても直ぐに応じられるということなんだろうが、確かに私の目にも何も見えない。
こんな時は……。
「【メル】を広げて放ってみます。ひょっとして石壁と同じ体色なのかも!」
片手を伸ばして掌に【メル】の火炎弾を作る。
このまま放つのが一般的なんだけど、この大きさを変えることができることを知ったのはこの旅が始まってからだ。
2人の真ん中まで進むと、火炎弾を大きくしていく。どんどん大きくして、私が座り込むぐらいになると火炎弾の大きさは通常の10倍ほどに達する。
これだけ大きくすると威力は無くなるのだが、火傷ぐらいはするんじゃないかな?
「えい!」
私なりに気合を入れたつもりだが、リードさん達から比べれば頼りないかもしれない。
声と同時に前方に転がるようにして火炎弾が進んでいくと、何かにぶつかって大きく弾けた。
「グライザムの親戚のようだな。あれなら俺で十分だ」
リードさんが矢のような速度で、魔物に近づくと片手剣のような槍の穂先を突き刺した。
苦悶の声は体を焼かれる痛みから来るのか、それともリードさんの攻撃なのかは分からないけど、槍を引き抜いて再び突き入れると魔物は仰向けになって倒れたようだ。
リードさんが手招きしてるのを見て、私達は急いで魔物を見に近づいた。
「グライザムとも異なるようだ。心臓を一突きしても死ななかったからな」
「それにこれほど体を燃やすことはない。直ぐに消えるはずなんだが?」
やはりキメラということになるのだろう。
それにしても、周囲の色に体を同化させるなんて、とんでもない魔物だ。
「ミーナは殺気と言ったが、殺気なら俺にも分かる。こいつは通常の殺気をまったく持っていなかったぞ。あのまま近づけば、この場に倒れていたのは俺だったろう」
「見つけられるとすればミーナだけというのが、こういう能力にあるのかもしれないな。気の流れを見ることができて、通常と異なる殺気を敏感に感じられるんだから」
とうことは、私の役目は気の流れを探りながら、周囲の殺気まで確認しなければならないのかな?
改めて周囲の気の流れをみる。
ゆっくりと私達が進んでいる方角から気が流れてくるのが分かる。その流れを乱す存在は前にも後ろにも存在していない。




