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9話 夏の到来とベーコンエッグトースト

解き放たれた変態。勇者タカアキ。

彼はいつものように完璧偶像ようじょに愛を捧げる。


「ドリーム! オブ! 幼女!」


正直な話、こいつは独房に封印しておくべきではなかろうか。

最近はそんな風に思うようになってきた。


しかし、悲しいことに、こいつは主人公。

そして、当然のように脱獄できる実力を持つ。


ランニングシャツにステテコというおっさんのような、いや、まさにおっさんな姿の勇者。

彼の苦手な夏は、すぐそこにまで迫っていた。


「ごしゅじん、あついからって、だらしないかっこうは、いけませんっ」

「おぉ、ちゅん子。そこをなんとか」

「だめですっ。さぁ、きがえて、ゆうしゃかつどうを、おこないましょう」


しっかり者のちゅん子に叱られ、億劫そうに腰を上げるタカアキに勇者の面影はない。

彼もまた、勇者として修業中の身なのだ。


だが、この気怠い朝であっても、タカアキはしっかりと朝食を摂る。

しっかり食べる事こそ、彼の強さの秘訣と言っても過言ではないだろう。


「今日は久しぶりにパンでも食べましょうか」

「めずらしいですね。いっつも、おこめなのに」

「今日はジトっとしているので、さっくり焼き上がるトーストを欲しております」

「なるほど。ちゅんこも、たまには、ぱんでもいいのです」


もそもそ、と着替えるタカアキは、いつもの服装だ。

これ一着しかないわけではなく、同じ服を何着も所持しているのだ。

それは、他者が直ぐに勇者タカアキである、と認識し易いようにとの配慮から。

しかし、現在では衛兵さんが、また変態おまえか、と認識する程度に納まっている。


「これでよし、ですね」

「いつもの、ごしゅじんです」


ちゅんちゅん、とちゅん子はタカアキの頭に飛び移った。

タカアキの身だしなみとは普段着に着替える事のみ。

よって、髪を梳かす、顔を洗う、といった内容は含まれない。


ちゅん子もまた、身づくろいはするものの、顔を洗うという行為が良く分かっていないので、何も注意しない。

以前に砂浴びを進めた程度であるが、主人の砂浴びによる周囲の被害が大き過ぎ、それ以降は特に何も言う事は無くなった経緯がある。

根本的な問題として、してもしなくても大差ない、というのが挙げられた。

なので、ちゅん子が注意するのは普段着を着るか着ないかだけだ。


タカアキはちゅん子を伴って外のかまどへ向かう。

ギラギラと照り付ける太陽は、まだまだこれからだぜ、とでもいっているかのようだ。

雲一つ無い青空が太陽の傲慢を後押ししている。


「雲が無いですねぇ」

「ひかげは、きたいできませんね」


彼らは太陽に晒されながらの料理を強いられた。


「ちゅん子、お願いします」

「はい、でちゅん」


タカアキはちゅん子に大量の食パンと卵を異次元収納から取り出してもらう。

加えて豚バラベーコンの姿もあった。

おおよそ、五十人前分の食材がテーブルの上で山になっている。

それらを鉄網に載せて焼き始めた。


じりじりと焼けるトースト。

その隣では鉄板の上で焼かれている目玉焼きと薄切りベーコンの姿。


焼き上がったトーストには、たっぷりのバター。

熱でトロトロに溶け、トーストに滲み込んでゆく。

それは黄金の雪と表現できようか。


目玉焼きの方には軽く塩とコショウを振る。

蠱惑的な粒黒コショウは、わざわざミルを使用して粗挽きコショウへと加工する。


塩はミネラルたっぷりの岩塩。

味が深いので、タカアキは塩に関してはこれ一択である。


焼き上がったそれらは約束された合体を果たし、リッチな朝食へと進化を果たした。


「さっくりトースト、ベーコンエッグ載せ、完成です」

「すてきです、ごしゅじん」


これにサラダとミルク、そして、何らかの果物を添えればご機嫌な朝食の完成だ。


しかし、これはタカアキの朝食。

そういったものは期待してはいけない。

そして、これと同じ物が、あと五十人前ほど作られるのだ。


一度、目撃しようものなら胸焼け間違いなしの光景、それを耐えるのは同じく変態のみ。

トーストの匂いに釣られてハイエナどもが起床。


といっても朝早いターラと夜遅いフリエンの姿は無い。

それ以外のハイエナどもが当然の権利のごとくテーブルに着く。


ただ、先刻言った通り、タカアキの食事には軟弱な要素は無いため、サラダや飲み物などは自分で用意する必要があった。


割と長い付き合いの彼らはそれを承知しており、各々で好みの飲み物やサラダを用意していた。

彼らは生粋の原住民なので、生活魔法の収納くらいは朝飯前で使用可能。


ただし、ちゅん子レベルの器用さは持ち合わせていない。

精々、腕で抱えられる物を出し入れできる程度に留まる。


「おはようさん。珍しいな、パンだなんて」

「そういった気分だったんですよ、ローランドさん」


熊のような風貌の薬師は、異空間よりポットとカップを取り出した。

カップはコーヒーを入れるための物。

そして、ポットには当然、コーヒーが入っている。


それを眠たそうな顔でカップに注ぎ、ひと啜り。

コーヒーの絶妙な苦みが彼を覚醒へと導いた。


「あー、朝はこいつに限る」


そして、おもむろにベーコンエッグトーストに手を伸ばす。

躊躇なく、がぶり、とやると半熟の黄身がトロリと溢れ出し、テーブルに零れ落ちた。


しかし、この男は一切気にしない。

調薬の際は異常なほど繊細で几帳面なのだが、食事という気が抜ける環境下なため、その反動が出てしまっているのだ。


「うん、美味い」

「それは何よりです」


タカアキも豪快過ぎる食べ方をする手前、ローランドには何も言えない。

この勇者は料理が最高に美味しいであろう持続時間を知る男だ。

折角の料理、美味しく食べなければ命を頂いた食材たちに申し訳が立たない、とすら思っている。

なので早食い。そして、よく味わうという離れ業を習得している。


その結果、酷く小汚い食べ方になってしまっているのは本末転倒か。


「おはよー。あーねむ、って釈放されたの?」

「おはようございます、エルトロッテさん。私は無実ですからね」

「まぁ、そうなんだろうけど……幼女、幼女って言い続けていたら、マイホームが独房になっちゃうわよ?」

「ふぅむ。美人の衛兵さん付きなら考えます」

「釣り合わないでしょ」

「はっはっはっ、これは手厳しい」


寝ぼけ眼のエルトロッテの辛辣な言葉はしかし、勇者には通用しない。

頼むから通用してくれ、とも思わなくもないが。


「やぁ、タカアキさん。お久しぶりです」

「セドックさん、お久しぶりです。ようやく娑婆に戻ってきました」

「なんだか、ギャングのボスみたいな貫禄ですね」

「残念ながら、私は勇者です」

「そうでしたね」


セドックの風貌はまたしても小汚いもの。

三日間の徹夜明けだから仕方がないだろう。

そして、食事に顔を出した、という事は仕事がひと段落した証明だ。


セドックは異次元収納よりミルク入りの瓶を取り出す。


「ん」

「君ねぇ」


セドックに空のコップを突き出すエルトロッテ。

目の下に濃い隈を作っている魔法開発者は文句を言いつつ、空のコップにミルクを注いでやった。


「はぁむ。んぐんぐ……あ~、胃に染み渡るぅ」


久々に胃に食べ物を入れ充実感を味わうセドック。

このような生活を続けていたら早死にしてしまうだろう。


本人も理解はしているのだが、独り身であるため、中々、仕事中断するタイミングを掴めないもようだ。


「あぁ、そうだ。セドックさん。一つ相談が……」

「ん? なんだい、タカアキさん」

「いえ、実は私の知り合いのテイマーが、少々厄介なことになってりまして」

「ふむ、聞かせてもらおうかな」


タカアキは、どっこいしょ、とテーブルに着いた。

まだ焼いていないトーストやベーコンエッグがあるのだが、それは代わりにエルトロッテが焼くもよう。


「実はですね……」


タカアキが語った内容は、セドックにとって実に興味深いものであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 不審者でも夏は暑い タカアキ「死ぬわ〜」 魔王「情けないな勇者は…」 タカアキ「黒尽くめで見てても暑いぞ…」 魔王「実は幻覚魔法で服を着てるように見せてる」 タカアキ「それだ!!」 ちゅん子…
[一言] 分厚い肉のベーコントースト食べてえなあ…(食事制限並の感想)
[一言] あのことか・・・
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