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ここは……どこだ……?
何かとても痛いことがあったような……
少年は眼球を動かしてみた。
暗い。
瞬きを何度か繰り返し、目を凝らしているうちに段々と目が慣れてきた。
ごつごつとした天井、少年の額に水滴が落ちる。
呼吸は苦しくないが、カビくさい臭いがする。
彼は体をゆっくりと起こした。体に痛みはない。指も自由に動く。ただ頭は未だに重く、軽く眩暈がした。
体の脇に水溜まりがあった。少年はそこに顔を映した。暗がりであったが、輪郭やある程度の顔立ちは確認できる。
「……一緒だ」
思い出せる自分の顔と同じ。少年は顔を擦った。
「生まれ変わり……というわけではないらしい」
少年は徐に立ち上がって辺りを見回した。
岩に囲まれた小さな空洞の中にいるようだ。目の前は岩で塞がっている。
「洞窟……か?」
空洞は背丈より若干高いほどで、背後には細い道が続いている。
警戒しながらもその道を身を屈めて歩いていくと、うっすらと光が射し出した。
導かれるように光の射すほうへと向かい、その光が段々と集まり明るくなってゆく道を進んだ。
少年は岩に囲まれた道を抜け出した。
少年は激しい光に思わず目を瞑った。瞼の裏が赤く輝く。
そしてゆっくりと目を開いた。
光に包まれていた。
そこに広がるのは青々とした森、暖かい陽射し、鳥の囀りだった。
「な、なんだ、ここ……」
美しい自然ではあるが見たこともない風景、こんな所に来た覚えもない。
少年が自分の体を確かめてみると、服は身に付けている。くすんだ白い布を縫い合わせただけのような服と、皮を編み込んで足に絡めたような靴。
「こんな服持ってたっけか?」
少年の朧気な記憶では、ジーンズとスニーカーを履いていたはずだった。
そういえば、普段は制服を着て、高校に通っていた。
「僕は……高校生……だったか」
少年は虚ろな記憶を思い起こそうとしていた。しかしそれ以上は思い出せない。
その時にガサゴソと目の前の藪から音がした。
「なんか聞こえなかったか?」
「シカか何かだろ、どうせ」
話し声が近づき、少年は咄嗟に木の陰に隠れて様子をうかがった。思わず自らの手で口を杜いだ。
顔はブタ、体は人間の2人がのそりのそりとこちらに近づいてきた。体は紫の煙のようなもので覆われている。
「なんにもいないぞ」
「おかしいな」
辺りを見渡して、獣人の2人は去っていった。
「な、なんだ、あいつらは!?」
藪から出た少年は困惑し、働かない思考を無理やり巡らせた。
状況からしてここが異質な世界であることは分かる。知らない世界、知らない服、そしてあの獣人。
なんだ……ここは……!?
第1章 はじめの村編
少年は辺りを警戒しながら静かに散策した。
先程の者と遭遇したら厄介事になることは分かっている。何よりあの者たちはどう見ても良い奴らに見えなかった。
体から何やら禍々しい紫のオーラを醸し出していた。
少年は道のない森の道をひたすら歩き続けた。
煌々と照る太陽、さらさらと音を立てる木々、小鳥の甲高いさえずり、それらはとても心地良い。癒される。
「さっきのような奴らに出会わなけりゃ、良い世界なのになぁ」
この世界がかつて住んでいた世界とは違うことを少年は何となく実感できてはいた。ただ記憶が曖昧で、どうしてここにいるのかは分からない。
「ん、待てよ。つまりかつての世界で何らかのことが僕の身に起こったってことか?」
高校生だったことは何となく思い出せている。
「えっ、まさか僕って、高校生で死んだのか?」
少年にとって、ここに来たことより、そっちのほうが一大事だ。
「おいおい、若すぎるだろ!」
何だか自分がひどく可哀想になって少年は思わず嘆いた。少年は水溜まりに映った顔を思い出した。以前と変わらない顔。年齢も同じ。
「つまり……さすがに可哀想すぎるから、神様がアディショナルタイムを設けてくれたってことなのかな?」
実感もなく、記憶もないから今の状況をあまり重く受け取ることが出来ない。ただこの先、ここにいなければならないことは理解できている。
さて、どうしようか、と少年は考えた。
「ここに来たからには、ここで暮らしていかなきゃいけないってこと……、だよな」
そうなると、まずは衣食住を確保しないといけない。
服は一応、みすぼらしいが着ているし、住む所は最悪先ほどの洞窟で事足りる。衣と住は後回しにしても、まずは食だ。
川でもあれば魚を捕まえられるかもしれない。
と、草むらでカサコソと音がした。
少年はさっきの奴らかと体が震えたが、草の上から長い耳が見えている。
少年は安堵のため息をついた。
「ウサギか。ウサギなら捕まえられるかな。でも、案外すばしっこいんだっけ」
そうひとり少年が呟いていると、ウサギは向こうからこちらのほうへ近づいてくるようだ。
「ふっ、バカめ」
少年は忍び足で草むらへ近づいた。
捕まえようと少年が両手を広げた瞬間、ウサギが茂みから顔を出した。思わず少年は言葉を失った。
目は吊り上がり、長い牙を携え、体から紫の靄を出している。
「シャー!」
ウサギ、らしきものは少年に向かって口を開けて威嚇してきた。
「おいおい、なんだよ! ウサギってもっと可愛らしい生き物じゃないのか?」
愛くるしい動物として人気なはずの目の前のウサギは、敵意丸出しでこちらを睨んでいる。
「こんなもん、悪意しかないじゃないか!」
どう見たってこんな、ウサギ、らしき悪意の塊が食べられるわけない。
少年は後ずさりして逃げようとした。
すると、らしきものは少年に向かって飛び掛かってきた。
「うぎゃあ!」
思わず叫び声を上げて尻餅をつくと、らしきものは少年の左腕にかぶり付いた。
「ぎゃあ、やめろ!」
腕を振って払おうとするが、思いっきり腕に鋭い牙が刺さっている。牙から紫の液体が滴っている。
「うそっ、 毒持ち!?」
こんなもん、悪意しかないじゃないか!
牙が刺さるほどに痛みが腕に強まっていく。
「ちょ、ちょっと待てって!」
この世界に来て、もう死ぬの!?
腕を振っても凶悪ウサギは動じず、吊り上がった目が闘争心剥き出しである。
「は、放せ!」
少年はそのウサギらしきもののピンと伸びた耳を右手で掴んだ。
その時、少年は右手に不思議な感覚があった。
全身から液体が湧き出るような感覚で、それが右手の先端へと流れてゆく。
奇妙なその感覚に囚われながら、少年はふとウサギらしきものに目を向けた。
「えっ?」
ウサギらしきものはそこにいなかった。そこには茶色い毛並みをした野ウサギがいた。
少年に耳を掴まれ、鼻を動かしながら少年の左腕を甘噛みしている。
少年は訳が分からず、ウサギから手を放した。ウサギはつぶらな瞳で地面の草を食べ始めた。
先程の悪意の塊のようなウサギらしきものは姿を消し、目の前には体がモフモフの野ウサギしかいない。
「な、何が起こった?」
ウサギは警戒心なく、少年の目の前で忙しなく草を食べている。
少年は噛まれた左腕を見た。確かに牙の刺さった痕があり、わずかに出血している。
少年は自らの手のひらをまじまじと見つめた。
掴んだ瞬間、ウサギから悪意が消えた。
「まさか……僕の……力……なのか?」
この度はお読みいただきありがとうございます!
浅見青松と申します。
風変わりな異世界ものを描きたくてこの作品を書いてみました。
読み進めてぜひこの物語の謎を楽しんで頂けたらと思います。
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