「正義って何?」といきなり聞いてみた
誰もが好きになるタイプの美人。
彼女に対する第一印象はそれだった。
ただし、褒め言葉じゃない。
全てのパーツが無難に配置された顔は、美しいけれど印象が薄かった。
少しタレ目気味なのだけが、唯一の特徴だと思っていた。
今は、彼女の一番の魅力は、明るい性格と笑顔だと思っている。
「正義ってなんですか?」
急にこんなことを聞かれて、三浦先輩はキョトンとしていた。
彼女とは、それなりに仲の良い友達だ。今どきは女の子と二人きりで遊ぶだけでデートって時代ではない……と思う。
「急にどうしたん? ウチに聞いてみたくなったん」
「まあ、そうですね。本当に人それぞれ違うのか、試したくなって」
僕の言葉に、三浦先輩は困ったような笑顔を返した。
普段の、弾けるような笑顔とは違う、悩ましげな笑み。
「そうやな……ウチは、正義は人それぞれ、みたいには考えんかな。
良いことは良いこと、悪いことは悪いことやと思う」
無難で、美しい答えだな。僕はそう思っていた。
けれど、彼女が自分の言葉に続きを述べた時、僕の印象は変わった。
「けどな、悟くん。正義は1つでも、人はたくさんおる。人の数だけ、違う価値観がある。
正義っちゅうんは、折り合いをつけるポイントを探すための、目印やと思うで」
……折り合いをつけるための目印、か。
そんな風に考えたことはなかった。僕は、『正義=価値観』と、考える人間だから。
やはり正義は、正義についてどう解釈するのかすら、他人によるのだろうか?
三浦先輩には、そう思わされた。
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僕の従姉、神崎ユカはギャルである。 大学生で、年齢は21歳。
髪を金髪に染めていて、ケバいってほどじゃないけど、化粧が派手だ。
胸元をがっつり開け、へそを出し、シンプルかつ攻撃的な服装をしている。
三浦先輩とは対照的に、顔立ちも印象が濃い。目力が強く、つり目がちで、鼻が少し高め。
きつい顔立ちの美人ってやつだ。
そんな彼女にも、僕は正義について聞いてみた。
「正義ってなんだと思う?」
「しらんし。どーでもいい」
家のリビングで、二人並んでゲームをしている僕たち。
リラックスした姿勢で座り、ポテトチップを食べながら遊んでいる。
「どうでも良い、というと?」
「そのまんまだよ。どーでも良いでしょ。日常生活でそんなの考えるんか?」
確かに、考える人は少ないだろう。けれど、こちらとしてはユカ姉さんの考えが知りたいから聞いただけなのだ。
その事を伝えると、露骨に呆れたような顔をされた。
「あのさぁ、正義がどうこう言ったところで、結局のところ良い人ってのはコミュ力があるヤツのことだとウチは思うんだよね」
「というと?」
僕にとっていい人とは、正しい人と優しい人のことだ。
だから、ユカ姉さんの考えが、興味深く感じられた。
「悪いやつって、みんながされてムカつくことしたから、悪いやつなんでしょ?
だったらさぁ、その逆のいい人って、マナーがあって気遣いのできるヤツなんじゃね。しらんけど。」
身も蓋もない話だな、と思った。
「ユカ姉さんらしい答えだね。身も蓋もないけど、地に足がついてる。
かど、それだとさ、ユカ姉さんは正義を軽んじてることにならないかな?」
「バカじゃねーの。軽んじてたら、お前の変な質問に真面目に答えねーし」
「でも、どうでも良いって言ってたろ?」
ユカ姉さんは、呆れの感情がさらに高まったのか、ため息をついて見せた。
「正義ってさぁ、結局は幼稚園児や小学生が親に教わるような、人間関係のキホン中のキホンでしょ?
あーしが言う、『マナーと気遣い』の、基礎になるやつ。
軽んじてたら問題だけど、大事にするもんでもないっしょ。何が正義とか考える意味も無いって」
いつだって、ユカ姉さんの考えは身も蓋もない。
現実主義、と言うこともできるだろうか。
「ユカ姉さんは、いつだって身も蓋もないね」
「そりゃ、サトルと違って理想とかポリシーとか、あーしにを無いからね。人生はいつだって、ベストよりベターが最適解よ」
なるほど、だから『正義とは何か』じゃなくて、『人にいい人だと思われれば、それがいい人』という考えになるのか。
それがユカ姉さんのポリシーなんだろう。
僕はそう思った。
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典型的な、というほどありふれた存在ではないけど……。
坂本紗栄子は、いわゆる文学少女である。
自分は読む側でいたいという理由で、図書委員には入っていない。
見た目は清楚系と呼ぶには色気がありすぎるし、私服姿の時には化粧もしっかりしている。
それに、眼鏡もしっかり観察すれば伊達眼鏡と分かる。
そんな女の子だ。
「正義ってなんだと思う?」
学校の図書館で、彼女にもねてみた。考えられる反応は二つだった。
呆れたような顔をするのか、あるいは熱心に議論を深めようとするのか。けれど、彼女の反応は意外なものだった。
「私は、あなたに話しかけられるのが好き。なんでだと思う?」
「……え?」
質問の答えになっていなかった。正義とは何かを聞かれて、なぜその返事になるんだろう。
「……えっと、質問に答えて欲しいんだけど」
「いいから、答えて」
いいから答えてはこっちの台詞である。
「えーと……君と本の趣味が合うから?」
「違うわ。私が、ヒトのメスだからよ」
……意味が分からない。
「ヒトのメスってのは、具体的にどういうこと?」
「そのままの意味よ。私はヒトという動物のメスだから、見た目の良いオスに構って貰えたら嬉しい。それだけの話ね」
それだけの話と言われましても、話が見えてこないんだけどな。
「えーと、それが正義の話とどう繋がるの?」
「そうね……。あなたは今、私のことをどう思った? ストレートに言っていいわよ」
どう思う……か。正直、浅ましいと思ったが、自分に好感を持ってくれる相手に言って良いモノだろうか?
「浅ましいと思ったでしょう。動物も同然の、知性に欠けた存在だと」
「えっ、あ……」
正直なところ、そう思ったのは否定できない。
さっきから、彼女の振る舞いには、ヒトらしい理性が感じられないから。
様子がおかしいと思う。
「正義だとか、倫理だとか、道徳だとか……そういう高尚な話はね、枷に過ぎないのよ」
「枷……? それを捨てれば、真に自由になれる的な話?」
彼女にしては薄っぺらい理屈だ。
「違うわ。人間の本質は獣であり、それゆえに、目に見えない枷で制御しなくてはいけないということよ。
全ての人がありのままに生きる社会は……社会として成立しないわ」
つまり、えっと……。
「正義も持たない人間は獣も同然ということ? それなら、同意はできるけど……」
「いいえ、違うわよ。そもそも、ヒトが獣という話よ」
どう言うことだろうか。まるで意味が分からない。
「結局のところ、人はどこまで行っても獣なのよ。正義という枷があろうと、それを必要としている時点でね。
躾をして、首輪を付けたって、犬はヒトにならない。それと同じことよ」
枷を必要としている時点で、獣。いや、それは違うだろう。
「けど、ヒトにはあるんだろう? 獣にはない枷が」
「……あなたにそれがあるのは、ヒトだからじゃないわ。親の教育が良かったからよ」
なんというか、ユカ姉さんとは違う方向で身も蓋もないことを言い出したぞ。
「私はあなたが好きだし、友達が好き。けれど、その根底には、オスや群れを求める『本能』がある。
全ての感情は、根っこの根っこまで掘り下げれば、必ずそこにたどり着く」
だから、ヒトは獣。そういう話なんだろうか。
「忘れないでちょうだいね。この世界の全てのヒトは、同じ人間なんだと言うことを。あなたも、何かの拍子に、魔が差して罪を犯すモノなのだと」




