流れに流れて獅子に捕まりまた流れる
お嬢様の護衛の話。
もしかしたら◯◯になってたかもしれないハーフエルフ。
前作『攻略対象ぶらり四人旅』を読んでなければわからないところがあります。ご容赦ください。
──生まれたときはたぶん愛されていたとは思う。
俺─ゼルコヴァはエルフの母と人間の父との間に生まれたハーフエルフ。母は人間の国をみてみたいというなんともいい加減な好奇心で成人してすぐ向かい、ほんの少しの旅行感覚で20年を過ごし、行きずりの男と遊び感覚で一夜を共にして俺を宿した。なんとも情のない話である。
気がついた時には腹は大きくなり、困った母は実家の両親に泣きついた。
母の両親、一応祖父母にあたるエルフはなんとも言えない顔をして母を迎い入れ、仕方がないので(エルフにとって堕胎は禁忌である。子供が生まれる確率が低いので)俺を出産させ面倒を見てくれた。
母は産んでしまえば情が湧いたのか俺のことを随分と猫可愛がりしたらしい。アリアドネの糸を使った数多の手製の、フリフリの赤子服がそれを物語っている。どう見ても女児用だったそれを着せて拾った猫を見せるかのように多くの妖精やらエルフやらに見せびらかしていたと、国を出るまで散々聞かされていた。
しかし、どうやら可愛がれるのはそこまでだったらしい。記憶の中にいる母はいつも退屈そうに糸を織っていた。
そんな俺を育てたのは母でも、祖父母でもなく家に居着いていた犬妖精だった。
なんでも、母が乳を含ませるのを一日忘れたのを見てあまりに見てられなくて手を出したとのことだ。しかたがない。エルフは3日に一度食事をとれば生きていけるのだから、半分人間の血が混じった俺の食事感覚なんてわからなかったんだろう。とはいえ火のついたように泣いていた赤子が弱々しく息をしていることには気がついてほしかったが。
とにかく、俺は犬妖精の手を借りてどうにか自分で自分のことをできるまで成長することができた。しかし、その成長もエルフからすれば目まぐるしかったらしい。
エルフからすれば忙しなく、人間からすれば少しゆっくり成長した俺は当然周囲に馴染むことができなかった。
血縁のエルフ達は頼りにならないし、近所のエルフは「欅じゃなく猫遊草だ」と俺のことをからかった。誰が雑草みたいによく伸びるだ。
そんな忙しない成長をする俺だったが、俺はトロかった。もう大丈夫だな、と俺のことを育ててくれた犬妖精が3日後には「やっぱお前ダメだ」と戻ってきたし水妖精の悪戯(水辺に近づいた人族の足をちょっと引っ張る)で足を滑らせ溺れかける始末。あまりのトロさに最初は悪戯パラダイスとばかりに絡んできた妖精たちが「大丈夫?生きてる?」と周囲を気遣わしげにふよふよ飛ぶようになった。そう思うなら悪戯を本当にやめてほしい。そのたびにバチギレた犬妖精がすごい剣幕で走りに来るんだ。怖いだろお前たちも。
そんなこんなで15歳になったある日、重々しい顔の犬妖精に「お前、この国は合わないから出てったほうがいいぞ」と背中を押され故郷を旅立つことになった。旅立ちの日、エルフ達は一人を除き見送りに来なかった─というよりも俺が旅立つなんて思ってもなかったんだろうが─妖精達は「でてくの?大丈夫?」「なんかあったら呼んでね」「これあげる」「魔石ある場所教えたげる」「祝福いる?」「しゅくふくあげる」なんて声をかけてくれて思わずほろりとしてしまった。祝福はいらない。
しかし、旅立ったとはいえ目的もなく当てもなく、ただ流されるままにあちこちを気の向くまま足を向けることしか最初はできなかった。
幸いにも妖精には好かれる性質だったようで…だから故郷ではあんなに悪戯されたのか…と思いつつ……妖精魔法を扱えたことから10年もすれば商人の護衛として雇ってもらえることになり、彼が死ぬまでは共に旅をした。そして、彼の死後は彼の伝手を頼りあちこちで傭兵の真似事をするようになり、その過程で剣を手にする機会も増えいつの間にか剣術を使えるようになっていた。…妖精は金属を嫌うので、わざわざミスリル銀を発掘しに行かなくてはならなかったのは大変だったが苦労に見合った性能で、その剣は今でも腰にある。鎧もミスリル加工しなくてはいけないのは本当に苦労したが。
そうして250年、いろいろな所をあちこち彷徨っていたらひょんなことから俺のことを運命の番だという獅子の女獣人と出会い、紆余曲折を経てとある国の公爵令嬢の護衛として仕えることになった。
その公爵令嬢─ロザリンド・フォン・ロフティという─は変わった令嬢だった。
普通、令嬢というのはドレスや宝石、甘いお菓子を好むものだが彼女は馬を愛し、野原を走ることを好み、そのために動きやすい服をわざわざ用意させ大の大人でも顔をしかめるような濃いめのコーヒーを愛飲する、言ってしまえば変わり者だった。そもそも、始まりからして彼女の父親が治める領地でヘマをし捕まった俺達を専属に欲しいという変わり者だ。俺は変な女だという感想しか持たなかったが、女獣人─妻は違ったらしく公爵令嬢を女神かのように信仰している。……まぁ、どうせ50年程度の付き合いだと割り切れば金払いもいいし妻の機嫌もすこぶるいい。自身の言いたいことを口に出すのが不得手な俺には口出しせず金を出す主は都合が良かった。
そんな主にも悩みはある。いつまでも、内定しているのにかかわらず婚約者にせずひたすら逃げ回ってる第二王子だ。
ハンス…とかいうその男は金遣いが荒く、いつも主に対して高慢で会うたびにいろんな仕事を押し付けていた。やれ視察だ、やれ書類仕事だ、やれ課題だ……そんな姿はまるで故郷のエルフたちのようで、少し懐かしい気持ちになったのを覚えている。もちろん妻は激怒して主に「なぜ断らないのだ」と珍しく食ってかかっていた。けれど、
「断ったらあの方はまた私の大切なものをとっていくんだもの。…もう二度と、失いたくなんてないの。」
そう、泣きそうになりながら妻の手を握りしめる姿に気炎を吐く気力をなくした妻は特徴的なその耳と尾をへたり込ませながら、静かに頷いていた。だから、俺は、
「ゼルコヴァさん!おはようございます!」
にこにこと、茶色の髪に花びらのような桃色の瞳の少女が駆け寄ってくる。その背後から、走ってはいけないと声を掛ける金髪碧眼の男に頭を下げた。
「……あぁ、いい。今日は話があってきたのだから、そうかしこまるな。」
なぜ少女は気が付かないのだろう。この忌々しげなその視線と冷え冷えとした声色に。
「そうなんです!実はゼルコヴァさんにお願いがあって…。」
そうもじもじと、愛らしく上目遣いをしながら微笑む彼女ににこりと、俺は微笑み返した。
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「……それで?どうしたの?」
くすくすと微笑みながら鏡越しに彼女は笑う。豊かな金の髪を梳かさせながら優雅に、苛烈に。
「…………、どうも、こうもありません。自分の護衛になってくれないかと頼まれたので断ってきました。」
「あら、あの方お化粧に時間をかけていらっしゃるのね。」
ピタリ、と一瞬髪を梳く手が止まりまた動き出す。先ほどよりぎこちない姿のそれを目で追いながら彼女の返答に一つ頷いた。
「……もめることのないように手はずをお願い致します。第二王子殿下とともに頼んできたことをすぐあきらめるわけないでしょうから。」
「ふふ、そんなことしないわ。だってもう逃げるんですもの。私達。そうでしょう?」
「……もしかしてその時間を稼げと言っていますか?」
主たる彼女が逃亡を計画していたのはいつからなのだろうか。今まで互いに本音で話したことなどない俺には、それはわからない。─でも、自分が故郷から逃げ出したように、きっと堪えきれないものがあったのだろうことは、容易に想像がついた。
「卒業パーティー2日前まででいいのよ。どうせ前日と本番にはあなたに構う暇などなくなるのだもの。」
随分簡単に言ってくれる。そんなことを思って一つため息を吐く俺に、彼女はごめんなさいね、と一つも悪く思ってないような声で微笑んだ。
「でも気になるわね、あの方達しつこいから頷くまであなたを返さないと思っていたけど、どうやって丸め込んだの?」
人聞きが悪い。なんという言いようだ。丸め込んでなどない。誠心誠意本音を話しただけだ。そう伝えても彼女の瞳はニヤニヤと、獲物をいたぶる猫のように細くなっていて、それに思わず眉をひそめた。これは、言うまで突かれまくる。
「…………大したことでは、ありません。」
口が重い。よりにもよって、なんでこのタイミングで言わなくてはいけない。
「…………………俺は、妻を愛しているので、妻の男の一番が俺である限り共に働ける場所を手放すつもりはないと言っただけです。」
「ゔぁっ!!!!!!!!!!!!!」
びょん!!!と聞いたことのない音を立てながら主の背後に立っていた女の耳と尻尾が天を向く。
それを見てからからとまるで木の板を打ち付けるような声を上げながら咳き込む主に、憮然としながら俺は目を閉じた。
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──俺は、あまりしゃべることが得意ではない。口が足りないのだと、旅する中よく言われた。
怪我をさせたくないから、どいてくれと言ったつもりでも俺の口からは「邪魔だ」という言葉しかでないし怪我をしている人を見て早く治して元気になってください、次からは気をつけてと言ったつもりでも、「怪我をするな」と素っ気ない言葉しか出ない。それを指摘されてからは喋る時はできる限り思っていることを口にしていたが、それは冗長で何を言いたいのかわからないと言われる。次第に、俺は人と付き合うことを避けるようになっていった。
皮肉なことだ。故郷ではうるさい上に早口だから喋るなと言われ、故郷から出たらもっと喋ろと言われ、その次は簡潔にまとめろという。思うだけで伝わる妖精たちとの会話が楽で、次第にしゃべること自体をを忘れていった気がする。他人がごく普通にしていることが俺にはあまりに難しかった。
だから、そんな中俺を運命の番とかいう本能ではあっても好いてくれて、俺の言葉を辛抱強く待ってくれる妻は俺の世界の全てだった。妻が望むことはしてあげたいし、彼女を害するものは全て取り除いてやりたいと思う。だから、
許せなかったのだ。妻を、れっきとした人族の妻を蛮族だと蔑む者たちが。
この世界には多くの人族がいる。人族とは、知恵と理性を持ち、文明を作る協調力をもつ生物群のことだ。
神史によると、この世が生まれる時まず神々は植物を作り、次に幻獣を作った。そして植物から妖精を、幻獣から動物と魚を、さらに妖精からエルフとドワーフを作ったとされている。
エルフとドワーフに地上の全てを託した神々は天界へと移り、長く時が過ぎた時動物から進化した「人間」が生まれ、それに呼応するように獣人や人魚が誕生した。これをこの世界では「創世進化論」とよぶらしいが、詳しいことは俺は知らない。ただ、ここ200年ほどこの創世進化論を否定する人間の集団が国を作り、人間以外の生き物を人族と認めずに奴隷として連れ去るようになった。
事実、俺も何度も襲われ面と向かって「蛮族の血を引く穢がれ子」と罵られてきた。
俺のことはよかった。人間の一生なんてあまりに短くて、どうせ俺が死ぬときには俺を襲った人間は死んでいるし、力をつけたらそれこそ奴らが蛮族と呼ぶ者たちが奮起する。だから、気にしてはいなかった。でも、
俺が少し離れた間に、妻は顔に傷をつけられ血だらけになっていた。
妻は、獅子の獣人だ。本来武器を持っていようとも、人間が傷つけられる相手ではない。なのに、彼女は害された。──襲ってきたのが人間だったから。
獣人は慈悲深い。獣人は愛情深い。それは、かつて人と獣が愛し合った結果生まれた種族だから。
かつての自分達の祖が愛した種族を、傷つけるのを躊躇ってしまうから、その躊躇い故に、獣人は人間に好きなようにされてしまう。─奴らの、奴隷の多くは獣人だった。俺があと少し遅ければ、彼女は首輪を嵌められて、遠く、遠くへ、奴らの拠点である海の向こうの帝国へ連れて行かれていた。だから、許せなくて、憎たらしくて、
気がついたら全て殺していた。気がついたら、俺は牢にいれられていた。
妖精たちが教えてくれたから、どうして入れられているのかは理解できた。でも、罪悪感なんてものはカケラもなかった。それより、妻を泣かせてしまったことのほうが嫌だった。
殺されるな、と思ったし事実そうだった。処刑の日を知らされて、どうやって逃げ出そうかと考えていた時、彼女が来た。
「貴方、私のものにならない?私、結構お買い得よ?」
将来主と呼ぶようになる少女はそう笑って、まるで最初から何もなかったかのように俺を外に連れ出した。
──感謝しているとも。
彼女が助けてくれなければ、俺は死んでいたし番を失った妻もまた、狂死していただろうから。
──憎んでいるとも。
彼女の父が、その人間至上主義をこの大陸に招き入れたのだから。
──疎んでいるとも。
第二王子に、そのおかしな考えを吹き込んだのは彼女の父親で……妻を襲った人間を手引きしたのはその男だったから。
彼女の父は、人間至上主義の帝国と繋がって、多くのエルフや獣人を売り捌いていた。だから、一等大切にしていた愛娘を、彼女の思惑通り攫ってやろうと決意した。
空を見る。あと数日で去ることになる国の空を、確かめるように、刻み込むように。
おそらく、100年くらい先の未来ではこの国は消えているだろう。残っていても、大きく形を変えて今とは違うものになっている。たくさん見てきたのだ。確信がある。
第二王子、あいつはきっとこの国を滅ぼすだろう。聖女を妻にしたところで、あいつの差別主義はなくならない。むしろその差別主義のせいで聖女はその力を失うだろう。彼女に力を与えている神々は、一等命を愛している。嫌いだから、なんて理由で特定の種族を滅ぼそうとする思考の持ち主の伴侶に力を貸すことなどない。妖精たちですら今の聖女には近寄りたくないと俺についてくるのだから、よっぽどだ。
ふと思い立ち適当な風妖精に声を掛ける。
「そこの、深き水の姫に伝言を頼む。──貴方の婚約者の弟は、人間以外の人族を蛮族と呼ぶ痴れ者だと。」
第一王子の婚約者は深海の支配者である王の末娘──人魚姫だ。港をこの国に作るための縁組だったそうだが、2人は相思相愛で有名で……かの方はきっと、幸せな結婚生活を邪魔する存在を許しはしないだろう。人魚は恋のためなら何でもする生き物、きっとすごいことになる。……まぁ、ならなくても構わない。
だって、俺にはもう関係のないことなのだから。
──そして、この国を脱出してすぐ「ゼルコヴァの故郷を見てみたいわ!」などと宣う主のドラゴンの一吠えで俺はおよそ300年ぶりに故郷の土を踏むことになる。
「猫遊草がでっっっかい猫の嫁連れて帰った来たぞ!!!!!」と叫ばれることも知らずに。
ゼルコヴァ:結構ハードモードな生まれも育ちのハーフエルフ。本人は気にしてないと言っているがガッツリ心の傷になっているので奥さんにケアされている。この世で信じられるのは妖精達と妻と主、と唯一故郷でうざ絡みしてきた友人だけ。実は隠し攻略対象。牢にぶち込まれたあと自力で抜け出したら妻はとっくに公爵の手によって売り払われていて闇堕ち、魔王となり世界に宣戦布告して帝国を滅ぼすチートキャラ。主ちゃんのおかげで闇落ちはしなかった。
妻:名前は出ていない(ゼルコヴァが誰にも教えたくない)。運命の番であるゼルコヴァにガッツリ一目惚れもしている。番断ち(本能で暴走しないためにするもの)をしても全然好きだったので押しかけ女房した。自分のせいでゼルコヴァが殺される!って発狂してた所を主ちゃんに助けられた。主ちゃんガチ勢。
主ちゃん:前作の公爵令嬢。まだ運命とは再会していない。妖精から「このままじゃ世界が終わる!!」って泣かれてついてった先にゼルコヴァと妻がいた。保護したあと詳しく妖精から事情を聞いて失神した。ぜっっっったい死なせない……とめちゃくちゃ頑張った。世界の救世主。
犬妖精:なんか放置されてる赤ちゃんいるな〜ってみたらうわこいつ魔力の塊やんけ!!!!このままだと死んだ時暴走して国が滅ぶ!!となり全力で保護した。こいつがいなかったらゼルコヴァの闇は深まり世界の終わりが近づいていた。
妖精達:最初はわ!!すごい魔力だ!!ちょうだい〜〜!あそんで〜!ってじゃれていたがそのせいだコルサヴァが死にかけて魔力が暴走しその余波で大怪我を負ったので介護するようになった。やめてゼルコヴァいじめないで!!みんな死んじゃう!!!!!
エルフ達:最初は立派な魔力ね〜〜これは将来出世するわ〜とニコニコしていたが徐々に手がつけられなくなり成長も早くて怖くなってきて放置していた。出ていってくれたときは心底ホッとしていた。
叫んだエルフ:唯一ゼルコヴァのことを嫌わず怖がらず普通に絡んでいたゼルコヴァの友人。セッタリア呼びをゼルコヴァが許容してるのはこいつだけ。このあとめちゃくちゃ頭を叩かれる。
人魚姫:風妖精から「ゼルコヴァからの伝言だよ!」って言われて泡吹きながら父親と一緒に聞いた。聞いたあとブチギレて婚約者に連絡し会いに行った。そして海に連れて帰った。国が荒れる────!!(どうでもいい)
第一王子:弟が自分のこと見下しているのは知っていた。悪い人間と絡んでるという噂を聞いて調べていたら婚約者から鬼手紙きて会いに行ったら海に引き込まれた。国が滅ぶ瀬戸際だが今までの無理が祟り寝込んでしまっている。海に連れて行かれなかったら殺されてたので人魚姫のファインプレーである。
猫遊草:エノコログサ、ねこじゃらしのこと。花言葉は「遊び」「愛嬌」
欅:花言葉は「幸運」「健康」「長寿」文脈によっては「華麗」「調和」「ずっとそばに」




