表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/65

兄への疑惑*其の二


「それじゃ――」

「そうだ葵、聞いて」

「……っ、なぁに?」


 寝る前にやるべきことは全て済ませたしと、横になって就寝の挨拶をしようとしたところで、少し楽しそうな光の声がすぐ隣――体感ほぼ数センチの距離から聞こえてきた。昔からパーソナルスペースの狭い子だったけれど、夫婦になってさらに気が緩んだのか、御帳台内の光はゼロ距離ベースで近い。喋る位置があまりに近いと、耳に息がかかって変にくすぐったいので、そこだけは改めてもらいたいが。


「あのね、暁のことなのだけれど」

「お兄様の?」


 光と話をすることそのものは楽しいから、こうして話しかけられると、ついつい応じてしまう。耳のくすぐったさから逃れるため、体ごと光の方へ向き直ると、暗闇の中、どちらかが不意に動いたらすぐ触れ合ってしまいそうなほど近くに、光の顔がぼんやり見えた。


「葵は最近、暁と会った?」

「お兄様と? いいえ。同じ屋敷とはいえ、お兄様の西の対は寝殿を挟んだ真反対側だもの。特に用事がなければ、行き来もしないわ」


 葵が結婚するまでは、お忍び外出のサポートだったり作戦会議だったりで顔を合わせる機会もそれなりにあったが、こうして光が東の対の住人となってからは、兄が顔を見せる回数は激減した。蔵人少将の暁と近衛中将の光は、勤務時間も駄々被りだし、左大臣家の嫡子である彼は、宮中での催しものには大体呼ばれる。要するに、日中の行動全てが、ほぼ光と同一なわけで。


「最近のお兄様のご様子なら、わたしよりもあなたの方が詳しいでしょう?」


 職場も同じ左近衛府、終業後の宴席も一緒。現代日本の感覚でいうなら、会社の同じ部署で働く同僚かつ、アフターファイブは三日に一度ペースで飲み会が被り、しかも義兄弟という間柄になるわけか。……多様性バンザイな令和の世なら、妻である葵そっちのけで、光と暁のBLでも量産されそうな関係性である。

 ――実のところ、性におおらかな〝概ね平安時代〟において、BL、つまり男色趣味は令和より一般的であり、顔の良い二人を実際に狙う男もいれば、暁×光の妄想が女房間で大流行してもいるのだが、それは葵の預かり知らぬ話のため、ひとまず横に置くとして。


「うん、今日の集いにも出ていたからね。……そうか。じゃあ、本当にまだ、私くらいしか感じ取っていないのかな」

「感じ取る、って何を?」

「あくまで、私がそう感じただけで、暁からはっきり聞いたわけじゃないけれど。――もしかしたら暁、恋をしているのかもしれない」

「……こい?」


 光の言い方から察するにコレはアレか、恋愛の〝恋〟か。

 ……あの、左大臣家嫡子として表向きは取り繕えているけれど、実際のところは心の機微に疎く、他者の情緒を思いやるなんて〝趣深(おかし)さ〟とは無縁の、兄が?


「意外だろう? 最近、様子が変でね。私もまさかとは思ったのだよ」

「……本当だとしたら、意外なんてものじゃないわ。天変地異の前触れよ、祈祷の準備をしなきゃ」

「そこまで言う?」


 葵の物言いに、光はくすくす、面白そうに笑う。葵の結婚を機に義兄弟となった二人は、『原作』でも語られていたようにウマが合ったのだろう、この十ヶ月で急速に仲を深めていた。葵が気付いた頃には幼名で呼び合っていたし、互いの口調から察するに、敬語も抜けている。葵より二歳年長の暁は、光とは六つほど歳が離れているが、光が実年齢より大人びていることもあり、二人の間にジェネレーションギャップはないらしい。


「暁はさっぱりしていて付き合いやすいけれど、恋に対してもあっさりし過ぎているというか。通う姫がいてもそれは、家同士の都合だったり、仕事上断り切れない筋から持ちかけられた話だったりで、義務的に妻や恋人にしているお相手ばかりというじゃないか?」

「嫡妻である右大臣家の四の君からして、そのようなご縁だったからね。お相手の気持ちを振り向かせるのを楽しむ恋遊びを、わたしが常々嫌っているのもあるけれど、兄はあまり恋愛に興味がないみたい」

「相手の気持ちを自分勝手に弄ぶなど身勝手極まりないと、私に教えてくれたのも葵だったね。そんな葵の兄君なら、似たような考えになるのも頷けるよ」


 光の性質というか、考え方や価値観を『原作』から大きく歪めた自覚はあるが、それ以上にキャラクター設定の根本から崩してしまったのは、もしかしたら暁かもしれない。『原作』における『頭中将』の人物評は、美人の噂を聞けば片っ端から口説いて回る、惚れっぽい色好(いろご)み男である。身分的に申し分ない正妻がいるのに堅苦しいと放置して、理想の女を探しているという部分で『光源氏』と共感し、つるむようになったという話だが、この話のどこも、この世界の暁には掠らない。大体全部、世間から漏れ聞こえてくる軽薄な男の恋愛話を「サイテー」の一言で切って捨てていた葵のせい、だろう。

 左大臣家嫡子ゆえ、世間で大いに持て囃されてはいるが、恋愛方面における暁の評判は、堅物以外に聞いたことがない。――そんな暁が、恋?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ