M-011 手掛かり
毛玉の生物に出会って数日過ぎた頃、私達はアキトさんが最後に通信を送ったと言う場所にいた。
古い焚き火の跡が残っているだけだけど、岩陰の場所だから長い年月に係わらず残っていたらしい。
几帳面に丸く石を囲んでいるから、サル共ではないとリードさんが断言している。
「問題はここからなんだよな。後はミーナちゃんが頼りってことかな?」
焚き火を囲んでお茶を飲んでいたら、ヴォルテンさんが私を見て呟いた。
「でも、私は……」
「そうだな。一月ほど前に比べればだいぶ勘も良くなっているようだ」
「そうね。今日だって、2M(300m)以上離れた場所の獣を見つけてくれたわ。やはり、ネコ族の勘は急速に高まるのかしら?」
パーティの中に1人はネコ族を……。良く聞く言葉なんだけど、まだパーティを作らずに友人達と狩りをしていた私は、仲間の中では鈍感と言われてたんだよね。
だけど、自分でも周囲が良く分かるようになってきたことを感じて驚いている事も確かだ。
「この頃、急に周囲が見えるようになってきたんです。アテーナイ様に教えて貰った訓練のせいでしょうか?」
私の言葉に3人が顔を見合わせた。
「確か、グルカを教えられたんだよな?」
「そうです。最初がグルカ、その後は……」
「まだ外にも教えて貰ったの?」
キャシーさんが私をジッと見詰めて呟いた。
「鍛錬とか言って、この練習です。【メル】!」
カチートの中だが手の平の上に炎の球体を作った。ジッと見詰めて念を込めると急速に球体が小さくなっていく。炎の色も真紅から紫に変わった。
「最初は爆裂球程度までだったんですが、いまではその半分まで小さく出来るようになりました」
「驚いたな。母様にそのやり方は教えて貰ったんだが、俺には無理だった。世界を感じる心を持てと言われても何の事やらさっぱりだ」
「その話は聞いた事があるぞ」
そう言ってリードさんが焚き火の枝を取ってパイプに火を点けた。
「アキト様がカラメル族の長老に教えて貰ったらしい。気の制御が上手く行かずに困っていた時に火炎弾の大きさを自在に変えることで、気の制御を自分のものにしたと聞いている」
「--てことは、俺には気を操れないってことか? 何となく納得できる話だな。姉貴達はできたんだよな。それが出来るとともに不思議な体術をものにしたんだ。長剣の一撃を跳ね返すんだから、飛んでもないよな……」
ヴォルテンさんは残念そうに呟いた。かつては頑張ったんだろうな。
「私も、練習はしたんだけど、爆裂球よりも小さくはできなかったわ。適正があるんでしょうね。でも、ミーナちゃんは練習を続けたほうが良いわよ。小指の先程に凝縮した火炎弾は強力な一撃を相手に与えられると聞いたわ。私は【メルト】ができるけどイーナちゃんは【メル】だけだから、それが使えれば旅も楽になるわ」
気を高める練習と言うよりは気を操る練習らしい。
それが私の勘の良さを高めているのだろうか? 火炎弾をポイっと遠くに投げると【カチート】の障壁を簡単に貫通して、100D(30m)ほど離れた場所でドン! と音を立てて砕け散った。
「今ですら、【カチート】を貫通するのか。ミーアがエルフ族の血を引いていたら、王都のハンター連中がこぞって仲間に加えるために暗躍するだろうな」
リードさんがそう言っておもしろそうに私を見る。
生憎とネコ族の血を濃く引いた私には魔法力がそれ程無い。人族の7割程度らしい。エルフ族なら3割り増しだものね。ちょっと羨ましくなる。
次ぎの日は、朝食を終えると、渦巻きのように周囲を外側に向かって歩きながら、アキト様達の足取りを探す。
「そもそもアキト様は、どこで何をしようと旅立ったのだ?」
「今では誰も知らないのでは? リム様やミーア様でさえ良く分からなかったと言っていたようです」
「俺達の部族の伝承では、東の災厄を調べる為だったらしい。それはアルト様から聞いた事だと伝わっている」
遙か東には大きな大陸があって、かつてはユング様達がその地まで出掛けたらしい。数年以上掛かった旅らしいけど、まさかそんなところまでは行っていないよね。
「東方見聞録で異質な生物はかなり多いが、サルと悪魔は別格だな。となると、その侵略を調査する為か?」
「いや、それなら科学衛星の画像で推定する筈だ。もう1つの脅威があるのだろう」
私達にはそれが何かは分からないけど、アキト様達には十分に脅威と映ったのだろう。その調査を今でも行なっているということだろうか?
そんな話をしながら私達が周囲を注意深く観察していると、先頭を歩いていたリードさんの足が止まった。
「見ろ、これはアキト様達の持つ魔道具の使った後に出てくるものと同じだぞ」
リードさんが手の平に載せたものは、小さな円筒形の代物だ。
「カートリッジとか言うものだな。小さいな。アキト様の魔道具には指ほどの太さのものが使われてると言われているから、これはミズキ様かアルト様だな」
「これもそうだな。ここにもあるぞ」
何かに襲われたのか、それとも何かを狩ったのか……。
その辺りは分からないけど、こっちに向かって進んだのだろうか?
焚き火の跡からは丁度真北の位置になる。このままアクトラス山脈の尾根にむかったのだろうか?
更にその10M(1.5km)ほど先に横たわった獣の骨の首は一刀両断された跡が骨に刻まれていた。
「やはり、北に向かったという事だろうな。今夜はここで一泊して先に進むぞ」
ヴォルテンさんが白い骨の断面をリードさんと眺めながら言った。
周囲の潅木から焚き木を取るといつものように焚き火を作って野宿の準備を始める。
夕食後のお茶を飲んでいると、ヴォルテンさんが久しぶりに、通信機をバッグの袋から取り出した。連合王国と通信をするのだろう。
アキトさんが最後の通信を送ってからの足取りを掴めたのだ。たぶん向こうでも喜んでくれるに違いない。
パイプを咥えながら電鍵を叩いているヴォルテンさんの仕草は慣れたものだ。
レシーバーを片耳に当ててリードさんと話しながら通信してるんだから凄いと思うな。
「何だと!」
突然大声を上げると、険しい目付きで電鍵を叩き始めた。
「どうしたんですか?」
「リム殿が亡くなったらしい……」
キャシーさんもリードさんの言葉に絶句している。
あの、親切なお婆ちゃんとも、もう合えないんだ……。
ミーアお婆ちゃん達と楽しそうに話しているのを最初に見たときは、私達と同じ年頃の女の子に思えたんだよね。あれは、どこだったかしら?
「亀兵隊達も、1年で自分達の指導者たる人物を3人も失った。後継者は育っているようだが、今までのようには行くまい。彼らのためにもアキト殿を探さねばならないな」
「今朝、亡くなったらしい。最後の言葉は……『ディー姉さん。ありがとう……』だったそうだ」
「ディー殿と言えば妖精族の戦闘員だったと聞いているぞ。マキナのラミィ殿も妖精族の一員だったらしいが……」
「羽を広げて足を使わずに高速で移動できるそうよ。母様が一緒に狩りをしたときに見たと言っていたわ」
たぶん、ディーさんとリムお婆ちゃんはずっと仲良しだったに違いない。それも、アキトさん達を探したら伝えなくちゃ。
「あの亀兵隊の兵営の外れにある巨大な墳墓に3人で眠ることになるはずだ。サーシャお祖母さんが、『あの中で我等は亀兵隊を見守るのじゃ』と言っていたからな」
きっと3人の心残りなのだろう。
自分達が新に作りだした兵種が連合王国を何時までも守っていくのを見守り続けるに違いない。
「連合王国の重鎮が3人も1年で亡くなったが、王国はだいじょうぶなのか?」
「それは母様達がしっかりと手を結んでいるからだいじょうぶだろう。何と言っても、アキトさんの子供だからな。連合王国内で、それなりの発言力はあるようだ」
オーロラさんがサーシャちゃんから子供の頃から軍略の指導を受けていたことは周知の事実だ。不穏な動きは商会を束ねるアリスさんが感知出来るだろうし、亀兵隊と大テーバイ王国のカルート兵が協力したら、反乱など直ぐに押さえ込んでしまえるだろう。
たぶん、次ぎの世代にキチンと国政を渡せる事ができたんだと思う。
それができなければ、ミーアお婆ちゃん達も安心して寝むる事などできなかっただろう。
私達は西に向かって揃って頭を下げてリムお婆ちゃんの冥福を祈った。
あくる日、私達はアクトラス山脈に向かって北に歩き出す。
【アクセル】で身体機能は上げているのだが、斜面を登るのはキツイ。それ程斜度は無いんだけれど、ずっと続いているんだもの。
1時間も歩かずに休憩を取る。水筒の水を飲んでちょっと休憩を取り、再び歩き出す。
「見ろ! ここで休んだようだ」
リードさんの指差した場所には焚き火の跡と、焚き木が散らばっている。
丸く石で囲んであるから、風雪にも流される事無く形が残っている。
やはり、こっちに向かったんだ。 かなり古い焚き火の跡だけど、私達は間違いなくアキトさん達に近付いている気がする。
先頭を歩くリードさんが立止まると姿勢を低くする。
私を指差して、手招きしてるから急いでリードさんの所に向かった。
「あれだ。リスティンの若い奴だな。狙えるか?」
「だいじょうぶです。手負いの場合はお願いします」
私の言葉にリードさんが槍の穂先のカバーを外した。
いくらクロスボウでも致命傷を与える事は難かしい。ミーアお婆ちゃんも、『できれば1発でしとめなさい。それができない時は手負いの獣を倒すまでは手を抜いてはダメよ』と言われている。
ガトルクラスなら、ボルト1本で良いんだけど、あれぐらい大きいと1本ではよほどいい場所に当らないと取り逃がしてしまう。
ゆっくりと音を立てずに、低い姿勢で近付いていく。
距離が150D(45m)ほどになったところでクロスボウを背中から下ろして弦を引き絞りボルトをセットする。
狙いを定めてトリガーを引いた。
フュン! と弦がなり、リスティンが仰け反った。
と同時に、リードさんが私の脇を素早く走り抜けて槍を投擲する。
バタン! リスティンの倒れる音が聞こえた気がした。
「今夜は焼肉だな!」
立ち上がろうとした私の頭を撫でて、ヴォルテンさんが獲物に向かって走り出した。
「さあ、私達も行きましょう。キチンと血抜きをすれば、しばらく食いつなぐ事ができるわ」
久しぶりの焼肉だ。
私は何時しか笑みを浮かべていた。




