違うんです熟女趣味ではないんです
サハラナーラ王国。
エルラージャ大森林に囲まれた中にある大国である。
ここはかつてこの世界の創造主たる女神が降り立った唯一の地という伝承があり、それ故女神を信仰する者たちが多く住まうようになっていった。他の神も信仰しているため国内にはいくつもの神殿が立ち並び、その光景はいっそ圧巻である。
神殿国家と他国から称される程、と言えばそれがどれほどのものかわかるだろうか。
その信仰心からか神の声を聴ける者も多く存在し、神の加護による奇跡を起こせる者も他国に比べると多く現れた。
神に愛された地。とはいえ、驕り高ぶり心が堕落すればきっと神はその加護を容易く取り上げるだろう。何せ過去にそういう事案があったもので。
それ故に、過去の過ちを繰り返さぬようこの国の者たちは皆神に感謝の気持ちを忘れる事なく祈り、日々を過ごしていくのであった……
ところが。
「ヴィクトリア・エラルージュ! 貴様との婚約を破棄するッ!!」
そんな、神の愛す地にて、とんでもねぇ事をしでかした者が現れた。
この国の王子――ではない。
こんなバカな宣言をかましたのは、サハラナーラのお隣さんでもあるメルジェ国の王子だ。
本日は、前々から予定されていた国家間の外交が行われる日であり、各国の代表がそれぞれこのサハラナーラに集まっていたのである。
何せこの国が一番安全と言えなくもないので。
神の加護がたっぷりな土地。
そりゃもう他の国からすれば喉から手が出るレベルでほしいと思う部分もあるけれど、しかし神の加護を受け続けるためにはそれはもうたっぷりと神を信仰しなければならない。
いざ自分がこの国を手中に収めたからとて、果たしてそれを実行し続ける事ができるか、となると恐らくは難しいだろう。人間大半は俗世にまみれるものなので。
いっそ盲目的というか狂信的に信じ続けるというのは、並大抵の者には中々に難しいものなのである。
何かあっても最悪神の加護で得た能力を使える者たちが大勢いるので、最悪奇跡の力で難を逃れる事も可能だ。例えば――この集まりに参加した者を一網打尽にすれば世界を掌握する事ができるかもしれない、なんて大それた事を考える大悪党が襲い掛かってきたりだとか。
まぁ、そういう事を企んだ者も過去にはいたが、生憎とあっさりお縄になった。
絶妙なタイミングで彼らの攻撃は届かなかったのだ。あっ、これはもう死んだ、なんて思っていた者ですらまさかの無事という事実に思わず呆気にとられた程。
それ以外にもまぁ色々とあったのだけれど、各国の友好的な集まりに余計な水は差させんぞとばかりに上手くいかないのである。
他の国ではそういう事もなく凄惨な結末を迎える事だってあったというのに。
なので、それぞれの国にとって大事な事を決める時はこうしてサハラナーラに集まる事がもう何年も前から決められている。
それぞれの思惑はあれど、その上で友好的な関係を築いて無駄な争いは起こさないようにしましょうね、というそれは、今のところそれなりに上手くいっている。
なのでこういった場に集まるのは基本的に王族であり、そして次代を担う予定の者であったり。
王族が急遽別件で来れそうにない場合は、国の重鎮が代理でやってくる。
それ以外にこの場に集まっているのは、神の加護を与えられたとされる者たちだ。
最も神の力を感じられる場所。それがサハラナーラ。加護をいくら与えられたといっても、それらの力をマトモに使いこなせなければ意味がない。その力を正しい方向に、間違った事に使わないために修行をするため、他国からもそういった加護の力を持つ者が集まっていた。
そして今しがた婚約破棄を宣言したメルジェ国の王子は、加護の力を正しく使いこなすためにこの国で日々修練に勤しんでいたヴィクトリアに渾身のドヤ顔を晒しながら指を突きつけたのである。
さて、人間というのは事態に追いつけない時大抵はフリーズする。
勿論咄嗟に何も考えずとも動けるような者もいるけれど、命の危機的状況でもない場合、まずは状況を把握しようとして脳内で情報を纏めようとする。
ぽかんとした表情をする者も、何言ってんだこいつ? と露骨に表情に出す者も、思う事はあれど表情に一切出さない者も。
浮かべる表情は多種多様であれど、その場にいた大半は文字通り固まっていた。
しんと静まり返ったその状況に、メルジェ国の王子は周囲が自分の事を究極的な馬鹿、つまりはアルティメットバカだと思っている事など夢にも思わず更に言葉を吐き出した。
曰く。
聖女として日々修練に勤しむ身でありながら、同じ立場とするマローネに嫌がらせをしている。
そのような者が聖女など到底相応しいとは思えない。
よって貴様のような性根の腐った女とは婚約を破棄し、自分は真の聖女と結婚する。
――と。
せめてもうちょっと小声で言えばいいものを、腹の底から声出してんのかってくらいの大声で宣言してしまったのである。
周囲は思った。
うわぁ、やっちまったなぁ、と。
婚約破棄を突きつけられたヴィクトリアとしては、正直こんなのと結婚とか冗談ではないと思っていた。前々から性格とかどうかなと思う部分があったのだ。それは今この場でしでかした一連の言動からも察せられるだろう。
それでも今までは、こんな露骨に引き返せないくらいのやらかしをしていなかったからこそ、自分の一存でこの馬鹿との結婚嫌ですわぁ、なんて言えなかったのだ。
言うにしても、確かにこんなのと結婚させられないと思わせるだけの理由と証拠は必須である。
なんの落ち度もないのに気に入らないから嫌だ、とは言えるはずがなかった。何せ王命で結ばれた婚約。嫌だな、の気分だけで王の決定に逆らうのは流石に問題しかない。嫌なら嫌なりに納得できる理由と事情、そしてこの婚約は結ばない方が逆にメリットになる、と思えるだけのものが必要になる。
ともあれ、ヴィクトリアは内心でガッツポーズしたいくらいの気持ちになった。
だってその理由と証拠がこんなにも大勢の前で。
最早説明は不要レベルである。
ただ公爵家というだけで、たまたま年が近かったからという理由だけで。
この馬鹿の婚約者にされるなんてそれなんて罰ゲームなんです? 神はわたくしを見捨てたと申すのですか……!? と思っていたが、神は見捨ててなどいなかったのだと感謝する。
加護の力が与えられ、それをマトモに扱えるようにするためにこうしてサハラナーラへ行く事が決まった。修練期間は特に定まってはいないが、実質無期限の留学だと思えばあのバカと離れられるのだからのらりくらりとどうにかこの国での滞在期間を延ばしていっそそのまま婚約を解消に持ち込めないかと思っていた。
力を使いこなせるようになったなら、世のため人のために使うからこの馬鹿との結婚だけは本当に勘弁してもらえないかしら、と常々祈っていた。
祈るだけではなく、何かあった時のための人脈作りも欠かさなかった。
困った時に神様が必ずしも助けてくれるとは限らない。いざという時頼りになるのはやはり自分と、その自分のために手を貸してくれるという人であるのだ。敵は少なく、味方は多く。コネクションは作っておいて損はない。
だからこそ、ヴィクトリアはせっせと日々人付き合いも欠かさず、修練も欠かさず、できる事全てに全力投球であった。ここで得たものは全て自分の無駄にはならない、そう信じて。
なのでまぁ、この馬鹿王子が言うマローネという自分と立場を同じくする少女の事を虐げた事など一度もない。神に誓って。
むしろお互いに助け合ってきたので、仲はいい方だと言える。王子とマローネ、どっちと仲がいいのかと聞かれれば勿論マローネである。
ヴィクトリアは公爵令嬢、マローネは男爵令嬢と身分だけを見ればお互い関わるような事もそうなさそうではあるが、しかしそんな身分などこの場ではポイである。知らん知らん。
なんだったらお互い故郷に帰ってもお手紙とかでやりとりしましょうねっ♪ なんていう友情だって芽生えているくらいだ。
あの馬鹿王子との手紙のやりとり? はぁ、義務として最低限の季節の挨拶だけでいいですよね? どうせむこうだってマトモに手紙寄越さないんだから。
これくらいの落差がある。
ちなみにこの馬鹿王子、別に今回のサミットよりも更に前から滞在している。
婚約者である公爵令嬢がサハラナーラに行くとなり、どうせなら自国で適当に浮気でもしておいてくれれば自国に残しておいた者たちが証拠を集めてくれただろうに、わざわざこちらの国に留学しに来て、サハラナーラ神聖学園で馬鹿みたいな成績を晒し、お前何のために来たん? と聞かれるくらいの駄目っぷりを見せつけていたのだが、その後教会や神殿を巡って他の修練をしている女性などを見繕っていたらしい。
とんでもねぇ国の恥。
とはいえ、成績が悪いからこそよりしっかり学ぶためにこちらに来た、とか言われればどうしようもない。自分の国だと側近とかどうしたって多少甘く見てもらう事があるから、それではダメなんだ、とかなんとか言えば流石に国に帰れとも言えない。というか相手は王子なので不敬という言葉もよぎる。
勉強の合間に教会をあちこち見ていたのだって折角の神殿国家だから、と言われてしまえばそれまでだし、神殿も然り。
実際がどうであれ建前だけを聞けば追い出すわけにもいかない理由なのだ。
そこで、他国からやってきたマローネに目をつけて、しつこく付きまとっていたようなのだが。
とはいえマローネもやんわりとかわしていたので、大きな事件に発展しなかったのだ。これ以上度を超えるようならその時は実力行使もやむなしですね! とシュシュシュと拳を数度前方に打ち付けるジェスチャーをしていたマローネが、王子に簡単に手籠めにされるはずもないと思っていた。
万一実力行使に及んで力尽くで無理矢理なんてやろうものなら、間違いなく王子のゴールデンボールは片方もしくは両方ぐちゃっと潰されていたに違いない。マローネはやると言ったらやるレディである。
さて、そんなマローネは馬鹿王子がヴィクトリアが自分を虐げてどうのこうのとのたまっていた時に、いや違いますけど? と言わんばかりに真顔で手を横に振っていた。いやいや、と言い出しそうな動作である。その後は更に両手をクロスさせてバッテンにしていた。
おい被害者が違うつってんぞ、とか突っ込めなかった。
何せあまりにも馬鹿王子、今の自分の行動に酔ってるのがあからさますぎて。
マローネが下手に口を出せば余計こじれると思ったのだ。
とはいえ、ここでそういうものを引き合いに出しておきながら、自分と結婚、ではなく真の聖女となのだな? とマローネは困惑していた。真顔のままで。
ちなみにヴィクトリアは既にそこら辺理解しているので、笑いを堪えるのに必死である。
周囲も話の流れ的にそこのマローネというお嬢さんを結婚相手に望むのだと思っていたら真の聖女が出てきたので、そちらも困惑ムードであった。
散々御高説を垂れ流していた馬鹿王子は、どうだ! とばかりに鼻の穴を膨らませてヴィクトリアを見た。
黙っていれば多少はイケメンに見れる顔をしているのに、今の表情といったら威嚇するサルみたいな顔ね……とヴィクトリアは思った。仮にも婚約者だった相手にとんだ評価である。哺乳類で例えてるだけヴィクトリアとしてはとても譲歩した結果だ。
とりあえず、これはもしかして、わたくしが「そんなっ、見捨てないで王子様ッ! これからは貴方の望むままにいたしますから!」とか言うの期待してらっしゃる……? とヴィクトリアは訝しんだ。ちなみに想像の中でも馬鹿王子の名前は出したくもなかった。いいよこんなのゴミで、とか言わないだけまだ温情。
こんなお馬鹿の思い通りに振舞ってたまるか、と思ったヴィクトリアはとりあえずとても神妙そうな表情を浮かべる事にした。
そして。
「本当に真の聖女と結婚なさるのですか……?」
確認するように、それこそ念を押すように問いかける。
「もちろんだ。今更縋ってきても遅いぞ!」
「いえ、それは絶対に有り得ないのですが。
しかし、真の聖女と結婚するとなると……子は、どうなさるおつもりです? 養子でも迎えるのですか?」
「何を言っている。聖女と作るに決まっているだろう」
なんて言いながら馬鹿王子の目はマローネに向けられた。
真顔ではあるがマローネはあまりの気持ち悪さに鳥肌が立つのを感じる。うげぇ、と声に出さなかっただけ褒めてほしいくらいだ。
まだ状況を把握しきれていなかった周囲も、流石にこの言葉で理解した。
あーぁ、と残念そうな目を向けて、ヴィクトリアは真実を告げる事にする。
「ですが、王子の言う真の聖女はとっくに閉経しておりましてよ。子が産める年齢ではございません」
「……は?」
「今更説明する必要はないと思いますが、わたくしたち加護を与えられた者たちは決して聖女や聖人などではないのです。あくまでも候補。聖女も聖人も基本は一人です。
なので、王子が結婚すると宣言されたのはただ一人の聖女、エカテリーナ様ですわね」
馬鹿王子は馬鹿なので多分理解していないだろうなと思いつつ、ヴィクトリアはそれでも知ってるよねそれくらい、というノリで説明してみせた。
ちなみに現時点での聖女エカテリーナは御年90歳のお婆様である。
聖人は最近世代交代して新たな人が選ばれたのでまだ若いが、聖人は男性であるので王子がそちらと結婚するとか言い出すはずもない。むしろ言ったらそれはそれで……とも思ってしまうけれど。
そろそろ新たな聖女の選出を、とされているが、具体的にまだ次の聖女は決定していない。
ヴィクトリアもマローネも今の段階ではどちらも聖女候補である。候補なので聖女を名乗るのは勿論間違いだ。
「王子が熟女趣味とは流石にわたくしも存じあげませんでしたわ」
とりあえずしたり顔でヴィクトリアは頷いてみた。
ようやく意味を理解した王子が顔を真っ赤にさせて、
「ばっ、ちがっ……そうじゃなくて……」
と弁明しようとしているが、周囲にいた者たちが耐え切れずに吹き出した事で、ひそひそとした笑いは一気に爆笑の渦と化した。
違うんだああああああ! と叫んでいるが、あまりの爆笑にかき消されて多分誰も聞いていない。
ここにきてようやく、馬鹿王子の親でもあるメルジェ国王がこの場に現れたが、まぁ普通に考えて手遅れである。もっと早くにきていれば……と思うものの、王だって他の手続きとか色々確認事項とかこの国の王に挨拶だとか、やる事が他にあったのだ。
その間に息子がとんでもねぇ馬鹿を晒すとか、想像できなかったのである。
確かに若干考えなしな部分が前からあるなと思っていたけれど、それでもそれは身内の中だけであってこういった場でやらかすような真似はしないだろうと思っていたのだ。
一応教育はマトモにしていたので。
ただ、教育はマトモであっても王子がどうしようもなかっただけだ。
今まではまだそこまでのやらかしをしていなかったけれど、ここでとんでもないやらかしをするだなんて王だってわかっていたら事前に対処していた。
自国では自分を甘やかしてしまうので、世間の荒波に揉まれてこようと思いますとか言って留学したのだ。ちょっとはマシになってると思ったって王だって罰は当たらないだろう。
南国に位置するメルトランジェ国の王なんかはにっこにこの笑顔で「面白い見世物でしたよ!」なんて悪気なくメルジェ国王に告げてくる始末。
こいつ悪気があって嘲笑してるとかではなくマジで面白がっておる……! と王はちょっとイラッとしたが、やらかした馬鹿は自分の息子なので突っかかるわけにもいかない。
やらかしたのが自分の息子ではなく他の国の王族なら一緒になって「ははは全くだ」とか言えたのに。
サミットが始まる前から、会場は最高潮とばかりに熱くなっていた。
一部の内心はブリザードであったが。
会場の熱狂が落ち着いた後は、メルジェ国王による息子のお説教タイムであった。
この馬鹿もん! 自ら学びたいと留学を申し出たと思えばこのような恥を世界各地にばら撒きおって!
お前が後継ぎになれるだなどと思うなよ! お前など廃嫡――と言いたいところだが下手に市井に野放しにするのも問題しかなかろう。こうなったら辺境伯のところで真面目に働くといい!
――という、一見するととても甘い処置のようだが、辺境伯は鬼か悪魔の生まれ変わりかと言われるくらいの厳しい人なので、この馬鹿王子の性根は叩いて叩いて叩き直された上で再構築されて多分別人格でも宿るのではなかろうか。
まぁそうなった方がいいと実の親が判断したのだ。今更息子がやだやだと駄々をこねたところで結果は変わらない。
遅れてやってきて事態を聞かされたエカテリーナがでしたらうちで預かりましょうか? と声をかけたが、御年90歳の老女、それも間違いとはいえ結婚を申し込むと大々的に周囲に宣言した相手だ。
馬鹿王子も流石にそれは断った。それならまだ辺境伯のところで働くメイドの方が若いしいい相手がいるかもしれない……という煩悩は父親にはお見通しであったが、辺境伯のところで働くメイドは基本的に低スペックの男に生きる価値無しとかいう思想のやべぇ女ばかりだ。いくら美しかろうとも、この馬鹿息子が相手にされる事はないだろう。人格矯正されまくったらチャンスはちょっとくらい発生するかもしれないが、可能性としてはほぼゼロだと思える。多分尊厳とかバキバキに破壊される。まぁそれくらいしないとこのおバカは矯正しないかもしれない……と王は無意識のうちに溜息を吐いていた。
婚約破棄を宣言されたヴィクトリアは、では都合がよいのでわたくしはこのまま修道院へ行こうと思いますの、なんてころころ笑いながら言い出した。
公爵家の令嬢。それも加護を与えらえて聖女候補となっている人物。たとえ聖女になれずとも、加護持ちというだけで貴重な存在である。
王はせめて他にいい相手はいないのか、とどうにか王家と縁を強めに結べないかと思ったものの、ここで聖女候補として日々を暮らすうちに、王家の仲間入りを果たすより修道院で人のために働く方が向いているのだと気づいた、なんて言われてしまえばごねるわけにもいかない。
他国へ行くと言い出していないだけまだマシだ。
与えられた加護の力でもって、人のためにというのなら。それが自国であるならば、確かに王家にとって損はしていないのだ。馬鹿息子がやらかさなければもっと良かったのだが。
あまり本人が望まぬ要望を押し付けてばかりでは、そのうち本当に国を見捨てて出奔してしまうかもしれない。加護持ちを虐げた、なんて噂が流れれば国にとっては不利益にしかならないし、国を出て行かないと言われているならここで退くしかない。
ホンット、この馬鹿がやらかさなきゃなぁ……という王のとても恨めし気な眼差しに馬鹿王子が気付いたかは……定かではない。
マローネもまた聖女候補とは言うものの、ここでの修練が終われば彼女は故郷に帰るつもりでいた。
得た力を故郷の人々のために使いたいのだと言う。
マローネの故郷はあまり裕福な場所ではなく、土地は痩せてるし災害も多いので人が暮らすには向いていないが、だからこそ力を使って土地を少しずつでも改良していきたいのだというのが彼女の願いだ。
豊かな土地へ移住するにしてもそれだって限度がある。
それなら、今はまだ人が住むには厳しい土地でもじっくりと開墾していくしかない。
時間はかかるかもしれないが、皆と協力してやっていくのだ、とマローネは笑っていた。
馬鹿王子が何故ヴィクトリアがマローネを虐めているだとかの妄言を吐いたのかという点に関してだが。
修練は何も常に神殿の中で行うわけではない。
時として外に出て、実地でやる事もあった。
力の使い方を教える教官たちと共に出て、実際に使ってみるのだ。
神殿で机上の空論だけでできた気になられては、いざという時に困る事になるので。
そしてその力を今現在どれくらい扱えるか、というのを見るために、それぞれ各地で実践する事もあった。
基本的にそれらは、候補たちの故郷で行われる事が多い。
マローネの出身は割と田舎の方なので、行先も常にそうだった。
それを、馬鹿王子は華やかな都に行くためにヴィクトリアはマローネに行きたくもない土地を押し付けていると勘違いしたらしい。
マローネとは別に恋仲でもなんでもなくむしろマローネからもあしらわれているというのに、そのせいで自分と彼女の仲が引き裂かれているとまで思っていたようなので、もう本当にどうしようもない。
ちなみに次の聖女に指名された人物はというと。
ヴィクトリアでもマローネでもなく、グロリアという女性である。御年40歳。
聖女という言葉の響きからなんとなく若い女性を連想されがちだが、実際の聖女の仕事は多岐に渡る。経験のあまりない若い女性に任せたとして、あまりの大変さに潰れてしまうのだ。
過去、やる気に満ちていた若い聖女候補が聖女に名乗りをあげたけれど、仕事量の多さと関わるべき人間関係のあれこれであっという間にキャパオーバーを起こしてしまった事が何度かあったので、ある程度長年聖女の近くに仕えている相手の中から選ぶようになっている。
いずれ聖女になりたいのであれば、聖女の近くで補佐として経験を積むのが一番の近道である。
馬鹿王子のやらかしによって、そこら辺あまり詳しく知られていなかったというのも発覚したので聖女に関する事などは改めて各国で正しい情報を伝えるようになった。
馬鹿王子の功績と言っていいかは微妙なところである。