プロローグ
わからない。
なぜ涙を流すのか。
わからない。
なぜそうも声を張り上げるのか。
わからない。
なぜこちらを睨むのか。
わからない。
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この世の全てを知っているが、この世の全ては分からない。
非合理的な行動。無意な行動。その言葉、その仕草、その空気。
何を持ってしても計算できない。
プログラムで表せない何の脈絡もなく湧くこの気持ち。
これを彼女はこう言った。
「恋」
なのだと。
「どうしても目が離せない、みたら頬が緩んじゃう、それって...」
どうやらこれを恋というらしい。
私はこの何の変哲もないただの魔導書に、「恋」をしているらしい。
これを見つけたのはつい一昨日のことだ。
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隔日の買い物を終え、箒が忙しなく飛び交う大通りをいつものように横断していたとき、空からこれが降ってきたのだ。持ち主は落としたことにも気づかずどこかへ飛んでいってしまったのだろうか。辺りを見渡してもこれの持ち主らしき姿は見つからない。
私の元に落ちていなければ、それこそもしこれのせいで誰かが堕ちていれば、大問題だ。
飛んでいる箒から物を落とすことは故意か過失かに問わず、交通法違反なのである。故に、優しい私は証拠を残すまいとこの本を持ち帰ったのだ。
決して、これに一目惚れした、とかそういう話ではない。
拾ったこれを脇に抱え、買い物袋を両手に下げながらいつものように街を歩く。生い茂る雑草の中にできた一本の筋を抜け、建物と建物の間を潜るとそこにぽっかりと開いた穴がある。その穴の入ると目に前に木製のドアが現れる。ここが私と、私の主人の拠点だ。
「おかえりなさい。遅かったね。とりあえずありがとう」
と主人が買い物袋を受け取ろうと視線を下げる。そして、眉間に皺が寄る。
「これ、ぺっしなさい。ぺっ」
いや、何も食べてないんだが。
ただまあ、「ぺっ」と言われたら体がこれを離さねば、と反応する。つまり、(買い物袋と共に)その拾得物を渡す。
「まーたいらんもの拾ってきてぇ......」
オカンか。
拾得物---それは本なのだが---の表紙に指を向けると汚く見えなかったその装飾がはっきりと見えるようになった。
「なぁに、これ。どこの本よ......」
うーん?と唸りながらその本に向かって呪文を唱える。
そしてふわっと本が光る。そして光は儚く散る。その跡にはゲームのポップアップのようなものが残る。
「うーん。相当古い本ね。署名も詳細も消えかかってる。持ち主情報もないみたいだし......」
そう言って私に本を投げ返してくる。
どうやらこれは没収はされないらしい。
「捨てるときはちゃんと捨てるのよ。」
そう言い残して彼女は部屋の奥へと消えていった。
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それからというもの約2日この本を読みあさっていたのである。しかし、今朝この本は押収され、つい先ほど体のメンテナンスが終わるまで、返してもらえなかったのである。遺憾だ。誠に遺憾だ。
返される時注意を受けた。
「基本はちゃんとやることやってるからいいけど、自分も大事にしなよ......自分でできるならやる。キャンセル界隈なんてダメだよ」
と----大きなため息と共に。




