M-014 長老と呼ばれるもの
「さて、出掛けようか!」
ヴォルテンさんの言葉に私達は焚き火の傍から立ち上がって、旅支度を始める。と言っても、私は杖を持つだけだけれどね。
【カチート】をキャシーさんが解除すると、私達は北に向かって歩き出した。
リードさんとヴォルテンさんが両翼に広がり、私達はその間を進む。
出掛けに、キャシーさんが【アクセル】掛けてくれたから、今夜までは身体機能が2割増しになる。少し坂になった荒地だから、私にはありがたい。
歩きながら、昨夜のアテーナイ様との問答を考えてみた。
災厄とはそれ以外に表現する言葉が無かったという事が少し分かりかけてきた。でも、それは一言で表すなら、と言う枕詞が付く。長く説明するならば、私も分かる筈なんだけど……。
突然、右前方を歩いていたヴォルテンさんが立止まる。
左手を真横に上げたから、全体停止の合図だ。杖を持つ手に力が入る。
「ちょっと来てくれ!」
私達に振り向いて叫んだところをみると、危険な肉食獣に出会ったわけではないようだ。私は急いで駆け寄った。
「あれだ。少し変わってるだろう?」
1M(150m)ほど先に洞窟があるようだ。
バッグの中から双眼鏡を取り出してその洞窟を眺めた。
洞窟に間違いは無い様だが……。
こちらに向かって開いた洞窟の入口は長身のリードさんも楽々立って入れそうだ。入口も綺麗だし? えっ!
「どう見ても人工だな?」
「そうね。それに、周囲の岩はあの洞窟を飾っていたみたい」
考える事は同じ?
「調べるの?」
「そうだな。たぶんアキト殿も気付いたはずだ。何らかの痕跡があるかも知れん」
私の問いに答えながら、ヴォルテンさんは歩き始めている。
皆もそれに続いているから、私も急いで後を追った。
100D(30m)ほどのところで私達は立止まると、もう1度洞窟を眺める。
やはり人工のものだ。天然であればあれほど綺麗な円形になるはずがない。直径15D(4.5m)程にうがかれた洞窟は真直ぐに奥に続いている。
その入口の岸壁は20D(6m)ほどの範囲で磨かれたように滑らかに見える。周囲に転がっている私の胴ほどの石のブロックは装飾が施され一部には文字のような彫刻の跡がある。
「誰が作ったんだ?」
「見ろ! これは確か……」
リードさんが近くで拾い上げたものは、私の人差し指が入るほどの樹脂で出来た筒に金属の蓋が片方に付いていた。
「ショットガンの薬莢だ。連合王国でショットガンを使うのはアキト殿しかおらぬ」
そう呟いたリードさんは、ヴォルテンさんの手から視線を洞窟に移している。確かに気配はするけど、それだけだ。尻尾は太くならないし、首の毛も逆立たない。中はどうなってるんだろう?
「戦闘準備だ。かなり怪しいぞ!」
リードさんも気付いたんだろうか?
私は、杖を両手に持った。気配はあるけど、姿を伴わない。そんな魔物に私の武器は通じないだろう。何かあればベルトのポーチに入っている爆裂球を投げようと心に決めている。
いつでも投げられるように槍を構えたリードさんの脇を身を良を低くしてヴォルテンさんが駆け抜ける。洞窟の口の岸壁に背中を貼り付けて、長剣を握ると片手でキャシーさんを呼んでいる。
遠回りにキャシーさんがヴォルテンさんの隣に駆けると、洞窟の中に【シャイン】で作った光球を投げ入れた。
本当に奥まで真直ぐ続いている。
と思った時、光球が何かに当って停止したようだ。
「見たか?」
「ええ、崩れてました」
リードさんが、ふうっと息を吐く。相当に緊張していたみたいだ。
私達2人はゆっくりとヴォルテンさん達の所に歩き出した。
「だいじょうぶだ。なにもいない。どうやら100D(30m)ほどで天井が崩れているらしい」
「でも、気配はあるんです。姿を探そうとしてたんですが……」
「その気配はどこから来るんだ?」
「洞窟の奥なんですけど」
小さな声で言ったのだが、皆は驚いたようだ。
「となれば、崩れた場所まで行って見ねばなるまい」
キャシーさんがもう1つ光球を作ると、私達の真上に光球を移動する。おかげで足元が明るい。
直ぐに光球が床に転がった場所に着いた。それ程入口から距離が無かった。確かに100D(30m)ほどだろう。
「どうだ?」
「まがまがしい程の気配です。この崩れた向こうに沢山の魔物がいるんじゃないでしょうか?」
「俺もそうだと思うな天井を見ろ。この縁だ。これは何かで突き刺したような穴だぞ」
「ディー殿達の力かも知れんな。マキナの2人とディー殿は光の矢を射る事が出来るそうだ。それを撃つと、石でも穿つことができると聞いたことがある」
と言うことは、この洞窟を崩したのはアキト様達なの?
だとしたら、どうして?
……たぶん、この先の気配が真相なんだろう。かなり強そうな気配だもの。それを外に出さないために崩したに違いない。
これが災厄なのだろうか?
だが、これ位なら爆裂球を集めて爆破すれば良いんじゃないかな? お婆ちゃん達も昔そうやってアクトラス山脈にある抜け道を塞いだと聞いたことがある。
それなら、アキト様達がわざわざ出掛ける事もない。これとは別な何かという事だろう。
洞窟から出て、休憩を取る。焚き火を作ってお茶を沸かしながら先程の洞窟の事を皆で話し合った。
「あの崩れた先には今でも何かが蠢いてるぞ。アキト殿が天井を崩してくれたのはありがたい話だ」
「出て来ないんでしょうか?」
「先程の薬莢だが、この金属は銅合金だ。ボロボロに錆びているのを見ると、かなりの年月が経っている。それでも奴等は出て来れないのだから、心配は無いだろう」
洞窟の暗い中でどんな生物が蠢いているのだろうか? 生物と言う範疇を越えた魔物だと思うけど、それでも生きているんだよね。
それにもう1つの疑問がある。
あの洞窟の周囲に散らばった石のブロックだけど、それ程昔に崩れたものではない。周囲の石は苔むしているんだけど、ブロックがくっ付いていたと思われる面にはまだコケが生え始めたばかりだ。
あの洞窟の入口を飾っていたであろう石組みを壊したのもアキト様達に違いない。
「ヴォルテンさんは、あのブロックの文字が読めますか?」
「確かに文字に見えるな。だが俺には無理だ。ちょっと待ってろ」
そう言って、散らばったブロックのところまで歩くと端末を取り出して何かをしている。
直ぐに帰って来ると、ポットから自分のカップにお茶を注いだ。パイプを取出し、タバコを少し詰め込むと焚き火で火を点ける。
「バビロンに送って調査をしてもらう。部分的にも読めれば何の洞窟か分かる筈だ」
私達には読めない文字。確かアキト様は不思議な魔道文字を読む事も書く事も出来たらしい。そんな魔道文字は魔道師の杖には必ず刻まれている。だけど、あのブロックに刻まれた文字はまったく異なる文字に思える。
「着たぞ。どれどれ?」
端末のピッという音にヴォルテンさんが仮想スクリーンを展開すると、その文面を読み出した。
大きく表示されたスクリーンだから私の方からでも読むことができる。
「何だと!」
そこに表示された文面を一言で言えば解読不可能……。
予想はしてたけどね。
ジェイナスの過去に使われた言語とも一致しないと書かれている。とは言うものの、あの洞窟の以前の姿が画像として残されていた。
アキト様も読めなかったらしく、バビロンに依頼したんだろう。
その画像には、神殿のような入口の装飾が施されていた。
「読めずに壊したと言うのは、ちょっと短絡過ぎなんだろうな」
「たぶん目的を持って破壊した筈だ。古代遺跡の大切さは良くご存知らしい。となると、謎が残る」
アキト様やバビロンの神官さんが読めないなんて文字があるんだろうか?
「待て、ユグドラシルの巫女からも返事が来たぞ」
同じように仮想スクリーンに文字が浮かびでる。
「解読不能は同じか……。待て、似た文字を以前見たことがあると書いているぞ!」
その文字は、ユング様達がアキト様達とは別に、ジェイナスの反対側の大陸で歪を破壊した時にたまたま映像の1つに映っていたものらしい。
となると、あの文字は悪魔の用いるもの?
「類似率が93%ならば殆ど同一と考えて良いだろう。となれば、あの洞窟を作ったのは悪魔という事になる。奴等に美的感覚があるとは思えんが、そうなるとあの奥にいる魔物はどういう事になるのだ?」
「悪魔の考える事は私達には分かりませんが、大方魔物を作り出す場所と考えた方が良いと思います。アキト様達はそれを見て魔物が地上に現れないように洞窟を破壊したんじゃないでしょうか?」
そうかもしれない。正義感に溢れた人達らしいから、その説明には納得できるんだけど……。一つ課題が残る。なぜ、洞窟の入口の石組みまで破壊したんだろう?
「どうすり? 先に進むか。それとも」
「先に進むべきだ。まだ通信が出来るという事は、アキト様達に近付いたとは思えん」
そうだった。私達の旅は世界の不思議を探るわけじゃなく、アキト様を探す旅なのだから。
私達はポットの残りを急いで飲み干して焚き火を消すと、再び東に向かって歩き始めた。
足跡は無いけれど、北に向かったとは思えない。私の勘がそう告げる。
2時間程歩いたところで、リードさんが焚き火の跡を見つけた。そろそろ日も暮れるということで、今夜はここに野宿することになる。
【カチート】の障壁の中だと、安心できる。歩いている時は、結構気を使うんだよね。この辺りは遊牧民さえ来た事がない場所だ。どんな獣が飛び出してくるかも分からない。
夕食が終わり、リードさん達はパイプを咥える。先が長いから、あまり楽しめないのが少しかわいそうに思える。
私は……。
『おもしろい物を見たじゃろう?』
辺りを見渡すと、どこかの山麓だろう。麓の方に広がる湖とその一角に村が見える。
『我の山荘があの辺りじゃ。近くに婿殿達の別荘もあるのじゃ』
「ここは、リムお婆ちゃんが住んでいた場所なんですか?」
『いかにも。その北に広がるアクトラス山脈の一角じゃ。この辺りは婿殿達と良く狩りを楽しんだものじゃ』
『ほほう。あの娘達の子孫じゃな』
ふと声のするほうに顔を向けると、魔物のような姿に見える老人が、おいしそうにお茶を飲んでいる。でも、魔物じゃないのは直ぐに分かる。だって、優しい目で私を見ているもの。
アテーナイ様が渡してくれたお茶を一口飲むと、何時ものお茶ではなく少し甘味を感じる。チビチビと美味しく戴いている私を2人が優しい目で見ていた。
『あの洞窟は確かに婿殿達が破壊したものじゃ。そして、ミーアの疑問は重要じゃぞ。それを忘れるでない。ところで、ミーアは洞窟の天井の破壊と、洞窟の入口の破壊はどちらが先だと思っておるのじゃ?』
「洞窟が先ではないんですか?」
私の返事にアテーナイ様が首を振った。
ということは、先に入口を破壊したという事なの?
『先に入口を破壊して洞窟に入ったようじゃ。数日後に天井を破壊してあの地を去っておる』
私は吃驚した。
そんなに時間が空いていたんだ。だとしたら、その間何かがあったという事になる。
『なるほど、聡明な嬢ちゃんだ。あの3人に負けておらぬ』
『長老殿、出来ればこの娘に、エーテルの使い方を教えてくれぬか?』
『フム……。エーテルの流れを見ることは出来るようじゃな。ならば、教えるにやぶさかではない。先ずはエーテルの流れを感じ、その乱れを起こすものと起こさぬものを見ることじゃ。と言っても、エーテルの流れを乱さぬものはあまりおらぬがのう』
そう言うと私を見て笑っている。
たぶん大事な事を教えてくれたんだと思う。エーテルの流れは気の流れと一緒だ。その流れに生物がいれば間違いなく流れが乱れる。生物で気の流れを乱さない者等いるのだろうか?
『それで良い。良く考え、良く見て、心に感じるが良い』
長老とアテーナイ様が言った不思議な人物の言葉が何時までも私の中に木霊する。




