いきさつ*其の一
本日、2話同時投稿しております。
こちらのお話からいらした方は、一つ前よりご覧ください。
高熱出して目覚めたら、特典つきで前世の記憶が蘇ってました――。
はいはい、テンプレテンプレ。あるある過ぎて読んだこと忘れて、うっかり別の電書サイトで同じ本買っちゃうやつ。
「さすがに平安時代っぽい世界に、ってのはあんまり見なかったけどね~」
「なんでしたっけ? ちゅうせいよーろっぱ? みたいな世界が舞台のお話が多いんでしたよね?」
「俗に言うナーロッパね。中華系もそこそこ読んだけど」
朝食を運んできた少女、楓の相槌に、葵は笑って頷いた。物心つく前からずっと一緒にいてくれる彼女は、いわゆる乳姉妹というやつだ。葵の乳母、野萩の娘で、共に乳を分け合って育った。記憶が戻る前も……戻った後も、彼女が葵にとって誰より信頼できる味方であることは変わらない。
「ちゅうか……とは、唐の国のことでしたか?」
「あくまでも文化とか制度がそれっぽいってだけよ。実際の唐とはかなり違うと思う」
「それを言えば、わたくしたちが今いる〝この世界〟も、姫様が知る〝平安時代〟とは似て非なるものなのでしょう?」
「……それなのよねぇ」
平安時代が実際どのようであったのかなど、本当のところは誰も知りようがないけれど。
様々な文献で語られているように、鉛の白粉で化粧し、お歯黒をしたふくよか女性が〝美人〟とされていたのが真実なら、少なくとも〝この世界〟はまんまの〝平安時代〟ではないということになる。他にも、まんまの平安時代は貴族であっても風呂に入る習慣はほぼなかったはずなのに、〝この世界〟の人々は余程のことがない限り毎日入浴する、簡易な上水道、下水道の概念があるなど、変なところで妙に文化水準が高い。ナーロッパならぬ、なろあん時代?
(いや、語呂わるっ)
前世の記憶が蘇ってから、折に触れて考察しては答えの出ない〝ここはどこなのか〟問題をひとまず棚上げし、葵は寝具からむくりと起き上がった。
「楓、朝ご飯ありがとう。いただくわね」
「はい、どうぞお召し上がりくださいませ」
「えぇ。……今日はまた、朝から随分と豪華だこと」
「それはそうですよ。実質、姫様の婚礼祝いのようなものですし」
ざくっと現実を突きつけられ、思わず箸を落としそうになった。一気に食欲が失せ、ひとまず箸を置いて白湯で喉を潤す。
軽く呼吸を整え、こほんと咳払いを一つして。
「……わたしはあれほどお父様に、『源氏の君がわたしをお気に召さないようであれば、婿として我が家へお招き遊ばすのはお控えくださいませ』って申し上げたわよね?」
「そうですね」
「お父様も、最終的には『そなたらの心が通い合わぬようであれば、無理にとは言わぬ』ってお返事くださったわよね!?」
「そうでしたね。源氏の君が当家へ婿入りなさるのが宮中の権力均衡としては最良ですが、添臥の役目を姫様が果たされただけでも、十分に後見の意は公にできるだろうから、と」
「でしょう? で、わたしは昨晩、添臥として――元服された源氏の君と一夜を共にした。これでミッションコンプリート、彼は今後も気楽な独身貴族を謳歌できる流れじゃないの!?」
「それはもちろん、肝心の源氏の君が『今後も左大臣家の婿として、姫の夫としてよろしく頼む』と、去り際に殿へご挨拶なさったからですが?」
「なぜ!?!?」
「逆に聞きますが、どうしてそうならないと思ったんです?」
こちらを見る楓の目は、完全に残念な子を見る人のそれだ。間違っても姫へ向ける女房の視線ではないが、前世の記憶が蘇って十二年、現代の感覚で友人に接するように付き合い続けた結果、楓から葵に対する忖度は抜けた。変に畏まられるのは居心地が悪いだけなので、染まってくれて何よりである。
が、それはそれとして、残念がられるのは葵としても納得いかないわけで。
「え~、だって、ねえ……」
「はい?」
「……原作通り、藤壺に女御様が入内されたし」
「そうでしたね。姫様が仰るとおり、亡き桐壺更衣に生き写しの、大変お美しい方だとか」
「原作だと、『光源氏』は亡き母にそっくりの『藤壺女御』に一目で心を奪われる。彼女に叶わぬ恋をして、永遠に埋められない心の穴を、数多の女性との恋で埋めようとする……っていうのが、『源氏物語』の側面の一つでもあるわけ」
「それは、えぇ、姫様から散々聞かされましたので、よーく存じておりますが。そもそも、姫様の前世にあった『源氏物語』の『光源氏』とやらは、亡き母君の面影を求めて孤独な幼少期を過ごし、巡り逢った母君そっくりの『藤壺女御』に傾倒していくのですよね?」
「……そう、ね」
「――齢八つの頃から、姫様がせっせとこっそり内裏に通い、放置され放題だった二宮様のお遊び相手になっていらした時点で、〝孤独な幼少期〟って大前提が跡形もなく崩れてません?」
真正面から受けたズバリな指摘。そっと視線を逸らしてみても、楓の正論と現実は変わらない。
「……崩れちゃったかぁ」
「崩してますねぇ。姫様御自ら、しっかりと」
「そんなつもりはなかったのだけれど……まぁ、原作にない行動をわたしが取ったのは事実、ね」
一向に箸の進まない朝食を諦めて、葵はしばし、〝これまで〟をつらつらと思い返す――。