M-013 ともに進む存在
「ひょっとしたら、新たな歪を見つけたんじゃないのか?」
「それなら、バビロンに記録が残っている筈です。ですが、歪がそのままなのも気にはなりますね」
焚き火を囲んで夕食後のお茶を飲みながら話は続く。
男性2人は、1日1回のパイプを楽しんでいるけど、美味しいのだろうか? 私は1度父様のパイプの煙にむせて酷い目に合った事がある。美味しいとはとても思えないんだけどね。
「だが、災厄とは言えないのではないか? 大規模なものならそうなるが、記録に残さないような歪ならばそれ程危険が無いという事だろう」
私にもそう思える。アキト様が探すものは、私達には対処し得ない種類のものに違いない。だけど、それは何なのだろう?
「もう1つ考えられるぞ。ヴォルテンは悪魔の話は聞いた事があるか?」
「母様から聞いた。アルトお祖母さんは魔物との戦いで呪いを受けて幼女の姿に変えられたそうだ。その魔物を率いるのが悪魔と聞いている」
「もう1つあるぞ。ユング様は実際に悪魔と戦ったらしい。百万を越える悪魔を倒したそうだ。その戦いで知ったのは、俺達が悪魔と呼ぶ種族は人間が強制的に変化させられた姿だと長老に話してくれたそうだ。一旦変化した状態では元に戻す術がないそうだ」
私達は淡々と語るリードさんに釘付けになった。
人間を魔物のような姿に変えるなんて!
「誰が、人間を変化させているのですか?」
「悪魔の上位種だ。ルシファーと名付けたそうだが、リザル族をツルツルにしたような姿を見せて貰った。長い尾を持つから、リザル族と言うよりはレイガル族の方が似ているかもしれん」
リザル族を人間の皮膚にして長い尾を付けるってこと?
頭で想像してみたけど、何となくイメージが湧かないな。
「こんな奴だ」
ヴォルテンさんが端末を操作して仮想スクリーンにルシファーを表示させる。
なるほど、小柄なリザル族に見えるが、その目は真っ黒だ。残忍な感じが画像から伝わってくる。
「だが、こいつ等は神殿の奥にいて中々地上には姿を現さないらしい。総数すら分からないらしい」
「となれば、こいつ等を追っているわけでは無さそうだ。やはり追っているなら悪魔の方だな」
「悪魔ならば、少なくともテーバイには噂ぐらいは伝わるわ。定住しつつあるとは言え、まだまだ沢山の遊牧民が広い荒地を家畜を追って移動しているのよ」
ここで、問題なのは災厄とは物なのか、場所なのか、それとも生物なのかということだと思う。
たぶん、アキト様はそれを一言で言い表す事が難しいから災厄と言う言葉を使ったに違いない。
歪は場所であって、それが問題ならばアキト様は歪と言っただろう。悪魔にしても、それがどんな種族なのかを知っているし、私達にも話している。ならば、迷わずに悪魔と言っただろう。
「歪でもなく、悪魔とも違う気がします。それは私達も存在を知っていますから、災厄等と言わないと思います」
「そうだな。確かにその通りだ。だとすれば災厄とは何なのだ?」
リードさんの問いは、私に向かって問い掛けたわけではない。自問しているように、パイプを咥えて焚き火の炎を見つめている。
「分からないな。だが、それがアキト様達が未だに戻らない理由なんだろうな」
「私達には手に負えないから……。という事なんでしょうけどね」
ミーアお婆ちゃん達なら十分にお供はできただろう。だけど、アキト様はそれをよしとはしなかった。連合王国の未来をお婆ちゃん達に託したとも考えられるけど、お婆ちゃん達だって、まだまだアキト様に頼りたかったと思う。
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気が付くと、何処かの山の中にいるような雰囲気だ。
周囲には緑の濃い木立ちが茂っている。
そんな中、私はアテーナイ様が座る焚き火の反対側にポツンと坐っていた。
「こんにちは……」
「ミーナじゃな。我の心象世界に軽々と入れるとはのう」
ジッと焚き火の炎を見つめていたアテーナイ様は私の声で私が焚き火の傍にいる事に気が付いたようだ。
焚き火の傍にあるポットから木製カップにお茶を注ぎ、私に渡してくれた。
自分のカップにもお茶を注ぐと、私を見て微笑みながら飲んでいる。
「不思議なものじゃ。我の心象世界にミーナは易々と訪れるのじゃが、あの3人娘とは未だに互いの心象世界に行く事も来る事も叶わぬ。何かが拒んでいるようなのじゃが……」
3人娘って、お婆ちゃん達のこと?
それも、おかしな話だ。私以上にアテーナイ様とは結び付きが深いはずなのに。
「まあ、先はいくらでもある。何かの使命を帯びているとも考えられるのう。ところで、先程のそなた達の話題じゃが、かなり近いところまで来ておるぞ。とはいえ、婿殿が我等以外にその真の理由を語らぬ以上、我も語らぬ方が良いじゃろうな」
「では、アテーナイ様は災厄のさす言葉が何なのかご存知なのですか?」
「いかにも、知っておる。婿殿に何度も問い正したからのう。その結果を一言で言えば確かに災厄となる」
一言で言えば災厄……。と言うことは、いくつもの事象をまとめて表現した言葉だという事?
「もうすぐそれも分かるじゃろう。そうじゃ! 折角来たのじゃから、片手剣の使い方を更に伝授しようかのう……。我があみ出した使い方は、婿殿よりは精練されておらぬ。じゃが、十分獣相手には通用するぞ」
そんな事を言ってアテーナイ様が立ち上がる。
私が赤だってのを分かってるのだろうか? でも、心象世界の教えは現実でも有効だし、私が一番弱いからね。獣は弱いものから襲うって誰かに聞いたことがある。少なくとも足でまといにはならないようにならないと!
静かな林の中、焚き火の明かりだけが私達を照らしている。
足元は柔らかな草が足首まで埋まるぐらいに密生していた。
アテーナイ様は、私の前10D(3m)位に寄って来ると、腰のバッグから片手剣を取り出した。
「ミーナはミーアのグルカじゃったな。そのグルカをミーアが抜いた途端に剣を投げ捨てて命乞いをした者もいると聞く。そのグルカを託されたのじゃ。良いか、時には非情に徹せよ。さすれば、戦わずとも敵を落とせる!」
と言ってるけど、非情になれって、難しいと思う。
ぼんやりとそんな事を考えていると、目の前のアテーナイ様の姿が消えた!
直ぐに右足を引いてmその場で体を移動すると、先程私がいた場所に光が走った。
右手に姿を現したアテーナイ様がゆっくりと私の方に振り返った。右手には抜き身の剣が焚き火の炎に照らされて鈍い光をたたえている。
「良くぞかわした。さすがにネコ族の瞬発力は人間族を凌ぐ。じゃが、それだけでは不足じゃのう。そこから何故に反撃をせぬ!」
鋭い叱責が飛んできた。
でも、反撃したらアテーナイ様に当ってしまう!
「我を心配しておるのか? それは無用じゃ。既に肉体を持たぬ存在である。まあ、持っておったとしても、心配はいらぬぞ」
そういえば、アテーナイ様の強さはアキト様と良い勝負と聞いたことがある。アキト様に『俺より強い』と言わしめた存在だった。私の攻撃など簡単に防ぐ事が出来るという事に違いない。
私だってミーアお婆ちゃんの血を引いているんだし、そこそこ瞬発力は早いと思うんだけど……。
何かが視界の端で光った。すばやく跳躍すると、足元を剣が薙ぎる剣スジが残像のように見える。その中心点に剣を振り下ろした。
無論、避けられる事はお見通しだ。私が狙うのは、振り下ろした剣を避けるアテーナイ様の身をかわす支点だ。
振り下ろした剣を包み込むように身をかがめると、かわし終えたアテーナイ様の足元を狙って剣を逆手に持ち替えて振るう。
ガチン!
アテーナイ様の剣と私の剣が激しくぶつかって火花を発した。
互いに剣を持つ手に力を込める。ちょっとでも緩めると弾き飛ばされた上に斬激が襲ってくる筈だ。
アテーナイ様が私に微笑み掛けると、ゆっくりと剣を押す力を緩めてくれた。
はう……。吐息が漏れる。
「中々にスジが良い。次が楽しみじゃ」
焚き火の傍に腰を下ろすと、私のカップに再度お茶を注いでくれた。
腰からパイプを抜き取って、焚き火で火を点けるとプカリとタバコを燻らせる。
「ゆっくり周囲を見ることじゃ。ミーナ達の進む方向に間違いはない」
私を見て微笑んでいるのは、既に何もかも知っている感じに見える。
でも、それなら教えてくれても良いのにね。
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「どうしたの?」
私の顔を覗き込むようにキャシーが問い掛けてきた。
ハッ! と顔を上げる。
きょろきょろと周囲を眺める私に、皆が笑顔を向けてくれた。
「アテーナイ様は元気だったか?」
「はい。剣の使い方を実戦で教えて頂きました。そして、もう1つ。私達の進む方向に間違いは無いと……」
「そうか。それは何よりだ」
「私達が探すべき者は何かを教えてくれた?」
「キャシー、それは知っていても教えてはくれないだろう。たぶんそれが何かという事を我々が知らなければならないのだろう。そうでなければ、最初に教えてくれた筈だ」
リードさんが、キャシーさんに言い聞かせている。
「でもね、ちょっと不公平じゃない。私だってアキト様の血を引いているのよ。ヴォルテンにいたっては、ひいお婆ちゃんじゃない。でも、私達には合ってくれないのよね」
そういえば、確かにそうだ。私とアテーナイ様は何の関係も無いのだ。唯一、ミーアお婆ちゃんはアテーナイ様と一緒に狩りをしたって言ってたけど……。
「かなり変わった人だったらしいぞ。だけど、いまの連合王国を作り上げた1人なんだよな」
「色々逸話を持っているお人だ。我等がとやかく言うのもはばかれる。それに気さくな性格は悪人以外には慕われたらしいぞ」
悪人には、まったく情けを掛けることがなかったらしい。
それが、先程の非情になれという事なのだろうか? でも、そこまで心を変える事が出来るのだろうか?
「あまり悩まない方が良いぞ。それだけミーナがアテーナイ様に気に入れれたんだろう。そして、ミーナを通じて俺達の進路を見守ってくれているなら何の問題もない」
ヴォルテンさんは前向きだなぁ。私もそれくらい気楽に考えられれば良いんだけどね。
生憎と、何時までも考えすぎてしまうのが私なのだ。




