7話 邪悪
ちゅん子の指示に従い訪れた草原。
そこには確かに何者かの魔力の痕跡。
目には見えないが気配だけは感じられる。
「ここでちゅん」
「ふぅむ……確かに何か感じられ―――むぅっ!?」
タカアキの厚底眼鏡が不気味に輝く。
「幼女の匂いっ! まだ、濃い!」
「ええっ!?」
これにはゼステルも困惑。
風に影響されない魔力ならともかく、匂いなど直ぐに風に流されてしまうだろうに。
「間違いありません。私が幼女の匂いを間違えようはずも無く」
「その自信は何なんですかっ!?」
「ついでにフェイリーさんの匂いも確認しました。どうやら、幼女と一緒だったようです」
「っ!」
タカアキ、ゼステル共に一つの可能性に辿り着く。
フェイリーは攫われた幼女を追いかけたか、それとも人質に取られて従うしかなかったのではないか、と。
というか、あの短いやり取りで狼娘の匂いを覚えていたんかい、変態がっ。
「匂いの痕跡は……あちらですね」
「森が見えますね」
タカアキが示す方角には不気味な森の姿。
だが、ゼステルはそこに森があった記憶など無い。
「変だな……あんな所に森なんてあっただろうか?」
ゼステルは首を傾げた。
そのタイミングで、ちゅん子がタカアキに小声で情報を伝える。
「ごしゅじん……てんせいしゃの、まりょくですっ」
「む……今回の件は転生者が絡んでいる、と?」
「ひてい、できません」
タカアキは顎を擦りながら、しかし、森に向かって歩き出す。
普段は見せない、どこか焦りを感じさせる行動だ。
「とにかく行ってみましょう。幼女の身に何かあったら、私は世界を滅ぼしそうです」
「そんなにっ!?」
冗談だよな、とゼステルは思ったがタカアキの雰囲気がマジなので、取り敢えずは彼に従う事にしたもよう。
サラマンダーのサランとリスのラタートもドン引きだ。
しかし、森に入って早々、タカアキ、暴走。
うっそうと茂る木々に業を煮やす。
「幼女っ! 早くっ! ええいっ! 邪魔ですっ!」
タカアキはまさかの自然破壊に打って出た。
張り手で巨木を粉砕して行く。
「このような、まやかしで私を止めようなどとっ!」
「ひえぇぇぇぇぇっ!? タカアキさんっ、落ち着いてっ!」
粉砕された巨木が「ぎゃー」と悲鳴を上げる。
「この世の至宝を脅かそうなど、魔王が許しても、勇者である私が許しませんっ!」
「それは違う! 魔王も許さんっ!」
自然破壊に混じる黒い影。
黒い長髪に青白い肌。
鋭い貌には真紅の瞳。
頭部からは漆黒の角が三本伸びている。
金の意匠があしらわれた黒のタキシードに黒のマント。
黒尽くめ過ぎる青年は突如として現れた。
「むむむっ、魔王ですかっ」
「魔王だっ!」
「それは、それとしてっ!」
「幼女を救えっ!」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
「わけがわからないよーっ!」
ゼステルは自然破壊に巻き込まれて吹っ飛んでいった。
だが、どぽん、という音が聞こえたので池か沼に着水したのであろう。
きっと無事だと思う。うん。
変態二名が大木をなぎ倒す。
すると、その大木は青白い粒子となって消えていった。
そう、この森は何者かが魔力を用いて作り出した仮初の森だったのだ。
「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「きぃえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
明らかにテンションがおかしい二名は、その勢いのまま森の中心部へ突入。
そこには巨大な魔法陣。
そして、十体のトロールの姿。
複雑な魔法陣は青白く輝いており、その中心には複数名の幼女の姿。
その中に縄で縛られたフェイリーの姿が。
「な、何事っ!?」
驚愕する魔女。
桃色に近い紫髪は癖があり、一見すると綿菓子のよう。
大きなとんがり帽子は魔女らしさを強調していた。
見開かれた大きな目にはオレンジの瞳。
魔女らしいデザインの黒のワンピースは、型崩れし始めた肉体を引き締めている。
手には実用性が無さそうな箒の姿。
魔女クリスティーネ。
一昔前に有名になった魔女で、【誘夢のクリス】と恐れられた存在だ。
その莫大な魔力を以って空想を現実の物とし、多くの男たちを誘惑。
悪事の限りを尽くした、とされている。
だが―――時は過ぎ、彼女の美貌も衰えが見えてきた。
彼女は転生者。
強力無比の能力を授けられ、好き放題してきた彼女だったが、そのツケを支払う時がやって来たのだ。
能力に頼り切り、老後の対策を怠った結果、クリスティーネは美貌を失いかけている。
危機に迫られ、ようやく重い腰を上げたが時既に遅し。
能力による美貌の修復期間は終了しています、との無常な宣告を受けていた。
クリスティーネの能力は美貌ありきの条件が多く、現在の美貌では殆ど使用不可能だった。
そこで、彼女は別の方法で美貌を取り戻そうと考えた。
それが、他者から若さを奪う、というものだ。
条件としては複数の幼女を魔法陣に入れ、チート能力【夢現】にて若さを奪う魔法を生成。
幼女たちから若さを奪う、という寸法だ。
若さを奪われた幼女たちは大人の姿へ強制的に変えられてしまう。
そうなれば用済みなので、人買いに売り払う。
それなる外道行為を繰り返していたのだ。
現在は初老から中年の姿、そして二十代後半の姿にまで返り咲いている。
もう少しで完全体になろうとしていた。
というのも、フェンリルの若い雌、という最高の生贄が手に入ったからである。
「おのれっ! どうやって、ここまでたどり着いたっ! デビルトレントはどうしたっ!?」
魔力で作った森は、その全てが邪悪な意志を持つ樹木、デビルトレントが擬態したものだ。
火が弱点であるものの、森の中で火を使うのは自殺行為。
かといって、デビルトレントは、Bランクの冒険者が勝てるかどうか、という強さを誇っている。
しかし、変態はランクに納まる存在ではないので問題は無かった。
「そんなのは、どうでもよかろうなのですっ!」
「幼女を虐待するとか絶対に許さんっ! じわじわと嬲り殺しにしてくれるっ!」
迫真の集中線。
邪悪なる魔女も、このロリコンどもにドン引きだ。
「ちょっ、どういうことっ!?」
「問答っ!」
「無用っ!」
自称変態勇者と自称変態魔王が「ほぉぉぉうっ!」と飛翔する。
「はわわわわ……」
何がなんだか分からない魔女は怯えるしかなかった。
「しゃおっ!」
「しゃおっ!」
一閃。
変態どもの手刀が魔女を襲う。
しゅばっ、しゅばばばばばばばっ、との音が鳴り、魔女の身に着けていた物は全て切り刻まれ大地に還る。
零れる乳房を慌てて抱え、魔女は蹲った。
意外と初心である。
というか、この魔女、処女である。
うっそだろ、お前!
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? な、なにすんのよっ! 変態っ!」
「安心してください! あなたに興味はありませんっ!」
「年増に用はねぇよっ! ぺっ!」
「このロリコンどもがっ!」
流石にこれは失礼だ。
しかし、相手は邪悪な魔女なので辛うじてセーフである。
「トロール! こいつらをやっておしまい!」
なんと、魔女クリスティーネはトロールを制御する術を開発していたのだ。
しかし―――。
「彼らはもう」
「死んでいる」
ぴぶー、という効果音と共にゆっくりとスライドして行くトロールたち。
十体いたトロールは全て肉塊と化し完全に死亡した。
「はぁっ!? ト、トロールよっ! 不死身の怪物なのよっ!?」
「そんな事はどうでもよかろう、なのですっ!」
「幼女を怖がらせた貴様には地獄も生温いっ! 来たれ、うねうねローパー君!」
魔王はローパーを召喚。
地面の魔法陣より怪物が姿を現す。
ローパーとは、ずんぐりとした円柱の身体から無数の触手を伸ばす、プロのエッチ製造機である。
それが三十匹。
もう、いろいろと酷い光景だ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!? き、きもいぃぃぃぃぃぃっ!」
「ふはは、怖かろう。やれ」
「ほぎゃぁぁぁぁぁぁっ!? キモいのが来るっ! こ、来ないでっ!」
「ろぉぱぁ♡」
きもい割には鳴き声は可愛らしかった。
ただし、魔女の鳴き声は野獣のようで可愛くない。
「悪は滅びました」
「うむ。この魔王トウキチロウに敵はいない」
「ほぅ……私は勇者タカアキです」
二人の変態は固い握手を交わした。
言葉などいらなかった。
そこには確かな友情があったから。
その背後ではモザイクが掛かって、わけが分からない光景が広がっている。
野獣の汚い咆哮は負け犬の遠吠えとなって響いた、とかなんとか。