光と闇の狭間で
ピピピ、ピピピ。
朝7時、けたたましいアラームが部屋に響く。
ハヤトは重い瞼をこじ開け、アラームを乱暴に止め、カーテンを引きちぎるように開けた。窓の外、中庭では子供たちが笑いながら走り回っている。夏の熱気と湿った風が頬を撫でるが、俺の心には何も響かない。
あの夜――クロノスの刃が母さんの命を奪った瞬間から、俺の時間は凍りついたまま。窓の鉄柵を握る手に力が入る。クロノス。あの名前を思うだけで、胸の奥で何か黒いものがうごめく。
「ハヤトにぃに! おっはよー!」
ドアがバンッと開き、ボサボサの髪に泥だらけのスニーカー、ミナが飛び込んできた。首に巻いた古びたハンカチが、朝陽にキラッと光る。
「ミナ、起き抜けにそのテンションかよ。ほら、髪ぐちゃぐちゃだ。くし貸せ」
「えへへ! にぃに、ミナの専属美容師、任命ー!」
呆れ半分でミナを椅子に座らせ、くしを通す。ミナのハンカチは母さんが昔作ったものと同じ柄だ。見るたび、胸がちくりと痛む。
「ハヤトにぃに! 今日、超暑いからさ、ミナ、海行きたい!」
「…ったく、暑すぎだろ、この街。」
海の家の喧騒の中、俺はアイスを二つ買った。が、肩をぶつけてきたチンピラに、片方が砂にべちゃっと落ちる。
「テメェ、チンタラ歩いてんじゃねえよ、クソガキ。」
「…クソガキはどっちだ。」
苛立ちを飲み込み、睨み返す。クロノスの影が、こんな奴の目にも一瞬ちらつく気がした。
「にぃに、はい! ミナサイズ、半分あげる!」
振り返ると、ミナがキラキラの笑顔で小さな手を差し出し、溶けかけたアイスを俺に押しつけてくる。
「……お前、いつもこうだよな。んじゃ、二人で食うか。」
結局、アイスはほとんどミナの口に消えた。
「にぃに、だーいすき!」
はしゃぎ疲れたミナは、俺の肩に小さな頭をコツンと預け、すやすやと寝息を立てる。その手が握るハンカチは、まるで光を閉じ込めたみたいに輝いて見えた。
「お前、いつも俺を振り回すよな。」
ミナの温かい寝顔を見ながら、母さんの笑顔が重なる。この子がいれば、凍った心も少し溶ける気がした。
――あの夜が来るまでは。
遠く、海の水平線に不気味な黒い影が揺らめいた。クロノスの気配が、風に乗って忍び寄る。